第2話

 惑星0891、今日から僕が住む星。そこは表面積13kmという小さな星だった。

そこにポツンと大きな家が1軒建っている。それが僕の家だということは知っていたので、ドアを引いて家の中に入る。

「うわああっ」

 知っていたことだが、家の中に、白い虎がいた。犬のように、床に座っている。虎なんて、間近でみるのは初めてで、鋭い目つきや、尖った歯が怖い。

「ちょっ、ちょ」

 僕は尻餅をついた。白虎はというと、なんだコイツ、だとか言いたそうな顔で僕を見つめている。

すると白虎が、ぅ゙ぉ゙ーと低い声で鳴いた。

「ぼ、僕、ラカ」

 すると、白虎の頭上にポン、と文字が浮かんだ。

『始めまして』

「はじめまして?」

 パソコンで打ったようなきれいな教科書フォントの文字を見て僕は呟く。

『我はサイル。ラカ様に仕える召使である』

 その文字を見て、自分が白虎と会話をしていることに気付く。

「そ、そうなんだ、サイル、よろしく」

1人で生きていくわけではないことに僕は少しホッとして、サイルと名乗った白虎を見る。改めて見てみると、現実離れした美しさが際立っていることがよく目に見て取れた。

『こちらこそだ、なにか困ったことがあれば我に申し付けるがよい』

「分かった、ありがとう」

そう言って、僕は立ち上がり、部屋を見て回ろうとした。だがしかし、サイルが後ろでひっきりなしに吠えてくる。一体なんなんだ、と後ろを振り向くと、サイルの頭上には文字が並んでいた。

『仕事をしなければいけないぞ、ラカ』

「え、仕事?仕事は夜にやらなくちゃいけないんじゃないの?だって1日の人口の移り変わりを記録するんでしょう?」

少し時間が経ったのち、またサイルの頭上に文字が現れる。

『いいや、ここと地球【ニッポン】では時間が真逆なんだ』

「ええっ!」

そんなこと聞いてない、なんて思いながら僕は質問をサイルに投げかける。

「どこで僕は仕事をすればいい?」

すると、サイルはすくっと姿勢を正して、長い廊下を歩いていく。それに続いて僕も歩く。リビングに入り、そこに設置されてある階段を登り、2階の廊下を歩き、1番奥の部屋へとサイルは進んでゆく。やがてドアの前でサイルはこっちを向き、

『ここだ』

と、僕に教えてくれた。

「ありがとうサイル!」

 僕は慌てて部屋に入り、それに続いてサイルも入ってくる。デスクが部屋の隅に置かれていて、その上には紙が置いてある。僕はデスクの前に行く。

「これか」

僕は小さくそう言って椅子に座る。

そこにあった紙には


地球【ニッポン】  管理者 0891ラカ

【誕生者】    男      女

【死者】     男      女


 項目はそう多くない。これならすぐに終わりそうだ。僕はペンを握り、コスモ会館のお偉いさんにもらった高性能ウォッチを使って地球【ニッポン】との通信を開始する。


地球【ニッポン】  管理者 0891 ラカ

【誕生者】    男 1003   女 1210

【死者】     男 1607   女 1684


 【ニッポン】から入ってくる情報を書き写した。そして、念入りに数字に誤りがないかを確認してから、「できたよ」と言って後ろを振り返る。サイルは手を舐めながら僕を見ていた。

『どれどれ』

 サイルがそう文字を浮かばせながらデスクの上に手を置き、僕の書いた紙を見た。

『大丈夫そうだな。では、我は届けに行ってくる。背中についているポケットにこれを入れて、そこの大きな窓を開けてくれ』

 僕の書いた記録表を、サイルの背中にあるポケットに入れ込む。そして、僕の部屋についている不自然なほど大きな窓を開け放った。

『ありがとう、では我は行く。きっと1時間も経つ頃にはここに着いている思うぞ』

「分かった、行ってらっしゃい!」

 サイルは窓から飛び出したかと思うと、一瞬で空の彼方へと消えた。手を振る暇などなく、本当に一瞬で。

 僕は部屋の窓を一応閉めておく。その大きな窓は、カーテンもついておらず、外から丸見えだ。でも、この惑星には僕とサイルの2人きりなんだと今更になって気が付く。      

「そういえば」

 誰もいないことをいいことに、僕はつい独り言を言ってしまった。そういえば、契約書に署名捺印を記さなかった人はここに来ると言っていたっけ。

 そこで僕ははっと思い出す。僕、ここでは仮面をしていなければいけないんだ。

 仮面を探すために立ち上がる。ついでに部屋も見てみようと思った。まず、今いる2階から。2階の1番奥の部屋は僕の仕事部屋で、2階への階段を登ってすぐの部屋は、寝室だった。階段側から見て左にある部屋は、バスルーム。右側の部屋には、分からないことはなんでも載っている、とあのお偉いさんが言っていた本があった。その本で仮面がどこにあるのか調べてみようかとも思ったが、僕は探検のつもりでそれを見ないことにした。

 1階のドアの1番近くにトイレ、ドアから入って左側に客室のような部屋、廊下を少し進んだところにはリビングが。そして、何もないという言葉が相応しい部屋が2部屋。

 今のところ仮面は見つかっていなく、少し僕は不安になった。

 すると、ドアが叩かれるような音がした。大変だ、と思ったのも束の間。ドンドンとドアを叩くような音は大きくなっていく。しかし、段々とドアを叩く音は小さくなっていき、吠える声が聞こえた。

「サイル…?」

 僕がドアを開けると、息を切らしたサイルがそこに座っていた。

「わっ、ごめんサイル…」

『大丈夫だ』

 窓を閉めてしまったから、サイルが入れなかったんだ。僕は心の中で反省する。

「サイル、僕の仮面がどこにあるか分かる?」

サイルに僕は尋ねる。

『ああ、それは我が今持ってきた。背中の袋を開けてみろ』

 そう僕に伝えてから、サイルは体の向きを変える。そして僕は大きな袋の中のものを取り出す。

「わあ…、これ、僕の仮面だよね?」

 もふもふの青い虎の仮面を、僕は両手で持って掲げてみる。しかし、目も鼻も覆われていて、息が出来なさそうだ。

『つけてみろ、ラカ』

サイルに促され、おずおずと僕は仮面を顔につける。

「あれ、普通に見える」

 仮面をつけても、見え方は変わらなかった。どんな感じなのだろうかと思い、玄関前にある鏡の前に立ってみる。僕の顔は完全に見えなくなっていて、代わりに青い虎の威厳のある顔が鏡に映し出された。仮面は、威厳があるのに加えてどこか優しさを秘めたような顔をしていた。平らにして言うのなら、怖くはない。

「似合ってるぞ」

 後ろでそう声がして、僕は驚き振り返る。しかし、そこにはサイルしかいなかった。できるだけ聞こえないように、と思い声を潜めてサイルに話しかける。

「誰かいるの?」

「違う、誰もいない。その仮面を被っているときには我の声が聞こえるそうだ」

 漫才の劇場ならズコ、と誰かがこけているようなそんな場面。僕は少し面白くなって笑った。

 しかし、そんな仕組みがあるんだ、と感心して、

「へえ、すごいね」

と、素直に感想を告げた。

「まあな、コスモ組織をなめてはいかんぞ」

 サイルは自信に満ちたような表情で言った。

「よし、ラカ。きっと今日の明け方には、ここに人が来る。対応の復習をしておいた方がいいのではないか?」

 サイルがそう言った。僕も頷き、

「じゃあ、本を読んでみよう」

と言った。

 サイルと僕は、作業部屋へと向かう。広い家なので、まだ間取りが完全に掴めていなく、僕は何度か違う部屋のドアを開けてしまった。

「ラカは重度の方向音痴だな」

後ろからついてくるサイルは、そう言って面白がった。つられて僕も笑ってしまう。

「こんな仕事も悪くないね」

僕は本当の仕事部屋のドアを押しながら言う。後から気づいたことなのだが、僕の部屋の大きな窓にはなぜか、茶色と青緑のカエルが二匹くっついていた。


     ーーーーー


読んでくれてありがとうございました

ちょっと長めです

(ToT)/~~~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

青い虎 岩里 辿 @iwasatoten

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ