塚田 最終章
花火が終わり、帰路につく客たちのなかに下を向いてなにかを探している様子の越田と村川を見つけ、
「なにしてんだ?」
「ああ、先生。朝山が財布をどこかに落としたっていうから探しているんですよ」
越田が額に汗をにじませながら言った。
「そうか。朝山はどこにいるんだ?」
「屋台のほうかもしれないって、そっちを探しています」
「ほんと、なにやってんだか。見つからなかったらどうするんだろう」村川が苦笑する。
「心配しなくても絶対見つかるよ。だからお前らは二人で花火の余韻に浸ってろよ」
塚田は立ち去った。財布は必ず見つかる。というよりそもそも落としてなどいないのだ。財布を落としたというのは越田と村川を二人にするためについた朝山の嘘なのだから。そして、その嘘をつくように言ったのは塚田自身である。
あたりを見渡しながら生徒を探す。見つけるたびに、「早く帰れよ」と声をかけていく。皆、「はーい」と素直に返事をするが何人が指示に従うのかはわからない。だが、それも今日くらい許してやりたい。どうかなにも問題が起きませんように、と夜空へ祈ってみたが気恥ずかしくなり、小さく笑った。
「孝介」
名前を呼ばれ振り返ると悠平がいた。となりには遥香もいる。二人の間には浴衣の幼い女の子がいて母親の袖をつかんで隠れるようにこちらを見ていた。
「なんだ、お前らも来てたのか」
「休みが取れたからな」
「久しぶりだね」遥香が言った。あの時とは違い青い浴衣を着ていた。
「彩美ちゃんだよな。だいぶ大きくなったな」
「うん。五歳になった」
「やっぱり覚えてないよな。会ったの赤ちゃんのときだから」
「だね。もとから人見知りってのもあるけど」
「まあ、仕方ないよ」
「孝介くんは見回り? 大変だね先生も」
「仕事だからな。でも、ほとんど生徒は帰ったみたいだから、そろそろ終わりだよ」
「でも、お前が教師になるなんてな」悠平が言った。
「確かに。俺が一番驚いている」
「人生なにがあるかわかんないな」
「確かに。あの時も俺が財布落としていなかったら、お前は告白出来ずじまいで遥香ちゃんと結婚していないもんな」
「だな。それは言えてる」
「びっくりしたよ。財布探していたら突然、付き合ってくださいって言われたから」
遥香の言葉に悠平が、
「顔を見たら言えそうになかったからな」
遥香の頬が緩んだ。花火の欠片みたいな星屑が夜空に広がっている。やわらかい月明かりが、母親の袖を引っ張る眠たそうな彩美の顔を照らしていた。
「どうしたの? 眠たいの?」
彩美が無言で頷く。
「そっか。じゃあ家、帰ろうか」
「じゃあ、先に車行ってろよ。俺もすぐに行くから」悠平が遥香にキーを渡した。
「わかった。先に行ってるね」
遥香が娘をつれて歩いていく。彩美は母親に寄りかかりながら歩いていたが、途中で抱きかかえた。その後ろ姿を眺めていると悠平が、
「あの時、本当に財布落としたのか?」
「さあ、どうだろうね」
「まあ、どっちでもいいけどさ」
「だろ。どっちでもいいんだよ」
「そういえばさっき、なにか探してる様子の高校生っぽい男女がいたけど、お前のとこの生徒じゃないのか?」
「俺のところの生徒だよ。そんでうまくいけば将来的にはお前らみたいになる」
「どういうことだ?」
「別に。ただ、友達が告白するのを応援したいってやつに俺の昔話をしただけだよ」
塚田はレモン色の満月を見上げた。
花火の下の落とし物 藤意太 @dashimakidaikon551
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