狂奔 Ⅲ
身を震わせていた高齢の魔法使いたち。うち二人が唐突に絶叫し、隠し持っていた短剣でランゼに襲い掛かる。
ザイが阻止しようとするも、今度はランゼの小さな手が制し、迷うことなくその二人の心臓を貫いた。
断末魔の末に両者絶命。オルダルはこうなると想定していたものの、ランゼの即断には恐れ入り、ザイも自ら手を汚した姫君の憂いに添えようとするも……。
何も感じていないようなランゼの無表情に戦慄を覚えた。
「嗚呼……これで8だ。そして……」
代表者は涙を流して佇んだ。続きランゼを襲い、呆気なく返り討ちに遭う仲間たちの散り様をただ見届けるのみだった。
仲間たちの暴走に困惑した様子も見せない。ランゼへの憤慨もなく、単に「時が来たのだ」と達観できる年の功がある。
「おい、何をしている!ランゼも少しは驚け!」
「だって、敵ですし……」
一人一人、流れ作業みたく心臓を穿っていく。そのようにこだわれる余裕と享楽がランゼを滾らせた。
「ハハハハハ!」
「4……3……2……」
魔法使いたちの発狂がうつったわけではない。この少女は元からこういうもので、このような状況になれば、こうなってしまうだけの話。
オルダルはランゼの本質を目の当たりにして戦慄するが、それより、仲間が殺されていくたびに何かのカウントを減らす代表者の方が不可解だった。
唯一まともなザイに「止めてくれ!」と縋るも、ザイは「もう遅い……」としか言えなかった。
赤黒い胸を絶命の証に、九つの屍は横たわる。
それらを憐れみ、膝を突いた代表者は、本来なら慟哭するところ、何故か救いを得たように満ち足りた相貌となる。
オルダルは、ここにはもうまともな人間などいないと割り切り、「コヨーク王子はどこだ?」と、唐突だろうが構わずに聞いた。
「下だ。グカ様とタクト王子は上だが、白い獣も、失敗作たちも地下にいる」
「あの魔法陣とやらに乗ればいいのか?」
「上には行けるが、下には行けない。ミナ殿が出掛けてからそういう設定で固定されてしまった」
「他に道は?」
「コヨーク王子のことはもう諦めなさい。蘇生者であり、獣だ。救いようがない。地下には海へ繋がる洞窟がある。六年前に利用した抜け道で、そこからなら行けるが……」
「どうして塔と繋げた?」
「失敗作を捨てるためです。それほどの数なのです」
「……じゃあ無理だろ。ロープでも何でも使って断崖から洞窟を目指すにしても、獣が邪魔過ぎる」
「それなら、とっておきの手段を」
突然、代表者のローブが日の出を連想する輝きを放った。屍たちも同様。
カームズ側の三人は猛烈に嫌な予感がしたが、ランゼが冷静に代表者を見つめると、温和な表情で微笑み返した。
だが、彼の遺言は悲痛そのものでしかなかった。
「……グカ様の、かつての言葉を覚えておられますかな?」
「動物や自然を操作する魔法について?」
「そうです。鋭い。人間も動物で、自然でもあるのです。グカ様は魔法使いとして別格です。逆らえない。……失礼」
代表者はローブを脱ぎ捨て、老いて骨が浮き彫りの上半身を露わにする。
タクトやミナとは異なるも、同じ所業に違いない、陽光の要石が埋められていた。
「グカ様がそう命じられれば、我々はそうする他なくなる。洗脳なのです。裏切りも、闘技場に獣を放ったのも、今日まで獣を作り続けてきたことも……我々の意志ではない。それを知ってほしかった」
もうじき爆発が起こる。上のフロアには危害が及ばない程度だろうが、自分たちは確実に死ぬと、ザイとオルダルは予感した。
ランゼは、残り1のカウントダウンにも構わず最期の想いを聞き届けた。
「ランゼ様、どうか我々の仇を取ってください」
「私は貴方たちのためには戦えません」
「ランゼ様、代表の私だけが貴女を襲う洗脳から外されています。しかし、これはその限りでない。ザイ殿やオルダル殿も巻き込む。そのような、恩知らずな真似をする前に、お願いします……」
ランゼが膝立ちの代表者に矛先を向ける。昨晩のミナが思い出されるが、今回は得物が違った。
ランゼは迷わない。代表者もこれ以上の結末を考えていない。何より時間が差し迫っている。
だから、オルダルが急いだ。
「獣が同胞を襲わないのは何故だ?」
「心ですよ。自国の存続と敵国の破滅を望む……根底の愛国心」
代表者は恍惚とした表情で天井を見上げ、そして目蓋を閉じる。
ランゼ姫が立派に成長した姿を見られたことが最期の光だった。
最後の奴隷が死んだ直後、屍たちの胸郭が光を増した。
次の瞬間には爆発する。そう感知するも、ランゼとオルダルは咄嗟に動けなかった。
動けたのはザイ。左手でランゼの首根っこを掴んで魔法陣に放り投げ、右手でオルダルを入り口まで放り投げた。二人とも綺麗に着地するも、オルダルは叫んだ。
「どういうつもりだ!?」
「貴殿は実質的にカームズの長だ!生き延びてもらわねば困る!」
「私は!?」
二人が納得するより先にザイは身を丸めた。
「存分に――」
精悍な顔に不慣れな笑みを浮かべ、主君の理想を祈願する熱の瞳、それらを見せられてはランゼも黙る。
ランゼを乗せた魔法陣が上昇してすぐに爆発が起こり、フロア一階は崩落した。
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