第3話 石の姫と石の騎士

「うわっ」

「わあっ」


 姉弟が、あまりの眩しさに目を瞑る。

 そんな眩しさも、次第に光が収まっていき、やがて目を開いた二人の前にあったのは。


「……わああ」

「す、すごい!」


 石造りの舞台の上。

 ドレスで身を飾ったお姫様と、甲冑に全身を包み剣を腰に佩く石の人形がそこにはあった。


「こ、これ! お兄さんが作ったの!?」

「そうだよ。命を救ってくれたお礼替わりに、ね」


 目を輝かせる子どもに向かって、アンジェリカはそう言って笑う。


「こんなの、どうやって作ったの? さっきまでは何もなかったのに……」

「錬金術だよ。他には、こんなこともできるよ」


 そんなことを言いながらアンジェリカが再び両手を掲げると、舞台上の騎士が剣を抜く。

 それから、「ヤァ!」「トォ!」という掛け声が今にも聞こえてきそうな勢いで、右へ左へと剣を振り回し始めた。


 そんな騎士の周りで、これまた石のドレスを纏ったお姫様がくるくると優雅な舞を舞う。あたかも、騎士の剣舞に合わせるかのようである。


「わああ!」

「すっげぇ!」


 石の舞台の上で繰り広げられる即興の舞に、姉弟も声を上げて喜ぶ。

 その二人の喜びように、アンジェリカも頬を緩ませた。しっかり楽しんでもらえたようで何よりである。


「これで、パンのお代ぐらいにはなったかな?」

「うん! すごかった!」

「もっと見たいよ!」


 なんて言いながら、姉弟は再びアンジェリカにパンを差し出してくる。

 そんな二人の様子に苦笑しつつ、アンジェリカは「もらえないよ」と手を振った。


「これ以上私がもらっちゃったら、それこそ二人がママに怒られるんじゃないのかい?」

「あ……」

「そうかも……」

「それに、もうそろそろ日も暮れそうだ。早くお使いから帰らないと、褒められるどころか大目玉を食らっちゃうんじゃないかなぁ?」


 言いつつ空を見上げれば、西の空はもう赤い。あと三十分もすれば、すっかり辺りは暗くなることだろう。


 そのことに姉弟も気づいたのだろう。「あっ!」と口を大きく開き、驚いた表情になる。


「ほんとだ! もうこんな時間!」

「暗くなる前に帰らないと、お夕飯抜きにされちゃうよぉ」


 慌てた様子でそう言うと、二人してアンジェリカに背中を向けて駆け出した。

 だが、少し進んだ場所で足を止めると、姉弟はこちらを振り返って手を振ってくる。


「お兄さん、面白かったぁ!」

「また見せてねー!」

「はいはーい。まあ、機会があればねー。こっちこそパン、ありがとー」


 そんな二人に向かって、アンジェリカも笑顔でひらひらと手を振り返す。

 内心、「多分もう会わないだろうけど」と思いながら。


  ***


 それからやがて、姉弟の姿が消えるまで見送ったところで、アンジェリカは浮かべていた笑顔を消した。

 飢えは満たされ、空腹からは解放されたが、依然として彼女の状況はよろしくない。


 なぜならこれから日が暮れるだろうというのに、今夜の宿すら決まっていないのだ。宿屋に行こうにも、金がない。


 今夜はこの街のどこかで野宿するしかないだろうか?


 そんなことをアンジェリカが考えていると、不意に背後から声がかけられた。


「貴様、錬金術師だな?」

「……そうだけど、それがどうかした?」


 どこか、剣呑な響きの声。

 そのことに警戒しつつ背後を振り向けば、そこにいたのは石造りではない、だ。それも一人ではない。三人である。


 ヘルムは口元のみ露出したデザインで、感情をうかがい知ることはできない。露出した口元は、やや不機嫌そうに引き結ばれていた。


 胸当てにはエルダーク王国のエムブレムが刻まれているのを見る限り、エルダーク王国の正規兵、といったところだろうか。


「錬金術師を、王が所望だ。これより我々に同行していただく」


 真ん中の一人、とりわけ装飾の豪華な甲冑に身を包んだ騎士が言った。


「嫌だと言ったら、余計に面倒くさそうだね?」

「理解が早いようで何よりだ。死体の数を増やさなくて済むからな」

「……」


 自分の不機嫌を他人に押し付けるタイプって感じだなぁ。

 表情を変えないまま、アンジェリカはそんな感想を抱く。この騎士、人間的にはアンジェリカにとって好ましいタイプではないようだ。


 とはいえ、訪れたばかりの国で面倒ごとは御免である。


「……まったく。なるべく質のいいベッドがあるといいんだけどねぇ」

「それは貴様の態度次第だな」

「テメェの態度をまず――おっと」


 言いかけたところで、アンジェリカは慌てて言葉を飲み込んだ。


 たちまち、騎士の顔色が変わる。


「何か言ったか?」

「いいや、何も? それより王がお待ちなんだろう? もたもたしてたら、君の評価にも関わると思うんだけどねぇ」

「……っ。ふん。さっさと来い!」


 左右を騎士に固められ、アンジェリカは辟易とした気分になった。

 これではまるで連行だ。余計なことを言いかけなければ、もう少し穏便に済んだだろうに。


 思ったことをついつい口にしてしまうのは、彼女の悪い癖であった。

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