従者 Ⅱ
怒涛の攻勢とはいえ剣に重みが無い。ランゼは「おかげさまで!」と真っ赤な双頭のうち一本を簡単に弾き飛ばした。
それでもミナは止まらなかった。力負けしても技術や勘、何より経験でランゼを上回るため、一本だけとなり優勢に思ったランゼの懐に入る際は迅速で、呆気なく殺してしまいそうになる。
「くっ……」
「ほら、どうしたの?タクトとグカを殺すんでしょ?私なんかに押されている場合!?」
ミナは踊るように双剣を振るい、嵐のような剣戟で追い詰め、仕留める戦術を持つ。海の向こうの戦争でも、幼少期のランゼを痴れ者から守る際もそうしてきた。
だが、うち一本を手放したことにより得意技はもう使えない。不調も相まって本来の実力の半分も出せなくなっている。
それでも押し切れない。背水のミナの猛威は凄まじく、ランゼも愛用の槍ではなく手に馴染みのない闘技場の剣を扱うため、騎士を欺く時のようにはいかなかった。
何より、余計な感情がランゼを妨害している。
「ランゼ!嗚呼……ランゼ!こんなにも近くでお互いを感じ合っているのに、やっと二人きりなのに……どうしてこんなに遠い関係になってしまったの!?」
このように、特別な想いを寄せる対象への嘆きが連続しているからだ。
口から出る情熱は剣にまで宿る。細く衰弱した体に何故それほどの力が込められるのか……と、槍を自在に扱える素質は元からあれ、戦いとはセンスが物を言うのだと、ランゼはこれまで自分が出し抜いてきた騎士たちと入れ替わったように思えた。
しかし今、ミナから感じる怒りはそのような差異の話ではない。敵であれ強い者は総じて尊敬に値するから、それが絶世の美女であるなら窮地の中でも虜になりそうなくらいだった。
「ミナ、いい加減にしろ……」
込み上げる怒りを放出すると、ランゼの脳天を刺すはずの凶刃が寸前で止まった。
ランゼがわざと作った隙だった。真実を明かすため、一度切りの勝負に出たのだ。
ミナは、もう何度もランゼを仕留める隙を見つけていた。
それでもミナはランゼを殺すことが出来ないと、ランゼも気付いたのだ。
剣を下げる。切っ先が少し掠ったランゼよりも勝利目前だったミナの方が戦慄した。
ミナはランゼを殺さない。それ自体は宣告されていたことだ。逃亡に協力的であれば好都合、困難なら捕まえて拉致する。
ランゼは、結果的に死ぬか、ミナを始末する以外の道を考えていない。すれ違う二人であるのなら、比較的穏便に済ませたいミナが譲るしかなくなる。
猛攻のようで、押し切るつもりはない。
それは、島国の存亡を占い決戦へ赴く覚悟の自分と、今までもそれをやってきた男たちへ敬意を抱くランゼにとって、冒涜以外の何でもない。
殺すつもりもないのに刃を向ける。そんな双頭の半端者が、ランゼにとって誰よりも許せない存在となっていた。
「これが最後よ。ランゼ、私と共にこの呪われた島から――」
「戦いをなめるな!」
戦場経験は一度だけだが、自分より経験豊富な騎士たちを相手に稽古ながらも勝ち続けてきたランゼの不意打ちは達人の域に達していた。
降参するように脱力したランゼが一気に戦意を上昇させ、眼前の敵を切り裂く速さは星の瞬き。不意打ちを得意とする暗殺者であり、ランページ人ではザイに次ぐ最強格のミナですら間に合わず、後退するよりも先に斬られた。
「ああっ!」
両脚が砂浜から離れるタイミングで太刀を浴びたミナは、残る一本も手放し、ワンピースを裂かれて倒れた。
鮮血と舞ったミナ。人間らしく同じ紅がドロドロと零れ始めている。
ただし、ランゼの手応えはイマイチだった。廃村で見た裏切りの兄同様、露わになった上半身には妖しく光る石が埋め込まれており、それが必殺の斬撃から宿主を庇ったのだ。
血に塗れた剣を抜いたまま接近すると、黒髪を乱す瀕死のミナがいた。
戦闘前から既に限界で、いざ始まれば危害も加えられない。不意打ちなどしなくても最後には必ずランゼがミナを見下ろす結果と決まっていた。そうと分かると、ランゼはより許せなくなる。
今にも事切れそうな、白い肌に赤い化粧の女はそれでも微笑んだ。自分をこれだけかき乱した存在がどれだけ憎しみの感情を向けてきても、それだけの激情を自分が独占していることで幸せになれたから。
「ミナ、これで終わりです。こんな分かり切っていた茶番……付き合っていられない」
ランゼは仰向けのミナに跨り、剣先を要石より高い胸の谷間に定めた。
密着して顔が近付くと、ミナはこのような結末に至った悲運を嘆き、それから……。
「……いえ、勝ったのは私。貴女の悔む顔が見られて嬉しいわ」と、したり顔を浮かべた。
ミナの際限ない感情にランゼはつい苦笑してしまう。それほどまで想ってくれていたのなら、悲運に同情するのではなく、貴女の理想通りの『ランゼ』として振る舞ってあげようと決意する。
「ミナ、ありがとう。もう休んで」
ランゼが微笑むと、苦痛など無かったかのように安らいだ微笑みを返してくれた。
大人の女性を弄ぶのが趣味のランゼは、昔と比べて色々と艶やかになったミナに一度くらい接吻をしてやってもいいかと邪心が芽生えるも、どうにか堪え、もう迷わないと決めたからには躊躇わずに『正しい闘争』の理解者たちが扱う不惑の剣を女アサシンの胸に刺し込んだ。
ミナは眠った。この手で彼女の迷走に引導を渡したのだ。
罪など感じない。やりたいことをやった。これからやることも決まっているのだから後悔などしていられない。
「クロス、どうせいるんでしょう?」
剣を鞘に仕舞い、輝く水面を眺めつつ従者を呼んだ。
従者はかつての主君みたく反対方向の木陰に紛れていた。「おや、バレていましたか」と、血の流れる浜辺でもいつも通りで。
「そこにいましたか。いえ、どこに隠れているかまでは知りませんでしたよ」
「客観的に見てストーカーかもしれませんが、貴女を庇う立場なのでお許しを」
「駄目とは一言も言っていません。それに、今は一刻を争います」
本題から逸れても二人の意思は通じ合っていた。
だが、それはカームズ国にとって全く有益ではないため、クロスは眼鏡の橋を指で押し込み、念も押す。
「本当によろしいのですね?」
「はい。私がそれを望んでいるので」
「士気にも悪影響を及ぼします」
「ですから、内密に。全てが終わるまでは私たちと、シャンナと、仕方ないのでオルダルにも」
ランゼの主張を尊重するクロスでも全面的には賛成し難い。
それでも、全ては架け橋の姫君により動く物語なのだと達観すると、過去に例が無いというだけで、そういう寄り道もアリなのかもしれないと思えた。
専属の従者だけでなく実質的にカームズの長のオルダルにも伝えると言うので、自尊心を満たすためだけの判断ではないと分かり感心した。クロスの敗北なのだ。
思えば、そのような始まりから二人は主従になったのだから。
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