天秤・双頭・螺旋

 木の枝に蛇が絡んだような外見から、安直に『蛇の塔』と呼ばれるようになったランページ側の拠点。

 非戦の村人たちを掃除して帰還した二人は獣から降り、獣は逃げるように草原へ引き返す。体色の違う他の獣たちに威嚇されながら、行くべき場所もなくただ駆け回る。

 それを確認してタクトは塔の内部へ。続くミナは、フラフラと入り口にもたれ、呼吸を荒げていた。

「助けに行って正解だったようだ。グカは暴走だと呆れていたが、ちゃんと仕事をやり遂げたな。偉いぞ。相当にしんどいご様子だがな」

「余計なお世話、どうも……」

 強がるミナに嘲笑で返し、タクトは入り口から真っ直ぐ奥に進み、胸郭きょうかくと同じく妖しい輝きを放つ魔法陣に乗った。ミナは怒りで頭が焼ける錯覚に陥るも急ぎ同乗。魔法陣は音も立てず上昇した。

 蛇の塔は王城より高いが、実は三階建て。一フロア間の天井が高く、その上各階の間は何もなく空いているため、内部を知らないカームズ側は魔法陣エレベーターよりもまずこの持て余し過ぎな設計に動揺することとなる。

「つまらないほどの伽藍洞がらんどうだ。いつも思う」

「いいのよ。捨てる前提の拠点なんだし。文句があるならグカに言って」

「ランゼもガッカリするだろうな」

「……知らないわ」

 誰にも明かしてない本音を見抜くタクトがミナにとってあまりにも不気味で、この時初めて武器を置いてきたのを悔いた。同じ蘇生者だというのに、タクトのように充足に満ちることもなく、気付けばワンピースも汗ばみ心地は最悪。

「初めから報われないと決まった恋で、更に敵同士とは。お可哀そうに」

「黙りなさい。今度こそ本当に息の根を止めてあげましょうか?」

「それは無理だろうな。昔はともかく、今のお前はクソ弱い」

 その、救いのない事実に、ランゼには一度も見せたことがない人殺しの形相へ化けるも、今にも昏倒しそうな血の気の失せた顔色では迫力不足。海の向こうで初めて体験した本物の戦場でも心を乱さなかったタクトを揺さぶることなど、今のミナには不可能だった。

「捨てる前提の拠点か。お前には関係のない話だな」

「何ですって?」

「一々相手の知能を試すなよ。めんどくせぇ女だな。ランゼは裏表のない人間が好きだぞ」

「よく言う……」

「簡単なことだよ、双頭のミナ。お前はランページ国の復活とランゼの未来を『天秤』に掛けた時、迷う素振りを見せつつ後者を選ぶ気でいる」

「そんなことは……ないわ……」

「哀れな強がりだ。いずれにしろ結果はすぐに出る。お前はその時になってようやく自覚するのさ。自分がいかに半端な女かを、誰にも愛されるはずもない醜さと卑しさ――」

 ミナはうるさい男の首を潰しに掛かった。

 しかし、挙動はミナ自身が思うよりも遅く、今は男の方が上手のため簡単に弾かれる。逆に首から持ち上げられて両脚が魔法陣を離れた。

 空中というのも相まって、絞まる力が増すほど終わりを色濃く感じるようになる。既にミナを蝕んでいる『生きていない不安』と『蘇った代償』が重なる上、叫びたいほどの苦痛さえ制限される。無力なミナは虚ろな瞳から涙を流すしかなかった。

「ミナ、お前の役目はとっくに終わっているんだよ。蘇りの実験も、俺の暗殺も、別にお前でなくても良かった。俺がなぜ戦場に転がる死体の山からお前を選んだのかというと……それは後で分かることだが……俺もグカも、他の魔法使い共も、誰もお前に興味など無い。ランゼさえもな」

 そんなはずはない!

 ……否定しようにも喘ぎ声しか出せず、首を横に振ることすら出来ずに追い詰められる。

 ランページ国最強の騎士・ザイに次ぐ技量を誇っていた頃までは、タクトよりミナの方が上手だった。

 しかし、先日の暗殺時には蘇生から四年以上が経過。禁術の代償によりミナは日に日に弱体化していった。暗殺後の第二王子との交戦も、第二王子が激昂か別の理由により本来の実力を発揮できなかったから勝てたのだ。

 第一王子・タクトは、ミナという蘇生の前例があって完璧な復活を遂げた。胸郭の要石は気になるが、特に不具合もなく、毎晩痛みに悶えるミナを他人事として侮辱できる。


 ランゼのもとに帰りたいというのが本心だが、ランページの誇りは捨てられない。

 しかして非人道的な禁術を多用する同胞たちと一緒くたにされたくない。

 もう引き返せないほどに、自分も彼らと同じく薄汚れてしまった。


 そういった葛藤を今際に思い出しては酷く疲れ、ミナの心は砕けた。

 タクトの握力に抗うのを止めて両手を離した。瞬間、絞まる力が必然的に強まり細い悲鳴が出るも、楽になりたくて最期の痛みを歓迎した。

 しかし、タクトはミナの降伏にガッカリして拘束を解いた。地に落ちたミナは激しく咳き込み、それから美しかった体を丸めて咽び泣く。首には指先の跡が残った。

「退屈だったかつての日々にも、お前ほど高潔でない女はいなかった」

 言葉は刃物としてミナの喉を裂き、二階に到着してもしばらく無言でうずくまっていた。



 タクトはミナを置いてフロアの空洞から外の様子を眺める老人に歩み寄る。

「グカ、すまん。フルーガ死んだわ」

「貴方が構わないのなら、私も構いません。所詮は実験ですからな。ミナと同様に」

 鈍い動作で立ち上がろうとしている女を蔑む男たち。辛辣な言葉を受けてもミナには他に行き場がなく、反旗を翻すのも無理と分かり気力を持たない。

 ランページ国の重臣・グカと、カームズ国の王子だったタクト。かつては戦火を逃れてこの地に流れてきた弱者とその救いの手だったが、島国を、世界を踏みにじるため結束した二人は親しくなっていた。

『螺旋のグカ』は塔に籠り、同じく高齢の魔法使いたちに黒い獣の作成を命じつつ、ここから島全体を一望する時間が多い。

 まだ死んでいないというのに、あるじであり友となったタクトへ本気を伝えるために蘇生の魔法を施した。グカの胸郭にも要石が埋められている。

 人道から外れてもなお、理想のために全てを敵に回す覚悟の三人がランページ側の主格。亡国の再建を望む結果として過剰な手段を取るに至った『長老』と『少女』はまだしも、二人や獣たちを統べる代表が、カームズ国の王子にして次期国王の資格を有していた貴公子なのだ。

 つまりはランゼと同じ。彼女よりも早い段階から、自分の生まれた国よりも『譲れないもの』を優先して動いていたに過ぎない。

 タクトとグカは空洞から徘徊する獣たちを観察。草原の先、鮮明には見えないが煙が全て消えた廃村や、普段より群衆の多い街の様子も覗ける。グカはここから見える景色の変化を道楽としているが、タクトはすぐに飽きてテーブルに積まれた木箱の山からワインを取り出して豪快に飲み込んだ。

 ただし、蘇生者はアルコールに弱い。というより内臓と同化している要石が敏感なため、一気に胃へ運んだタクトは鼻からも吐き出した。

 タクト自身は大笑。グカは口角だけを歪に釣り上げ、ミナは異常なユーモアにより吐きそうになった。

「うえっ……いや、すまん。ついな」

「別に。ここを捨てる日も近いでしょうし」

「ああ。だが、今回の襲撃は失敗に終わった。獣の作成も今やらせている分で最後になる」

「左様ですか。蘇生であれば人の形を保っておく必要がありますが、獣であればその必要もなし。フルーガ王子とコヨーク王子に村人を食わせ、消化される前に王子らから死肉を吐き出させてストックを増やす。手っ取り早い分だけ成功の目は薄かったか」

「黒い連中と同じく、ある程度は元の理性を保っているという情報も得られたから良しとしよう。フルーガは村人を食いまくったが、コヨークは一人も殺していない。それで確信した」

「コヨーク王子は如何様に?」

「生かしておけ」

「もう用無しでしょう?戦力にもならない。実験台として使い潰すつもりで?」

「そう、実験台だ。報酬は必要だからな」

 ミナにはタクトの言葉が全く理解できなかった。

 グカは『報酬』の真意を読めずも、あらゆる展開を想定できるタクト王子にこそ老骨は導かれてきたのだと思い出せば、同盟を強要された頃と比べて快く頷けた。

「同志・タクト、私に出来ることはもうありません。あとはカームズ勢の侵攻に備えるのみです」

「つまらん島国に少しだけ魔法を足した程度の戦争だからな。はっきり言ってそれほど優勢でもないが、最強のザイを抑える策を考えておくか」

『天秤のタクト』と『螺旋のグカ』は、既に一つの目的を見据えて今『やるべきこと』へ邁進する。

 対して『双頭のミナ』は迷いの最中。汗に濡れた体が寒くて身を震わせていると、タクトが近付き「未来は自分で決めろ」と言われた。

 それで決心がついたのか、あるいは余計に迷子か、どっちつかずのままミナは再び魔法陣に乗った。

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