第6話 策略 -アンヤク-
とある高層ビル、その一室で灰色のスーツを着た若い黒髪の男が鼻歌を歌いながら1人がけのソファへ寄り掛かって目を閉じていた。
少し経ってから目を開くと彼は木製の机の上に置かれていたマグカップを手にすると中身を1口だけ飲み、再びそれを定位置へ置く。
「……始まった。既に彼女達は動き出し、順調に彼等と戦ってくれている。現段階でこれといった支障はない…が……少しのイレギュラーが起きているけどね。」
手元に置かれていたのは剣介の通っている学校の生徒達の個人情報が記載された書類だった。
本来ならばこれは学校に保管されている筈で
こんな所に有る訳がない。彼は剣介の写真を眺めてから備考欄を視線だけで下へ追う様に見始める。そして低めで且つ穏やかな声で話し出した。
「高岸剣介君……歳は16、成績に関しては他の生徒よりもやや下側…身体能力は普通か。確か彼女とはクラスメイトだったかな?」
他の生徒のファイルの中から見つけて来たのは
蘭の個人情報が記載された書類。
彼女の顔写真は勿論、様々な事が剣介同様に記載されていた。
「…2年B組、やはり剣介君と同じだ。土御門蘭…キミは特別な子で選ばれた存在…。若干16歳という若さで土御門家の退魔師となり、彼等と戦い続けて
最後に蘭の写真を左手の人差し指で軽く弾いて何かを口にした時、部屋のドアがノックされる。
「……どうぞ?ドアのロックは開いてるよ。」
そして「今帰った。」という少し大人びた声と共に入って来たのは黒い長髪に対し前髪を丁寧に眉に掛る辺りで切り揃えた少女。紺色のセーラー服と両足の脛部分を半分覆っている白い靴下、加えて足元には黒いローファー。その胸元には赤のスカーフが巻かれていた。
「お帰り。外の世界はどうだった?」
彼は書類を置いてから少女へと話し掛けた。
「…ヒトが多過ぎる、それに何処も騒がしい。」
「はははッ、そうか。それで…事は上手く運びそうかな?」
「今の所、大した問題はない…。とは言え多少の犠牲は覚悟していたが既に同胞が何人か奴等に斬られている事が気に障る位だ……。それより、お前は我々と結託し…その上で何を望んでいる?
少女は淡々と話すと椅子へ腰掛けている彼の元へ来て立ち止まった。
「……さぁ、何だろうね?」
「悪魔でシラを切るつもりか。我ら
少女は直哉を見て不気味な笑みを浮かべ、鼻で笑っていた。
「…そうだね、確かにキミ達からすれば僕ら人間は家畜同様、餌と同じだ。この街もキミ達にとっては餌場かもしれない……だけど困るんだよ。人間の数が減りすぎるのもそれはそれで問題だ。」
「……確か掟が存在していると耳にしたが。貴様ら加茂乃…そして我々魍魎との超えてはならぬ一線とも言うべきモノが存在していると。」
「解っているなら話は早いよ。その一線を超えた時…彼等は黙ってはいないだろうね。それに僕はあの家から勘当された身……加茂乃の人間ではないが最低限の事は知り尽くしている。悪いが、此処のビルは潰さないでくれるかい?僕の働く場所が無くなってしまうのは些か不便だからね。」
直哉がそう話した時、話相手の彼女は蘭の名前が記載された書類へ視線を移した。
「ツチミカド…?」
「…彼女の家は代々退魔師の血を引く子でね、つまりキミ達魍魎の敵となる存在。そして僕が最も興味を抱いている存在だよ。」
「ほぅ?珍しいな…お前が興味を抱く人間が未だこの世に居たとは。」
「…彼女には期待しているよ、色々な意味でね。おっと……そろそろ時間だ。遅れるのはビジネスをする人間としてあまり宜しくない行為だからね。そういう訳だから引き続き宜しく頼むよ…僕とキミ達はまだ良い関係で居たいからね。」
直哉はそう話すと椅子から立ち上がり、知世と共に部屋を後にした。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
同じ日の放課後、剣介が訪れていたのは自宅から離れた場所にある古い神社。鳥居を抜けた先の境内で彼は立ち止まっていた。今日は非番だから何かあれば携帯へ連絡すると神楽弥から伝えられている。
「…あの日、此処で薫は友達と遊んでたんだよな。」
剣介が今居る神社は彼の妹である薫が遊んでいた場所の1つで公園は神社から離れた更に歩いた所に有るのだが、公園で遊ぶというより寧ろ此処で遊ぶ事が多かった。行方不明となった日も彼女の友達と夕方まで神社で遊んだ後に別れてから少し経った後の事でその日は門限の17:00を越えても帰って来なかった。
剣介も自分のクラスの友達数人と遊んだ後に門限を過ぎて帰って来たのだが、薫の靴が無かった事に違和感を覚えたのを今でも覚えている。それから夜の20:00になっても帰らず、心配した両親は捜索へ出た。しかし幾ら探しても見つからぬまま時間だけが経過、母親が警察へ通報し一晩中捜索は続けられたが見付からなかった。
警察は女子児童が相次いで消えるという似た様な事件が頻発している事から薫も巻き込まれた可能性が高いと判断、広範囲に渡って捜索は続けられたものの2ヶ月後に捜索は打ち切られてしまった。そして薫の友達が最後に彼女を見たと話していたのがこの神社で剣介も此処へ来れば再び薫に会えるかもしれないと思い、暇が有ればこうして訪れていた。
「……会えないのは解ってるつもりなんだけど、何か来ちまうんだよな此処。陽菜ちゃんに言われるまで…俺もお前の事は成る可く思い出さない様にしてたつもりだったんだけどな。やっぱり無理だったよ...薫。」
溜息をつくと剣介は境内を歩いて回り始めた。
特にこれといって珍しい物も無ければ気になる物などない。だが薫が最後に居た場所であり、彼女が見ていた景色という事だけは特別そのもの。そして一通り見て回ってから剣介は神社を後にし立ち去った。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
日が傾き始めた夕暮れ時の事。
蘭が1人で足を運んだのは鈴夏駅や事務所がある方向とは真逆の方にある建物でそこは今の鈴夏駅へ新築されるつい何年か前まで利用されていた駅。言ってしまえば廃駅であり、今では駅員すら寄り付かなくなってしまっている。
工事用として使われている格子の付いた鉄製のオレンジ色をしたフェンスの前へ来た蘭は外見を軽く眺めると何処かの誰かが不法侵入する為に作られたであろう、人が通れる様に切断された場所から中へと入った。
ドアは既に鍵が壊されていて内部へは意図も容易く侵入出来てしまう。塗料の塗られた白い外壁はヒビ割れていたり中には完全に塗装が剥がれ落ちてしまった箇所もある他、オマケに窓が閉ざされていて建物内部自体が換気されていない事からカビ臭い匂いが立ち込めている。
蘭はそういった物へは一切見向きもせず気配だけを頼りに懐中電灯で照らしながら進んで行った。そして階段を降りて駅のホームへ立つと同時に彼女は懐中電灯を消して床へ置き、刀袋の紐を解いて自らの得物を取り出す。
「…以前よりも瘴気が増してる。人が不用意に立ち入ったから?」
そして暗闇の向こう側からゾロゾロと現れたのはゾンビの様な見た目をしたこの世の物とは違う者達。
そのどれもが顔に正気は無く、目は白く濁っている。年代や体型も様々で若い男性や女性、年配の男性等様々。言ってしまえば彼らは悪霊と呼ばれる存在で放置しておけば何かしらの形で害を成す。
「...纏めて斬る。」
蘭はスカートのポケットから1枚の形代を取り出し、空中へ放るとそれが頭上にある蛍光灯へ命中すると同時に明かりが点いた。
そこから天井を伝って他の蛍光灯にも明かりが灯る。それと同時にパーカーを着た若い男性の悪霊が口を開いて蘭へ向け走って来た。
「グアァアアアアアァッ!!」
「…来るッ!!」
素早く身体を左へ捻ると柄を握ったまま鞘を引く形で抜刀し、斬り裂くと男の身体は斜めに斬り裂かれて地面へ崩れ落ちる。
鞘を手放したかと思えば駆け出して続く2人目を刀で斬り裂き、更にもう1人、また1人と次々に彼女は刃を振り下ろして悪霊達を斬り裂いていった。流れる様な刀裁きから繰り出される一閃は美しくそして何処か残虐。
5人を斬り裂いた蘭は深呼吸し正眼の構えを取ると周囲を見回して残りの人数を把握していた時、別の悪霊が蘭へ襲い掛かって来る。
彼女が振り返ると若いチンピラの男により繰り出された右手のフックを僅かに後退して躱し、続いて放たれた左手のフックを命中する寸前で同様に躱した。
「ガァアアァッ!!」
「くッ...!!」
今度は右足による回し蹴りが放たれたが蘭は左腕を曲げて防御、跳ね飛ばした直後に胸元を刺突し動かなくなったと同時に刀を引き抜いた。
ブシュウウッ!!と赤黒い液体が相手の身体から噴き出して背中から倒れるとそれが水溜まりの様に拡がっていく。そしてゆっくりと振り返り、蘭は器用に左手で眼鏡とリボンを外してそれをスカートの左ポケットへしまってからゆっくりと両目を閉じた。
「──朱眼。」
再び目を見開くと彼女の両目が赤く染まり、瞳孔が獣を思わせる様な物へ変化すると次の標的へ狙いを定めて斬り掛かる。
小太りの男に掴み掛かられる前に彼が振り上げられた両腕の手首から先をたたっ斬り、更に追い討ちを掛けて身体を右袈裟に一閃し斬り裂く。そして左から来よう物なら身体を左へ大きく捻って刃を水平にすると右側へ向けて横一閃に斬り裂いた。
真っ二つにされた女性がその場に崩れ落ちる。
「グルルァアアァッ!!」
「ッ…!!」
今度は右、背を向けた状態から刀を逆手持ちし
学制服を着た男の腹部を力強く突き刺して引き抜くと右足で蹴り飛ばす。相手は鈍い音と共に地面へ倒れて動かなくなった。蘭の頬は返り血で赤く染まっていて、彼女が握る刀の刃も同様に染まっている。視線を戻した直後に悪霊達の身体へ何かが突き刺さって串刺しになると
それが引き抜かれてはバタリバタリと次々に倒れていく。蘭が視線を向けるとそこに居たのは
黒い人の形をした塊……つまりそれは亡骸と呼ばれる存在。
悪霊と呼ばれる者の次に厄介とされ、言うなれば行き場を無くした人の魂の集合体である。
顔と思わしき白い仮面には縦に目が1つ付いていて、黒い瞳孔が蘭を見つめていた。
「...亡骸。」
「キィイイイイィッ──!!」
蘭が刀をゆっくり相手へ向けた直後、金切り声に近い雄叫びを上げたかと思えば彼女へ一直線に襲い掛かる。尖った爪の有る右手を頭上から振り下ろして蘭を襲うが彼女は刃の反りへ左手を翳し、それを防いで押し返し弾き返す。同時に今度は彼女が刀を持ちいて袈裟斬りによる一閃を放つも躱されてしまう。舌打ちした直後、暗闇から蘭へ目掛けて左手の鋭い爪が伸びて放たれるとそれを咄嗟に屈んで躱した。
立ち上がった直後に再び奇襲され、蘭の腹部へ相手の放った右足が勢い良くめり込む。
「っぐぁあッ──!?」
肺の中の空気が押し出され、鈍い痛みと共に目を見開いたかと思えば身体が吹き飛んで柱へ背中から強打してしまう。彼女はその場に倒れ込むと再び爪による追撃が繰り出され、咄嗟にそれを左へ飛び退いて躱しては体勢を立て直して
相手へ一直線に駆けて行く。
そして再び蘭へ相手が襲い掛かると右手の爪を振り翳して蘭を襲うのだが僅かに躱し損ねたせいかそれが彼女の左頬を斬り裂くと血が噴き出る。続く左手の薙ぎ払う様な一撃を蘭は刃を持ちいて受け流して後退、相手との距離を遠ざけた。
「う...ッ!!」
「キィイイィッ!!」
好機と見たか、或いは仕留められると思ったのか亡骸は両手の爪を伸ばして蘭を串刺しにしようと目論む。しかし彼女はそれが到達する前に駆け出してはその場で左足を軸に跳躍し空中へ飛び上がった。黒い髪を靡かせて相手の背後へ着地すると同時に身体をその場で反転させ
相手の後頭部から刀を刺突させ顔面を力強く刺し貫いた。
「ギッ...ギィ…ィイ…ッ…!?」
同時に赤黒い液体がブシュウウウッ!!
と噴き出し、亡骸は前のめりに地面へ崩れ落ちて消滅してしまった。
蘭は刀を下ろしてから血振りを済ませると離れに落ちていた鞘へ刃を納刀。そして刀袋と懐中電灯を拾い上げてその場から立ち去った。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
蘭が務めを終えて外へ出るとそこには赤色のスカーフが付いている紺色のセーラー服に身を包んだ同い歳と思われる前髪を切り揃え、黒い髪を腰辺りに伸ばした少女が離れに立っているのを見ると彼女は何かを察したのか咄嗟に身構えた。
「お前がツチミカドか?」
「...だったら何。お前は誰だ。」
「お前が持つその赤い左右の瞳...お前は普通の退魔師ではない、そうだろう?」
「...答える気はない。そういうお前も唯の人間ではない……。」
「ふふッ、流石だな?些細なやり取りだけで気付くとは。私は魍魎...貴様ら人間の敵、人間を喰らう者の上位種。とは言え、私は半分人間...半分魍魎だがな。」
「...貴様の狙いは何だ。」
「狙いなど無い......ただ、我々を相手に刃向かう奴がどんな存在なのかを見に来ただけさ。また会おう…ツチミカド。いつか私はお前と存分に殺し合いたい...だからその時まで精々、長生きする事だ。」
少女は言い残すと蘭の前から消えてしまう。
そして蘭の瞳も元へ戻ると来た道を辿って彼女は帰路へ着く。魍魎と名乗った彼女は果たして何者なのか、そして剣介の妹である薫の失踪の真実。事態は知らない間にゆっくりと着実に動き出そうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます