集められた道化師②

 リーンズィは、決して完全には振り返らないその元警官の背中をまじまじと見つめた。


「イーゴ……無口そうだと思っていたけど、意外とよく喋る人なのだな。喋る人なの」


「……お前はさっきから間の抜けたことを言うな」

 調子が狂った、と吐き捨てて言葉を繋ぐ。

「俺も喋りたくはない。腐った仕事をしていたカスには、何を喋る権利はもい。しかしケルゲレンとグリーンは、今のくだらない揺さぶりでストレスが溜まってる。カスはカスでも、嘘が得意な連中じゃないからな。お前らも、やつらには少なからず敵意を覚えている。誰かが間に入らないとダメだ。だから今は俺が細かいところを補足している。仕方なくな。そういう持ち回りだ。俺たち四人はいつもそうだ」


「四人?」

 ケルゲレン、グリーン、イーゴ。あと一人足りない。

「じゃあ、後ろのスチーム・ヘッドも?」


 リーンズィはチラと振り返り、殿のスチーム・パペットと、その肩に腰掛けている重狙撃装備のスチーム・ヘッドを見た。

 パペットは標準的な輸送用装備で、早期警戒用のセンサー類が充実していたが、武装は殆ど無い。原子力式の蒸気機関出力で悪性変異体を拘束するぐらいは出来るだろうが、自我がかなり希薄な様子だった。

 移動式の機銃陣地、さもなければ即席の避難場所というところだろう。


 ただし、パペットを移動用の銃座として利用している別のスチーム・ヘッドは、異様だった。

 電磁迷彩外套で首から下を覆い隠したその機体は、しかしどこから見ても一行の中で最も目立つ。何せ彼自身の身長の三倍にも達する長大な砲身を折り畳んだ奇妙な砲塔を構えており、さらには人間を股から頭まで串刺しに出来そうな槍じみた弾丸を蒸気機関にマウントしている。


 砲戦仕様の重武装パペットでさえ扱わない、極大出力の電磁加速砲である。

 相応に大型の蒸気機関を背負っており、重量を支えるために相応の外骨格も装着しているのだろうが、それにしても全体としてのバランスが崩壊しているのは明白だった。

 おそらく格闘能力は一切持っていない。フルフェイスヘルメットのバイザーは他の機体には見られない奇怪なセンサー群に換装されているため、あるいは肉眼では一切外界が見えていないのかも知れない。

 そのヘルメットには黒い羽。


 雰囲気が怖いので、リーンズィには直接尋ねることが出来ないのだが、猫を連れてきたことに怒ってきた人物と同一に見えた。


「あれか。あれも形式上は我が輩の部下であるな。我が輩が代わって紹介しよう、ハンター・ハンコックじゃ。ハンターと呼ぶと良い。度を超して無口なのは昔からだ、我々もプライベートであいつが発言しているのは聞いたことがない」


「そうなのか。そうなの?」リーンズィが首を傾げる。「でもさっき鳥がいっぱい降ってくるところで『猫が危ない!』と怒られたが……」


「怒られた?!」

 グリーンが驚愕の声を上げた。そしてパペットの上のハンターを見上げた。

「もしかして猫好きなの!?」


 返事は無かった。

 ハンターはパペットの銃座から立ち上がり、手近な建物の屋根に飛び移った。

 そして電磁迷彩を起動して完全不可視化した。


「あっ逃げた。へー。ハンターのやつ、猫好きだったんだ……」


「何者なんだ? 何者なの。只者ではない感じはある」


「我が輩も知らんのだ。一緒に編成されることは多いが、実際は司令部の直属よな。スナイパーで、腕は一流。それだけ理解して後ろを任せておけば良い。……さて、ハンターが動いたということは、ここらが暢気にしていられる限界かの」


 ケルゲレンが装甲板と一体化した腕を掲げて、全体に停止の合図を出した。

 イーゴがその場に腰を落とした。警戒姿勢を維持したまま、背後に意識を傾けている。ケルゲレンとグリーン、二機の完全装甲型戦闘用スチーム・ヘッドが立ち止まり、調停防疫局のエージェントに視線を注いだ。

 ペンギンじみた外観の完全武装兵士が静かに告げた。


「おそらく……ここから先が死地になる。どうにも嫌な気配がする。これは勘だ。ただの勘だが、勘を侮るものは命を侮り、侮った死に背中を刺される。それゆえ一度、ここで足を止めさせて貰う。……決定的なところで噛み合っておらん現状を是正する機会はもうここにしかなかろう」


「肉体の発する非言語的なサインは重要だ。私はそれを尊重する」


「うむ、気が合うな、調停防疫局のエージェント。死なぬ肉体を装甲で身を固めると、ひたすらに勘は鈍る。だが我々はこの感覚を信じて生き抜いてきた……いやなに、長い話では無い。先ほどの弁明と本旨の説明をしておきたいのだ」


「うん。良くない言葉を沢山使っていたのだな。良くないと思う」


「うむ……そろそろ台本を変えようかと思っている。反省している」


「反省はとても良いと思う」


「分かれば良いのです。私は赦します」とミラーズ


「うむ……君ら単純すぎやしないか。簡単に許しすぎでは……」

 黒い甲冑は逆に困惑した様子だったが、すぐに気を取り直した。

「意思確認をしておきたい。そう、全てはそれに尽きる。これほど話が容易いやつらであるなら、最初から率直に聞けば良かったな」


「何でも聞いてほしい」


「そちらとしては、今回の作戦をどう考えているのだ?」


「どう考えている、とは? 質問の意図を理解しない」


「我々の目標はあくまでも<首斬り兎>の排除だ。当然ながら破壊も視野に入れている。しかし君たちはどうだ? 相手の正体は、発狂した調停防疫局エージェントという可能性が高いのだろう。破壊して良いのか?」


「破壊……」


 リーンズィは沈黙して、目を伏せた。

 それから困ったような視線を向けた。


「可能なら捕縛に留めてほしい。だが、概ねの方針として解放軍に異論はない。暴走した高性能スチーム・ヘッドは破壊されて然るべきだ。何より私はシィー本人を知っている。凄腕の戦士だった。あれほどの実力者ともなれば尚更手段を選んでいられない」


「それを聞いて安心したぞ」

 ケルゲレンはホッとした様子だった。

「君らは結構な人道主義者だと聞いていたからの。あらゆる戦闘行為を調停するために活動しているとか。だから、本心では反対しているのではないかと思っていた」


「確かに、私はそのようにありたいと思っている。でも今回はそのケースには当てはまらない」


「ま、僕たちも基本は抑えるのが専門だから」と四本腕をヒラヒラさせながらグリーン。「壊さず鎮圧出来そうならそうするよ。そこは臨機応変に行こう」


「そのためには最初の数秒をリーンズィとミラーズに稼いでもらわないといかんのだがな。君らは見るからに非力だ。我々の方が戦闘用スチーム・ヘッドとしての純粋性は遙かに上だろう。しかし我々のオーバードライブ突入は君らより遅いし、オンもオフも自在というわけにはいかん。直前と直後は隙だらけになる」


「ええ。しかし、負けなければいい、ということなら問題ないと思います」


 ミラーズが帽子を脱ぎ、自分の頭をペタペタと触りながら応答する。シィーの人工脳髄を挿されていた時のことを思い出しているのだろう。

 リーンズィも同意見だ。エージェント・シィーの剣技は、ある程度までミラーズへ転写されている。筋出力や運動能力ではシィーには敵わないにせよ、彼の技巧を真似て、さらには先読みをして防戦に徹するのであれば、相応の働きは出来るはずだ。


「心強い。そうさな、オーバードライブで追いついたとき、君たちの所感を元に、私が最終的な意志決定を下す。戦うか退くか。増援はどの程度いりそうか、とな。当面の方針はそれで良いかの?」


「構まないわよね、リーンズィ?」


「構わない」

 ライトブラウンの髪を揺らしながらこっくりと頷く。

「むしろ尊重してもらって申し訳がない。ケロ隊長の厚意に感謝する」


「君らも言っておったが、諍いながらこなせる任務ではないからの。さっきの小芝居はすまなかった。我々も不器用でな。ここからは態度を改める。お互いを信用していこうではないか」


 リーンズィはもしかすると結構善い人なのかもしれない、とケルゲレンへの意識を改めた。そして一旦は信じると決めた。ミラーズもきっと信じるだろうし、彼の言動から欺瞞を嗅ぎ取っていたならば、知らせてくれているはずだ。

 ミラーズが視線で促してくることも、言葉抜きに理解できた。


「そのためには……私も謝罪をするべきだと思う」意を決して切り出す。「ケルゲレン隊長。さっきはペンギン呼ばわりして悪かった」


「あああー、気にせんでいい。本当にペンギンがモチーフだからの」


「ペンギン!」

 リーンズィは目をキラキラと輝かせて何歩かケルゲレンに近寄った。

「ペンギンの……スチーム・ヘッド?! ペンギン人間?!」


「いや中身は人間じゃが。え、ペンギン人間て。どういう食いつきじゃ」


「ペンギンのスチーム・ヘッド……すごいと思う」


「そんなもんいるわけなかろ。普通に中身は不死病筐体、人間じゃが! 夢見がちか? なんじゃ子供みたいなことを……」


「自慢の子供です」とミラーズが慎ましい胸を張るので、「そ、そうか……綺麗な娘さんじゃの……ひとつも似ておらんが」とケルゲレンは困惑気味の声を出した。


「というかリーンズィのその肉体、ヴァローナは、100%君の娘ではなかろ。歌手時代のあいつを知っておるぞ」


「しかし何故ペンギンをモチーフに?」と、わくわくリーンズィ。


「それね!」とグリーン。「ケロさんの原隊、ノルウェー陸軍近衛部隊だけど、国民感情に訴えるためにあの有名な『ニルス・オーラヴ准将』をモデルにしたんだよ」


「ニルス准将……?」

 

 チープ・ユイシスのデータベースに照会をかけると、動画再生ウィンドウが視界内に現れた。

 古い時代の風景、規律正しく整列した兵士たち。

 その目前を、よく分かったような分からないような雰囲気のペンギンがずいずいと歩いている。

 実際何も分かっていないのだろうが、ペンギンの歩きは実に堂々としていて、かつ和やかだった。軍隊の視察に来た戦知らずの王様というのは、あるいはこのようなものなのかもしれないという佇まいだ。


「かわいい」


「かわいいですね」同じ映像を見ているらしいミラーズ。「でも、なんであたしたちの人工脳髄にこんな映像が……」


 無断で収録された映像であった。


「事前に編成表を見て、ユイシスがコミュニケーション円滑化のために参考映像を送信していたのでは?」


「でもペンギンの映像そんなに必要かしら……?」


「うむ。何を見ているのか知らんが、ノルウェー陸軍近衛部隊のマスコットがペンギンだったのだ。ウケが良いのと、当時の技術水準でギアを組むとペンギンめいたシルエットになったので、この有様だ」


「ケロ様はやはりペンギン人間なのですね」


「いやペンギン関係なく人間じゃが……」


「ペンギン人間」リーンズィはハッとした。「ペンギンヒューマンvsフライングキャット……カツオ争奪北極海大決戦?」


「……クソ映画タイトル生成botでも頭に入れてんのかお前」


 見に徹していたらしいイーゴが、さすがに呆れた調子でぼやいた。


「決戦っていうか、カツオって北極海にはいませんけどね」


 グリーンもどうでもいいようなツッコミを入れた。


「というか何故ペンギンと猫を戦わせようとするんじゃ……そもそも猫、飛ばんし……」


「猫に翼のたとえもある」


「虎に翼か? 何故猫を推す……」


「おはようございます、ロングキャットグッドナイトです」


「え、何じゃ今の。誰のマネじゃ?」


 意外とノリが良いのでリーンズィはついつい楽しくなってしまったが、ミラーズに手を握られて我に返った。


「ほんの冗談だ。ユーモアは大事だと言われているので、ついユーモアを出してしまった」


「ユーモアの欠乏はスチーム・ヘッドにとっては死活問題じゃが、さっきから意味が分からんぞ」


「最後に教えて欲しい。ノルウェー出身と言うことは、クヌーズオーエも馴染み深いのか?」


「いや、我々の知るノルウェーにこんな都市は無かった」

 ケルゲレンは装甲で覆われた全身を強張らせた。肩を竦めるジェスチャーなのかもしれない。

「そもそも不死病患者の完全不活性化に成功していたからの。こんな混乱した都市がいくつもあること自体が有り得ん。ノルウェーから戦乱は駆逐されたはずじゃったのに。だから、この都市は端から端まで残らず異常じゃ。正常な状態に戻すのが不可能だとしても、せめてあるべき静けさの中に還してやりたいものじゃの」


「同感です」とグリーン。「永久に病に苦しめられるなんて、そんなことあって良いはずがないですからね」


「くだらない倫理観だ」イーゴが首を振る。「俺は任務を果たせるなら何でも良い」


 リーンズィはこの集団の性質を、きっと自分と大差ないのだと判定した。

 上手くやれそうだという確信を得て、斧槍を一層強く握りしめる。

 誰もが未だ、見知らぬ誰かであるが、今後の意思疎通に支障はあるまい。


<首斬り兎>と化したシィーはきっと難敵だ。知る限りにおいて、リーンズィもミラーズも、十全な状態の彼には勝てない。

 しかし、このチームなら何も出来ないまま敗北すると言うことはないだろう。


 ここからは0.01秒の遅れが敗北に繋がる世界。

 0.01秒に食いつける調停防疫局のエージェントが初手の対応を誤れば、そこでケルゲレンたちの命脈は途絶える。


 何としてもそれだけは避けたいと、リーンズィは純粋な感情で願った。

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