亡国に花束を Ⅱ

 王の間へ案内された長老と大きい娘に小さい娘。玉座の前で平伏し、事ここに至るまでの経緯が長老のかすれた声により語られる。

 海に面した大陸の一国より流れた彼らは、こことは無縁の争乱に巻き込まれたのだと言う。大陸で最も凶悪と噂の賊軍に国を滅ぼされ、戦火を逃れた者たちが陸ではなく海へ逃げる道を選んだと。

 それは真実で、実際に追手はいない。理由はかつてこの島国を訪れ、大陸へ帰っていった先駆者の知恵が彼らの国にのみ残されていたからだ。敵からしても「無残に殺されるのが嫌だから、可能な限り生き永らえるために船を出したのだろう」といった解釈になっている。

 名もなき島の王。王族の血を引く存命四人の中、全権を握るは国王・クルーダ。人情家で、民にも臣にも愛される彼は、衛兵たちと違って彼らを歓迎する気があった。

 立ち上がり、老体で責任を果たしてきた長老の肩に触れ、労いの言葉を掛ける。長老は王の親身な対応を意外に思った。

 経緯を詳しく聞くと、長老は興奮して「我々の国はまだ終わっていない!」と声を荒げた。娘たちはその間黙していたが、玉座を挟み立つ王妃と王の側近はその取り乱しようを警戒した。

 クルーダ王の側近にして無二の友でもあるオルダルは顔の堀が深く、威圧感のある眼差し。何故か自分のことをずっと睨んでいる小娘を真っ直ぐ見つめ返していた。

 小娘はここでも臆さなかったが、この場で唯一得物を携えている彼が自分たちを認めていないようで、長老と大きな娘は不安に駆られていた。

 それでも長老は止まらなかった。生き永らえ、自国の種を後世に残す所存でいると正直に伝えると、好意的に捉えられた。故に要求を遠慮しなかった。

「戦えない者、逃亡を決めた際に負傷していた者は全て連れてきたが、戦争はまだ終わっておらず、誇り高き我が国の騎士たちは今も向こうで戦い続けているのです。お力添えいただきたいのですが、いかがでしょう?」

 既に救われた身でありながら、更には戦ってほしいと、よりにもよって昨日まで争いと無縁だった島国に救援を要請する長老は興奮。先程の衛兵たちがこの場にいればもう止められなかったはず。彼はそこまで見越していたのだ。

 行き場のない人々に無料で生きる場所を提供する。

 クルーダ王としては構わない。土地は空いている。王城と城下で足りなければ、余りある草原に集落を築くのも選択肢の一つ。

 しかし、戦えと。知らない他人たちのために命を懸けてくれとは……。騎士たちを戦場へ派遣するというのは、まだ命が重かった当時からすれば了承し難い依頼だった。

「ご老人、申し訳ないがそれは難しい。我らは失うばかりで得るものが何もないではないか」

「憶病……」

 小娘がボソッと呟く。流石に聞かれてはまずいと齢九年ながら理解していたが、側近の眼力が強まったように思えて肝を冷やした。

「賊を全て根絶やしにしてくれなどと言うつもりはございません。ただ我が国の生存者を回収していただければ良いのです。手練れもおります。魔法を扱える者も。必ずやお役に――」

「いや、必要がない。つまりは災いを呼ぶ因子ではないか。何故わざわざ爆薬を自国へ運ばねばならぬ?」

「必ずや、お役に……」

 何でもいいからなるべく多くの同胞を救ってほしい。

 それは、現在の平和を保つだけでいい『名前のない国』にとっては応える意味のない要求に他ならない。

 互いに譲らない。無論、力は王の側にあるが。国を第一に考える王と、彼に従う妻と臣であれば意思も同じ。

 静まり返る王の間は、広いからこそ息が詰まる。誰かが切り開かなければ進展しない状況下、小娘は遠慮なく溜め息を吐くが、それを叱れる大人もいない。

 クルーダ王も長老も、彼の意見を仰ぎたいのは一緒だった。

 しかし、互いに繕わねばならない立場のため安易には動けず、今回『彼』を促したのは、その不遜な小娘のつまらなそうな表情となった。

 少人数で使うには広過ぎる王の間にて、皆から離れた窓辺に寄り掛かる第一王子・タクトがいよいよ動く。


「父上、望むところではありませんか」


 沈黙に至ったこの場を設け、傍観を決め込んでいた貴公子に注目が集まる。タクトはそれらに構わず、いち早く自分が主張するのを待っていた様子の小娘にフッと鼻笑いして続ける。

「未だ疑惑ばかりのこの者たちを救うために戦う。確かに我々には何の得も無い。しかし、原住民のみで使うには広い島です。後世の種がいくら芽吹こうとも、それでも人の生きる世界としては持て余している。父上も嘆かれていたではありませんか」

「それはそうだが……しかし、戦争となれば我々の側の数も減ってしまうのだぞ?それでは元も子もない。はっきり言うが、他所よりうちだ」

「では私が信頼を置く精鋭のみで出航し、可能な限り死のリスクは避ける。救える命は救うが、無理はしないという約束のもとに。私が出れば誰も不満はないでしょう」

「タクト、だが……」

 状況が変わる。日頃は王が委細を決めているが、このように第一王子が主張することも稀にあり、採用してみると決まって良い結果になる。王妃と側近にはこの先が読めていた。

「父上の仰る災いの因子ですが、それも付き合い方次第でしょう」

「爆弾とは在るだけで不幸を呼ぶものだ」

「我々で制御すればいいのです。まさか、恩を仇で返すような目論見があるわけでもあるまい?」

「そのようなことは……!」

 長老は心臓を跳ねらせながら首を横に振った。

 王たるもの、一貫しての不信は却って皆の不安を煽ると分かっているものの、やはり受け入れ難い。

 そんな父のさがを把握して第一王子は畳み掛ける。

「未来ですよ、父上。この国は日頃から平穏を意識してきましたが、見方を変えれば進展が望めないということです。ただ種を存続させるだけでは心が腐る」

「未来……」

 自分が去った後を想定する齢となったクルーダ王にはこれで十分だった。何より、ただ生き永らえるだけでなく、誰もが成長を目指し明日に期待する世の中にこそ将来が見込めるというのは、王族内で絶対の意識となっているからだ。

「そうか……未来への投資。そういうことだな?」

 タクトは言葉ではなくゆっくりと目蓋を閉じて応えた。現場は任されよ、と。

 次期国王の器。絶大な支持を集めるタクト王子の意見は通り、名もなき国はこれより新たな未来へ進む。


 未来のため。

 この場で最も可能性を秘める小娘こそがその言葉に首を傾げた。理解どころか関心も無かったからだ。


「こっちの船と、そっちの船も借りるぞ。両方を整備しつつ戦力を編成。それらが済み次第すぐに出発する。案内が欲しい。何人か同行させられるか?」

「私とミナ、それと魔法を扱える者を。ミナはまだ十五歳ですが、戦いの心得があります」

「私も!」

 小さな体躯を躍動させ、わんぱくな声音を広間に響かすも、当然小娘の意志は尊重されず、否定どころか相手にもされない。

 疑惑のある彼らへの戒めに最適な『材料』だからだ。

「小娘、お前は保険だ」

「ほけん?」

「王子よ、まさか……」

「見たところ流れてきた者たちの中で一番幼い。囮にはうってつけだ。こちらも多大なリスクを賭けるのだから、そちらも貴重なものを賭けるのが筋であり、互いにとって適切な保険だと思わないか?」

 見返りは、救出に成功した『未来』にのみある。

 結果が出るまではタダで戦場に赴くも同然。大事な騎士を失うリスクを負う以上はそちらも大事なものを負ってもらわねば、と。クルーダ王が無条件で騎士を貸そうとするより先に提言した。

「俺と第二王子のフルーガは出るが、第三王子のコヨークは残す。あいつは戦争向きじゃないからな。クヨークとその侍女共々、そこの美少女と年齢も近いはずだ。預けるには丁度良い」

「うむ……」

「お、お待ちください!」

 ミナと呼ばれる美少女が初めて声を大にするも、今回は長老がそれを諫めた。以降、噛み付くことはなかったものの、納得のいかない表情を続けていた。

「ねえ、私はこれからどうなるの?」

 何も分かっていない稚女に大人たちはまたも沈黙した。

 とにかく話し合いは済んだ。早速取り掛かろうと各々が動き出すところ、玉座の王は未来を見据えて不意に問うた。

「待たれよ。貴殿らの国は何と言う?」

 皆が静止し、ハッと不覚に気付いた長老が代表して時を動かす。

「国名は、ランページでございます」

「左様か。ランページ国」

「父上、何故そんなことを?」

 無関心なタクトからすれば率直に謎だったが、対する王は優しく答える。

「私たちはこれから一つになるのだ。個人を識別する名前は必要だったが、国には名前など無用だった。比較すべき外国が存在しない孤立した世界であったからな。しかし、これからはそうもいくまい。合衆の上、新たに一つの国となるのだ。であれば新たな国名を考えねばな」

「ランページ人と原住民。そのままで良いでしょう」

「タクト、それは何だか我々が寂しくないか?」

「では、カームズ人と」

「それは王族限定だろう。国名は全員にとって権利のないものであるべきだ」

「……はぁ」

 苦手な部類の会話にタクトは苦笑。一番に王の間を去った。

「それで、貴殿らの名は何と言う?」

「申し遅れました。私はグカ。元はランページの重臣で、王が死した今は残党の代表をやっております。この娘はミナ。この方の侍女であり、我が国最高の騎士に次ぐ実力の剣客でもあります」

「この方?」

 問いは無言を貫いていた王妃より。母性のようなもので、幼い娘の立ち位置がずっと気になっていたのだ。

「はい。この方の名はランゼ。我が国最後の王血おうけつを引く姫君であらせられます」

 その正体に王たちが驚愕する中、亡国の姫君は未だに不服そうな侍女の心を案じていた。

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