第2話

 会計をさっさと終わらせて、逃げ出した白藤を追う。

 万年運動不足で細かったあいつとは思えない程の速さだ。

 どうせ行先は駅前の例のビルだろう。

 追い掛けながら職場に電話を掛ける。


「あ、もしもしお疲れ様です巴です、うちの近くのビルの怪異案件あったじゃないですか、緊急なんであれ壊してきますね」


 上司の返答を待たずに電話を切る、なんだったらスマホごと電源を切る。

 突然白藤の様子がおかしくなったのは、十中八九怪異の介入によるものだろう。

 本来なら時間をかけて同化していくつもりだったようだが、俺が話したせいで獲物が逃げるとでも思ったのだろう。

 件のビルに到着して、苛立ちをぶつけるが如くに扉に蹴りを入れてやる。

 意外にもあっけなく開いた扉の先には、糸になりかけている白藤の姿と見通せない闇があった。


「おはようございまーす、二ツ木調査事務所の巴と申しまーす」


 癖で仕事のような挨拶をしてしまったが、そのおかげか白藤も怪異も呆気にとられたようになっている。

 扉に足を押し付けて開いたままになるようにしておく。


「どうして、どうして?なんで?だれ、だれ?」


 闇の中から無数の声が聞こえてくる。

 丁度いい、畳み掛けてさっさと終わらせてやろう。


「早速だがお前さんの正体暴いてやる、一回しか聞けないんだからよく聞いとけよ?」


 思わず口角が上がってしまう、昔からこの癖を何とかしたいと思っているのになかなか治らないものだ。


「お前さんは闇蟄虫という虫だろ、光の入らない暗所に巣を張って巣に入った生き物を繭の糸に変えて成長する奴さ」


 ドヤ顔でそう伝えれば、周りを覆う闇が幾分か薄まったように見える。

 友人のもとへ歩みを進めながら解説を続ける。


「弱点はご存じの通り光、その他にも繭の糸を解かれるとそのまま活動を停止してしまうってのもあるね」


 白藤に辿り着いたときには部屋の中はもはや一般的な廃墟と同じような明るさに戻っていた。

 その中心には少しだけ蠢いている繭が一つだけ置かれている。


「こうなっちまうともう何もできないみたいだな、あっけない……白藤は返してもらうぞ」


 繭の糸を少しだけ解いて、友人の身体だったものをかき集めてビルを出る。

 取り合えず救急車を呼ぼうと考えていると、白藤が口を開いた。


「あの、えっと……ごめん、それとありがとう」


 落ち込んだような顔でそんなことを言われて、なんだか気恥ずかしくなる。


「気にすんなよ友達だろ?……あ、でもサングラスは後で新しいもの買ってもらうからな」


 少しふざけた態度でそう伝えると、白藤の顔に少しだけ元気が戻ってきたように感じられる。


「ところでさ、さっきのあれは凄かったよ……彼の正体なんてよくわかったね」


 無邪気な目で質問してくる白藤に思わず口も軽くなる。


「すごいだろ、あれ全部口から出まかせなんだぜ?」


 そう伝えると白藤はまた目を丸くして固まってしまった。

 しまったと思って、理由を付け加える。


「怪異なんて誰も正体を知らないんだよ、それこそ怪異自体にだってわからない、だからこっちで無理やりにでも正体を決めちまえるんだ」


 白藤の顔が驚愕から困惑に変わる。

 こればかりはしょうがない、俺も仕事しだした頃はよくわからなかったんだから。

 到着した救急車に乗り込んで、無事に病院に送り届ける。

 糸になりかけた白藤は大きな病院で精密検査だとか症例が無いから難しいかもしれないとか説明されたようだ。


「じゃあしっかり治してもらえよ、それと今度からは変な現象には近づかないことだな」


「うん……あ、でも、巴が来たあの時は凄くかっこよかったよ」


 そんな会話を少しして病院を出る。

 すっかり日が沈んで暗くなってしまっている中で、タクシーを呼ぼうとスマホの電源を入れた。


「うわ」


 上司からの着信履歴を見て血の気が失せた。

 どうしよう、明日なんて説明しよう。

 目の前が真っ暗になりそうだ。

 溜息を吐きながら見上げた空には、嫌気が差すくらいに綺麗な月が上っていた。

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