自由を求める

オニイトマキエイ

【短編】自由を求める

「魁人!またゲームばかりして!勉強は?頼んでいたお風呂の掃除は?」


「……ごめんなさい」


「謝るくらいなら始めからやりなさいよ!」


ババアはヒステリックを起こしてコンセントを抜きやがった。


あり得ねえだろ。あと1勝でダイヤランクだっていうのに!

本当にこのババアは余計なことしかしねえ。

ほんと、さっさといなくなれよ。


でも俺はブチギレて暴れたりはしねえ。大人だから。

更年期なメス猿と同じ土俵に立ちたくはないからな。

だいだい頭ごなしに怒鳴りつけて俺が勉強すると思うか?

低能は低能なりに、その足りない脳みそ振り絞って俺が勉強したくなるような案を提示するべきじゃないのか?

例えば、問題集1冊解くごとに1万円とか。

名案だ、これならやる気になる。やっぱり俺って天才か?


俺は妹の部屋のドアを蹴飛ばして勝手に入る。

妹の涼香は机に座って勉強していた。


バカバカしい、お前のような奴がいくら勉強したところで底が知れているというのに。カッコ悪い、無駄な努力だ。



「おい涼香、風呂の掃除やっとけよ」

「……うん」



コイツは俺の妹の涼香。俺の言うことならなんでも聞く。

家事の当番を全部押しつけても、財布から金を盗んでも怒らない。

たまにムシャクシャしたことがあったらブン殴る。爽快だ。

俺だって鬼じゃない、ちゃんと服で隠れるところにしてやってるよ。ババアや先公にバレると面倒だからな。


この前なんかは、どこまで俺の言いなりになるのか実験してみたくなって犬の餌を食えって命令したら、嫌な顔ひとつせず本当に口に入れたりしちゃって、俺は腹を抱えて笑い転げたよ。


それでもババアに言いつけたりしないところを見ると、真性のドMなんだ。

つくづく気持ちの悪い妹だぜ。


俺は用もないがコンビニへ向かった。

とにかくあの家にはいられない。俺は自由が欲しいんだ。

とりあえず雑誌を立ち読みでもして悪戯に時間を潰そう。


30分くらい雑誌を眺めていたら、なぜか店員が近寄ってきた。

いったいなんの用だ。


「お客さん、立ち読みは禁止なので。ご遠慮願います」

「……あぁ。はい」


クソが。ムカつくぜ、あんな芋臭い店員にまで舐められるなんて。

俺がもっと厳つい見た目の男だったら注意もできねえクセに。

どいつもこいつも……俺を排除しようとしやがって。


コンビニから追い出された俺は、あてもなくフラフラと歩く。

段々と陽が沈んで暗くなってきた。


夜は好きだ。孤独って感じで俺に似ている。

俺は夜道で独り、イヤホンで曲を聴きながらスマホを触る。

誰か人を待っている風に佇むんだ。夜風を浴びながら。シャレてるだろ。

きっと傍から見た俺はカッコいい。相当キマっている。


すると、道路の向こうから自転車に乗った集団が近寄ってきた。


俺の直感だ。とても嫌な予感がする。

アレは恐らく、クラスメイトの阿久津。

いつも俺を学校で虐めてくる、いわゆる社会の最底辺のゴミだ。



「あれ?間宮じゃねえか。なにしてんだよこんなところで」


「い、いや別に……なにってわけじゃ……」


「まあいいや。金貸してくれよ、俺ら今からカラオケ行くんだわ」


「えっ。この前に貸したばっかり……」


「口答えしてんじゃねえ!さっさと財布出せ!」


俺は腹に1発、拳を食らった。とてつもなく痛い。内臓を潰されたかのようだ。


それを見て阿久津の取り巻きどもはゲラゲラ笑っている。

阿久津もウケたことで上機嫌だ。


あぁ、この世は理不尽だな。俺みたいな真面目に生きている人間が馬鹿を見て、コイツみたいな悪党が良い思いをする。



――自由は、俺の自由は何処だ?



結局、俺はなけなしの1300円を献上した。最悪の気分だ。

惨めすぎる。俺は零れそうな涙を腕で拭いながら、家の玄関を開けた。



「魁人!あんた何時だと思ってるの!ご飯もう冷めちゃってるわよ」


「要らない。……友達と食べてきたから」


「晩ご飯要らないんだったら要らないって言いなさい!もう~!」



クソッ!クソッ!クソッ!


まったく鬱陶しい。俺がいつ晩飯を作れと頼んだ?


どいつもこいつも、俺の神経を逆撫でさせやがる。

この世界に俺の居場所はないのか!



――こういう気分の時は、コレに限る。



俺はまた涼香の部屋のドアを開けた。

相変わらず机にしがみついて勉強勉強。

社会に迎合している私、偉いってか?つくづく反吐が出る。

利口な娘を演じやがって、コイツのせいで俺が比較されて嫌な思いをするんだ。代償を払ってもらうぜ。


俺は涼香の背後から羽交い絞めにする形で首を絞めた。

バタバタと騒ぐが、ババアに気づかれると厄介だから耳元で囁きながら釘を刺す。


「いちいち暴れるな、殺すぞ」

「……うぅ」


情けない声を出しやがる。

完全に俺に服従させるのが快感なんだ。ドーパミンが止まらねえ。

俺は涼香の髪の毛を掴んで、何度も頭を殴った。


コイツはドMだから、どれだけ殴っても問題ないんだ。むしろ、有難がってるんじゃねえのか?


今日は俺の気の済むまで、サンドバッグにしてやる!



――俺は無我夢中で涼香を殴り続けた。加減を忘れて。



俺の拳にはベットリと血が付き、気が付けば涼香は意識を失ってしまっていた。怖くなった俺は、髪の毛を掴んでいた手を離す。


すると、まるで置物のように重力に任せて倒れてしまった。


鈍く大きい音が響き渡る。

血の気が引いて俺の顔が青褪めていくのが分かる。その場に立ち尽くしたまま、俺は動けない。


なにか言い訳を考えないと……なにか。


不審な音を聞きつけたババアが階段を駆け上がってきた。

なんとか隠蔽しようとしたが叶わず。


遂にババアに知られることとなった。


「涼香ちゃん!しっかりして涼香ちゃん!」


「ひ、貧血で倒れただけだよ。寝かしておけばすぐに……」


「アンタが殴ったんでしょうが!アンタが!」



ババアは泣き喚いてヒステリックを起こしやがった。

俺も涼香も同じお前から産まれた子どものハズなんだが?

俺の言うことなんて信じやしねえ。現場を見てもねえのに犯人扱いかよ。


「知らないよ。俺は涼香が倒れてたから部屋に来ただけで。実の妹を殴ったりするわけないじゃないか。心外だよ、母さん」


「もういい!涼香を病院に連れていくから!」


ババアはそう叫びながら、涼香を救急に連れて行った。





――それから数日。


入院していた涼香が家に戻ってきた。

顔はかなりやつれていて、以前にも増して幸の薄そうな顔になった。

そんな数発殴っただけで入院なんて大袈裟だ。さっさと戻って来い。



俺なんて、毎日阿久津に殴られているっていうのに。



俺がいつも通りゲームに勤しんでいると、ババアが部屋に入ってきた。


「ちょっと、勝手に入ってこないでって……」


「魁人、話があるわ」


「なんだよ。今忙しいから後にしてよ」


しかし、えらく神妙な面持ちで入ってきたな。

ゲーム禁止なんて言われた暁には、家出してしまいそうだ。


どうせ俺が家出するなんて言ったら、泣きついて謝ってくるに違いない。

面白そうだし一度くらい試してみるか。


なにを言われるか構えていたが、ババアの口から出たのは俺の想像を遥かに超える衝撃の言葉だった。


「魁人、アンタを施設に預けることに決めたわ。涼香に手を挙げるような人間を一緒に住まわせておくわけにはいかない」


訳が分からない。訳が分からない訳が分からない!?

このババアはなにを言っている!?

正気か?自分の息子を施設に預けるだって?それでも親か!


「意味が、分からないんだけど」


「そのままの意味だよ、お母さんは涼香を守ることに決めたの。一度施設で更生して、立派な人間になったら戻ってきな。明日出発だから準備して」


あまりの無責任さに、俺は沸々と怒りが湧いてきた。

施設なんかに入ったら、俺の自由はどうなる?

なにもできない。俺の人生は終わりだ。

そうなってしまう前に、この邪魔者を消さなければならない!



俺は壁に立てかけてある金属バットを握ると、怒りに任せてフルスイング。



ギュンッと風を切る音が流れれば、ゴンッと頭蓋骨を飛ばす鈍い音。

母親が体勢を崩して倒れていく様を見て、俺は我に返った。


自分のしてしまった事の重大さに、俺はようやく気づいたのだ。

バットを投げ捨てて、母親の身体に寄り添う。


「きゅ……救急車を。いや、でもどうしよう。そんなことをしたら俺が……」


頭をフル回転させて考える。

なにが最善か、どうするべきか。

俺の自由が奪われずに済む方法は?


「あぁ。そうだ。涼香に全部擦り付けよう。俺の言うことならなんでも聞く」


コレしかない。知恵を振り絞った渾身の打開策だ。

俺が涼香を呼びに行こうと立ち上がった時、影が落ちた。


「……ん?えぇっ……?」


あろうことか俺は大量に出血していた。

左胸には包丁が突き刺さり、生温く赤黒い血がドクドクと流れ出る。

俺の前に立っていたのは、涼香だった。


「テメェ……このブス、誰のこと刺してると……思ってんだ馬鹿がァ!」


涼香はなにも答えない。ただその場に、静かに立ち竦んでいるだけ。


強烈な痛みに襲われた俺は、やがて朦朧とした意識の中でその場に倒れ込んだ。


微かに開いた瞼。そのボヤけた視界の中で、涼香が金属バットの指紋を拭き取り、自身の指紋をわざとつけているのが見えた。



「――自由を」













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