第5話 傀儡 -ニンギョウ-

メリーさんが引き起こした騒動から少し経ったある日。剣介は1人、和室にある仏壇の前に座って写真立てを眺めていた。普段から着ている学生服姿でそれに話し掛ける。


「薫…お前は今頃、何処で何してるんだろうな?皆が死んだって言ってるけど俺はまだ生きてるって思ってるよ…そろそろ学校行って来る、また帰ったら話そうぜ……じゃーな。」


笑顔で写る黒髪の少女の姿はとても可愛らしい。

そして写真立てを定位置に戻すと仏壇へ手を合わせてから立ち上がった。和室を出て廊下に置いていた鞄を手にするとドアを開けて施錠してから通っている学校へと向かって行った。

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剣介が普段と変わらず教室へ来ると達也の姿が珍しく無かった。不思議そうな顔をして席へ着いた剣介の元へ透がやって来る。


「よっ、元気してるか剣介?」



「見りゃ解るだろ…元気だよ元気。そういえば達也は?」



「達也?アイツなら暫く学校に来ないってさ。何でも他校の女子生徒とトラブったらしいぜ?」



「成程、アイツらしい。でもまぁ…これで心霊スポットだの何だのに連れて行かれなくて済むから俺は良いけどな。」



「俺もあんな思いすんのは真っ平ゴメンだよ、マジで怖かったし。」


達也に振り回されていた2人からすれば彼が居ない事は安堵出来る事柄でも有る。

とは言え、悪い奴とは言い難いのもまた難しい点でも有った。

教室のドアが開くと今度は蘭が入って来て

自身の席へ座ると教科書を鞄から取り出して

机の中へ入れ始めていた。


「…向こうは相変わらずか。」



「向こうって土御門の事か?お前、もしかしてアイツの事──」



「ンなわけあるかよ…ったく。」


あの時見た彼女の姿は格好良かったとは透には言わなかったし言える訳がない。

そしてチャイムが鳴ると普段と変わらない授業風景が幕を開けた。

学生の本分は勉強、そして部活動なのだが

剣介の場合はそこに部活ではなく悪霊退治が代わりにプラスされている。

この間斬ったのは化け物と化した女の球体関節人形だったが次は何がどうなるかは解らない。もしかしたらまた殺される様な思いをするかもしれないのは既に解り切っている事実でもあった。


「刀は抜けた…後は俺の戦闘スキルって奴がどうにかなれば……。」


彼は左手で頬杖をつきながら黒板に書かれた文字をノートを書き記していく。

幾ら剣道経験者とは言えど感覚を取り戻すには時間が掛かってしまうのは止むを得ない。

それと気になる事は山の様に有るのだが色々と聞けていない部分も有る。

そしてこの日も午前中は何事もなく、授業を放課後まで終えてから剣介は駅前の方への歩いて向かって行った。

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途中で合流した蘭と共に事務所へ着いてから直ぐ、椿から呼ばれて彼女の元に向かうと

意外な話を持ち出された。


「……え?この前の奴を完全に倒した訳じゃなかった?でも確かに俺斬ったッスよ?」



「それがどうにも、元を完全に断たないとダメみたいで…あれから似た被害が何件か上がってるのよ。」



「成程…それで俺達にどうしろと?」


剣介がそう切り出した時、横に居た蘭がポツリと呟いた。


「…元凶そのものを討滅する。元凶が消えれば怪異は生まれなくなるから。」



「な、成程……。」


それ以上蘭は何も言わなかったがその後に椿は2人に「任せた!」と伝えてから由利香の調べた場所へ向かって欲しいとメモ書きを1枚、蘭へ手渡して来る。それを受け取った彼女は行く先を確認してから一礼し背を向けるとドアの方へ向かって行った。

剣介も彼女に続いてその後ろをついて行き、

何とか蘭へ追い付くとその左横を並んで歩き出す。それから駅へ向かって電車へ乗ると2人はドアの付近に並んで立っていた。

2人以外にも乗客達は多く居て、その年代も様々だった。


「な、なぁ…土御門。1つ聞いて良いか?」



「…何?」



「その…悪霊とか怪異ってどれ位ヤバいワケ?色々聞きたいんだけど…誰も教えてくれねぇし。」



「…奴等は生きている人間を殺してその魂を喰らう。私達は奴等からすれば食事そのものだから。」



「うげッ…マジかよ……。」



「…その為に退魔師が居る。そろそろ準備して、次で降りる。」


いつの間にか2つ、3つ駅を通り過ぎていて

4つ目の駅で電車が停止すると2人は降りて改札口へ。駅の外へ出てみるとそこは草木が生い茂る場所で周囲には街灯らしきものも見当たらない。


「なぁ、本当に此処か?」



「…合ってる。」


蘭は呟くとスタスタと歩みを進め、剣介もそれに続いて歩いて行く。途中で再びメモ書きを取り出した彼女はそこに書かれた簡易的な

地図を頼りにして進んで行った。

それから暫く進んで約15分後に着いたのは神社、鳥居を抜けて石造りの階段を上へ上へ上がって行く。


「なぁ、少し位休もうぜ?俺疲れたんだけど……。」



「…なら、高岸君は此処で休んでて良い。私一人で行くから。」


足を止めた蘭が振り返り、そう呟くと

彼女だけが階段を上がって行く。そして長い階段の先に有ったのは開けた境内で不気味な程に静まり返っていた。

蘭は左側に通路を見つけ、更に奥へ進んで行くとまた開けた場所へ出る。


「…感じる。確かに此処に居る。」


周囲を見回してみると辺り一帯を囲う様に

異様な数の人形が所狭しと地面に並べられていて、そのどれもが着物を着て白い肌と黒い髪の毛をボブカットの様にした物ばかり。

その目はどれも真っ黒で視線の正体はその人形達だった。すると突然蘭へ向けて黒い何かが突然左斜め後方から放たれると彼女はそれを左側へ飛び退いて躱した。


「なッ…!?」


警戒していると今度は再び四方からそれが伸びて襲い来ると蘭は躱しながら刀袋から自身の刀を取り出し、鯉口を切った後に鞘引きする形で抜刀し鞘を投げ捨てた後にそれを斬り捨てた。ファサッと石畳の地面に落ちたのは黒い線の塊の様な物、それは髪の毛だった。


「…私は貴女を斬る。もうこれ以上、誰かを囚わせたりしない。」


気配を感じ取った彼女が振り返り、その刃先を向けた先に居たのは宙に浮かんでいる赤い着物を着た可愛らしい小さな市松人形。それが変化し身長156cmである蘭の背丈を縦に2回り上回る程の大きさに変化、そして袖の中から白い肌をした長く長い腕が姿を現すと地面を滑る様に移動して彼女へと襲い掛かる。


「……!!」


風を切る様なブォンッ!!という音と共に人形は鋭利な爪の付いた右手を大きく振り上げ、叩き付ける様に振り下ろすが蘭はそれを飛び越えて躱し離れに着地すると同時に

背後を取る。

そして刃を水平にし右手で柄を握り締めたまま駆け出すと間合いを詰めてそれを頭上へ掲げてから力強く振り下ろした。


「はぁあぁッ!!」


素早い動きから放たれた右袈裟斬りによる一閃は振り返った人形の身体を確かに斬り裂いた。着物が斬れ、中の肌らしきものから溢れた血が見えている。

しかしまだ完全に倒したとは言えず、相手は蘭かれ距離を取って髪の毛を触手の様に解き放つとそれが勢い良く蘭へ目掛けて全て飛んで行く。


「…!!」



「ちぃッ!!」


対する蘭が何本かを斬り落とし更に前進しようとした時、自らの四肢や胴体へ何かが巻き付き拘束されると彼女は周囲を見回していた。そこには蘭を囲う様に着物の色合いが異なる市松人形が浮遊していて、背丈も本丸と同じ大きさをしている。


「っぐぁ!?ぁ…ぐぅ…ッ…!!」


視線を前へ向けた直後、本丸の放った髪の毛により首を絞め上げられた蘭は苦悶の表情を浮かべながら苦しみ出した。締め付ける力の具合から察するにその気になれば手足をへし折ったり、首をへし折る事も容易なのは目に見えて解っていた。次第に締め付ける強さが増して来ると同時にその苦しみも増していく。人形のしている行為はまるで積年の恨み辛みを蘭へ向けてぶつけるかの様だった。


「くそッ!何処だ、何処行った!?土御門ぉッ!!居るなら返事してくれぇえッ!!」


偶然にも此処まで響いた声に対し、蘭が視線を向けてその方向を見るものの彼は此処に来る迄の道をまだ見つけられていない。

その間にも蘭の首を締めるという行為そのものにも終わりは来なかった。気管が圧迫される度に自身の意識が飛びそうになる。

意識を失えば待つのは死という概念そのもの。


「か、は…ぁッ…あぁ…あ…ッ…!!」


僅かに右手だけを動かして鍔の真下にあるスイッチを親指で押し込むと刃を共振させ、それと同時に僅かに声を振り絞って彼女は呟いた。


「く……お…ん…ッ…!!」


それが幸をそうしたのか制服の胸ポケットから放たれた1枚の紙が空中で変化し白い狐の姿へ変わっては目の前の相手へ目掛けて赤い炎を解き放つ。首を絞めている髪の毛を焼き切ると今度は彼女を拘束している髪の毛を焼き払った。


「げほッ、げほッ、ごほッ…ごほ、ごほッ…!!」


噎せながら酸素を取り込み、彼女は狐の式神を消すと共に構え直すと漸く戦いの場へ剣介が辿り着く。離れに居た彼へ気付いた蘭はその場でリボンと眼鏡を左手だけで外してそれを一纏めにしてから剣介へ向かって投擲した。異変に気付いた彼はそれをキャッチし見つめている。


「おぉっとッ!?これってリボン…と眼鏡?」



「…持ってて。」


そう呟くと彼女の長髪がふぁさっと風に靡いたかと思ったその直後に目を閉じ、小声で「朱眼」と呟いた途端に目を開くと両目が血の様に赤く染まって獣の様な瞳孔へ変化した。そして瞬時に右に居た人形を刃で左から右へ、一の字を描く様な素早い一閃を繰り出したかと思えば今度は刀を逆手に持って後方の人形の腹部を己の感覚だけで刺突しそれぞれ仕留めたのだ。バタバタと地面に倒れたそれ等はビクビクと気味悪く震えている。腕を生やした相手の表情は些か怯んだ様にも見えた。


「……!?」


残りは2体、蘭から見て左側の1体が前へ出て再び髪を放って今度は突き刺す様に繰り出して襲い掛かったが彼女により全て斬り落とされた挙句、間合いを詰められた末に蘭と擦れ違うと首を斬られてしまった。頭を落とされた事でそこから赤い血液が雨の様に降り注いで飛沫しそれが蘭の顔へ付着すると背中から相手が地面へ倒れ落ち、それを皮切りに蘭が眼前の敵に対し駆け出した。


「ッ…!!」


再び髪の毛が放たれようならそれを駆けながらたたっ斬り、間合いを詰めた時に右腕が薙ぎ払いで来るならそれを身体を反らし躱す。

スライディングの要領で後方へ回り込むと

相手により繰り出された左腕の刺突を紙一重で躱し、同時に擦れ違う形で手首から先を斬り落とした。

直後に赤黒い血液が飛沫しドサリと腕だったモノが落下して悶え苦しみ出した相手を見据えながら蘭は振り返ると素早く体を反転させ、真下から刃を振り上げては相手が自身へ反撃として振り下ろして来た右腕さえも斬り落とす。今の蘭のその目と表情は普段の彼女が見せる物とは全く異なっていた。まるで別人で目付きも鋭い。


「やぁあああぁッ──!!」


そして顔面を思い切り力任せに刺突すると血液が噴き出し、彼女へそれが降り注ぐ。刃を引き抜くと同時に相手はバタリと背中から倒れて動かなくなってしまった。その亡骸も黒い塵の様な状態と化した途端に消えてしまう。


「す、すげぇ……。」


一方、立ち尽くす彼女を見ていた剣介は呆気に取られていた。まるで人間離れした様な動きから繰り出された攻撃のどれもは幾ら自分でも到底真似する事なんか出来ない。

そして蘭は戻る最中に人形達の中に有ったチリン、チリリンと鳴っているもう1つの元凶でもあった黒い電話を発見し刺突で壊すと剣介の前へ右手を差し出して来た。


「…私の眼鏡とリボン、返して。」



「あ、あぁ…!ほらよ。その前に血、拭いたら?」


リボンと眼鏡を返した後、彼は鞄から青色のハンカチを取り出してそれを差し出すと受け取った蘭は刀を剣介へ預けてからそれで血を拭き取った。


「…汚れちゃった。」



「良いよ、そんぐらい洗えば良いし。それより帰ろうぜ?電車無くなっちまう。」


剣介は蘭の刀を持ったまま歩き出して再び階段を降りた後、彼女が剣介を止めようとして来た。


「…刀、自分で持つから。」



「俺が持つよ…それ位させてくれ。これでも土御門のサポート役だからさ、俺。」



「…でも。」



「遠慮すんなって。」


振り返った剣介は蘭を見て僅かに微笑むと

再び駅へ向けて歩き出す。それから約20分後に来た電車へ乗り込むと帰路へ着いた。

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その頃、神楽弥は事務所にあるパソコンを用いてカタカタと何かを調べていた。

近くでは椿が缶ビールの缶を片手に椅子へ腰掛けている。


「ねぇ神楽弥?何してんの。」



「んー?少し調べ物。」



「珍しいねぇ、調べ物なんて。なーに調べてんの?」


画面を覗き込むとそこには怪異事件に関するデータがズラリと並んでいて、慣れた手付きでマウスを操作しクリックするとファイルを開いた。そこには事件の詳細と当時の新聞記事がデータ化されてしまわれている。


「……あった。」



「なになに…神隠しか?相次いで消える少女達、心配する両親……。」


記事の見出しを読み終えると椿は首を傾げていた。


「…女子児童連続神隠し事件。狙われたのは何れも市内に通っている小学校高学年の女の子達ばかり。ある時、途中からそれがパタリと止まって…警察は連続誘拐犯の仕業かと思ったけど結局、犯人は捕まらないまま。」



「そりゃあ私も知ってるけどさ…それがどうかしたの?」



「最後に行方不明になった子。その子の名前が高岸薫ちゃん、当時7歳。この前剣介さんのお家にお邪魔した時…この写真が有ったの。」


神楽弥が写真を指さすとそこには笑顔で微笑んでいる黒い髪の少女が写っていた。


「成程ね。彼、行方不明事件の被害者だったんだ。」



「もし彼女が生きていたら小学校6年生…つまり12歳。前に依頼に来た陽菜ちゃんと同い歳になる。」


神楽弥が振り返って椿へ話し掛けると無言で椿は頷くと神楽弥の頭をそっと撫でた。


「神楽弥ぁ、人の事を色々と詮索するのは良くないって前に教えたろ?忘れちゃった?」



「でもッ…あの時見た剣介さん、何処か辛そうだったから。」



「……それと昔の案件を持ち出すには正式な許可が要るよ。もう少し待ってな、ちゃんと私がライセンス取って来るから。」


椿がそう話すと神楽弥は無言で頷く。

椿は一応、国からそういった事柄を任されている類の存在でも有るのだがまだ隠している部分も多いのは内緒。

彼女達が戦う怪異や悪霊というのは時に人を苦しめ、そして悲しませ悩ませる…そういった存在なのは間違いないのかもしれない。

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