【魔法学園★マジックマスター】 自主企画挑戦編

日傘差すバイト

第1話


 水上都市エスペクンダ。


 そこで開催中の闘技大会は、クライマックスを迎えていた。


 観衆のボルテージは最高潮に達し。

 会場を見守る王族や貴族も、気に入った武芸者が居ればスカウトしようと目を光らせている。


 そんな会場に、アナウンスが響き渡る。


「――それでは、決勝戦を始めます」


 オォォオォォォ!!


 周囲の観覧席にひしめく観衆たちから、怒号のような歓声が沸き起こる。


「闘技者、入場せよ」


 再びアナウンスが流れ、観客の歓声が響く中。


 中央の闘技エリアに、一人の青年が姿を現した。


 金髪ポニーテールに碧眼という絵にかいたような美青年で、さらに手にする真っ赤な刀身の長剣は、その特殊な色合いから、ディスティウム鋼製の業物だと一目でわかる。

 そんな業物を駆る剣士は、レッドという登録名で、決勝戦ここまでのトーナメントを苦も無く勝ち上がってきたまごうこと無き実力者だ。

 レッドの美麗な剣さばきは、観客からも評価が高く、『紅蓮の貴公子』という異名まで噂され始める始末だ。



 そして、対戦相手のセナ・アダストラという戦士もまた、優勝候補を噂されている実力者だった。



 レッドは、セナと戦えるこの時を待ちわびていた。

 そのために、この大会に志願し、勝ち上がってきた。

 故に、青年の闘志には並々ならぬ覇気が漲っている。


 だが、セナは姿を現さない。


 観客はだんだんと静まり返り。

 貴賓席で見守る貴族たちも、何かあったのかと騒ぎ始め。


 いくら待てど暮らせどセナは現れない。


 そうして、アナウンスが告げる。


「皆様お待たせいたしました。只今情報が入りました。セナ・アダストラ選手は、うんこが漏れそうなので棄権する、ということです」


 ――……は?


 レッドは聞き間違えかと思った。


 それは恐らく、会場のだれもがそうだった。

 困惑する会場に、アナウンスが念を押して来る。


「繰り返します。セナ・アダストラ選手は、うんこが漏れそうなので棄権する、ということです。――よって、この決勝戦は、レッド選手の不戦勝となります。おめでとうございます!」


 レッドは、剣を握る手をわなわなと震わせる。

 

「ぐぐ……ッ」


 ふざけるな! と真っ赤な刀身の剣を地面に叩きつけそうなのを懸命に我慢する。

 不戦勝?

 そんなもの、嬉しくもなんともない。

 棄権というだけなら、まだ残念だと思えただろう。

 だが、理由が『うんこが漏れそう』とはどういうことだ。

 先にクソしてから来やがれ、ちくしょう。

 お腹ユルユルの下痢ピーだったとしても、体調管理は戦士の責務だろう。

 なんなら、こっちは度々体調くらい悪いわ!


 などと、レッドの脳裏に、様々な悔しさが溢れてくる。


 それからレッドは表彰式を上の空で終えると。

 貰った賞金の袋と、表彰用のメダルを握り締め。

 会場を、足早に後にした。


 ◆ ◆ ◆ ◆



 会場の外では、レッドのお付きのメイドが待っていた。

「姫様、試合の方はいかがでしたか?」


「いかがも何も、不戦勝よ」

 不戦勝? と訝しむメイドに、怒りが収まりきっていないレッドは、持っていた賞金袋と優勝メダルをメイドに乱暴に押し付けた。


「レーゼ様……?」


 レッドは思わず力が入ってしまい、メイドを困惑させたことに気づくと、気分を落ち着けるため、ひとつ深呼吸して。

 改めて自分のメイドを窘める。

「ごめんなさい、ネム。――でもその名はよして。姫と呼ぶのもだめって言っているでしょ」


「あっ」

 ネムと呼ばれたメイドは、バツが悪そうな反応を示す。

 そして、機嫌の良くないレッドを心配する。


「……何かあったのですか? レッド様」


「まぁね。――そうだわ。……キリル、来ているかしら?」


 レッドは、キリルという名の人物の気配を探して、視線を巡らせる。

 するとレッドの傍に、黒髪のおかっぱに真っ黒な装束の少女が、かしずくような恰好で姿を現す。

「ここに居ります、レッド様」 


「やっぱり来ていたのね。悪いのだけど、キリル、斥候せっこうの仕事頼めるかしら」


「畏まりました。要件の詳細はございますか?」


「……セナ・アダストラって名前の人物の居場所を突き止めて頂ける?」 

 

「御意」


 そうして颯爽とキリルは気配をくらませた。


 レッドはこのままじゃ、納得できなかった。

 勝ちたかった。

 勝たなければならなかった。

 かつての約束を果たすために。

 なのに、勝負すらしないなんて許せるわけがない。

 

 だから絶対に納得することは出来ない。

 この不戦勝という結果を――。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 水上都市の深夜の港。 

 そこにひしめく倉庫街の建物の屋上から、地上のとある人物に向けて、突然やみ属性の魔術が行使される。 


「――『影の束縛シャドウバインド』!!」


 しかし、その魔術は効果を示さなかった。

 フードとマスクで顔を隠した黒ずくめ、術者――キリルは、驚きを口にする。


「抵抗された? やっぱり抗魔力は並み以上か……」


 そして当然、その術にさらされた人物は気づく。


「誰かな? こんな真似をするのは?」


 しかし、その人物――二股のピエロのような魔術帽子に、ローブを身に着けた小柄が屋根を見上げた時には、誰の姿も無かった。

 

 いや、違う。


「こんばんは。……セナ・アダストラ様――で、よろしいですね?」


 その姿は既に地上に降りていて。

 標的となった人物セナが気付いた時には、背後から、首筋に刃を突きつけられていた。


「何者です? いったい誰の差し金ですか?」


 けれど、セナという人物もただ者ではない。

 一見は、万事休すチェックメイトと言う状況だが。

 暗殺者キリルが手にする刃物の先端は、闘気プラーナをこめたセナの指に抓まれており、その刃は微動だにびくともしない。

 

「答えるまでも有りませんね……」

 

 キリルは、ミシミシと音を立てて歪む短剣に見切りをつけ。

 バックステップで距離を置く。

 その合間に、セナは突きつけられていた短剣をカラリと地面に放り捨てた。


 そしてキリルの両手には、外套のに隠していた新たな武器、金属のトンファーが握られ、セナを逃がす気は微塵も無いという意思が感じられる。

 加えてセナの背後は袋小路。

 逃げ場はない。 


 仕方がない、とセナは逃げることを諦めた。

 代わりに魔術を、紡ぐ。


みずに芽吹き、瓊葩綉葉けいはしゅうように燃ゆる――、走れ、凶刃成る言の葉よ――」


 木属性魔術の詠唱、そして。


「――『木葉短剣リーヴスエッジ』!!」


 その術式宣言と同時にセナの手の中に――刃渡り50cm程の両刃の曲剣――を象った大きな木葉が生成される。


 左右で一本づつ。計二本の二刀流として。


 

「……まったく、夜の散歩すら気が抜けないとは……」



「自業自得です」


 言葉を言い終わらないうちに、キリルは地面を蹴り、セナに襲い掛かる。

 両手のトンファーを振り回しながら。


 対するセナも、二刀流の構えだ。

 回転の遠心力を乗せた、トンファーと短剣が交差する。

 ガキリと硬質的な音を響かせ。

 刃と棍棒がぶちあたる。  


 

 それを皮切りに、両者の攻防が開始された。


 しかし、身体能力では相手が上だとしても。

 剣の腕前は圧倒的にセナの方が上だった。


 戦況は終始セナが押しているような状況。


 なのに、完全に打ち勝つことも、辛うじてできないでいた。


 暫くしてセナは気が付く。

 キリルは、ずっと防戦主体の戦いをしている、と。

 つまり――。


 時間を稼がれている?


 理由は解らないが、良い予感がしないセナは、戦い方を変更する。

 クロスレンジでの攻防の最中。

 小声で詠唱を挟む。

ごんに休らい、浸潤しんじゅんもくに集う――放て、水塊の殴打――」


「……白兵戦をしながら詠唱を……!?」

 キリルが慌てて、詠唱を阻止しよう足掻いても。

 セナも防戦に徹していて、止められない。


 そして――。


「『水流衝波アクア・スウィール』!!」


 魔術は放たれた。 


 ここは港だ。

 水の現象核オリジンは山ほどある。

 それを利用した、水の魔術が、至近距離からキリルに襲い掛かる。


「くはっ!?」


 その威力に、キリルは吹き飛ばされ。

 トンファー1本が砕け、もう1本は地面に落ちて、カラカラと甲高い音を響かせる。


 今のうちに逃げよう。

 そうセナが思った時。



「待ちなさい」


 仰向けに倒れたキリルの向こうに、新たな人影。 

 その傍らには、メイドらしき影も見える。


「……なんですかもう」


 逃げられないと悟って嫌気がさすセナに。

 その人物は言う。


「お久しぶりですね、セナ・アダストラ――いえ、セナ先生。……今日のおなかの調子は万全ですか?」


「おなか? 先生……?」


 少年のような少女のような、中性的な声の主が、かつりかつりと一歩一歩セナに迫る。

 セナは、逡巡する。

 思考と記憶を巡らせる。


 セナは魔術の教師免許を取得して、約1年。

 その間に、家庭教師などで魔術を教えた生徒は、片手で数えられるほどもない。


 今歩み寄る人物に、セナは覚えが無かった。


 ただ……。

 教師になる前に、魔術と剣術を教えたことが一度だけあった。

 それは十年ほど前の話だ。

 その時少女だった娘が、10年歳を重ねたとなれば……。

 おそらく目の前の人物のような容姿になることだろう。


 つまり。

「……まさか……、あなたがレーゼ……、レーゼ・クリス・デヴァンクールですか?」


 剣術大会でレッドと名乗っていた美青年は。

 本当はレーゼという少女だったのだ。 

 

「思い出したようですね、セナ先生。……先生の名前を剣術大会のリストで見た時に、私はあの時の約束を果たすために参戦しました。だというのに……」


 レーゼは、ワナワナと拳を震わせる。


「『おなかの調子が悪いから棄権する』とは、どういうことですか!」


「どうもこうも。それに、正しくは『うんこ漏れそう』ですよ」

 

 どっちでもいいわ!

 とレーゼはさらに怒りを深めつつ。


「どうして逃げたんです……!」


「それは……」

 セナは目を泳がせる。

 そして。


「あ、あんなところに、タリス王金貨が!」


 と明後日を指さし、その隙に逃げようとするが。


「ふざけないでください!」

 レーゼには通じなかった。

 さらに、鞘から真っ赤な刀身の長剣を引き抜くと。

 剣にはめられた真紅の属性結晶クリスタルから、火属性の現象核オリジンが抽出され始める。 


 レーゼの精神エネルギーたる魔気オド

 大気の霊的な元素たる魔素マナ

 そして、火の現象核オリジン


 それらを合成して、作り出される、火の魔力。


 煌々と燃え上がる火炎が、レーゼの刀身に伝い包み込む。

 夜の倉庫街が、炎の色に照らし出される。


「――絶対に逃がしませんよ。今日こそ先生に教えてもらった魔術と剣で、あなたを倒す! そして、あの時の約束を果たしていただきます」


 レーゼは本気だ。

 絶対に逃げられない。

 セナはそれを悟った。


 戦いは必至だ。

 

 セナは、木葉の短剣を解除し。


「儚き強さを得て愛は疎遠、孤独の御霊みたまは、全てをほふる――集結せよ、情愛切り裂く、果断の酷薄――『氷硝子の剣アイスソード』」


 武器を手にしたレーゼとセナが睨みあう中、 メイドがふらつくキリルを立たせ、避難させる。


 それを横目に。

 炎の剣を手にするレーゼに対し、氷の剣を手にするセナは言う。


「ここは港です、レーゼ。すぐそこは海だ。解っていると思いますが、水の現象核オリジンに困らない私に、あなたが勝つことは不可能です。……諦めなさい」


「ええ。そうですね。でも! だからと言って! 私にこの機会を逃すわけにはいかないんです!」


 憤りのままに。

 長剣を振りかぶり、飛び掛かるレーゼ。

 そして振るわれる、火炎の魔法剣。


 対するセナは、氷の剣に水の魔力を纏って対抗する。


 

 円を描く紅炎の軌跡。


 薙ぎ払われる火剣に、セナの魔法剣がぶつかり合う。   


 正と負の相反する熱量がひしめく刹那。

 強度で劣る氷の剣が、ディスティウム鋼で作られた剣に耐えられず1撃でひび割れ、周囲に氷片をふりまく。

 それと同時に。

 刀身に纏っていた火の魔力が、水の魔力に。

 熱の魔力が冷の魔力に。

 一方的に打ち消され、レーゼの握る剣はあっという間に、消火されてしまう。

 

 これは、この世の法則だ。

 属性を帯びた魔力には、明確な有利不利が発生する。


 そして、火属性は水属性に、熱属性は冷属性に打ち消されるのが定め。

 水が熱気に蒸発する物理法則は働かず。

 相関関係による魔法則のみが顕現する。


 故に、火と熱の魔力を使うレーゼが、水と冷の魔力を使うセナに勝つ確率は限りなくゼロに近い。


 例え剣の腕前ではレーゼが上だとしても。

 

「『神経伝達速度弱体化スロウ・オブ・アイス』」

「『動作精度弱体化リジット・オブ・ソイル』」

「『身体強度弱体化フラジール・オブ・ウォーター

「『筋力弱体化ウィーク・オブ・サンダー』」


 セナは、剣を一振りするごとに、レーゼに弱体化の魔術式を行使する。


 

「――く……、ずるいですよ、先生! どうしてこんなに強いんですか!」


 もはや剣をまともに振るう能力ちからすら奪われ、レーゼは剣を握っているのもやっとの状態に追い込まれる。


「私は、あなたが生まれる前から、武芸も魔術も鍛錬してきましたからね。それに――先生ですので」



 そうして間もなく決着はついた。

 セナの圧勝だった。


 レーゼから剣が零れ落ち。

 膝から崩れ落ちた。


 もう、そこには戦意も覇気もありはしない。

 ただ、全く歯が立たなかった悔しさを噛み締めるのみ。


 レーゼは、どなる様にセナを攻め立てる。 

「先生は覚えていたんでしょう? 私との約束を……!」


「ええ。勿論。……でも、私とあなたは、在り方も生き方も、立場も相いれない……。たとえあなたが私に勝てたとしても、約束を守ることは不可能です」


 セナの見た目は10代前半。

 小柄で、色白で、どちらかといえば可愛らしいに属する顔立ちだ。

 その見た目は、レーゼに剣と魔法を教えていた10年前と何も変わらない。


 なぜなら、セナはとある霊薬を口にしたときから、年老いているのかどうかすら不明な身体になってしまったからだ。


「だから、逃げたんですか?」


 セナを、レーゼは見つめた。

 その変わらぬ容姿を。


「……私は昔のまま、子供のようでしょう? 失望したんじゃないですか?」


 レーゼは首を振る。

 いいえ、と。  


「私の気持ちは、あの頃と何も変わりません、先生」


 レーゼの瞳は潤み、やや涙を称えていた。


「だとしても……いえ、その前に……私に勝てていない以上、約束を守るには値しませんからね」


「くッ……!」


「……諦めなさい。そして、あなたのやるべきことを成すのです。一国の姫君たる貴女が、一介の魔術師を気にしていてはいけませんよ」

 セナは優しく諭すと、踵を返しレーゼの前から遠ざかる。 


 後ろで少女のように、わんわん泣くレーゼを残して。

 セナ・アダストラは立ち去った。



 ――『大きくなって、先生に勝てたら、結婚して』

 そんな幼い少女の夢は、今宵、叶わなかった。 

 



 

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