自画像1 夏のはじめ

ふかあいところから来たんです。高圧線の鉄塔のかげを。

つぎつぎに踏んでも。

あは。

決定的な瞬間なんてなかったんだ。くらあいところからやって来て。八本目の鉄塔のかげが。入道雲と一直線になろうとするあのあたり。空がどろどろに溶け。記憶の中をはしるまっしろな道がショートして。足音は背中をはたきつけ。


どぶがわの底だったんです。出発の朝の門柱もくずれ。ぼくは帰らなければ。どこかに。ぼくの寝る空き地があったはずだから。黒いむらさきの帽子をかぶって。あけがたのにおいのする。水蒸気になって。

ふふ。

ぼく。こいびとなんていない。好きになるにはあんまり皺もような女が多すぎて。空さえどろどろに溶け。あのとき。ギターが鳴りひびき。腐ったトマトをいくつもいくつも踏んづけて。


着席券をなくしちゃったんです。着席券て。買えるものなんですか。どこを探したら椅子があるのでしょう。どんな道も足の裏に灼けつくから。松やにのにおいのする夢に。いくら望みをかけたところで。雲はもう。これ以上青くはなりません。生まれ変わるのはいつだって怖かったんです。


さて。

大脳をショートカットにしようか。

ハナゲをシチサンに分けようか。

結局は。

はかない抵抗?


決定的だそうです。鉄塔にそって流れる。どぶがわの底に。まっしろい道がつづき。配線をまちがえたのは。ぼくです。ぼくだったんです。


溺れてみるには。

浅すぎる空?

くらあいところから来たんです。どんな道だって。足の裏に灼けついて。ひりひりとしみるから。体ぢゅうの毛穴から。まひるのジャズのような。きのこが吹きださなくては。門柱だけでもあれば。家なんかすぐに建つのに。


へっ。

決定的だとよ。

それで。

行進の足音を背中にきいてしまったから。

苦しんでみるには。

白すぎる空?


あ。

ぼくは。

帰らなけりゃ。

急がなけりゃ。


どぶがわしかなかったんです。さむういところからやって来て。さむういところへ行くんです。ひとりだけだそうです。ぼくたち五人で。みな。ひとりなんです。あの。八本目の鉄塔のかげが。入道雲と一直線になるあそこ。あそこからぼくたちの道は。ひりひりとどぶがわの底をはしって。はしって。腐ったトマトを踏んづけて。


あしたになればきっと。もえつきた足。もえつきた指の形した雲が泳ぎます。牢屋に入るのは。ぼくだけです。盗んだのは。盗まれたのは。ぼくです。ぼくたち五人で。殺されたのもぼくです。ハーケンクロイツをしょって。キリストがついに復活しました。


あしたです。

きのうです。

ぼくは。

もう生まれなければ。

蟹のたまごはつぶして下さい。

おとといです。

行進の足音は。

ちょうどおとといです。


お願いだから。

蟹のたまごはつぶしてしまって下さい。

腐ったトマトを踏んづけるのが。

大好きだったんですから。

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