エピローグ Ⅰ

 凱旋を遂げた英雄たちを民は派手に歓迎した。

 この段階では実情を説明されていないはずも、カームズ勢と並び歩くランページの騎士たちにも民は感謝を伝えていた。

 彼らなりに考えを改め、本来憎むべき相手ではないと悟ったか、または残ったボルテス衛兵隊長らが情報を漏らしたのだろうと、オルダルは喝采を浴びつつ勘繰っていた。

 ランゼは、元は武器や食糧を積んでいた荷車で横になっている。

 案じる民が荷車を囲うと、「そう簡単には死なん。常軌を逸しているからな」と冗談を飛ばして王城へ急いだ。ただし、寝室へ運ぶ際はシャンナの手前ふざけられなかった。

 またすぐに遠征の準備を整えなければならない。そして、皆へ真実を伝えなくては……。

 これまで通り、眠る女王に代わり忙しなく働くことになる。寝息を立てるランゼにシャンナは深く安堵したが、こればかりはオルダルも我慢できず舌打ちを放った。

 それから「で、まだバレていないよな?」と、クローゼットから着替えを取り出す侍女に問う。

「はい。ですが、流石に怪しまれているようです……」

 選択によっては処断を執り行う展開もあり得るため、オルダルは息つく暇も無い。

「ほら見ろ。戦後の方が忙しいんだよ」

 そう言ってオルダルはランゼの寝顔を一瞥してから寝室を出た。

 ランゼはその日、目を覚まさず、明朝に起きてシャンナの胸に飛び込んだ。

 それから、憧れの戦場が理想と程遠い苦悩の連続だったことや、この先、平和が続く限りやりたくない事もやっていかなければならないのだと思い出し、また泣いた。



 ランゼは一通りシャンナに甘えた後、全ての民を一箇所に集めた。

 王の間へ。入り口から玉座までのレッドカーペットは無人だが、他は溢れ返ってギッチギチ。

 騎士も衛兵も臣も全て呼ばれたが、オルダルだけはこの場にいなかった。その理由も含め、ランゼから全ての真実と、これからの自分たちについて語られる。

 衛兵隊長・ボルテスは群衆の熱気に耐えかねて窓を開く。同時に開けっ放しの扉から、新たな国王と、その側近となる二人の従者が現れた。王の間は歓声に包まれ、より暑苦しくなった。


「皆がお前の言葉を待っている。だから、お前が進んで皆を集めたのは感心だ。まあ、好きにやりな」

「良いのですか?」

「お前がどういう人間で、これからどのように共存していきたいのかを素直に打ち明けるだけなら、誰も咎めやしない。駄目なら止める。いつも通りだ。お前は馬鹿だが、聞き分けは悪くないしな。だが、説教も忘れるなよ?」

「はい?」

「何であれ、我が国の民がランページ人を虐げてきたのは事実だ。今では後悔しているようだが、そこは容赦するな。ガツンと行け。お前にだけは皆を責める権利がある」

「説教なんて、やり方が分からないです」

「俺の真似をすればいい」

「ああ、正論で捻じ伏せるのですね!」


 例の寝室に残るオルダルとそのようなやり取りを経て、ランゼは王者の席に座す。

 若くも新たな国王、時代の勝者の貫禄に満ちている。

 民はそのようにランゼを崇めたが、警備も行うジョンクとビスタンは、偉くなったつもりのランゼに吹き出していた。

 直接的な親交が無い者からすると、見慣れた男装の上にクルーダ王と同じマントを羽織るランゼから亡き王子たちの面影がよぎる。特に城に仕える者であれば込み上げてくる想いがあった。

 新たな王についてもっと知りたい。大衆のランゼに対する期待は次第に大きくなっていく。

 ランゼだけでなく、左右に立つシャンナとクロスの姿も感慨深い。辛い別れと、いい加減な主君に翻弄されてきたシャンナだが、憂いを晴らした相貌に戻った。彼女の心境を案じていた者も多く、ようやく新たな一歩を踏み出せたのだと思えた。

 そして、クロスからしたり顔を浴びて狼狽える男が一人。ランゼの教育係になる前まで彼の部下だったボルテスだ。


「ランゼ様が王になった時、そのすぐ傍で私は仕えていることでしょう」

「ハハハ!ご冗談を!引退して教師役に落ち着いたお年寄りがご冗談を!ハハハハハハ!」

「ランゼ様の出世欲は物凄まじい。教育係であり従者の私もやる気にならねば足を引っ張ってしまう恐れがあるのですよ」

「ハハハ!随分酔っ払っておられるよ、この爺さん!眼鏡似合ってませんぞ!ハハハハハハハハハ!」


 月下の高台にて、ランゼから直接「傍で仕えてほしい」と頼まれた後日、引退式も兼ねて衛兵たちと酒宴を行い、ひとしきり騒いだ後でクロスは宣言した。

 それが現実になったことでボルテスは元上司への畏怖の念をより増した。

「本当に出世してるよ……」

 眼鏡の橋を人差し指で釣り上げるクロスの所作に身の毛がよだつボルテスだが、ランゼが咳払いをすると二人も大人しく正面を向いた。

 戯れはここまで。新たな王の誕生と、罪の自覚と清算への志、名もなき共和国が幕を開ける!

「……クロス、カンペを」

「ランゼ様、ございません」

 まさかこの期に及んでですか!?

 愕然とするのはシャンナのみ。僅かな沈黙の後、王の間は笑いに包まれた。

 その次には、これほど笑ったのも久しぶりだと皆で気付いた。

 全てはランゼと共に変化した。複雑な境遇と酷評を受けてもなお不屈の意志でカームズ国を勝利へ導いた彼女であるのなら、噂通り頭が悪くて狂っているとしても、その口から発する言葉について深く考えてみる価値はきっとある。

 誰もが心労を溜めて、じっくり考える時間を欲している情勢であるからこそ、若くて勢い任せの王政に振り回させるのも面白いかもしれないとポジティブになれる。

 まだ朧気だが、正しく在りたいと願う想いだけは統一されているのだから、誰よりも『正しい闘争』を体現してきたランゼの言動は、誰もが注目して止まないのだ。



 誰もが感涙に咽ぶものと思い込んでいたランゼの演説はグダグダなまま終わり、その後は新たな国家誕生を祝って大いに飲み、語り明かした。

 次の日の朝。停止した獣たちの焼却処分、廃村の掃除、崩落した『蛇の塔』の最終調査を開始した。

 終戦により緊迫した雰囲気からは解放されたものの、騎士も衛兵もボランティアも、二日酔いで事後処理に追われているため活気がない。

 カームズ騎士団及びランページの騎士たちは、オルダルの指揮で『蛇の塔』の調査へ。脅威は去ったはずだが、万が一に備えて主戦力で決戦の地へ帰ってきた。オルダルを始め、誰もが奇跡を信じて未踏の地下へ。

 ……だが、オルダルたちがロープを垂らすより先に、彼らは互いの体を支え合いながら塔の裏手よりゆっくりと姿を現した。

「なるほど、報酬か……」

 オルダルは目を見開き、それから苦笑した。

 タダでは死なない。自分たちが戦っていた敵とは、元より不可能を可能にする男だった。

 カームズの未来のために戦い抜いた男たちは先日と同じように歓喜した。話を聞くと、地下から海へ繋がる洞窟を進み、一方のタフガイが疲弊したもう一方を担いでロッククライミングしてきたのだと言う。



 オルダルと過半数の騎士を塔に残し、少数は二人を村まで連れていく命を負う。

 廃村の掃除を任された衛兵たちが彼らを見つけると、ボルテス衛兵隊長を筆頭に誰もが驚愕した。ひとしきり事情を聞いた後でようやく落ち着いたボルテスが役割分担を決め、衛兵の一人を城へ放った。

「ランゼ様とクロス殿に……あとシャンナ殿もだ!」と声を荒げて。

 ボルテスが率先して代わり、疲弊した一方に肩を預けた。このような光景もあり得ないことのはずで、誰もが喜びと困惑で混乱する中……。

「お目当てが帰ってきたな」

「良かったですね、ランゼ様!」

 ジョンクとビスタンだけはこのように冷静で、ボルテスは不安定な情緒を誤魔化すように二人を作業に集中するよう促した。

 今度はボルテスと衛兵数人が二人を預かり、騎士たちは元の仕事場へ戻った。

 正門を抜けて街に入ると、当然民も驚愕し、その後には感涙や拍手などが起きた。

 一分一秒でも早く二人と再会すべき彼女らも城の外へ出てきた。……一人足りないが。

 奇跡を願うことすら出来なかった。

 それでも、目の前で彼を失った彼女は、時を経てもなお止まない一途な愛情で彼を想い続けてきた。だから、これまで苦しかったのだ。

 迷わず彼のもとへ駆け出していた。

 元より身分を越えた関係性。それを叶えるには互いの共鳴だけでなく、覚悟と、何より優しさが必要。気が弱く、立派な侍女になる自信など無かった彼女を温かく包み込んでいた彼は、誰もが知るかつての姿のまま「ただいま」と言って抱きしめた。


 彼……コヨーク王子は、新たな王の側近にまで成長したシャンナがまだ繊細な部分を残していると分かり、やれ……と、懐かしい時間に想いを馳せて共に感極まった。


 一方の『目当て』が見当たらない。もう一人の側近から行方を知らされると、傷だらけの体に鞭打ち走り出した。

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