末裔の少女②

「ところで……その猫のやつ、どこにあったのかな?」

 コルトがそわそわした調子で尋ねた。

「他にもまだある? ない?」


「この十二支の段ボール箱に入っていた」


「そっか。それはね……とても希少なものなんだ。三カートンに一個しか入っていないシークレットで……あ、もうそれしか無いみたいだね、この干支シリーズ……」


「もしかして、ほしいの?」リーンズィは己の体を庇うようにして胸元の猫を抱きしめた。「ほしいのなら、あげなくもないが……」


「いや……いやいや、後輩から奪い取るなんてことは私はしないよ。レアだってそんなことはしないだろうからね。負けていられないよ」

 コルトは毅然として言い切った。

「私が信じるルールにも反するし。君もその猫ぐるみを気に入ったから、大事に服の中に入れてるんでしょ? 欲しいけど……そこは帰ってからの交渉だ」

 咳払いを一つ。

「それよりも、俄然気になるのはあっちだね」


 指を指されずとも、リーンズィも気にはなっていた。

 倉庫の片隅に、錠前の付いたまた新たな扉が見えるのだ。

 生憎と、そこまで続いている床が完全に無いため、簡単には通過できない。


「錠前なんて、面白いよね。あまり見たことがないよ。全部が終わるこの世界で、それでも守っておきたいものなんてあったのかな。もしかするとお宝かも」

 コルトが視線を向けてくる。

「確認して損はないと思うけど、どうしたい?」


「飛び越えて見に行こう」


 体を屈め、一息に飛び越えようとしたリーンズィを、コルトが制した。


「これは提案なんだけど、この状態で君の異世界転移……カタストロフ・シフト使ったらどうなるんだろうね?」


「カタストロフ・シフト?」

 ライトブラウンの髪の少女は困惑に顔を曇らせた。

「あれは濫用できるものではない……何故今そのような提案を?」


 終局世界転移型緊急回避カタストロフ・シフト

 アルファⅡモナルキアによってリーンズィに強引に実装され、初起動時は酷い思いをした。

 体内に仕込まれた悪性変異体の因子を活性化させて、<時の欠片に触れた者>による追放処置を誤作動させる機能だ。そうすることで、彼らの「クヌーズオーエを崩壊させない」という意思を利用し、こことは似た違う世界、廃棄された行き詰まりの世界への強制移動を誘発させ、移動手段とする。

 言ってしまえば、目の前の危険を回避するために、より危険な世界の、比較的安全な場所に退避するという本末転倒の切り札。最悪の場合、転移した先で、そのまま破滅の渦に呑まれかねない。差し迫った喫緊の危機が無いというだけで、絶対値で見れば、転移先の世界の方が圧倒的に危険なのだ。

 

 実際の所、使い勝手は決して良くない。

 発動回数には限りがあり、帰ってこれるかどうかの保障も曖昧で、心理的な負担も大きい。

 これまでにテストで何回か起動したが、未知の寄生植物の蔦に覆われた人間のような何かが歩き回る街や、火炎嵐の向こうに巨大な影が蠢く都市、上半身と下半身に分断された見上げるような異形に追いかけ回されるなど、とにかく絶望的な世界にしか転移できなかった。


「外に出るわけでもないし、いきなり建物の外に出る可能性も低い。仮の話だけど、カタストロフ・シフトで向かった先でも、この床は壊れていないかもしれない。危険を伴う機能だとは思うけれど、転移先の世界でほんの少しだけ移動して、すぐに戻ってくるという使い方なら、案外と安全なものなんじゃないかな」


「それは……」


 指摘されて、リーンズィはうずうずした。

 主観的には、確かに、地形を修復するという目的でも使用出来る技術だ。

 試してみたい気持ちがあった。


「それじゃあ、やってみる」


 首輪型人工脳髄から、体内のどこかに埋め込まれた因子を起動させる。どうにもミラーズと肌を重ねてお互いを知るたびに補充されている気がするので、だいたいどこに因子が装填されているのかは分かっているが、敢えて意識しない。


 背後に七つの燃え上がる眼球を持つ怪物の気配が現れた。

<時の欠片に触れた者>だ。

 異分子を排除せんとする超越的存在の熱量に、リーンズィは眩暈を覚える。


 代替世界への転移は一瞬だ。心構えさえしていれば、この時点での混乱は大した問題にならない。

 足下が無限の泥濘になり、永遠に沈降していくかのような不快感。だが、不快なだけだ。瞳を閉じて息を止めていれば狼狽えることも無い。



 世界が定まるのと同時、噎せ返るような悪臭が湧いてきた。

 リーンズィは思わず口元を覆った。

 状況が掴めず、激しく咳をして、湧き上がってくる胃液を飲み下し、ふらつくブーツの爪先をアンカーのようにして床を踏む。

 ぐちゃ、と足下で音がした。

 ライトブラウンの髪の少女は蒼白の顔面で音源を視認した。


 死体だった。

 死体を踏み潰していた。

 死体は人間の顔をしている。


 リーンズィはこの不死の時代で、人間の死を初めて見た。

 おおよそ平穏に生きた者とは言えない、凄惨な最期だった。臓物を粗方引きずり出されており、両手で自身の大腸を握っている。だが腹から引きずり出された腸管は、また別の死体の首に巻きついており、どうやらそちらの死体は、はらわたによって絞殺させられたのだと知れた。


 死体、死体、死体、死体。いずれも相食む羅刹のごとき鬼気迫る表情で、贖罪のために永久の殺し合いを強いられる、そんな地獄の風景じみていた。不死病患者ならば問題なく再生する程度だが、定命の存在ならばどのように治療を施しても救い得ないレベルで破壊されていた。

 死んでから時間が経っていないらしく、腐敗は進行していないが、それだけに却って新鮮な死の臭気が充満している。耳元を蠅が掠めていく音が聞こえる。いずれ、すべてが蛆虫どもの温床となるだろう。


 不死病患者とは異なる、定命の人間の放つ異臭に、リーンズィは堪えられない。

 ライトブラウンの髪の少女は涙を流し、悪心に耐えて喘ぎながら口の端から涎を垂らし、混乱と違和の衝動に整合性を付けるべく状況確認した。


 コルトの姿はどこにもない。

 死蔵された荷物も、崩落した床も、鍵の掛かった扉も無い。

 転移は成功した。

 だが、この世界の有様はいったいなんだというのか。

 あるのはただ死体だけだ。死体、死体、死体死体死体! 少女は上ずった声を上げて身を竦めた。部屋の片隅には今にも尽きてしまいそうな燭台が掲げられており、リーンズィが身じろぎするたびに足下を浸す血の鏡が波打って鈍く輝いた。死体、死体、死体、死体、死体……つい先刻まで、ここで死が行われていたのは想像に難くない。獣のごとき者どもが故の知らない殺戮に興じて、今、ここには死体しか無い。どのようにすれば相手の背骨を顎で噛み砕いたり、あるいは己の肋骨を折り取って相手の剥き出しの心臓を貫いたりすることになるのか、リーンズィには理解できない。ただあるのは無制限な闘争の結実としての襤褸切れのような死体だ。無残に破壊され、尊厳という尊厳を剥取られた人間の肉が、ただ死んだ肉、過去形でしか表記されない命が、意思も魂も無い血の滴るタンパク質の塊として、床はもちろんのこと、天井や壁にまで散乱している。狂った人々が死と殺戮を求める機械と化して互いをひたすらに傷つけ合ったのだろう。

 人間がいる、あるいは明確にいたと確信できる、そんな世界への転移はこれが初めてだ、だがあまりにも酸鼻にすぎる。床は抜けていない。愛らしい雑貨や衣類の詰まった段ボール箱も無い。代わりに死体が山とある。いずれの残骸も無惨極まりない最期を迎えている。あるものは頭をかち割られ、脳髄を四散されており、あるいは鈍器の代わりに使った己の腕の骨を握りしめたまま倒れ伏せ、あるいは目玉を抉り取られたまま他の誰かの頸動脈を噛み千切って死んでいる。血肉の泥濘に藻掻く苦悶と血肉を求めんとする殺意に彩られ、呪詛の吐息を結ぼうとしたような顔で、息絶えている。


 ここに、不死は、安息は、どこにもいない。

 ただ、不可解な闘争の果てに死んだとしか思えない、哀れな定命の者の死骸だけが陳列されている。


 淀む空気の生臭さになおも嘔吐き、窓辺で深呼吸をしようとして、この世界ではまだ硝子が割れていないことにリーンズィは気付いた。

 ただし、銃弾を撃ち込まれた痕跡が無数にあり、その孔からは饐えた冷たい空気が流れ込んできている。

 空は硫黄の色を孕んだ不吉な暗雲で、どこからか散発的に聞こえる破裂音は、どうにも銃声のようだった。

 

 死体を避けながら窓際に近寄り、街路を見渡して、リーンズィはまた薄く声を漏らした。

 この室内と大差が無い。

 ぐちゃぐちゃの肉体が絡み合い、憎悪をぶつけ合った後で息絶えている。

 いずれも武装しているが、機械鎧や蒸気甲冑といった先進的な兵器は見当たらない。


 また破裂音がした。銃声に違いないと思い、そしてリーンズィはある可能性に気付く。


「まだ、まだ生きている人間がいる……?」


 こんな代替世界は初めてだった。

 しかも、この不可逆的な惨状。

 死体の山が証明している。

 不死病はまだ蔓延していない!

 生身の人間が、戦争で滅びる。その最中の世界なのかも知れない。


 それにしても街路や室内に展開された死は異常極まりなく、虐殺と共食いの狂気が過ぎ去った後のようだ。

 ライトブラウンの髪をした少女は息を殺し、状況を探る。

 見れば、錠前の下りていた例の扉がない。

 あるのは、ただの扉。

 開かれた扉だ――僅かに開いた状態で、放置されている。

 その先にあるものを、リーンズィは知らない。


 扉の向こう側を確認するか、少女は酷く悩んだ。

 退去までの時間はあとどれだけだろう?

 転移した先では、壊れた地形が修復されている場合があり、それを目的としての利用は可能であるという知識は得られたが、状況があまりにも前例から逸している。

 これまで見てきたどの終局世界にも、変質した人間の残滓はあったが、人間それ自体は存在しなかった。

 扉の先には……生きた人間がいるかもしれない。


 確かめないわけにもいくまい、と自答する。

 同じような殺戮の風景があるだけかもしれないが、もしかすると生存者がいるのかもしれない。

 この虐殺の嵐の中で、生存者を見捨てることは出来ない。

 きっと、それが調停防疫局のエージェントというものだから。


 混乱する頭で最低限の概算を立てながら、リーンズィはハルバードを短く構えた。とにかく、錠前が掛かっていた部屋を確かめないわけにはいかないと何度も自分に言い聞かせる。死体の山を目の当たりにして、リーンズィもその肉体も酷く動揺している。


 分厚いブーツの爪先で死体を踏み、転がして、跳ね上げた血の王冠で素足の臑を汚しながら、息を殺し、その扉へと歩みを進めた。


 扉を潜ると横合いからフルオートの散弾銃の銃口が突きつけられた。

 そのまま頭を吹き飛ばされた。

 リーンズィの頭部は肉と血の霧になり、機能を停止した。


 だがリーンズィはまだ生きている。

 現実には、扉を潜ってすらいない。


 ライトブラウンの髪の少女は深呼吸をする。

 自分が無力化される光景を、リーンズィは確かに見た。扉を開くのはこれからだ。

 この扉の向こうに誰もいない、という仮定は既に棄却している。

 今のはヴァローナの瞳が見せた『望まれた光景』、数秒先の未来だ。誰かが扉の脇にぴったりと張り付いて、こちらの足音に神経を集中させている。そんな直感があったからこそ、数秒先の未来を精密に観測することが出来た。


 いっそハルバードで壁ごと敵対者を刺し貫くか。


「……敵意はないのかも知れない。これほど凄惨な殺戮の後なのだ。怯えているのかも……」


 希望的観測をリーンズィは信じる。

 信じる以外には何も出来ないからだ。

 相手を信じて、話をしなければならない。

 それこそが調停防疫局のエージェントであり、ミラーズの最も新しい娘である私の役目だ、と心機を新たにする。


 では散弾銃をどうする? 

 肉体の元々の主、ヴァローナは、初遭遇した時、散弾を不朽結晶連続体のマスクで平然と受け止めていた。自分も同じように体で止めるか?

 出来るはず、とリーンズィは考える。私はヴァローナでもあるのだから。

 リーンズィは意を決して扉を潜った。そして相手の顔かたちや背格好を確認すること無く突き出された銃口を掴み、己の腹に押し当てた。

 息を飲んだ相手の指に手を添えて、トリガーを引かせた。

 確実に言えるのは、不朽結晶連続体で構成された突撃聖詠服に散弾など通じるはずも無いということだ。

 だが衝撃までは殺せないのがこの装備の特徴だ。古の時代のヴァイキングに囲まれてクラブで殴られたかのような重い衝撃が腹部を乱打し、相応の苦痛にリーンズィは呻いて血を吐きそうになった。


 なるほど、ヴァローナはおそらく完璧に正気を失っていたか、あるいはものすごく気合いを入れていたから、射撃を受け止めて平然としていたのだろう。

 あまりにも順当な苦しみを、リーンズィはヴァローナの精神性を強く意識してエミュレートして打ち消し、気道を逆流してきた血を飲み下す。


 弾丸を撃ち切らせた散弾銃を毟り取って、部屋の隅に投げた。

 そこにも死体は転がっていた。やはり陰惨な死に方をしている。内臓が掻き出され、手足は食い千切られている。素人の肉屋が道具も使わず乱雑に解体を進めた後であるかのようで、見るに堪えない。


 生きている息は、他に一つも感じない。

 残っている人間が殺戮の主であることは、疑いの余地が無い。


「彼らを殺したのは、君か」


 向き直って、エージェント・リーンズィは問いかける。

 そして目を見張った。

 予想よりも遙かに体躯が小さい。

 そして敵意を感じさせるような顔立ちでは無かった。あちこちが解れたブランケットを一枚だけ羽織っていて、それ以外には一枚の布も身につけていない。だれの者か分からぬ血に塗れた肉体からは異臭が漂う。

 だが、それでいて、聖性すら感じさせる滑らかな白い肌が、やけに眩しい。


 穢されてはいるが、長い銀髪を湛えている。

 その清廉さはいっそ、純潔の乙女よりも無垢である。

 言語化することさえ拒絶するほどの美少女だ、ということは分かる。

 だがリーンズィには、その少女の精細な顔立ちを見知ることが出来ない。


 認知機能のロックが作動しているらしい。

 不可思議ではあるが、理由を考える余裕がリーンズィにはない。


 少女は口元で血肉の糸を引き、喉までも血で濡らしていた。

 考えられる理由は一つだけだが、敢えては口にしない。相手は見るからに衰弱していた。

 精一杯の虚勢で立っていたのだろう。膝から崩れ落ちそうになるのを、リーンズィは背に手を回して優しく受け止めた。

 汚濁に塗れた手指に己の甲冑の手指を絡め、「大丈夫、何があっても大丈夫だ」と囁きながら、そのままゆっくりと床に座らせた。


「……撃たれても、死なないのですか」

 怯えと絶望、そして僅かな希望に、掠れた声で言った。

「とても強い銃です。ぐちゃぐちゃになるはずなのに」


「私の服は不滅なんだ。朽ちる定めにある弾丸は、阻まれる。だから平気だ。君はどうして私を撃った?」


「……これ以上、わたくしの血に狂って死ぬ人を見たくなかったの。すぐに死ねば、あの人たちみたいに酷い最後にはならないから」


 少女は絶望的な目をしながら首を何度も振った。


「みんなそうなってしまうの。わたくしを、血を求めた人は、みんな……」


「君の血には、何か奇跡の力でもあるのか?」


「皆は、そう信じていました。ただの迷信です……。ああ、あなたは、どこから、いらしたのですか。どうやってここに? 入ってこられる道は一つも無いのに。全部の道を塞いだのに。それとも……それとも、あなたは天使様なのですか? 黒い翼をした天使様……」


 インバネスコートの少女は首を傾げた。


「とても天使には見えないと思うが」


「いいえ、いいえ。だって、天使様みたいに綺麗で……こんな場所には不釣り合いな、とっても良い香りがする」


 生気の無い顔立ちを僅かに上気させた少女の頬を、リーンズィはそっと撫でて、宥め賺す。

 人間の根源的な欲求を煽るのは、不死病の香気の特徴だ。彼女の胸に芽生えたそれは、偽りの感情である。


「私は調停防疫局のエージェント、リーンズィ。とても……とても遠くから来た。天使なんかではないのだな。ないの。それしか言えない。でも、君を救いたいという思いはある。ここは一体どうなっている? 一体何が起こっているんだ? 君は、何故彼らを殺した……?」


 少女はブランケットの下、あばらの浮いた裸の胸を、蒼白の顔で隠した。女性らしい体つきではあるが、骨と皮でいかにも筋張っている。慢性的に食料が足りていないと見て取れた。


「どうしても……お腹が……すいてしまって……。これが最後なら、と、まちがいをおかしていました」


「緊急避難ならば多くの国で罪に問われることはない」


「いいえ、いいえ、……わたくしが、わたくしが不浄の存在だから……わたしが、至らないばかりに、こんな……でも、殺したわけじゃないの、わたくしはただ、彼らに捕らわれて、懇願されて、強迫されて、痛めつけられて……彼らはわたしの血を求めたの。でも、わたくしを傷つけた人は……みんな死んでしまうの。わたくしが祈らずとも、七倍の報復が虐殺を呼ぶの……」


 窓外、かなり近い地点で銃声がした。

 少女はびくりと身を縮める。

 インバネスコートの騎士は跪き、彼女を安心させようとして抱きしめ、ミラーズがそうしてくれたように、頭の後ろに手を回して、何度も撫でた。


「どうか、守って下さい、天使様。もしもわたくしを殺してしまったら、彼らも無事に死ねません……」


「大丈夫だ。何があっても大丈夫」リーンズィは少女に囁く。「私はここにいる。大丈夫だ」


「お願いします、お願いします、天使様。お願いします……助けて下さい」


 少女は必死に縋り付いてきた。

 浅く息をしながら、眦から涙を零している。


「もちろん、君を見捨てたくない。ここから連れ出すことは出来なくもない。賭けに近いが……」


「そうではないのです」


 少女は哀願した。


「天使様になら、出来るかも知れません。どうか、どうか、わたくしを……殺して下さい」


「殺す? どうしてそんなことを?」


 少女は哀願した。少女は哀願した。少女は哀願した。

 定命のその美貌を汚濁に染めた少女は、ただ己の死だけを請い求めた。


「わたくしを傷つけた者には、七倍の報復があるのです。遠い祖先がそのような罰を受けたと聞いています。それはわたくしにも受け継がれているのです。このコミュニティにも、ついに災禍が追いついてしまいました。土地は枯れ、水は腐り、肉からは自ずと蛆が湧くようになってしまいました。ここが最後の安息の地だったのに……わたくしが、ひとときでも気を抜いて、誘惑をしてしまったせいで、人々が狂ってしまったのです……たくさんの人が……わたくしの血を、肉を、求めました。とても強い力で……みんな、わたしの肉体が病を癒やすと思い込んで……抵抗は、出来ませんでした。でも、何十人にも同時に報復が降りかかれば、その報復は病となって伝染していきます。ああ、今まさに、神が無辜の人までも罰しておられます……みな、殺し合いを始めるのです。わたくしがいる限り、誰かがわたくしを知り、わたくしの血を誰かが得るたびに、こんなことが起こってしまうの……。だから、わたくしを殺して下さい。これ以上、わたくしに惑わされて死んでいく人を見たくないのです。お願いします、手遅れになる前に、どうか……御慈悲を……」


 わたくしをころしてください。

 少女は哀願した。

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