最初の導き手②
「カイン……型……? なん……です、か……?」
指摘されても、彼女には思い当たる節がないようだった。
リーンズィは鈍い頭痛と、不安定なデータベースから来るある種の幻覚に悩まされながら、淡々と事実を告げた。
「君たちは、私の知る正常な歴史では、一貫してコントロールされた存在だった……。開発の初期段階から最終段階に至るまで、このような破滅の渦からは遠ざけられていた。だが、この世界の我々は、かくも無様にも、安寧と秩序を永久に失った」
窓外の廃墟を指差した。
あまりにもありふれた終点、枯死した枝の末端。
人類が無価値に死に絶えた、失敗した世界。
装甲された冷たい指先を、今度は、つい、と少女に向ける。
「君たちもまた、進むべき道を失った。おそらく規定の管理手順から逸脱していて……未発達であり……交わった人々に、君と同じ形質を与えるまでに至っていない。その低速な再生を見る限り、君自身も病の担い手として完成していない。体液を摂取したものの神経系を狂わせる程度に留まっているようだし、望まれた疫病としても、大した変異をしていない……」
「何を仰っているのですか? 管理? 病? 疫病……?」
少女は呆然として問い返した。
「わたくしを、ただの疫病患者だと仰るのですか?」
「ただの疫病患者。そう。それが一番君の現状に沿う」
「この呪われた生を、死ぬことさえままならぬ命を、単なる疫病がもたらしたものだと?!」
「そうだ。私もまた、疫病患者にすぎない。見た方が早いだろう。見ていなさい、大声を出さず、眠ってしまった世界を、再び起こしてしまわないように……」
リーンズィは左腕を掲げた。
抗弁しようとする少女を無視して、己の右手を肘関節のあたりに宛がう。
そして、左の腕を、手甲の付け根から無造作に毟り取った。
心臓の鼓動に合わせて、ただ一拍だけ血液が噴出したが、血管は即座に閉鎖された。
「ひっ……!?」
少女が押し殺した悲鳴を上げる。
リーンズィは切断面同士が繋ぎ合わさろうとするのを丁寧に抑制した。
完全に左腕を分離し、床に投げ出した。
捥ぎ取られて投げ出された左腕、甲冑に包まれた肉塊から、神経や筋繊維の束が這い出して暴れ回り、その先端で少女やリーンズィの足先に触れながら、陸に揚げられて窒息した魚のようにのたうった。
「て、天使様! 私は、ああ……ああ……」少女は目を回した様子だった。「私は、霊を見ているのですか? 天使様が、自分の腕を、そんな……」
「私の腕を見なさい」
リーンズィはインバネスコートのマントをたくし上げて、己の左腕の切断面を示した。既に再生は開始していた。
視界に『急速再生:集中実行中』の字が点滅する。
切断面から花が芽吹くがごとく骨が延伸を開始し、新造された神経束と血管が蔦のように白磁の骨の艶やかな表面を伝い、傷口が波打ち、新たに編まれた肉と皮が見る間に覆い被さった。
腕が半ば以上元通りになった段階で、もぎ取られ、名前を失った甲冑の左腕は、恒常性から切り離され溶けて流れ出して消えた。
活動を停止し、自己破壊を始めたのだ。
体外へ排出された血は蒸発し終わって、煙も残っていない。
このようにして、自傷からものの十数秒で、リーンズィの肉体に真新しい左腕が現れた。
少女の再生とは比較にもならない。
ヴァローナの人工脳髄から動作データを呼び出し、弦楽器を爪弾くときの繊細な動きで左手の状態を確かめる。
完璧だった。腕を失う以前と現在で、リーンズィの肉体には一つの変化も起きていなかった。
新造された腕を、息を呑んで硬直している少女へと静かに伸ばし、頬に触れ、その体温で以て己の存在を感じさせる。
「この通り、骨も肉もある。霊ではない。天使ではない。これは、不死の病だ。何と言うこともない、呪いでも祝福でもない。目の前にいるのは、君と同じ、人間の一人だ。仮に神が在るとしよう。私は、君と同じ、神の子の一人だ」
「これは、これは、現実なのですか?」
「もちろん現実だ。そういう肉体、そういう病なのだ。不死病と名付けられた。我々は、心臓に杭を打たれて、頭を落とされても……」
新しく造り出された真っ白な腕を、今度は己の首に当てる。
「そのまま静かに放置されていれば、誰だって一昼夜も経たず元通りになる。誰を傷つけることもなく……ただ、不死である。それだけだ」
「天使様は……永遠の命を持っておられるのですね。私の父も母も、バラバラにされて、最後には死んでしまいましたが……」
「そこまで不完全なのか、君たちは」
「わたくし自身は、分かりません。だって、たくさん酷い目に遭ったのに、まだ死んでいませんから」
少女は弱々しく笑った。精一杯の強がりなのだろう、とリーンズィは思った。
「でも、きっとわたくしも、父や母と、同じでしょう。天使様とは違う……偽物の不死です」
「何も違わない。私と君は、同じだ。故郷を供にする存在だ」
ライトブラウンの髪をした少女は淡く笑みを含み、潔癖そうな美貌を崩さないまま名も知れぬ少女を抱擁した。
マスキングされた状態でも生起される『美しい』という視覚的直感。それに反する、汚濁した体表、凝り固まった垢の、吐き気を催す臭気。
この柔らかで筋張った命を離すまいと、確かに抱き寄せる。
「私の肉体の命は、おそらく永遠だろう。だが天使ではない。悪魔でも吸血鬼でもない。君と同じ人間にすぎない」
少女は繰り返し唱える。託宣のように。
「過去同じような病に冒されていた人間はいただろうが……所詮は、こんなものは、君の患う先天性疾患の、つまらない発展系に過ぎない。私の世界では、誰もがこの病に感染している」
「誰もが? それほどに、ありふれていると……?」
「そのせいで酷く混乱しているが。戦争が起きて、歴史が無くなってしまうほどに」
「でも……これがただの病なのだとすると……わたくしの血に触れた人は、みな血に狂ってしまいました。あれは、では、いったい何なのですか?」
リーンズィは頷いて、不完全なデータベースから、基本的な情報を読出した。
「それは、君に与えられた病の特性だ。争いを起こすためのメカニズムだ。君たちカイン型の体液には、エンドルフィンの過剰な放出を促す物質が含まれている。脳下垂体や他のパーツが、そのような働きをするんだ。君が強く危機感を抱けば、その物質はより多く分泌される。だから君を害そうとしたものは、皆正気を失ったのだ。君を傷つけたものは……狂わされ……それこそ七倍の傷を報復として撒き散らす。そうだろう、カインの末裔の少女よ」
「……やはり、わたくしが、カインと同じ呪いを持つ者と、知っていたのですね。人類最初の殺人者の末裔だと」
「いや、繰り返しになるが、君はそのようにデザインされた一族の末端に過ぎない。カイン型と言ったはず。変異の程度から考えて、歴史はまだ……一代か、二代だろう。聖書の時代から続く血族などでは決してないのだ。ないの」
「それでは、まるでこの身が人の手で作られたものであるかのようではありませんか」
「まさしく、君は創られた。そういうこと」リーンズィは頷いた。「君たちは自然に発生したヒトではない。我々は同じ者を祖とする兄弟であり、姉妹である。創世記に登場する最初の罪人、カインについて、君の一族は忘れられない。何故ならば君はその呪いを引き継いだ者として振る舞うことを強要されているから」
少女は青ざめて首を横に振る。「……わたくしには……理解が……」
「それで良い。この年代、まだ遺伝子編纂の技術は公開されていない。空想科学の熱心な読者でもないと、これは思いつきもしない」
少女は落ち着かない様子で、何度も自分自身の体を触り、確かにそこにあると納得しているようだった。
「とにかく、君は被害者であるにせよ、本質的には加害者では無い」
「ですが、この姿をご覧ください。私は、他の人々と同じ時間を生きていません! こんな人間がありえるのですか?」
「……私には君の外見が理解できない。おそらく、君が我々の組織の機密に関わる機体だからだろう……顔かたちを認識出来ないようになっている」
「そうですか。ならば、申し上げます。人は皆、わたくしを年若い娘として扱います。でも私はもう60にもなる老婆なのです! 精神はずっと若いまま、肉体も老いることがないのです、変わらないのです! そしてわたくしが留まれば、どんどん土地が枯れていくのです。これこそ、生まれながらの罪人である証ではありませんか? カインの末裔……さもなければ、殺人者カインの証ではないのですか?」
「証にはならない。私には君の姿が分からない。だが……君に刻まれた徴は分かる。君はきっと、美しいのだろう。輝かんばかりの美貌なのだろう……」
生身の指先で、少女の頬ををつうとなぞる。
左腕に触れた皮膚組織の表面で汚れが分解され、真っ白な肌が現れた。
リーンズィはその部位を凝視する。
参照する先は説法者としてのミラーズ、あるいは最初の大主教、キジール。
そして冷酷な宣告者としての統合支援AIユイシス。
少女の信じているのであろう神、その信仰に寄り添う言葉と、信仰を解体するための言葉を、同時に並べる。
「他の死者、あるいは生者に比べて、君の皮膚組織はあまりにも滑らかすぎる。曇り一つ、染み一つない。神がそのように御慈悲を与えられたのだ。永遠に地上を彷徨う罪人である君が、迫害を受けて傷つけられないように、神の聖性による絶世の美、誰しもが触れることさえ躊躇う非人間的な輝き……人が害意を忘れるほどの、呪われた美貌を与えたのだ。君はそう記憶している。だが……それはいつわりの記憶だ。そうした人間がかつていたことは、部分的には事実だ。君がその存在を元に製造されたのも事実だ。それが故に断言できる。君は、無実だ。兄弟を殺した罪など君には存在しない」
「それでは土地が枯れてしまう理由が……」
「君の不老を維持するにはエネルギーが必要だ。試作型なので、そのエネルギーは土地から収集する。それだけだ……真に肥沃な土地や都会ではさほど問題にならなかったはず」
リーンズィは体を離して、少女の瞳を直視し、戸惑う彼女に向かって、何度も頷いた。
ミラーズがそうしてくれたように、幼子をあやすようにして、再生した生身の左手で優しく、優しく、壊れてしまわないように、汚れた白銀の髪を梳いた。指先が触れると汚物は分解され、梳いた後にはあるべき艶がその髪に帰っていた。
「責任は、創造者たちにこそある。あるいは、その後継にして最終全権代理人である、この私にこそある」
リーンズィは必死に言葉を紡ぐ。
理路を紡ぐ。
それしか出来ないからだ。救い主ならざる身、天使ならざる身、ヒトとしての記憶すら無い彼女には、それしか備わっていない。
祈りを知らない。神を知らない。祝福を知らない。命を知らない。
だからこそ、今、ここにしかない存在、終わってしまう存在のために、言葉を連ねる。
自分を愛してくれる人々の……。
自分が愛する人々の、真似をする。
「君は、無実である。君には、如何なる咎もない。世界の滅亡も、君の信奉者たちが死体の山となったのも、君の血による罪ではない。君は真実、善き人として、この誤った世界を生き抜いた。たったそれだけを罪と呼ぶならば、罪人でない人間などいないだろう。それでもまだ、自分の罰を望むのか?」
稚拙な論理は、それでも正確に少女の懊悩を射貫いたはずだった。
リーンズィの予想に反して、銀色の髪をした少女は、まさしくこの時になって、ようやく世界の滅亡を受け入れたと言った表情で肩を落としていた。
そうして、「やはり天使様は全てを見通しておられるのですね」と呟いた。
汚濁にまみれた頬を、清廉な涙が伝った。
「わたくしの血ではなく、行いにこそ罪があると、見通しておられる……でなければ、わたくしを善き人などとは、決してお呼びにならなかったでしょう……」
リーンズィは当惑した。
そんなつもりは全くなかった。
それらしい言葉を連結させただけだった。
「何故そんなことを……他に、私が言うべきことがあるのか?」
アンビバレントな美貌から微笑を失う。
リーンズィの予想では、眼前の少女の罪はこれで精算されたはずだ。
しかし少女は、ついにこの時が来たとばかりに、悔悟を始めた。
「天使様の仰る通りなのです。わたくしは、別に……どうだって良かったのです。父も母も死にました。ええ、不死などではなかったのです。戦乱の中で、自ずから死へと向かっていったのです。しかし、わたくしは、……わたくしは、人々を謀っておりました。不死を偽り、救世主を偽り、土地が枯れるのを黙して見過ごし、人々をこの地、最果ての街にまで先導したのです。せめてこの呪われた身で、救済に務めようと……わたくしの血が、少しばかりは、薬として役立つのは、それは事実なのです。それを悪用して……」
「その志は正しい」
「志など! ……本当はなかったのです。懺悔を聞いて下さいますか、天使様」
「何度でも言う。私は天使ではない」
「では、天使を演じて頂けませんか? わたくしには、もはや天使様しかいないのです……」
少女の哀願に、リーンズィは沈黙する。
「もちろん、皆を助けたくなかった、そういうわけではありません。ただ、本心を、この卑しい本性を吐露すれば……いつわりの善行を通して、神様が、ようやく自分を解放してくれるかも知れないと期待したのです。わたくしの献身を、聖なる御名が褒め称えてくださり、五体を揃えたままでは永遠に地に伏せることを許されない我が身を、特別に、健やかに赦して下さる。そんな都合の良い未来を期待したのです。途中までは、人心に希望を生むことは出来たと思います。けれど、結果は、こうです。所詮は偽りの大志、わたくし自身も救世の熱と淫欲に惑わされ……血に狂った人々を凄惨な死に貶めただけでした」
少女は血に穢された己の肉体を晒し、また無数に積まれた死骸の山を示した。
「大勢をこんなにも無残に死なせてしまった。原因を創造者たちに求めて、不敬ながら、天使様、あなたがたに求めて……。わたくしの罪は、汚れた舌は、紡いだ惑わしの言葉は、決して消えることはありません。これは血によらない、わたくしだけの罪です。悪を裁かれたいと思うことは、悪なのでしょうか?」
リーンズィは沈黙した。
吟味を重ねた上で、頷いた。
「それは何というか……犯罪とかの話では?」
「え? か、かもしれません」
「ならば裁判官や警官、弁護士に尋ねた方が良い」
「えっ……?」
少女は呆気に取られた。
「あの、天使様……?」
「私はやはり、天使ではない。そして天使にも君の罪は分からないだろう。天使は天使だ。猫が人間の罪を知るか? 知るかな? 知らないだろう。同様に天使も人間の罪を知らない。人間の罪は人間にしか裁けない」
リーンズィはあっけらかんとして答えた。
「より厳密に言えば、私は現地の法制度を知らないので、君の法的な立場について一切判断出来ない」
「しかし、わたくしは、裁かれたいのです。いつわりの希望を振りまいた罪を……」
「ならば尚更に裁判官や弁護士を探すと良い。世界は終わった。私は君個人の罪に関与出来ない。この歴史は、鉄と火、病と兵器、人間の悪意で閉じられた。頼みの綱の神様とやらも、君たちに何もする気が無いらしい。だから自分で適切な裁き主を探すしかない」
「世界は、世界は、実際の所、神の怒りに焼かれたのでは無いのですか?」
「……? 君自身が核兵器に焼かれたと言っていたはずだが」
「そう、そうですが……しかしわたくしは……見たのです、無数の目、無数の炎、無数の人ならざる……いいえ……妄想だったのかも知れませんが……」
よほどショックだっただろう、少女は朦朧とし始めていた。
「では、どうすれば良いのでしょうか? どうすれば、罪深い我が身を納得して、死んでいけるのでしょうか? それとも、こうして裁かれないことが、不滅のあなたさまにさえ応えてもらえないことが、わたくしへの罰なのですか……?」
「どうして死ぬことに拘るのかが分からないが……君はどうしたいのだ? どう、したい? どう、なりたい? 死なないといけないの?」
リーンズィは少女の手を取った。
そして強く握った。
「生きたまま裁かれたいというのならば、手段はある」
「世界は滅んでしまったのでしょう……?」
「そう。でも私の世界はまだ滅んでいない」
ライトブラウンの髪の少女は、精一杯、優しい声音を作り上げた。
「私と一緒に来ることを提案する」
「天使様と……?」
「上手く行けば裁判官と会えるだろう」コルトの無機質な美貌を思い浮かべる。「私のすぐ傍にいるはずの人だから」
少女を発見したときから考えていた手段だ。
そしておそらくは、未だに干渉してこない<時の欠片に触れた者>が描いたプランでもある。
終局世界からの送還の巻き添えにして、この少女を終局世界から脱出させるのだ。
「前もって言う。きっと後悔することになる」
リーンズィは少女の目を見据えて語りかけた。
「君を私と同じ不死にする。君は、本当に自分の命を終わらせることが出来なくなる」
「天使様と同じからだになるのですか?」
「うん。私と同じになる。そして私と一緒に私の世界へと旅立つ。永久に死ねないからだになることを、受け入れられる?」
「天使様の御国には……同じ病の人々が大勢いると仰いましたね」
「君よりももっと酷い。死から見放されたものがたくさんいる。君の血に惑わされることもない。みな君の病よりも遙かに重篤で、改良の進んだ疫病に冒されている」
「夢のような……夢のようなお話です。でも、どうしてそのようなことを提案して下さるのですか……?」
「分からない」
リーンズィは首を振った。天使にも赦しにも思うところは無い。
強いて言うならば、辛くて堪らなかったときに語りかけてくれたレアせんぱいの、立派な後輩でいたかった。
温かな食事で気持ちを慰めてくれた『マスター』の心意気を尊いと信じた。
柔らかな猫とともに困っている人たちのところに駆けつける猫の人のような立派な人になりたかった。
「でも、君を助けたいと思う。私を助けてくれた、私の大好きな人たちのように。誰かを助けたいと思うことは、罪だろうか?」
「わたくしは、代償に何を差し出せば?」
「代償はこの世界が既に支払った。君は充分に償った。この辛苦の世界で、汚濁に苦しみ生き抜いた」
「……清廉でいらっしゃるのね。わたくしも、捧げられるものはこの肉しかありませんが」
「清廉。清廉か」リーンズィは黙考した。「……覚えておいて欲しい。確かにこの世界は殺戮と汚辱に満ちている。だが清廉なる導き手は、存在するのだ。世界を何とかしたいと、よりよく変えて頂きたいと足掻く、導き手たちが」
「清廉なる導き手……」少女は目を見開いた。「それが、あなたさまの御名なのですか」
「違う。だが、私が導き手なのだとすれば、私は君の前に最後に現れる一人ではない。私たちは遍在する。もしもここから、この破滅の宇宙から逃げ出すことが出来ないなら、一縷の望みを胸に、東を目指すと良い。そこには歌を愛する民がいる。彼女たちは歌い続ければきっと世界は救われると信じている。あるいは、西を目指すと良い。そこには永遠に朽ちぬ鎧に身を捧げた兵士たちがいる。彼女らも、彼らも、無限の献身で世界をよりよい方向に変えられると信じているはずだから」
「でも、もしも出会えなかったら」
「清廉なる導き手のありかたを、君に託す。君が世界を導くんだ」
「わたくしに、天使になれと仰るのですか?」
「難しい話ではないはず。きっと、君ならば」
世界の終局で、最後まで人類を活かし続けた君ならば。
上手く助けられなかったことを、大罪として背負い込む君ならば。
「隣人を愛し、恋を育み、高らかに喜びを歌い、静けさに現世の過酷を慰める。君の声は人の心を弦にして掻き鳴らす。きっと共鳴は広がり、清廉なる導き手は、増えていく。君という希望を胸に抱き、彼らは喜びの歌とともに闇夜を渡る鼓笛隊となるだろう」
「……わたくしに務まるでしょうか。この、血と汚辱に満ちたわたくしに」
「もっとも不浄なのが、真に聖なるものだ。不浄を受け入れれば、自然とそうなる。きっと上手くいく。何があっても……だいじょうぶだ」
少女にして騎士たるリーンズィは頷いた。
「思うがままに、魂の平穏を歌うと良い。君の声は美しい。呪詛よりも聖歌が似合うだろう。君の望んだ景色に辿り着くんだ。そこが素晴らしい世界だと信じて、荒野の果てまで歩き続けるんだ」
「最悪の時は、一人で荒野を進めと仰るのですね。酷いお方です」
「さあ、答えを聞かせて欲しい。私と来るか? 来ないか? 不死になるか、ならないか? 成功するとは限らない。救いは訪れないのかも知れない。でも、私はこの可能性を推奨したい」
少女は瞑目し、息をする。
そして頷いた。
「……わたくしは、天使様に、ついていきたいと思います。あなたさまの熱を、もっと感じていたい」
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