第6話 運命を感じる令嬢
拝啓、天国にいるお母様お元気ですか。お母様が亡くなられてからというもの、ブランジェ家で冷遇される人生を送って来た私ですが、お母様に逞しく育てて頂いたおかげで挫ける事なくひたむき前を見てここまで歩いてきました。
それもこれも、きっと信じてさえいれば私だけの素敵な王子様に出逢えるという希望を持っていたからです。どんな環境であっても芯を強く持っていれば美しい王子様が迎えに来てくれると期待していたからです。
ですがお母様、そんな私でも流石に今回ばかりは気が滅入ってしまいそうになっています。何故なら…―。
「俺の一世一代の告白を拒絶するなんてお前本当に人間か?」
私を迎えに来たのがこの国で一番有名な不良だからです。
「失礼ね、ちゃんとした人間だから断ったのよ」
「何でだよ、お前頭可笑しいな」
「あんたにだけは言われたくないわよ」
目を丸くさせてこちらに視線を突き刺している男の顔には「信じられない」という文字が書かれている。珍獣を見る様な目で私を見ないでくれるかしら。
肩書きだけは王国公式の王子だというのに、私が理想に掲げていた王子様像にこれっぽっちも掠っていないこの男は、さっきからずっと私の中にあったクロード・シャルリエのイメージすら粉々に打ち砕いている。
大体どんな思考回路を持ってしたら自分を殴った人間に惚れたりなんかするのよ。
本当は、私をただ処刑にしたりするのは勿体無いと思って暇潰しとして遊んでから捨ててしまえとでも思ってるんじゃないの?そうでもなきゃ、この男が私に惚れたなんて台詞を吐いた説明がつかないもの。
「クロード様、到着いたしました」
脳内に押し寄せる困惑と混乱が一向に消える気配のないまま、馬車のドアが開かれて光が射し込んだ。
もう二度と来ることはないと思っていたはずのクロード・シャルリエの屋敷がドアの向こうに聳え立っている。
「行くぞジゼル」
私に手を差し出して口許を緩める男は、容姿だけはずば抜けて麗しいせいで美形に脆弱な私の心が反射的に跳ねてしまう。
どうして私の名前を知っているのかしら。あの日、私が名乗るよりも先にこの男は気を失ったのだから分からないはずよね。そもそも、クロード・シャルリエは今日あの古びた小屋に姿を現した。
ということは、私がブランジェ侯爵の娘である事もそれなのに小屋住まいなのもこの男は知っているという事なの?
「おら、さっさと手を貸せ」
「嫌よ、私だけの王子様以外にエスコートして貰うつもりなんてないわ。自分で降りれるから平気よ」
「なら全然問題ないな」
「は?何言って…きゃっ…」
膝の上に置いていた自らの手が強引に奪われた刹那、腕を引かれた私の身体は自然と馬車の外へと導かれた。
「俺がお前だけの王子になるんだから何の問題もないだろ」
躊躇いもなく、当たり前にそれが既に決まっている将来であるかの様にそう言った男は、私の頭にポンっと優しく手を置いた。
その手は大きくてそして温かくて、とても「暴君」「王室の汚点」「不良王子」なんて呼ばれている人間の物には思えなかった。
「じゃあ行くぞ」
「ぎゃあああああ!何でわざわざ担ぎ上げるのよ!」
「うるせぇ、この方が早いだろ。それに、お前が逃げないように保険だ」
「逃げないって言ったじゃない」
「まともにお前と会話するのは今日が初めてだから信じらんねぇな」
「そんな女に惚れたと言ってるあんたの方が信じられないわよ」
まるで荷物の如く再び私を担いだ男に両手両足をジタバタさせて文句を並べてみても、ノーダメージらしい男は「お前やっぱり面白いな」と破顔して歩き始めてしまった。
男が歩いて風を切る度に、ふわりと香りが広がって鼻腔を潜り抜けていく。無性に心が擽ったく感じるのは、きっとその香りがやけに色っぽいせいだ。きっとそうだ。
それ以外の理由なんて、あるはずがないわ。
屋敷内を闊歩するクロード・シャルリエに連行された先は、書斎や自室にしては大きく、客間にしては散らかっている不思議な一室だった。
長いソファが三脚もあり、テーブルの上には乱雑にボードゲームやカードゲームで使う道具が置かれているし、酒の空き瓶が数本とまだ酒が入っているグラスも確認できた。
変な空間ね、クロード・シャルリエはたった今ここに入ったばかりだというのに、まるでついさっきまで誰かがここで酒を楽しんでいたかの様だわ。
「きゃっ、ちょっと!もっと丁重に扱いなさいよ!」
「十分扱ってるだろ」
「何処がよ!ソファに投げる様に下ろすなんて信じられないわ」
「負傷した騎士を連れて帰る時よりは優しくしたぞ?」
「屈強な騎士と比べないでくれる!?!?ていうか騎士でも怪我人なら優しくしなさいよ…はぁ、女をこんな雑に扱うなんてあり得ないわ」
「そうなのか?女を抱き上げるのは初めてだったからよく分からなかった、不快にさせたんなら悪かったな」
「え」
素直に謝った事にも驚いたが、それよりも吃驚したのは女を抱き上げるのが初めてという発言だ。
こんな恵まれた顔と体格と家柄と地位を手にしているこの男が女を抱き上げた事もなかったの?
噂ではこの男に抱かれたいと願う令嬢達が一夜でも良いからとひっきりなしに訪れているって話だったじゃない。色んな女を喰ってるという話だって聞いたことあるわ。
それなのに、女を抱き上げた事もないですって?
「何だよ」
「女を抱き上げた事もないって本当なの?」
「そんな下らねぇ嘘ついて何の得があるんだよ…悪かったな経験がなくて。キーキー高い声出して騒ぐ事しかしねぇからその辺の女は嫌いなんだよ」
赤髪を搔き乱しながら、頬を少しだけ上気させて視線を逸らす男が嘘をついている様には見えない。
意外過ぎるわ…何なのよこの男、次から次へと元々あった悪いイメージが消えていってるじゃない。
「あんた…「クロード」」
「……」
「俺の名前はクロードだ。あんたって俺を呼ぶ女、国中探してもお前くらいだぞジゼル」
隣に腰を下ろした男が、私の頬に手を添えてクスリと微笑む。その顔がやけに美しいせいで、ドキドキと心臓が激しく音を立てる。
「そういえば第二王子だったの忘れてたわ」
「ああ、そんな肩書き忘れたままで良い。あってないようなもんだ」
「でも…その…勢いで最低な言葉遣いの連続だったけれど、王族相手ならそれ相応の言葉遣いをしないといけないわ」
「今更だな。別に今のままで良い、ジゼルだけは特別に許す」
「…っっ…近いわ」
「俺の名前呼んでみろ、そしたら離れてやる」
「……」
頬に熱が集中していく中、早くこの形容し難い熱から逃れたくて口を開いたその瞬間だった。部屋の扉が開けられ、私達の目線は一斉に扉の方へと投げられた。
外から部屋へ入って来たその人物を視界に捉えるなり、私は口から驚嘆の声を漏らした。
「クロード帰って来てたんだ……って、その子…」
私の姿を見た彼が、これでもかと目を見開いている。
忘れもしない柔らかなブロンドの髪と透明度の高い碧色の瞳。
「いたのかヴァレリー、お前昼寝しに行くなら酒くらい片付け…ぐはっ」
ぇええええええ!!!!眉間に皺を寄せたクロード・シャルリエが何かを言い終わる前に、駆け寄って来たブロンドの彼が思い切りクロード・シャルリエを突き飛ばして私の両手を握った。
「やっぱりあの子だ。怪我した俺の手当てをして叱ってくれた女神様」
ふにゃり。そんな音が出て良そうな程に柔らかく蕩ける様に頬を緩めたブロンドの彼は、やはり私の好みど真ん中の顔立ちをしていた。
「ずっと探してた、また会えて嬉しい」
双眸をキラリと煌めかせたブロンドヘアの彼は、私の頬にチュッと短くキスをしたのだった。
お母様、これがもしかしなくても世で言う
第6話【完】
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