第12話 療養する令嬢
あの事件から早くも一週間が経過した。息をする様にクロード・シャルリエの屋敷に連れて行かれた私は、大袈裟なクロードが呼び出した専属医に診て貰った結果、足首の骨にヒビが入っていると診断された。それ以外にも打撲や捻挫が幾つかあった為に暫くの絶対安静を言い渡された。全然大袈裟ではなかったらしい。
身体中に怪我をしてしまったせいなのか、はたまた割とショッキングな事件だったせいなのかは不明だが、実に七年振りに高熱を出してしまいベッドから動けない日々を送る羽目になってしまった。
その間、ずっと私の傍にクロードは付きっ切りだった。貴様は騎士団の仕事や第二王子としても仕事はどうなってるんだ?という疑問を抱く程には片時も離れず私の傍にいて、額に乗せる濡れたタオルを定期的に交換したり痛みが強い時には手を握ってくれたりと献身的に看病してくれた。
分かるわ、驚くわよね。私もあのクロード・シャルリエが他人の為に自らの時間を犠牲にして看病するなんて信じられなかったもの。
クロードだけでなく、ヴァレリーやシャルルも仕事のない時間は私の部屋を訪ねてくれてケーキや果物やお花を毎日持って来てくれるようになった。
ここで一つ言わせて欲しいわ。美形にお世話されるのって最ッッッ高!不謹慎だけれど怪我して良かった!!!本音ではそう思っている事はここだけの秘密よ。
「おはよう、目覚めたか?」
「ん…おはよう」
朝、瞼を持ち上げて眠りにお別れを告げた世界で必ず最初に私の視界を独占するのはクロードの麗しい顔だ。
実は酒の勢いで一緒に寝て以来、毎日クロードと一つのベッドで眠りに落ちて朝を迎えている。必死の抵抗を試みたものの「お前の怪我が心配だから傍に居させろ」と押し切られてしまったのだ。しかしながら、一度たりとも手は出されていない。
意外過ぎて手を出す気配のないクロードが逆に心配になったし、変に身構えていたせいで私は拍子抜けしてるし、一週間経った今では最早私には女としての魅力がないのではないかという不安にすら駆られている。
「体調はどうだ?」
「まだ痛みはあるけど、日に日に良くなってる実感はあるわ」
「そうか。何か食べたい物があれば手配するから遠慮するなよ」
「いつもいっぱい貰ってるからそれで十分よ、ありがとう」
「今日はどうしても外せない仕事があって出る事になった。すまないな」
「全然気にしないで。騎士団長が不在だと何かと団員も困るだろうし…今日から熱も引いているから平気よ」
「俺が嫌なんだよ、お前と離れるのが。それくらい分かれよ」
「……」
不意に身体を抱き締められて、心臓が口から飛び出そうになった。クロードの鼓動が耳元で鳴り響いて、身体中に彼の体温が伝ってくる。
ここ最近の一番の問題は、クロードが私に容赦なく甘いという事だろう。それに加えて、私のクロードへの恋心が日に日に膨らんで留まる事を知らないのだ。
「お前に怪我を負わせた自分が許せねぇ。絶対にお前を狙うように依頼した犯人を炙り出して地獄に落してやる」
「あんたなら本当にやりそうで怖いわ」
「当たり前だろ。俺の大切な女に手出したんだ、それくらいの覚悟は持って貰わないと困る」
私の髪を丁寧に撫でて「早くお前も俺を好きになれば良いのに」と、儚げに微笑むクロードに心臓が撃ち抜かれた様に痛くなる。
「本当はとっくに好きになってるわよ」そう言えたら楽なのに、私が憧れているお姫様は皆素直に「私も好きですわ」と可憐な笑顔を添えて言えるのに、恥ずかしさやプライドが邪魔をしてどうしても口を噤んでしまう。
「それじゃあ行ってくる。仕事が片付き次第戻るから安静にしてろよ」
ゆるりと口角を吊り上げた相手に嫌な予感を覚えるよりも先に頬に口付けが落とされ、私が文句を言うよりも先にクロードはさっさと部屋を出て行ってしまった。
❁❁❁
「おはよージゼルちゃん。今日は俺の仕事休みだからお見舞い来たよ…って、ジゼルちゃん顔赤いけどもしかしてお熱上がった?」
「へ?ぜ、全然元気よ?きっと毛布をいっぱい被っていたから火照ってしまったのかもしれないわ」
「そうなの?一緒に朝ご飯食べたいなと思ってるけど、食べられそう?」
「ええ、勿論よ」
クロードがいなくなって三十分も過ぎない内に、部屋にシャルルが訪ねて来た。
頬にキスをされた熱がまだまだ冷めてくれない中、あっという間に準備された豪華な朝食をシャルルと囲う。
一人だとどうしてもクロードの事で頭がいっぱいになってしまうから、シャルルが来てくれて助かったわ。
「そういえば、ここのところシャルルが朝席を外す事がまるでないけれど、大丈夫?私の事は放っておいても平気よ?」
「あー、俺女の子を食べるの辞めたんだ」
「え!?!?!?体調悪いの!?!?シャルルのライフワークだったじゃない!!!」
「全然ライフワークじゃないしジゼルちゃんさらりと失礼な事言うよね」
「だ、だって衝撃的なニュースだったからつい」
「ジゼルちゃんのせいだよ」
「え?」
「ジゼルちゃんが自分を大切にして自分を愛してあげてって言ってくれたから、女の子に慰めを求めるのは辞めたんだよ。自分でも驚くくらいあっさり辞められてさ、無理してたんだなって漸く気づいたよ。まだぐっすり眠れる時間は多くないけど、これから少しずつ増やしていきたいなって思ってる」
「シャルル…」
「だから俺が限界を感じたらジゼルちゃんの膝を借りに来ても良い?」
「大歓迎よ」
シャルルを膝枕できるなんてご褒美でしかないわね。だって美しい寝顔をじっくりと至近距離で鑑賞できるって事でしょう?想像しただけで涎が出ちゃうわ。
私が替わってあげる事はできないけれど、自分なりに模索して前へ進もうとしているシャルルを応援したいなと心から思う。
「でもジゼルちゃんの膝を独占したあかつきにはクロードに吊るされそうだよね。クロードがあんなに恋愛依存症の拗らせ男だなんて思わなかったよ」
「散々な言われ様ねあの男」
「言い寄ってくる令嬢を睨みつけて舌打ちしかしなかったクロードが、ジゼルちゃんにはデレデレだから本当に面白いよ」
ソーサーからティーカップを取って紅茶を口に含む何気ない仕草一つとっても、シャルルがやると優美で品格がある。
葡萄を一粒食べて頬杖を突いた彼が、唇に付いた果汁を軽く舌で舐めているだけだというのに犯罪級に色っぽい。
「クロードと言えば、そろそろあの日がやって来るね」
「あの日?」
相手の言う「あの日」が何を指しているのか全く見当もつかなかった私は、首を傾げて眉間に皺を寄せた。
「もしかして、ジゼルちゃんまだ聞いてないの?」そう言って長い睫毛を瞬かせた後、眉を下げながら苦笑を漏らした。
「騎士団の創立記念パーティーが来月の頭に催されるんだよ。そしてそこにジゼルちゃんも行くんだよ」
寝耳に水な話に、私の口を突いて出たのは…。
「はい?」
たったそれだけだった。
第12話【完】
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