楽園に毒麦を Ⅳ

 獣は奴隷剣闘士・ザイにより討伐された。

 合流した騎士たちが激戦に混ざることは叶わず、単騎で獣を凌いだザイにも身構えたが何もなく、彼は闘技場の地下に幽閉されている仲間たちのもとへ帰っていった。

 それは不気味として捉えられた。闘技場がしばらく閉鎖となって以降、誰も必要以上にそこへ近寄らなくなった。

 ランゼも、獣を狩り、巣に帰る大きな背中に何も発することが出来なかった。彼の言う『正しい闘争』の意味が分からず、異次元の思想で戦いと向き合っている彼と自分とを比べても恥ずかしいだけだった。



 草原を挟み、王城の対に位置する地点に出現した塔について、クルーダ王は事情を聞くべくランページ村の人間を王の間へ呼んだが、彼らはそれに応じなかった。

 本来ならこの時点で騎士団が粛清に動いてもおかしくないところ、騎士たちは全ての王子を失った悲しみに暮れ、彼らを偲ぶことより『未来』のために現状の把握と解決を目指す王の我が身可愛さに幻滅していた。

 中間のオルダルが仕方なく前に出る。やる気のある騎士を集めて村へ向かった。

 村人たちは問答に応じたが、話し合いとしては成立せず。それ以前にあらゆる価値観が食い違っていることを実感して「無理だな」と、あらゆることを諦めた。

 王城の倍高い塔は、蛇が木の枝に絡んだようなデザインとなっていて、斥候のように派遣された騎士たちもその見た目に戦慄した。

「蛇は我々にとって幸運を呼ぶ大変縁起の良い生き物なのです」

 村人は恍惚な顔で言った。

「蛇など不吉そのものではないか。奴らには毒がある。村を手伝うため訪れた王妃もどこかで毒を盛られたという。まさか……」

「ハハハハハ!それは我々の知るところではありませ――」

 騎士の一人が、酷く不細工に感じた村人の首を刎ねた。

 我々はまだ生きている。あの塔は本当に何もしてこず、王城よりも偉そうに聳えているだけなのかもしれない。

 オルダルを始め、冷静な者たちはそう希望を持つが、実態が分からない以上は心が落ち着かず、観察ではなく実際に塔の中を調査することに決めた。ただの物見塔であれば入り口があり、中身もあるに違いないとして。

 問題があれば再び取り壊せばいいのだから。

 国としてまともに機能していない状況下でも急ぐべきだと判断し、ベテランや精鋭の騎士を中心に部隊を編成。『第一次蛇の塔調査隊』としてオルダル自身も陣の中央に入り、遠征を開始した。

 正門を抜けて、草原を越えて、塔を目指す。

 ランページ村を経由するのが最短だったのでそうした。オルダルはこれほどの極限状態にあっても争いを拒む残党を一瞥して首を傾げた。

 問うと、彼らの代表となっている痩せた中年男が正直に答えた。

「ところで、長老はどこだ?寝てるのか?」

「グカ様は塔におります」

「なに?」

「あの塔は彼を中心に皆さんへの復讐を誓った者たちが二年前から準備を進めていたものなのです」

 オルダルはこの村だけでなく島のあちこちに監視役を置くべきだったと悔いる。

「復讐か。下らないな。そう思うだろう?」

「私たちからすればそうですね。ですが、戦わないというだけで、皆さんを恨んでいる者はここにも大勢いますよ」

「お互い様だな」

「はい。それを承知で『螺旋のグカ』は征服を誓ったのです。カームズ国だけでなく、世の中全てに報復するために。あの塔はランページ国再建の象徴となるのです」

 誰もが善と悪の本質から目を逸らす世情、抗戦を否定する村人たちすらも国を救うために動く騎士たちを煽る不気味な笑みを浮かべた。



 調査は失敗に終わった。塔の入り口を見つけて乗り込もうとするところで、闘技場に現れたものと同等の獣が五匹も裏手に隠れており、騎士たちを虐殺したからだ。

 オルダルは迷わず撤退を決めた。

 剣も鎧も捨てて身軽な格好となり、とにかく遠くを目指して走る。永遠に追いかけてくるようなら諦めざるを得ないが、半分の数になった騎士たちがランページ村になだれ込むと獣たちは引き返していった。

 もしや、ランページ人は襲わないのか……?

 疑問がまた生まれ、それに対して代表者が「分からない」と答えると、目の前で友を捕食された騎士が代表者を殴った。

 村に残るランページ人の中に魔法使いはもういない。賊軍に国を侵されるより前から安穏な暮らしに徹していた者しか残っていないから、分からないのだ。

 埒が明かない。小さな世界に謎の塔が生えてきて、それへの侵入を阻む獣が五匹も置かれたところで推理のヒントにもならない。

 打開策など思い付くはずもないが、生還した騎士たちの傷が癒えるのと同時にクルーダ王はいよいよ血相を変えて立ち上がった。

 病気の妻が目を離した隙に暗殺された。腹部を刺された跡から、息子たちの命を奪ったあの女アサシンが手を加えたのだと断定すると、もう優しい王様ではいられず、しばらく彼を蔑んでいた騎士も民も再び彼に期待を寄せた。

 カームズ国の持てる力全てを賭して蛇の塔に挑む。

 クルーダ王とオルダルが陣の先頭に立つ。衛兵であっても手練れであれば半ば強制で部隊に組み込まれたため、非戦のクルーダ王が好きだった者はここで失望した。

 ランゼは参戦を認められなかった。王族が誰も残っていない敵国の城内で偽りの従者二人に監視されていた。

 クルーダ王は城を離れる際、ドレスを拒み兄たちと同じ礼服を着用、同姓をも魅了する麗人となった娘に時の流れを感じつつ……「すまなかった」「望まれてここにいるのを忘れないでほしい」と、二つの言葉を残して別れた。



『第二次蛇の塔調査隊』は、七匹に増えた獣たちと、それらを飼い慣らすように入り口に寄り掛かっていた女アサシンと衝突した。

 当然、敵わなかった。

 最初の戦争では完勝した騎士団の精鋭も無力。獣七匹を退けるのが限界で、更に湧いて出た五匹とミナの剣舞により命を散らしていく。

 ミナと対峙したオルダルも双剣を攻略できず、首を刎ねられそうになる。

 これ以上親類を失うわけにはいかない、かつてこの島の覇者だったクルーダ王がオルダルを庇い、死んだ。

 それにより部隊は戦意を喪失し、またも敗走を余儀なくされる。獣たちは以前より獰猛で、逃げる騎士たちを次々と捕まえた。

 王の側近であるオルダルが死んだら本当に終わってしまうと感じた者たちは、彼と『未来』ある若手の騎士を逃がすために陽動を引き受け、そして諸共に死んだ。彼らの無様をミナは冷めた目で見ていたが、塔の物見から虐殺を観覧していた長老は断崖にぶつかる波の音をも凌ぐ大声で笑った。

 第一王子の死と共にカームズ国は失墜した。今やオルダルと若い騎士に、衛兵しか残っていない。

 あとは……。



 街まで戻ると、生還者の誰かが結果を叫ぶ必要もなく、誰もが完勝とは真逆の結果になったのだと分かり、クルーダ王の死と共に自分たちはこのままランページ国の怨念に呑まれていくのだと嘆いた。

 オルダルは治療を後回しにし、偽りとはいえカームズ国最後の王族となるランゼに結果を報告した。共にいたシャンナは血の気が引き、クロスも付き合いの長い友が何人も死んだことでしばらく軽口が出なくなる。

 ……ランゼだけは違った。第一王女だけは、バッドエンドへまっしぐらな現実を素直に受け入れられた。

 信じられないことに、ようやく年相応の無垢な笑顔を見せて。

「それは良かった。これでやっと私の時代を始められますね!」

 何の躊躇も無かった。大人たちは絶句した。

 三人はこれまでずっとランゼを庇護してきた彼女の味方で、それはこの先も変わらない。

 それでもこの時だけは率直に、我々は橋など架けるべきではなかった……と、亡き王の罪と、それを疑いはしても反対まではしてこなかったこれまでを悔いた。

 始まりの日から六年。ランゼは暫定的にこの呪われた島の覇権を手にする。十五歳になった。

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