赤涙兎の騎兵隊②
しかし、不滅者の『復元』も、破壊されて即座にもたらされる奇跡ではない。
どれほど恒常性の構造を複雑化したところで、所詮は通常の不死病患者と同じ基盤を持つ存在だ。再生能力には明確に限界が存在し、解決不能なほどのダメージが短期間で蓄積されれば処理能力が飽和して演算そのものが破綻する。
ウンドワートがそうしてみせたように、タイムラグ無く、複数箇所を同時に破壊してやれば、
災禍を経験した者は語る。不滅者を破壊しても無意味である。復元するばかりか、自身にとって都合の良い位置へとジャンプした状態で再出現するため、むしろ状況が悪化するだけだと。
確かに一面では正しいが、それは不滅者を恐れ、過大評価しているがために生まれる言説である。
復元と攻撃姿勢の変更が同時に発生するにしても、聖句がその綻びを繕うには幾ばくかの時間が必要となる。聖句による指令言語によって、存在の核を肉体の外側、蒸気甲冑、あるいは信念や目的意識といった抽象的な概念へシフトしていると言えども、基本的には指令言語は人間の言葉であり、必然として肉を重視する。
やはりその総体を維持している要素として、架構の身体が貢献するところは大きいのだ。
それ故にオーバーフローを起こすまで徹底的に攻撃を加えれば、言詞装甲の破壊から再構築が完了するまでの間に、到底無視出来ないほどの破滅的遅延が生じていく。
そもそも復元から再破壊されるまでの間隔が短すぎる場合、いかなベルリオーズとて、自分の行動の何のパターンが成立しなかったのかを分析出来ない。何をされているのかも分からないのだから、復元と同時に最適位置へ転移するなど絶対に出来なくなる。
負荷の蓄積が進むにつれて、状況を一瞬で好転させるような機能が、まるで機能しなくなっていくのだ。
無限の停滞を漂い、戦闘においては反射的な行動を繰り返すしかない不滅者にとって、理不尽極まりないカウンターを繰り出すための情報取得を事実上封じられてしまうのは、致命的と言えた。
やがてエラーは積み重なり、復元完了までの所要時間は漸次増加していく。
今はまだ僅かなその猶予に、ウンドワートに納まるか細く儚い
無論、その動作が間に合うことまで含めて、とっくの数ミリ秒前に未来を演算済だった。
敵の復元が実行されるまでの間に、ウンドワートは鎧の内側に収めた不死病患者を元通りに仕立てた。
ベルリオーズが攻撃姿勢に入った瞬間にデイドリーム・ハントで未来を演算し、加速して打ち倒す。
その反復だ。
しかしこの絶え間ない破壊こそ、不滅者狩りにおける定石である。
ウンドワートはベルリオーズを完膚なきまでに圧倒していた。誰の目にもウンドワートを捉えられないが、ベルリオーズが一方的に木っ端微塵に吹き飛ばされる瞬間だけは認識される。その強固な認識が、ベルリオーズが敗北するという決定的な瞬間の観測の積み重ねが、不滅者ベルリオーズを弱らせていく。
デイドリーム・ハントの最中、ウンドワートはリーンズィが『何故ベルリオーズはピョンピョン卿に反応出来ないのだ? ……出来ないの?』と問いかけているのを発見した。
ピョンピョン卿じゃないもんその渾名吹き込んだの誰だ殺すぞと若干拗ねながら情報共有の行動を先行入力する。
不滅者は大気中に存在する不死病因子、あるいは不朽結晶粒子で仮初めの身体を構築する、言わば実体ある幻想だ。言葉で編まれ、存在核で我が身を承認し、目的を達成するまで活動し続ける。
物理的実体を持った再帰的な構造を持つ<原初の聖句>と呼んで差し支えなく、不滅者の言詞甲冑を観測することは、即ち原初の聖句を浴びることに等しい。
不滅者はスチーム・ヘッドの演算を自分自身にも適応し、擬似的なオーバードライブに突入する。誰かが二十倍の加速度を維持しているならば当然二十倍に、三百倍なら三百倍に合わせてくるのだ。
だが純粋な機械たちの時間、その0と1が支配する生命無き静謐の世界に、テスタメントの生者の「ことば」は侵入できない。かつてのアルファⅡモナルキアは予想外にも不可侵のプライベート空間に入門してきたが、あれはあの機体の電子戦闘能力が異常すぎるだけだ。
伝えると、リーンズィは『そういうもの?』と首を傾げていた。かわいい。そんな場合では無かった。
ベルリオーズを壊して、壊して、壊して、壊して、壊し続ける。たまにデイドリーム・ハントの中でリーンズィをちらと確認し、清廉な潔癖さと仄暗い色彩の入り交じる味わい深い美貌に憧憬の色が混じっているのを確認して、ウンドワートは深い満足感を覚える。
襤褸屑のように刻まれた狼の騎士は不意に知性ある動きを見せた。
『ころっ……殺すなぁあああ……うう……ああ……何故殺す、何故これ以上命を損なわせようとする、あああああああああ? ウンドワート! 思い出したぞ、貴官はウンドワート。我々は争いを駆逐するために生み出されたのでは無いのか? 何故殺し合う? 何故こんなことになっている? 何故だ? 何故? 何故? 何故? 何故? 殺す……殺すなあああああああ! 殺すな! 殺すなぁ! 殺すぐらいなら殺す! 死ね!』
復元を完了したベルリオーズが、破綻した言葉を吐きながら向かってくる。発言内容に元のベルリオーズの片鱗が紛れ込んでいるのは言詞甲冑の復元能力が飽和してきた証左である。
ウンドワートはかつての同士の言葉など気にも留めなかった。やることは何ら変わらない。未来を予測し、加速した状態から致命打を打ち込み続ける。それだけだ。何せ背後にはリーンズィがいる。機能をアンロックしていない状態の彼女は、ケルビムウェポンのような粗野な兵器で焼かれてはとても耐えられないだろう。その未来を遠ざけるために殺して殺して殺し続ける。
リーンズィはウンドワートにとって初めて手に入れた『強さ』以外の栄光だ。トロフィーの代わりにしているのではないかという煩悶はあったが、しかし破壊の危機に晒されて生じた衝動は、リーンズィのかけがえの無さを強くウンドワートに印象づける。
仲間を守るためには全力を尽してきたが、ライトブラウンの髪の少女の、あの甘い呼びかけの声を想像するだけで、全身圧壊の苦痛さえ掻き消えるほどだ。
この胸の内の炎を失ってしまうこと。
それだけは絶対に防がないとならない。
一方で、僅かな哀憐から、殺戮の箱庭で旧友の残影に言葉を漏らす。
『ベルリオーズ、あんたはもう自分がどういう戦いをしてるのかも分かってないんでしょう』
苦し紛れの様相のベルリオーズは、またも雄叫びをあげるような姿勢へと自身を復元。ケルビムウェポンの起動を狙ったが、兎の騎士ウンドワートとしては嘆息するしか無い。
ケルビムウェポン。まさしくどうでもいいような武装だった。
『無駄よ、無駄。それがこのウンドワートには通じないっていうのも覚えてないわけね』
デイドリーム・ハントの箱庭で、ウンドワートはごく当たり前のようにケルビムウェポンの発動キャンセルの電磁場を形成。今度は頭部と腹部を切断して別方向に蹴り飛ばすモーションを選択。
逆に乱れて拡散しかけている電磁場をコントロールして収束させ、ベルリオーズに焼却の渦を返してみせた。
兎の騎士を卿と呼んで信奉するケルゲレンのような機体はともかくとして、多くのスチーム・ヘッドにはウンドワートがケルビムウェポンを撃ち返したようにしか見えなかっただろう。
だが実際には異なる。
ウンドワートからしてみれば、敵の形成した磁場すら、自分が自由に操れる道具に過ぎないのだ。
ケルビムウェポンの対処は「範囲外へ逃げる」「撃たせない」の二択しかないのが普通だが、そこはウンドワートとしては些か疑問なところだ。
かつて兎の大型外骨格を与えられる以前には、ウンドワートは、何も持っていなかった。その状態で荒くれどもの供にされたのだ。
いっさいは奪われるだけ。力なき者はただ搾取されるだけなのだと唇を噛み、屈辱に耐えるばかりだった。
だがその暗澹たる日々でもウンドワートにしか出来ない業があった。
起動したケルビムウェポンの封殺とコントロールの奪取。
形成された磁場に後から割り込み、相転移が始まる前に拡散させ、あまつさえ乗っ取ることまでしてみせる。
ケルビムウェポンは確かに無敵の矛だ。しかしそれ自体が高価で数が少ない上、発動タイミングが難しく、外せば敗北するというハイリスクな武器だった。勝利を確定させる兵器だというのに勝利が確定した状況でしか安定して使用できない矛盾を抱えている。
極力使用しない方が良い、というのがウンドワートがいた世界での常識だったため、その技能が活かされる場面は少なかったが、少なくともウンドワートには最初から、どんな状況でも確実に、その炎の刃の切っ先を反転させることが出来た。
何故これが他者に出来ないのか、ウンドワートにはよく分かっていない。簡単なことではないかと思うのだが、誰も同意してくれない。もしかすると自分の鎧の機能なのではないかとも考えたが、ヘカントンケイルたちでも分析が出来ないとのことだった。そもそも人付き合いが極端に少ないウンドワートには相談相手があまりいないのだが。
とにかく敵のケルビムウェポン発動は、それを打ち消して絶好の隙を作る起点以外の何かでは無い。
ウンドワートは万物を焼き尽くす恐るべき火の剣を、あまり脅威と思ったことが無かった。危ないと思ったのは、アルファⅡモナルキアの一撃を食らいそうになったときぐらいだ。
直撃すれば装甲が無事でも生体部分を蒸発させられる。そのせいでみんなこの欠陥兵器のことを過度に恐れているのではないか、というのが素朴な感想だった。
プラズマ形成のための電磁場がせめぎ合う中、狼と兎、二機のパペットは戦闘と言うには些か語弊のある絡み合いを続けた。
ウンドワートが一方的に殺害を繰り返し、ベルリオーズは復元して反撃を試み、実際に行動する前に不可知速度で活動するウンドワートに全ての攻撃をキャンセルされる。
相手が不滅者でなければ虐殺と呼んでも差し支えの無い図画だ。
そして効果は絶大にして完全。
一つの事実として、ウンドワートが到着して以来、ベルリオーズは殆ど前進できていなかった。
あれほど暴虐の限りを尽した大型蒸気甲冑が、ウンドワートただ一機に制圧されつつある。
『ウンドワート卿、すごい……かっこいい……とても強いのだな……』
リーンズィがライトブラウンの髪を戦闘の暴風に遊ばせながら、陶然として呟く。それが聞こえてくる。
セーラー服の少女、はた迷惑な<首斬り兎>も眼をキラキラとさせながら『あれ誰? 最上級の戦闘能力っぽい。みんなのリーダー? ヒナぐらい強くて立派で人気がある人な気がする……はっ、まさか……こっちの主人公?!』などと何故かヒソヒソ声の電波を飛ばしている。
『あれが一番強くて立派な人。らしい。少し怖いが、ぬいぐるみをくれたり微妙な優しさがある』
リーンズィの、尊敬の滲む声が妙に耳にこそばゆい。
そうそう、とっても強くて偉くて無敵で最強な尊敬できるスチーム・パペットなんだからね、と返事をしたくなるが、そんな余裕も勇気もない。
何せこの大鎧に収まった状態で、素の口調を聞かせたことがない。
不滅者狩り、特に『聖なる猫の戒め』どもの相手は慣れている。
彼らは強力ではあるが、使徒アムネジア、不滅者<ナインライヴズ>に存在核を仮託することで辛うじて活動しているだけの、非常に不安定な存在だ。
綻びを増大させ続ければ、滅ぼすことは出来ないにせよ、いずれ言詞装甲の維持限界点を突破出来る。
理論上、殺し続ければ短時間ではあるが無害化できるのだ。
ベルリオーズは不滅者の中でも格が違う機体ではある。その戦闘能力は圧倒的で、触れるもの全てを壊す断頭台と形容するに相応しい。それ故に、他の機体では迂闊に手を出せば壊されて終わる。
だがウンドワートからしてみれば、ベルリオーズもまた弱兵だ。
彼が不滅者になってからは弱兵という評価ですら過剰と言えた。
見知ったパターンと見知った思考ロジックで活動する、かつての同胞の成れの果てに過ぎない。
壊す、壊す、また壊す……。連続でのデイドリーム・ハントの負担は大きい。単調ではあるがハードな作業だ。苦行であると言って良い。
おそらく作戦終了後は身体不一致のストレスと肉体の感覚暴走、快楽中枢の誤動作により地獄を見ることになるだろう。
多くの同胞の盾となり刃となり、己の戦闘能力という有用性、絶対強者という立場を維持することは兎の騎士の心の安定にも繋がる重要なファクターだが、それにしても戦闘後の負荷の爆発には耐え難い。
既にウンドワートの関心は戦闘後の気性の昂りをどう発散するかにシフトしつつある。唯一嬉しいことがあるとすれば……と完全架構代替世界の中で、ひとときだけウンドワートはベルリオーズ殺害から離れた。
空想の中で、兎の騎士の鎧を脱ぎ捨て、リーンズィに抱きついてみる。
ウンドワートの活躍を眺め、赤く変色した目を少し細めて、疲れたような、安心したような顔をしている。ピカピカだった両手のガントレットはボロボロで、服をまくるとお腹からの出血痕がある。よほど恐ろしい思いをしたことだろう。胸に掻き抱いて頭を撫でてやる。
少年のような美しい顔貌にキスをして、躊躇いがちに「せんぱいは、すごいでしょう?」などとはにかんでみる。
無論、現実にこの行為は確定させない。
自分が傲慢であったがために、最初の出会いは最悪だった。
僅差で敗北を喫した後も、ウンドワート自身、率直に言ってアルファⅡモナルキアは警戒していた。
だがリーンズィの純朴な優しさが心の襞を擦った。
名前を呼んでくれるときの甘い声音。
プライベートで温かな逢瀬を重ねるうちに、いつしか、ウンドワートは彼女にとって本当に尊敬される存在になりたいと願うようになっていた。
『大丈夫だからね、リーンズィ。あなたのせんぱいが守ってあげる。遅くなってしまったけど、これ以上怖い想いをさせることはないって約束する』
そっと囁いて、しかしその言葉は現実世界に届かない。
跳躍する兎の騎士は、どこか晴れ晴れとした気持ちでベルリオーズに刃を振るい続ける。
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