第35話 知らない感情
「頼君と北原さんって、どういう関係なの?」
俺は冷夏の質問に緊張し、正直に打ち明けるか迷いが生じた。
中学生の時に冷夏にした幼馴染の話は、オタク趣味全開で私生活はアバウトで……そんな明るい性格の友達に毎日元気をもらっている、という内容だった。
学園のアイドルや王女として、もてはやされている奈季の人物像とギャップを強く感じてしまうだろう。
奈季も色々と辛いことを経験して、今のポジションを自分の力で確立し学校生活を楽しんでいる。
冷夏が奈季のギャップを知ったとしても、軽蔑したり誰かに他言したりする心配は皆無だろう。
でも、奈季の気持ちを考えると…………。
なんて……これは全部建前だと思う。
奈季のことを考えると、打ち明けることには抵抗がある。
でも、それはおそらく些細な事なんだ。
本当は、ただ……怖かっただけ。
冷夏のことは、お互いの痛みを共有できた大切な友達だと思っているのに……
(他人は信用できない……でも、冷夏は赤の他人なんかじゃない……俺が信用できる数少ない人間だ)
冷夏のことが怖いんじゃない……俺の臆病な心が漠然とした不安や恐怖を生み出しているんだ。
そう……怖い。
怖いけど、言うんだ。
ここで踏み出せなかったら、俺は一生変われない気がした。
「俺と北原さんは……奈季とは、幼馴染なんだ」
俺は冷夏の目を真っすぐ見て、言葉を発した。
それを聞いた冷夏は、目を見開いていたが再び俯いて特に返事はない。
「あ、あの冷夏。聞いて─────」
「そっか。やっぱり、そうだったんだ……」
俺の言葉を遮って、そう言った彼女は遠い目をしている。
そこから、また沈黙が訪れた。
俺たちは、もう弁当を食べる事なんて頭の中にはなかった。
「その、ごめん。黙ってて。冷夏に知られたら都合が悪いわけじゃなかったんだけど……俺が臆病だったから」
長かった沈黙に俺から声を掛けるべきだと思った。
冷夏は、俺の話していた幼馴染がこんなに身近にいたことを黙っていたことにショックを受けているのだろうか。
「勿論、冷夏を信用してなかったわけではないよ。本当に俺の問題で……」
「うん。わかるよ、怖かったんだよね。自分の大切な部分を話すことが……」
まだ俯いているが、やっと口を開いてくれた。
「私が病院の前で頼君に声を掛けたでしょ?久しぶりって。あの時、多分私も同じ状態だったと思う」
冷夏が、顔を上げる。
「私が昔に出会った宮野冷夏だよ。って簡単に言えなかった。すごく心の中で葛藤して。頼君は大事な友達のはずなのに……頼君のことが怖かったんじゃない。弱い私の心が不安を煽っていたの」
冷夏が、俺の顔を見て言う。
「でもね、病院の……中野先生に言われたの。君は成長してるんだって。成長を恐れる必要はないって」
冷夏が、俺の目を見て言葉を続ける。
「私は、あの時すごく頑張って……一歩踏み出して、頼君に話しかけたよ。だから……だからね」
冷夏が、俺の手を握って……。
「勇気を出してくれて、ありがとう」
優しく微笑んでくれた。
俺の心境をすべて見透かしたように。
「え……あっ、あれ?」
俺の目から涙が溢れていた。
幼馴染が奈季であることを打ち明けたのは、俺にとってそこまで問題ではなかったんだ。
ただ、俺の漠然とした不安も恐怖も冷夏が理解してくれたみたいで……冷夏が安心をくれたような気がして嬉しかったんだ。
「大丈夫だよ。私も大丈夫だったから、きっと頼君も大丈夫」
そう言って、俺の頭を優しく撫でてくれる。
「ありがとう。もう平気……大丈夫だ」
「そっか。よかった」
微笑んでくれる彼女の笑顔が眩しい。
「頼君。もう、昼休みの時間あんまりないよ」
なんだろう。
「急いで、お弁当食べなくちゃ」
なんなんだろう。
「頼君、聞いてる?」
この、胸の高鳴りは……。
「ああ、聞いてるよ。早く弁当食べないと、な」
この時俺は、自分の心臓が鼓動することの意味を知らなかった。
▼▽▼▽
午後から体力テストは少し目立ちながらも順調に進んでいき、残すは1500mの持久走のみ。
俺は、グラウンドに引かれた白線の外側を走りながら、先ほどの冷夏との会話を思い出していた。
「ねえ、頼君。一つだけ聞いていい?」
「うん、なに?」
「率直に、北原さんとは……具体的にはどういう関係なの?ただの幼馴染?」
さっき俺に優しく微笑んでくれていた時とは打って変わって真剣な表情をしている。
(ただの幼馴染ではないとは思うけど……もう、家族みたいに接しているし)
「まあ、友達……いや親友が一番合ってるのかな」
俺と奈季の関係を形容するなら、そうとしか言えない。
「そっか……そうなんだ」
冷夏は、少し笑ってそう答えた。
「さっき思ったけど、やっぱり私と頼君って似てるのかもね」
「ああ。俺もそう思うよ」
彼女はベンチから立ち上がって俺の方を見て言葉を発する。
「頼君。私、頑張るから」
「え?何を頑張るんだ?」
「そうだな……色々と、全部かな。だから……見ててね」
冷夏は笑顔でそう言ったが、大きな決意の表れをその瞳の奥に感じた。
「よーし、片桐そこまでだ。今年も運動部を差し置いて一番だな。どうだ?今からでも陸上部入らんか?」
体育教師で陸上部の顧問に、勧誘されるのは去年と同じだ。
(同じか……成長してないってことでもあるのかな。いや、変わらないといけないってことか)
「勉強で忙しいので、絶対に部活には入りません」
「お、おう。そうか、悪かったな。……お前、そんなにはっきり物を言うんだな。感心だ」
(成長を恐れる必要はない……頑張る、か。今日、冷夏から色々と学んだ気がするな)
「片桐君!待ってくれよ」
後方から俺を呼んでいたのは、二番手で持久走を終えた大野君だった。
「こらっ、大野!それでも運動部か!帰宅部の片桐に後れを取るんじゃない!」
「そ、そんな、理不尽ですよ!二番でも凄いでしょうが!」
「もういいから、お前ら端の方で全員終わるの待ってろ」
俺と大野君は、グラウンドの隅に移動して適当に腰を降ろした。
「あの、ゴリラ教師なんだよ!あんなんだから生徒から嫌われるんだよ。なぁ、片桐君!」
「え、ああ。そうだな」
大野君は、さっきのことが気に入らなかったようでブツブツと文句を言っている。
「片桐君、そっちの第二グラウンド。女子たちが走ってるぜ。先頭にいるの北原さんだろ?すげえな、その辺の男子より全然体力あるじゃん」
(元々、運動神経良い上に最近俺のランニングにも付いてくるようになったからな)
「なあ、先頭の北原さんに食らいついて走ってるの氷姫じゃね?」
「あ、ああ。」
周囲の目を気にしていつも淡々と顔色変えずに学校生活を過ごしている冷夏が、あんなに必死な表情で頑張っている。
「北原さんに付いていくなんて結構体力あるじゃん。氷姫もあんなふうに頑張るんだな。何事もクールに立ち振る舞っている印象だったけど。片桐君?」
気づけば俺は、そんな冷夏の姿に……目を奪われていた。
金髪美少女と仲良くなったら、幼馴染の様子がおかしくなった件。 孤独な蛇 @kodokunahebi
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