第4話 第三皇女、ライゼ・エルダーク

「姫様、朝でございます」

「んん……」


 ライゼ・エルダークにとって、朝の訪れは憂鬱の象徴であった。


 メイドの呼びかけで目を覚ます。

 寝ぼけ眼のまま、用意されたお仕着せに袖を通す。

 それから定められた、公務という名の『軟禁』の時間が始まる。


 必要な時以外は、与えられた私室という名の牢獄から出ることも許されない。

 メイドに、『外に出たいわ』と言ったところで、返ってくるのは『本日は陛下のお許しがありません』という言葉ばかりである。


 そんな彼女にとって、日常というのは退屈で、退屈というのは苦痛で、苦痛に耐えることそのものがもはや生きる目的ですらあった。


「姫様、朝でございます」


 その日もやはり、メイドのそんな呼びかけから彼女の朝が始まった。


「んん……起きたくないわ」

「そういうわけには参りません。本日も、姫様には公務が控えております」

「都合の良い時だけ外に引っ張り出されて、見世物にされること? それ以外の時には、一歩も部屋から出るなって言われるのが公務? ふざけんじゃないわよ」


 朝から苛々としてしまい、ライゼ付きのメイド、ナトリーに刺々しい言葉をぶつけるライゼ。


「然様でございます。姫様の公務も、ひいてはお国のため、民のための仕事でございますよ」


 しかしナトリーも慣れたもの。愚図愚図と愚痴り散らすライゼをベッドから抱え上げて椅子へと座らせ、テキパキとお仕着せを着せつけていく。


「何が民よ。顔も知らない相手のためになんで私が……」

「ならば姫様のお食事は、一体誰の稼ぎによるものです? 着る服や寝るためのベッドは?」

「……」

「民の支えがあって初めて王家は王家足り得るのですよ」


 ライゼの愚痴を一言で黙らせるナトリー。

 それから「さ、御髪を整えさせていただきます」と言って取り出した櫛を、彼女の髪へと通していく。


「……」


 だからその日も、いつも通りの『地獄』が待ち受けているとライゼは思った。

 怠惰で退屈で、何をすることもない一日。

 それだけは大量に与えられる書物ぐらいしか、心を安らがせるもの存在しない日々。


 しかし、その日だけは、いつもと少しだけ様子が違った。


「そういえば姫様。本日は姫様にお客様がいらしております」

「客?」


 髪を梳かしながら告げられたナトリーの言葉に、ライゼがピクリと反応する。


「どんな客なの?」

「伺った話では、素性は旅の錬金術師、ということのようですね。お城を訪れたのは昨晩のようで、しばらくの間逗留することになるのではないか、と」

「ふぅん」

「陛下からは、必ず姫様と引き合わせるように、と仰せつかっております」


 即ち、くだんの錬金術師を客として招き入れるのは王命ということである。

 そのことに少しだけ苦い顔つきになるライゼ。


 だが、内心では、いつも通りだと思っていた日常に現れた「変化」に、心を躍らせていた。


(錬金術師……それも『旅』のというのがいいわね。少し、面白そうじゃない)


 そんなことを考えながら、ライゼはナトリーへと告げた。


「お母さまが会えと言うなら、会ってあげなくもないわよ。さっさとその錬金術師とやらを呼びつけてきなさい」

「姫様のご準備を整えておりますので、今しばらくお待ちください」

「今よ! 今すぐって言ってるでしょ! 何よ言うこと聞きなさいよ私はよ!!」


 その後たっぷり1時間かけて、ナトリーはライゼの支度を整えるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

引きこもりの皇女、旅の錬金術師に才能を見出されて城を飛び出し幸せになる 月野 観空 @makkuxjack

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ