奴隷剣闘士 Ⅱ

 獣はもうここにいない。それを呼ぶ魔法使いは既に処断済みか、聳える塔に籠り切りで、再び手を取り合う展開もない。

 よって、罵声を浴びるザイの対戦相手は人類に限られる。時にカームズの騎士。ハンデとしてインナーのみのザイと違い全身を鎧に包んでいる。

 時には同じランページの騎士を相手に殺し合う場合も。今日から再開とはいえ、役者の頭数が足りないため仕方なく、しかもランページの騎士はカームズの騎士を殺めてはならないが、ランページの騎士同士の試合ではいずれかが死ぬまで戦闘を続行しなくてはならない。

 杜撰ずさんな方針だが、現住の民たちの不満を発散するには効果的だ。冷静な者たちからは「愚か」と落胆されようともオルダルは強行し、他の誰でもなくザイたち奴隷剣闘士が容認した。

 観衆も、これを狂気として忌む健全な民たちも、この殺人ショーの真実を知らされていない。

 奴隷剣闘士は闘技場の地下で生活している。民たちは普段、彼らの生存を観客席からでしか確かめることが出来ないから欺く術はいくつもある。ランページ側の頭数が少ないため、長くは通用しないことだけが問題だった。


 その『詐欺』の手段を提案したのはランゼだった。


 戦いの事となればよくキレる。それに関してはクロスの貸した知恵ではないとオルダルも分かった。

 ランゼが観客席に現れるとどよめきが起きた。王族が自分たちと同じ目線で興じるのかと困惑するのでなく、単純に「よくここに来られたものだな」と、敵国の姫君の面の厚さか天然に理解が及ばないのだ。

 しかし、姫君の従える侍女の顔色が優れない理由は皆も知っているため、言葉で煽ることなど誰にも出来なかった。

「おやぁ?第一王女さまがいらっしゃるじゃねぇか」

 中には馴れ馴れしく話し掛けられる者もいた。

 ランゼと同い年の衛兵コンビ、ジョンクとビスタンだ。二人は治安の悪い観客席の警備を任されるまでに成長していた。

「ジョンク、気安い」

「おっと、こりゃ失敬」

「ランゼ様、よろしいので?この時世にここを訪れても」

「ええ、まあ。どうしても外せない理由があってね」

「ほう」「へぇ」

 若い男子たちの反応が被さる。

 栗色の髪を全て後ろに流す、困り眉のくせに何も困っていなさそうな青年はジョンク。気分次第ですぐ異性に声を掛ける彼はランゼを口説いたこともあり、それを真に受けられてから誤解を解いて殺されかけた過去がある。

 それでも孤独だった当時のランゼに刺激を与えた存在で、今もこうして気兼ねなく話せている。

 そんなジョンクと何故か仲良く在れるビスタンは、似た栗色の髪を刺々しく生やす太い眉。ジョンクと比較して誠実に見えるが、固過ぎる正義感の持ち主で、逆にもう少しルーズなら真っ当にモテるのではないかとランゼも惜しむ。

 次代を担う三人の仲は従者たちも熟知している。女王への無遠慮な態度を咎める気もなく、クロスなどは最強の騎士の舞台なのだから酒でも持ってくれば良かったとか考えている。

「ランゼさまの目当てなら俺にも分かりますぜ」

「本当?当ててみて」

 ランゼは得意げなジョンクよりも舞台の彼に注目して聞く。

「俺、とか……」

「それは今までもこの先もないかな」

「お手厳しい。それならもうビスタンしかいねぇじゃん」

「馬鹿抜かして、ジョンク。また半殺しにされたいの?」

 王城だと気まずい空気になるから堪えている物騒な文言も彼ら相手なら遠慮はいらない。時には息抜きも必要だと保護者たちも許し、コンビを指導する先輩の衛兵たちもランゼの手前割って入ることなど出来ず、若手三人の時世を鑑みない会話は続く。

「勉強するようになってから生意気にもなったよなぁ。昔は俺の口説き文句に本気で照れてたのになぁ」

「まだ昔のことを持ち出すか……。あの頃は単純だったのです。貴方もいい加減大人になりなさい。ビスタンも、無理に私たちに付き合わなくてもいいんですからね?」

「はぁ。無理などしているつもりはありませんが」

「だよな。俺ら好きで絡んでんだから」

「でも……私といたら悪い噂ばかり立ちますよ?」

「別に良くね?俺らが楽しいかどうかが世界の全てだべや。なぁ?」

 ノータイムでランゼの杞憂を吹き飛ばすジョンクに、ビスタンもノータイムで同調した。

 ランゼは思わずにやけ、保護者二人もその様子に嬉しくなる。ランゼが噂以上の器量の持ち主だと信じているからこそ、彼女が個人に愛されているのは誇らしい。

「そうですか。まあ、好きでやってるなら良いんじゃないでしょうかね……」

「そうそう。だから、ランゼさまもこれからはビスタンに遠慮しなくていいんだって」

「だから別に好きじゃないんですけど……」

「俺はランゼ様のこと好きですよ!」

「はへっ!?」

 何度も繰り返したくだりを畳もうとしたところ、まさかの告白を受けてランゼは飛び上がった。

 堂々の笑みを浮かべているビスタンを、頬を赤らめながら窺う。その動揺はジョンクにとって恰好の得物。クロスも混ざりたいと思うくらい隙だらけの乙女と化していた。

「ちなみに俺もランゼさまのこと大好きですぜ」

「ジョンクのは冗談でしょ?騙されないから」

「いやいや、本気本気!めちゃくちゃ本気だから!」

 ランゼ姫は好戦的で、異常な側面がいくつもある。……それがカームズ人の共通認識となっている。

 それも相まって、亡き王子たちと同じく纏っているだけで品格を得られる礼服を着ながらモジモジと体をくねらせてるあの娘は……誰だ?……と、遠目に見ていた皆が首を捻る。

「へ、へぇー!二人が私のことをねー!ほー……」

「そうじゃなきゃガキの頃の稽古だって断ってましたよ」

「同じく!ランゼ様は俺にとってかけがえのない友であります!」

「そ、そう……。確かに、私にとっても二人は長い付き合いの友…………友?」

 クロスは吹き出すのを我慢し、心優しいシャンナは姫君がこれから迎える残酷なオチを労しく思った。

「二人とも私のこと好きなの?」

「「はい」」

「それは友として?」

「「はい」」

 悍ましいもの(夜間に姿を見せる黒く素早い虫とか)と邂逅したように嫌な汗を流すランゼ。

 自らの簡単さ、踊らされていたことなどに気付いたからだ。

「じゃ……じゃあ、私を女としては?」

「殺されかけた過去を今も引きずってますぜ」

「女性らしい格好をずっと拒んでいるようですが、それでも魅力的です!」

「ビスタン、ありがとう。それで、肝心な部分だけど……」

 ランゼは口ごもり、それでも勇気を出して確かめる。オルダルがこの場にいたら普段との別人ぶりに目を疑ったことだろう。

「あの、その……ふ、二人は私に……恋愛感情とかあったりするの?」

 ジョンクは「は?」と漏らしかけるも我慢して口を揃える。


「「それは全く無いですね!」」

 男子二人の頬へ、女王は呻り声と共に拳を撃ち込んだ。


「仕事に戻れ無礼者共!処刑するぞ!」

 取り乱すランゼさまにジョンクは満足し、ビスタンも変わらず白い歯を見せて立ち去った。

 カームズ国の中心で、ランページ国の王族が、カームズ国の未来ある若者に暴行を加えた。……というのに、その瞬間を目撃した誰も怒りを再燃させることはなく、顛末を知る者などはついに笑いを堪え切れなくなった。

 今や戦争の原点とも言える闘技場がこれほど和んだことなど過去にない。長くカームズの歴史を見てきたクロスは「一歩前進しましたな」と赤面のランゼに囁いた。

 視線が集まっている上に彼の試合が始まるため我慢するが、城に戻ったら即座にシャンナの胸に飛び込むと決めたランゼだった。

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