第8話

俺は夏菜子さんと話をしていく上で進学を決意した。


今までは夕陽と一緒に行けない高校なんて意味がないなんて思っていたけど、夏菜子さんから、


「進学するのは知識を身につけるためなのよ。学歴なんて、駄菓子のおまけみたいなものよ。身に付けた知識は、将来、貴方を助けるわ。しかも、決して貴方を裏切らないし、誰も貴方から奪えない。そう、知識は貴方の幼馴染とは違うのよ。」


夏菜子さんはニッコリ笑ってさらに続ける。


「例え、私が貴方より早く死んでも、貴方がしっかりと生きられていけるのなら私は安心して死ねる。」


死という単語に俺は驚き、夏菜子さんを見る。


母さんは夏菜子さんに似ていたわけではないのだが、俺の事を考えてくれているところに、俺は勝手に母さんの面影を重ねているのかもしれない。


だから、夏菜子さんから死という言葉が出てきたことに俺は驚いたのだ。


その想いを夏菜子さんは知っているのか、俺の手を取り告げる。


「良いかな?康くん、人にとって、不幸なことって、多くは突然、その人にとって思わぬ時に訪れるの。けど、それに負けてはだめ。その時は、辛いかもしれないけど、自暴自棄になって、貴方自身が人生を捨ててはだめ。」


俺は、父親や幼馴染の行為を見たことで人生を諦めていた。確かに高校の進学なんてどうでもいいと思っていたけど、夏菜子さんからの勧めで、再び、進学や人生について真剣に考えるようになった。

俺は夏菜子さんに感謝を告げようとして、口を開こうとすると、夏菜子さんがその柔らかい指先で俺の唇をそっと抑えて、


「お礼は高校に合格してからね。だって、今日から私は康くんの家庭教師としてビシバシ厳しく教えるからね!お礼する気なくなっちゃうかもよ〜。」


そう言って冗談っぽく笑う夏菜子さんには俺は、


「でも、夏菜子さん、俺が目指している高校はそんなには難しくはないよ。」


俺がそう言うと、夏菜子さんはイタズラっぽく笑って、


「あら、康くんが受験しようとしていたあの高校はだめよ。だって幼馴染がいるかもしれないじゃない。ところでね。私の通っている大学は附属高校が少し離れているけど、近くにあるのよね。一般論で言うと、高校生の恋人がいる心配症の大学生なんかはその高校を恋人には受験してもらいたいと思うのよね。」


特に性欲の塊である男子高校生を恋人に持つ女はね。と夏菜子さんはポツリと俺に聞こえるように呟く。

夏菜子さんはぽんっと手を叩き


「もちろん。男子高校とかなら安心だけどね。」


俺は自分の今の学力と夏菜子さんが言う附属高校の事をさっそく調べて応える。


「俺、夏菜子さんが言う附属高校を受けるよ。だから、夏菜子さん!俺に勉強を教えて下さい!」


俺が頭を下げると、夏菜子さんは俺の肩に手を置いて、


「大丈夫!必ず受からせるからね!」


俺はその日から必死になって勉強をした。

一つには自分のために夕陽と同じ高校に行かないという選択肢を選ぶために、もう一つは夏菜子さんを喜ぶ顔を見るために。


結論からいうと俺は無事に夏菜子さんが勧めてくれた高校に合格した。


俺は合格発表の日、夏菜子さんと一緒に見に行った。


もちろん、合格していたら通知されるのだけど、そこは好きな人と喜びを分かち合いたいから、俺からお願いをして、夏菜子さんについて来てもらった。


試験はそれなりに手応えはあったのだが、やはり合格しているかは、不安だった。


しかし、夏菜子さんが、手を繋いでくれたら不安感はなくなった。


俺達は特設の掲示板のところに行き、教師により張り出された紙を 

真剣に見つめた。


そして、自分の受験番号を見つけると、俺は夏菜子さんと抱き合って喜んだ。そして、家で待ってくれているじいちゃんとばあちゃんに電話で合格したことを伝えたら、じいちゃんもばあちゃんも泣いて喜んでくれた。


俺がじいちゃんやばあちゃんにお礼を言うと、じいちゃんが


「康が自暴自棄にならなくてよかった。康、松井さんに電話を代わってくれないか?」


と俺が夏菜子さんと電話を代わると、じいちゃんが夏菜子さんにお礼を言っているみたいだった。


夏菜子さんは、


「いえ、合格したのは、康くんの努力の結果です。私は簡単な手助けをしただけです。」


と言っていたけど、俺も合格したのは、夏菜子さんのおかげだと思っている。


「申し訳ありませんが、私からお祖父様にお願いがあります。康くんが無事に合格した事をあの幼馴染へ伝えてもらえませんか?もちろん直接ではなくて相手の親子さん経由で構いません。えぇ、受験地や合格した高校名は秘密で。」


夏菜子さんはじいちゃんの応答に頷いて、


「はい!ありがとうございます。よろしくお願いします。」


と電話口にも関わらず頭を下げていた。じいちゃんが言うには、昔のサラリーマンがよくこんな行為をしていたらしい。


俺はそんな夏菜子さんの一つ一つの仕草を愛おしく思っている自分に気付いた。

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過去の悪い恋が、新しい恋を怖れる理由にはならない。 鍛冶屋 優雨 @sasuke008

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