天秤・螺旋 Ⅳ

 想定通りの決着。途中、ランゼの情動は何度も揺らいだが、結果ではなく挑戦中の葛藤こそが肝心なのだと思うタクトにとってはそれも理想的だった。

 ランゼは未だ幼く、この戦いを経て得るものもそれほど多くはない。

 それでも、この経験がこれからの自分を逞しくするはず。そう信じることでランゼは崩れかけていた心を保った。

「……それで、私の『狂奔』とはどういう意味なのでしょう?」

「まだ分かんねぇのか?帰ってクロスにでも教えてもらえ。連中もそろそろ正直になる頃だろうよ」

 要石を破壊されたタクトは血反吐を吐き、両脚を痙攣させている。立っていることも苦しいはずだが、持ち前の執念でどうにか立っている。

「……いや、どうして生きてるんですか!?」

 立っているのだ。

「すまん、言い忘れていた。要石を破壊されたところで蘇生者は死なないんだ。生者と違って欠損した部位や臓器も自動で元に戻る。全身クソ痛ぇけどな。ミナは常にこんな気分だったのか。こりゃしんどい」

 平静を装い腕を組むタクトは尋常じゃない発汗量と失血量。どう見ても助かるはずがなく、今も血反吐を吐いているが、ここからでも復活可能らしく、魔法がいかに恐るべきものかを知るその国の姫だった。

「それなら決闘の意味も初めから……」

「あったよ。あったようにしてやる。俺もグカも敗れたからには死んでやるよ。ちなみにミナの蘇生は俺ほど完璧ではないから、回復力なんて常人以下、殺せばちゃんと死ぬようになっていたぞ。なあ?」

「然り。確かめることは叶いませんがね」

 勝利してもなお二人のペースに呑まれた。決着によりランゼはドッと疲れを感じ、膝から崩れそうになる。見かねたタクトが要石の破片を零しながら続ける。

「ランゼ、お前の勝ちだ。俺たちは退場する。報酬もちゃんと用意する。お前は先に、最後の仕事を果たせ」

 意味がよく分からず首を傾げる妹を愛しく想うも、仕方なく窓辺の年寄りに切り替えるタクト。グカは意図を汲んで右手を魔法陣に向けてかざした。グカの手と魔法陣が同じ色で輝く。

「ランゼ様、これで三階へ上がれます」

「三階には何が?」

「アンテナがあります」

「アンテナって何です?」

「獣たちを操る電波を発している装置です。あれを壊せば獣たちは強制的に活動を停止します。死んだも同然ですが、念のため処分することを勧めます」

「自分たちで片付けてほしいものですけどね。これだから戦後は……」

「あっ、ご友人が追い詰められておりますぞ。急いだ方がよろしいのでは?」

「ちょっ!?」

 真偽は不明だが、空洞を独占するグカにそう言われては焦らざるを得ない。勘も警鐘を鳴らしているため、ランゼはこのフロアを後にすると即断。

「まずは……グカ。ちゃんと死んでくださいね?」

「承知しました。しかし、他人の心配をしている暇はありませんよ。魔法陣は三階で貴女様を降ろしましたらすぐこちらに戻ります。ランゼ様は帰る手段を失うわけです」

「……グカ、私はミナと過ごした過去なら覚えています。ミナがよく言っていました。グカは信用するなって。その助言を信じて、村ではなく城で生きていくことを選んだのは正解だったようですね」

「左様ですか」

「ですが、歪とはいえランページ国の復活を想う気持ちは本物だったと思います。……ご苦労様」

「……痛み入ります」

 周囲の人々に迷惑を掛けてきたのは同じ。グカの非道を全否定することは出来ず、表情の硬い彼に代わって悲運を物語るような笑みになるランゼ。グカは虚を突かれ、それから深々と頭を下げた。

 そして、彼にも別れを告げる。

「愚兄」

「呼び方よ」

「さっき、嫌いだったと言いましたけど……本音は違います。大嫌いです」

「そうか。俺はずっと大好きだったぞ」

「さようなら。忘れません。……自慢のお兄ちゃん」

 元来た魔法陣へ駆け出す。ランゼは疲労と焦燥により、何故そんな言葉を残したのかも分からず、恥を感じる余裕もなかった。

 あのタクトが何も言い返せないほど効果抜群だったこと。最後にようやく彼を出し抜くことに成功したのも、ランゼの記憶には残らなかった。



「王子よ、ランゼ様はあれで良かったのでしょうか?」

 魔法陣に乗り、上昇する勝者を見送る。遠い天井に唯一空いた空洞から最後のフロアへ行ける設計のため、到着するまで互いの姿を見続けることも可能だが、二人もランゼもそれは無用と判断し、それぞれ次の『やるべきこと』へ気持ちを向かわせる。

「この島国は永らく安泰だろうな。つまりは難しく考える時間も沢山あり、その分苦悩も増すだろう。だが、あいつなら必ず立ち直れるはずだ」

「いずれは螺旋を抜け出せると?」

「さてね。そも、そこまで考えてないだろうよ」

 生還も可能というのに、二人は終わりを認めたからこそ余裕でいられた。

 タクトなど苦手になったワインを喉の奥へ流し込み、血反吐と共に吐き出すほどだった。その奇行をグカはフフフ……と不気味に笑う。本当に愉快だったからだ。

 敗れたタクトとグカはここで散る。

 敗因が、見出したランゼと各々の詰めの甘さであるのなら、これはもう全く仕方のないことだから、互いに笑い合うばかりだった。

「はい、最後の晩餐終わり。最悪の味だった。酒が不味くなって初めて蘇生を悔いたよ。あとは……別に悪くなかった。行くぞ」

「ええ。丁度下りてきました」

 ランゼを三階のフロアへ運んだ魔法陣が戻ってきた。

 目的地が同じである以上、二人は同時に魔法陣へ歩き出したが、グカにはまだ引っ掛かりが残っている。この結果には納得しているものの、可能性を示してくれたタクトには恩義があるため、更なる可能性についても触れざるを得ないのだ。

「タクト王子、貴方は生き延びても良いのではないか?終身刑もやむなしでしょうが、真にランゼ様を想うのであれば――」

「ジジイ、野暮はもう止せ。俺たちは勝負をするためにここまで手間を掛けたんだ。負けたのなら潔く散る。その方がランゼも納得するだろう。……もっとも、俺の知るままのランゼであるのならな」

「左様か……。しかし、これは成功以前に一度も試したことがない実験となりますぞ?」

「出来るだろう?」

 根拠も、それを試みるのが自分でなくとも、タクトはグカよりも自信に溢れていた。

 彼が未だに不思議で仕方なく、グカはつい立ち止まった。自分が信じた男とは、初めもこのような無謀に挑んでいく愚か者だったな……と思い出しつつ。

「お前は俺が認めた相棒だ。不可能などあり得ん。俺も手を貸してやるよ。残された時間全てを使ってな」

 流石、ランゼ様の兄になった青年。そう諦める他ない。

 尊顔で根拠の無い自信を誇るタクトにグカは呆れるも、内心まんざらでもなかった。

「過去に例が無いから何だってんだ。そんなだから成長しねぇんだよ。俺たちは敗れただけ。挑む資格は常に有している。言っておくが、ランゼは必ずやり遂げるぞ。崩落に巻き込まれて間に合わなかった、なんてダセェ言い訳だ。獣共に下した『手を出すな』って命令もじきに解ける。急ぐぞ。これでやらなけりゃ兄失格だ」

「そうか。今になって分かった。仁義の人ですな、貴方は」

「せっかく生まれてきたのなら、一つでも多くの奇跡を起こしてみたいだけさ」

 グカが並び立ち、魔法陣が降下していく。崩れた一階でも、草原に出るわけでもなく、ランゼの知らない深淵へ向かう。

 移動中、気を抜いた途端にタクトはよろけた。グカは支えたが、今にも眠りに就きそうな相棒の様子に遠慮なく溜め息を吐く。

「蘇生者は死なない。……何故そのような嘘を?」

「……分からん。見栄を張りたかったからかな。ギリギリだが意識はまだあるんだ。実質不死だろう?外の獣共と同じだ。……ああ、奴らこそが俺とランゼの理想形だったのかもしれん」

「しかし、理想は潰えた。私も貴方も『螺旋』の中で亡霊と化すか」

 タクトは何も言い返さなかった。

 グカの言う亡国の再生にも無関心だったが、カームズ人の誰もが潔く、同時に欠けていた執念なるものを原動力に戦っていた老人にこそ未来を期待し、彼と組む道を選んだのだと思い出し、納得のいく結末を迎えたからには文句も出やしない。

 タクトの憎みといえば、退屈な世界や周囲の人々でも、そしてこの敗戦でもなく、自分の魂が自分の理想とは異なる毛色だったことに尽きる。

「全く、世のため人のためならあれほど簡単だったのに、悪い事となると全然上手く行かねぇじゃねぇか」

 捨て切れない善性が仇となり、本来の実力を発揮することが叶わず敗れたタクトはそう吐き捨て、これ以上は無理だと感じて口を閉じる。

 以降は一秒でも長く同志の役に立つため、生きることだけに集中した。

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