一本紅葉と秋の空

蒼井藤野

一本紅葉と秋の空

 真っ赤な夕日にもかすむことなく、裏山の『一本いっぽん紅葉もみじ』は枝葉えだは深紅しんくに染め上げる。

 この大きな紅葉もみじは山の散歩道から外れた位置にある。周りを針葉樹に囲まれて孤独に、それでいて空へと大きく背を伸ばす姿に、僕は『一本紅葉』と名付けた。

 それが小学生のころ。

 そして、大学生になった今でも、日が落ちかける時間帯には、毎日この『一本紅葉』を眺めに来る。もちろん、この美しい光景を何時いつまでも観賞していたいから、というのもあるが……。

 もっと、大きな理由が存在する。

「なによ、また来たの?」

 一本紅葉に到着すると、彼女から、いつものように不満げな声をかけられた。

 背中まで流れる艶やかな黒髪、この紅葉のように深い朱色しゅいろ振袖ふりそで。少し厳しい目つきは、彼女ほど整った顔立ちであればプラスに働くらしい。

「そりゃあ来ますよ。綺麗だから」

 彼女のことも含めて、僕はそう返答したのだけれど、言葉通りに受け取ってくれないらしい。そっぽを向かれた。

「やれやれ、本当に手厳しいね」

 僕は大仰に肩をすくめて溜め息を吐いてみせる。

 この演技はこうそうしたらしく、鋭い瞳が僕に向けられた。

「誰のせいだと思っているの? 貴方あなたが私の願いを聞いてくれないからじゃない!」

「申し訳ないけれど、あの願いは聞けない」

 彼女は顔を伏せた。

 表情は見えない。

「なら……、なら、ずっと私と一緒に居てよ!」

「それも駄目です」

 顔を上げた彼女は、泣きそうになっていた。

「どうして?」

「どうしてって。泣きそうな顔も可愛いからじゃないですか」

 彼女は目元を袖で拭って、またそっぽを向いた。

「もう! ……子供のころは、あんなに素直な子だったのに」

「……。少年の僕でも、君の願いは聞きませんよ」

 彼女は、成仏するために、一本紅葉の下に埋められたを掘り起こしてほしいらしい。

 でも僕は、彼女も紅葉もみじも手放す気はない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一本紅葉と秋の空 蒼井藤野 @aoi_huji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ