集落に濁流を Ⅴ

 ランゼがサマーソルトを受けて窮地に陥る前、ジョンクとビスタンは自分たちより少し大人の女を前後から囲い、いつでも斬り掛かれる状態を維持していた。

 第一・第二王子を殺めた張本人というのは承知で、つまり自分たちでは歯が立たないが、手ぶらならあるいは……という欲が湧くも、自分たちに構わず獣それぞれを、離れて戦況を見ている老成をも注視している様子から油断ならない。

 正面からジョンク、ビスタンは後ろから剣先を向ける。それらを脅威とも思わず、不敵な笑みは健在で、ジョンクはそのしたたかな態度を魅惑的と捉えた。

「俺たちが見えていないのかってくらい余裕だな、お姉さんよぉ。こんなクソ危ねぇ場所で武器も持たずに突っ立ってるなんて普通じゃないぜ」

「忠告ありがとう。けど、心配はいらないわ。もう気付いているはずだけど、この獣たちは貴方達だけじゃなく私も襲えないようになっているのよ」

「白い獣たちはランページ人のみを襲う。それでも貴女は特別か。何か特別な術を施したらしい」

「そうに決まっているわね」

 ジョンクとビスタン、それぞれの疑問を軽く払う。

 異性の心を蕩けさせる妖艶な瞳はビスタンへ、それから雪のように白い首と艶のある黒髪を優しく曲げて背後を牽制する。

 噂の双剣を携えていなくても何か別の秘策を用意しているに違いないとビスタンは警戒する。

 反してジョンクは正面から極上の女を賜り、死地へ赴いたはずが楽園だったのかと舞い上がっていた。

「偉そうな態度だなぁ。王子二人を殺す腕前とはいえ、今ならイケると思ってるよ、俺は」

「私も貴方たち程度なら目を瞑っても殺せると思っているわ。けどお生憎様、今回は戦う気は無いの。目的はあくまで特殊な獣たちの観察。それも大体済んだし、ランゼ次第で切り上げようかなというところ」

「つれないね。せっかくの縁なのに」

「縁なら確かにあったわ。これっきりのね。それとも命の奪い合いより過激な戦いに臨んでみる?二人掛かりでもやっぱり勝機は無さそうだけど」

 ミナは左目だけ閉ざしながら脚を少し開き、深いスリットのワンピースをゆっくりたくし上げて少年を誘惑する。後ろのジョンクにも効果抜群で、ロングブーツとの間にある肌が段々と広がるにつれて二人も鼻の穴を広げた。

「今回ばかりは俺の負けのようだな……。しかし次の縁では――」

 ガシャンッ!

 ジョンクが馬鹿を言いかけたところで破壊の音が聞こえた。獣の咆哮が続くと、瓦礫が邪魔で見えにくい向こうの戦況も容易に想像でき、衛兵コンビより古い侍女の方が先に苦い表情となる。

「こんなところで終わってしまうの?ランゼ……」

 双頭のミナ。ランページの誇りを取り戻すために戦うか、もしくは……。

 二つの強烈な感情を美体一つに宿す運命さだめの女は、自らが決着の原因になることに罪悪感を覚え、同時に自分たちが評したように平和から遠い世界でこそランゼは躍動するのだと知り、どっちつかずで揺れる。

 衛兵コンビは女アサシンが寒気を堪えるように身を震わせていて困惑した。

 巨大な眼でミナの逡巡を見つめるもう一名は、その弱る姿からかつての誰かをぼんやりと思い浮かべていた。



 狂気の形相が眼前に迫る。

「まずいなぁ」

 ランゼは膨れ上がった頬や体の痙攣も気にせず、逆転の策を考えるも思い付かず、ただそれだけ呟いた。

 白い獣にも知性か記憶があるのだと分かった。これまでは全開の自分を上回る敏捷性と無情を見せつけ、このように動けなくなれば、醜態を嘲笑うのと同じくトドメに至るまでの時間を満喫しているように思える。カームズ人とランページ人を識別する脳があるのなら、他者の不幸を愉しむ心も備わっているのかもしれない。

 それだけ分かれば十分だった。証拠と呼べるものは何も無いが、ヒントなら獣たちを連れる女から既に授かっていたからだ。

「クロスはとっくに気付いていたのでしょうね……」

 強引な解答と、真実の要求。狭い世界を更に縮こませた範囲でずっと生きてきた。

 故に選択肢も少なく、その中で自分の不幸を喜ぶ大人など限られていたから簡単だった。

「お前……貴方は……」

 解答者の苦笑が心底不愉快だったのか、丁寧に甚振る器用さなど無い獣は仕方なく首を千切る。


 ――第二王子・フルーガだ。


 解答は口内に響く。血肉が飛散し、一つの断末魔と共に尊き王族の血がまたも断たれた。

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