狂奔 Ⅱ

「お待ちしておりました、ランゼ様。ザイ殿にオルダル殿も」

 掛けられた言葉はどちらとも取れるが、声音からは全く敵意を感じられず、ランゼは円らな瞳を更に丸める。敵拠点内ということで勘が冴える分、すぐに警戒を解いた。

「早く兄上を片付けたいので率直に聞きますが、貴方たちは敵ですか?障害になりますか?」

 高齢の魔法使いたちから一人が前に出る。歓迎する言葉を送ったのも彼。これまでグカが担ってきた代表者の位置は、この場では彼のよう。

 ランゼの槍とザイの大斧は常にむき出しだが、オルダルには鞘がある。得物を抜いているものの、魔法使いたちの敵意とも異なる妙な陰気から、何かを誤解しているのではないかと思い始める。

「ランゼ様、囮とは我々だったのです」

 代表者は深い目元の皺を振動させて、神にでも縋るようにランゼを見つめる。

 それをそのまま、救いを求める弱者の祈りとは、三人とも信じられなかった。

「我々はカームズ国との共存に賛成していました。当然です。しかし、魔法を扱えるというだけでグカ様に利用され、無理やりカームズ国を脅かすための魔法をやらされてきたのです」

「人を獣に変えるのと、この塔の建設を?」

「はい。魔法とは、人の営みを豊かにするもの。断じて戦争の道具などではなかったはず。それなのに……」

 代表者はいよいよ目元を手で覆い、涙を零した。他の魔法使いたちも揃って悲嘆を物語る表情になる。

 まだ信じられない。全て演技かもしれない……。

 オルダルはより神経質になるも、誰一人として口角を釣り上げるなどの隙を見せてはいなかった。ローブ姿でも全員フードを外していることから「本当なのか?」と少し傾く。

 ザイも疑っている。抵抗や逃亡が困難だったとしても、騎士道と違う分野で生きてきた彼らの在り方が単純に分からず、敵か味方かの判別も儘ならなかった。

 二人はランゼに任せた。処断するというのであれば、それにも賛同する。

 庇護するというのなら、それはザイの心境からして安心できる。それで裏切られても全力を尽くしてランゼを守るだけなのだから。

 元より決戦の主役はランゼだ。ザイとオルダルはランゼが暴走した際のブレーキ役で、迷走した際のガイド役。姫の心を守りつつ勝利を目指すのみ。

 よって、全員の視線がランゼを包囲する。忠義ある二人と、疑惑の魔法使いたちの板挟みとなったランゼは……。

「めんどくさ……ここまで来てこれかぁ……」

 心底呆れてボソボソと呟いていた。誰にも聞こえない声量だったため、オルダルも公開説教の機会を逃す。

 しかして埒が明かないため、一先ずランゼが飽きているのではなく、決断できず困っていると仮定して情報を増やすことにした。ランゼがシンプルな世界を愛することなど、慎重なオルダルの知ったことではない。ランゼがはっきりしないうちに好きにやる。

「あー、質問していいか?」

 手を上げるオルダルに代表者は「どうぞ」と認める。ランゼに向けていた歓喜か悲嘆の様相は既に失せていた。

「お前たちがいつからグカや馬鹿王子に脅されていたのか、研究とは具体的に何か、どこで行われているのかを教えてくれ。グカたちの経緯も同時に分かるからな。だが嘘は吐くなよ?ここは戦場だ。この馬鹿王女には通用せん」

 畳み掛けるオルダルの圧気はここでも健在で、代表者はつい圧されて後ずさる。説明も躊躇ったが、ランゼに「死にたくなければお願いします」と背中を押され、仲間たちと顔を見合わせてから頷く。

 オルダルとしては敵か味方かを見定めるためだが、魔法が使えるだけの弱者たちは彼の威圧感に恐怖した。

「こら、怖がるでしょ」

 あのランゼが、あのオルダルを諫めた。

「……ご存じの通り、我々はランゼ様やグカ様と一度目の来訪を共にしました。あの頃から今まで、何も変わってなどいません。我々はただ、死にたくなかった。若者と比べて貢献できることは少ないと承知しています。再び大陸に戻り、戦いに役立つ魔法を使って、そこで終わり。連合軍の逆転勝利と同時に役目が終わったと実感しました。ですから、クルーダ王のお許しをいただいて村を作り、静かに余生を過ごそうと誓ったのです」

「そうだ。村までは、認めていた。だが物見塔は?今やこんなご立派な塔を築くに至ったお前たちだが、村にもこれを作る気でいたよな?」

「二年前、王の間にてグカ様が説明された通り、物見塔は我々の心からして必要なものなのです」

「聞いた。俺がそれを否定した際のお前たちの不服そうな顔もよく覚えている。つまりはお前たちもグカの野望に賛同していたんだろう?二年前、もしくはずっと昔から」

「違う!断じて私はカームズ国への恩を忘れたことなどありません!感謝の念は永遠に絶えず、迷惑など、もう御免だった……」

 要点を隠し、身振り手振りで被害者かつ庇護の対象なのだと主張する代表者。他の九名も似たようなもので、状況は変化しなかった。

 嘘を吐いているのか、本当に巻き込まれただけなのか。いずれかであるのなら……。

 ザイの気も抜ける中、ランゼだけが怪訝な顔になる。

「そも、塔とは何だ?本当に物見や象徴というだけなのか?」

「塔は……塔も囮でした。昔のも、これも。あくまで拠点。グカ様やタクト王子もカームズを滅ぼした後で爆発させると仰っていた」

「爆発?」

 ランゼが首を傾げるも、代表者はそのまま続ける。顔中汗だくで。

「二年前に建てたものは偽装です。あれは何の変哲もないただの物見塔。カームズ国側の目を引くためだけに建てた囮。全てはこの、真なる『螺旋の塔』を確実に築くために……」

「これは何が違う?高さと広さは別格と分かるが」

「我々を収容するための拠点ですからな。そして、獣たちを支配するのに欠かせない電波塔でもあります」

「電波塔?」

「覚えておりますか?グカ様や我々が操る、動物や自然を操る魔法。あれは自分たちより気性や格が低い者にしか通用しない。黒い獣たちは、元はランページ国の弱者たちだが、獣と化したことで手に負えなくなってしまったのです。特にカームズ国の王子たちなど……。彼らを御するには新たな支配権を得るしかなかった。『螺旋の塔』が建って以降、島全体にその電波が流れているのですよ。獣たちのように操作を受けずとも、ストレスを感じやすくなる呪いの風でもある。ランゼ様やザイ殿は気付いておられたかもしれませんが……」

「本当か?」

 オルダルがランページ出身の主従を窺うと、二人はそれぞれ別の方角に顔を逸らした。

 三十歳のザイも高齢の魔法使いたちからすれば若い。気まずくなる二人を屈託なく笑った。

「いえ、笑っている場合ではありません。もう時間がない。手遅れかもしれないが……」

 和やかな雰囲気を裂いて代表者の情緒が左右に転がる。不遜を承知でランゼに縋りたいところだが、それはより悪い事態を招くため堪えていた。

 彼らには後がない。それだけがランゼたちの目にも明らかな真実だった。

「勝手に逃げればいいじゃないですか。結局は怖い人たちに捕まってしまうと思いますけど」

「……それは無理です」

「どうして?」

「我々がランページ村崩落の犯人だからです。外の黒い獣たちは我々を襲いませんから、逃げることは……まあ……。ですが、生き残った村人やカームズの民が我々を許しますか?我々の顔を見たいと思いますか?」

「あー……」

「頭の痛くなる話だ。なぁ?ランゼ様よ?」

 ランゼは更に気まずくなり、もう天井しか視線を移せる場所がなくなっていた。

 一度は共存を選び、村で静かに生きていこうとするも、結果として裏切ってしまった魔法使いたちには他に行き場所がない。

 ……例外もあるが、初めて物見塔を建てた際の無礼をカームズ人が覚えている限り、また新たな不和を生んでしまうに決まっている。

「それなら他に何か……あっ、島を出るとか」

 ランゼの意見に大人たちが沈黙した。

 そして、ランゼは違和感を覚えた。

 この踊らされたランページ人たちは何と言っていたのか?それと自分の提案に共通する事柄は……?

 ランゼの中で点と点が繋がるのと、魔法使いたちが慟哭を増すタイミングは同じだった。

 つまり、間に合わなかったということ。

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