第15話

 今日は一人で帰る。

 私にはスマホがある。スマホにはGPSがあって、地図アプリもある。そして地図アプリには自動で自宅の位置を割り出してくれる機能がある。便利だなぁと思う反面、怖いよね、これと思っていた。

 こっちの世界でも同じアプリがあるのなら、自宅の位置が割り出せるはず。

 そう思って、授業中探してみたらアプリは存在した。そして開いてみると案の定「自宅」が表示されているのだ。

 これに救われる日が来るとは思わなかった。

 とりあえずこれで南陽家に迷惑をまたかける……という展開は避けられた。めでたしめでたし。


 自宅を見つけてから三日経過した今も、男女間の対立は続いていた。

 この争いが収まる気配すらない。

 金曜日の六時間目。それを終え、放課後に突入している。

 それなのに早く決めて帰ろーぜという雰囲気を醸し出すものは居ない。朝日の扇動が上手過ぎて基本的に皆当事者意識を持っているのだ。

 はっきり言って厄介。

 私以外に客観的視点を持てているのは鈴くらい。

 どっちもそれなりに理由があってこういうことをしているという冷静な態度だから多分飲み込まれていないのだろう。


 「どうしよう」

 「うーん」


 トイレに逃げ込んだ私たちは悩む。

 一日、二日ならまぁ好きに争っておけという感じだが、あまり日を要するようなら話は変わってくる。

 間接的に私たちにも影響が出てくるからだ。


 「とはいえさ、やっぱりどうしようもないよね」

 「ほーほうはないかー」

 「なんでこんな意固地になってんのかって理由がわかれば対処できるけど、それがわかんないからね」

 「なだめたらどーかな」

 「逆効果じゃない。どっちもプライド高そうだし」


 高そう、と推測的な発言をしているが、高い。断言できる。


 「プライド高そー、それめっちゃわかるかも」


 共感してもらえたみたい。


 「だよねー」


 色々言いたいことをねじ伏せて、女子高生を演じた。




 月曜日。

 教室内の風向きは突然変わった。

 理由は……わからない。

 でもぶつかり合っていた矢印はとある一つの方向に向いたのだ。結束感はお世辞にもないけど。方向は同じ。


 「あっ」


 私の机の中には大量のプリントが詰められている。

 プリントを出しても出しても奥に詰まっている。この作業に終わりは見えない。


 「なにこれ……」


 と、呟く。

 まぁこの状況下におかれてなにがなんだか理解できないほど私は馬鹿ではない。鈍感でもない。

 もしかしたら偶々かもしれない、という思考が過ぎっていないと言えば嘘になるけど。

 まぁ普通にどういうことか理解はできる。

 これでも中身は立派な大人だ。

 精神は未熟であっても、経験だけは重ねてきた嫌な大人である。

 もっともその状況でそれを認めるか否かというのは全くの別問題ではあるが。


 「これって」


 口を噤む。

 言ってしまったら認めることになるから。

 目を背ければ認めずになにもなかったことにできる。やっぱり目を背けた方が良いのかなと思ったりもする。


 「あっ、ごめーん。ぶつかっちゃった」

 「ウケる」

 「やーめーたーげーなーよー」

 「ぼー読みすぎー」


 と、ケラケラ笑って私の前から姿をけす朝日軍団。

 理解するだけじゃダメか。

 しっかりと認めざるを得ない。


 「これイジメ?」


 目を背けかけた現実を嫌々ながら受け入れた。


 「まじかー」


 想定を遥かに超える意味のわからない行動と展開に心底呆れてしまった。もう溜息すらも出てこない。

 原作者先生である私をイジメるとは良い度胸だ。

 きっと中身が可愛い可愛い女子高生ならば、いじめのターゲットにされてしまった。その事実だけで精神を病んでしまうだろう。やり方とか、なにをされたとか、そういう詳細はどうだって良い。いじめられた。その事実に気を病む。

 それを見ていじめっ子は自分の立場をまた確固たるものにしていく。逆らえないように地盤を固めていく。でもって、ストレス発散的にいじめを敢行する。楽しいから。気持ち良いから。

 という悪循環が本来は起こる。

 一度いじめられればそのサイクルから抜け出すのは難しい。

 少なくとも高校生には。

 大事なことなのでもう一度。高校生には。

 そう、高校生には、なのだ。

 私の見た目はたしかに高校生だ。ピチピチの女子高校生。肌は前の私に比べて何倍にもすべすべで、髪の毛は艶やか。目元はクリっとしていて、理想の女子高生って感じ。良くないいるでしょ。アニメとかに可愛いモブの女子高生が。あんな感じ。

 でもそれは外っ面だけ。

 中身はどうか。

 残念ながら成人を超えた女性。

 まぁアラサーじゃないだけ幾分かマシか。

 高校生と比較すれば明らかに生きてきた年数が違う。積み上げてきた経験値が違う。

 いじめられて、いじめられちゃったってくよくよするような私ではない。

 このマインドになれるのは大人だからってのと、ライトノベル作家という職業柄。両方かな多分。

 とにかく、いじめがなんだ。そんなもんどんとこい。

 そのスタンスだ。


 「楽しくなりそう……」


 ニヤニヤしながら席に座った。

 いじめ。それはたしかに行われる。クラス中でそういう雰囲気になっている。全体からなんとなく疎外感があるのだが、でもそれだけ。

 朝日軍団からは明確な攻撃を喰らうが、流石に暴力はしないという線引きはしているらしい。いじめなんて陰湿な行為をしておいて今更……と思うが。まぁ良い。

 ちなみにやられているのは心に突き刺さらない悪口から始まり、メッセージアプリのクラスグループと女子だけのグループから退出させられたり、返却されたプリントをぐしゃぐしゃにされて捨てられたり、教室の掲示物から名前を消されたり、偶々を称して机を蹴ってきたり。あとはどこから聞きつけたのかわからないけどバッグの中にナスを詰め込まれたり。その程度。

 比較するのも烏滸がましいが、ライトノベル作家として活動していた時に粘着してきたアンチの方が余程酷かった。

 アイツらマジで親の仇かってくらい攻撃してくるからね。本当に殺しにきてた。

 SNSのダイレクトメッセージに「死ね」とか「面白くない」とか一週間に一回くらいのペースで届くし。

 私のペンネームでエゴサすればその攻撃の範囲はさらに広がる。

 本人が見ると思っていないのかなんなのか「作者の思想がダダ漏れででキモイ」「作者がしたかったことが書いてあるんだろ」「こういう欲望だだ漏れな男作者ほんとありえない。ラノベ作家ももっと女性増やすべき」と、悪口を書かれていたりする。ざんねーん、私は女でーすと喧嘩してやろうかと思ったこともあったが、自分のその行為でどれだけの人に迷惑をかけることになるか……を考えるとできない。

 まぁとにかくそんなわけで、朝日軍団の「ばか」「あほ」「うける」という幼稚な悪口は一切刺さらないのだ。

 これは強がりでもなんでもない。

 ただの事実。

 むしろいじめられているというのに「可愛いなぁ」と思う始末。

 感覚としては幼稚園児がお遊戯会で頑張ってダンスを踊っているのに近い。慣れないこと精一杯頑張ってるんだね、っていう可愛らしさが彼女らにはある。

 それにこういう理不尽な環境にも慣れてしまっている。なんでいじめられているのかわからない。これも十分理不尽だと言えるだろう。でも作家……というか有名人全般に言えることなのだが、些細なことで簡単に炎上する。中にはそんな理不尽なことで……ということもあったりする。まぁそういうのに比べたら意味もわからずにいじめられるのなんて「そういうこともあるよねぇ」で済ませられることなのだ。

 もっともあくまでこれは私だから。

 根本的にいじめという行為は良くないと思うよ。

 いじめってのは言葉としては可愛らしいけど、やってることはただの傷害だからね。

 犯罪だから。

 でも今の私にとってはありがたいのかもしれない。

 リアれてとはズレてしまった展開を元に戻すチャンスなのだから。

 いじめられることと、見知らぬ展開がやってくること。怖いのは圧倒的後者。

 展開を戻すためならいじめられることすら吝かではない。本気でそう思った。

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フラグが立たない!〜執筆したラノベのモブに転生したら、主人公とヒロインの恋愛フラグ折りまくっちゃった〜 こーぼーさつき @SirokawaYasen

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