カタストロフ・シフト②
リーンズィの息が浅くなる。戦闘に臨む瞬間よりも鋭敏な神経で、この前触れなく到来した終末の風景を眺め続ける。
死灰の風が吹き荒れる。共時性でも有するかのように、同じタイミングで、高層建築物が次々に倒れ、倒れる途中で爆ぜて千切れ、千切れては散らばり、微細な粒子となって風に流され、時の流れと同じ速度で灰の雲となって吹き飛んでいく。
そして、風が止まった瞬間に、全てが静止する。
ただ風が吹いていないというだけなのに、無数の塵、死灰の群れが、空間に縫い止められる。
何も理解出来ない。少女は破滅の只中で、ひたすらに混乱していた。誰が目の当たりにしても、理解など出来るはずがないにせよ。
不朽結晶を除いて、一切はただ朽ちていく。少なくとも、経年によって朽ちるという現象は、万物に投げかけられた不変の真理だ。
万物はいずれ色褪せ、価値を失い、枯朽する。
だがこの滅亡の光景は疑う余地も無く異常だった。不死病患者が相手ならば、枯死したような状態にゆっくりと移行させるのは可能だ。
だが、不死病患者だけでなく、無関係な車両や建造物まで同様の状態に誘導する技法を、リーンズィは知らない。
第二十四攻略拠点の建造物は、当然に老朽化が進行していたことだろう。遠目にはいかにも人の息づく街らしく見えたが、どれだけスチーム・ヘッドを揃えても、使える資材は潤沢ではない様子だった。
おそらく一棟一棟を手入れする余裕も、必要もなかった。まともに機能する建造物は『勇士の館』を初めとした数カ所に絞られるはずである。
ほぼ全ての建造物が、最初から見た目ほど綺麗では無かった。
しかし、どんな理由を並べても、ここまで急激に枯死が進行したことの説明にはならない。外側と内側を入れ替えたとしても、このような朽ち果てた灰に、突然成り果てるはずもない。
全ては滅びる。真理だ。だが本来あるべき幾つかの段階が、脱落している。
リーンズィに辛うじて立てられる仮説はこうだ。
未知のおぞましい自然現象が、誰の目にも捉えないまま、この地を襲った。
誰一人としてその災害から逃げられなかった。
突拍子も無い想像だったが、妥当と思える実態は、少女の首輪に納められた知識の及ぶ範囲では、それぐらいだった。既存の科学が及ばない、未知の天災が訪れたのだ。あるいはそれを、天に座する神からの罰と表現する者もいるかもしれないが、この風景に神の名を唱えるものは一人も残されていない。
その風景に相応しい言葉は、やはり『枯死』以外にはあり得ない。
最後の一息とばかりに、灰の景色の片隅で、旋風が現れて荒れ狂うのが見えた。
涙をにじませる。淵から赤く変色を始めた両目も、灰の瀑布が狂った時計の秒針の如き速度で吹き付ければ、しかと開いてはいられなかった。
身を屈め、祈るように目を閉じて、全身に鋭くガラス片のような暴力的な冷気が衝突するのを受け止める。加速された灰は真実、刃か鑢の類じみていて、暴力的にリーンズィの肌を擦過した。
ライトブラウンの髪を庇いながら、少女は寄る辺の無い孤児のように身を竦めた。
皮が裂けて肉が抉られる。
悪性変異は誘発しないまでも、痛みの苦悶の声が漏れるのを止められない。そして自分が痛みを感じていることに戸惑う。
全身を突撃聖詠服で保護していなければ、もっと酷い傷を負っていただろう。
殺人的な暴風を浴びて思い出すのは、走馬燈と表現するにはあまりにも拙く短い記憶の連なり。
思い出すのは、天使のようなふわふわの髪をした、軽くて愛らしくエージェント、ミラーズのこと。想起するだけで、狂おしいほどに胸が苦しくなる。いつでも力の無い自分、リーンズィに手を差し伸べてくれた。その小さな手の暖かさが、纏う香りの甘さが、恋しくて堪らない。息遣いの愛おしさに、縋り付きたくなる。
「ミラーズ」
……ああ、そうだ。
翡翠色の瞳に色彩が戻る。
少女の唇が、愛しい名を紡ぐ。
「……ミラーズ!」
息を吹き返す。
あまりの事態に朦朧としていたリーンズィの意識が、現実世界へと浮上する。人工脳髄がにわかに熱を帯びた。
この枯死した世界で、おそらくは<時の欠片に触れた者>に改編された世界で、ミラーズはどうなってしまったのだろう。
レアやマスターのように跡形も無く崩れ去ってしまったのだろうか。
そんなことはあってはならない、とリーンズィの血管に狂奔の熱が駆け巡る。
この災禍が都合良くミラーズを見過ごすとは考えられない。
だが、どうにかして救い出すことは出来ないか。
無論、手段はある。彼女の傍らにある筈のアルファⅡモナルキアだ。
あの機体は、どうせ無事だろう。そのことについては疑問が無い。
リーンズィは己自身の本来の仕様について、もう殆ど思い出せないでいたが、それでも世界生命終局管制機であるアルファⅡモナルキアが如何ほどに頑強かは忘れられない。
首輪型人工脳髄はオンラインの状態だったが、リンクの確立には失敗している。
少なくとも生体部分は無事ではあるまい。
だが不朽結晶連続体で構築された部分は正常なはずだ。
直接対面するか、装着するかすれば、再起動は出来る。
どの程度の協力を仰げるかも分からないが、あの異界から訪れた宇宙飛行士のような機体に解決不可能な事態はないという直感がある。
試してみる価値は十分だ。
では、猶予はどれぐらいある?
リーンズィは意識を集中させる。灰と化したミラーズを蘇生する手段は、ユイシスのデータベースを参照できない現状では未知数だ。
しかし、だが、それでも。
残された手は必ずある。
そう信じると決めた。
次に瞼を開いたときには、きっと自分は灰色をした煙の中に立ち竦む、ちっぽけな葦になっている。異常な環境に晒されて負荷の掛かった人工脳髄では、再生能力も不全を起こすだろう。
あちこちが擦り切れて、身体を再生出来なくて、痛くて苦しくて、泣いてしまうかも知れない。
その状態でオーバードライブを起動することは、可能か。
勿論、可能だ。
実行する。反動を怖れずに起動する。
バッテリーが切れるまでに勇士の館に帰還することは、可能か。
勿論、可能だ。実行する。
そう信じて、そうさせてほしいと、何者かが願った。
鑢の如き風が吹いて、全てが崩れていく環境では、難しいかも知れない。だが風がやんだ瞬間に、駆け抜ければ良いのだ。
全速力で、最短距離を、一直線に。
リーンズィは考える。当然の未来を考える。この終末の世界で足掻くことの有効性について考える。
無駄かも知れない。
スヴィトスラーフ聖歌隊もファデルの率いるパペットの軍団も、残さず砂塵となったに違いない。
ウンドワートやコルト少尉も、原形を留めてはいまい。
再考する。絶対にして不滅であるべきアルファⅡモナルキアにしても、時の嵐のごときこの災禍にあっては、呆気なく機能停止に追い込まれている。
その可能性は捨てきれない。リンクを確立出来ない以上、基本構成要素を放棄して、ただのヘルメットと蒸気甲冑に堕しているのは間違いないだろう。
寒村で出遭った調停防疫局のエージェントであるシィー曰く、アルファⅡモナルキアは他の歴史においては起動に失敗している。それほど取り扱いが難しい機体なのだ。
果たして自分に再起動させられるのか?
いずれにせよ、この世界が破滅する流れを止められるだけの能力は、備わっていないのではないか?
諦観の青白い風がリーンズィの思考をじわりと侵す。
何もかも無駄だ。何もかも徒労だ。何をしても意味はない。リーンズィの脳髄は当然の未来予想を出力する。意味はない、未来は無い、どうしようもない。
だが、ここで立ち竦んでいては……と誰かが囁いている。
それが他ならぬ『リーンズィ』の名を与えられた誰かの内心の声なのだと、少女ははっきりと自覚した。
リーンズィ。
アルファⅡモナルキア、リーンズィ。
唯一、自分だけの名前。
名前を付けてくれたのは、誰だったか。
「……ミラーズだ」
口にするだけで、心が凪いだ。
その名前は世界の終わりに吹く暴風の最中にあっても明瞭に己に響いた。
リーンズィは何度も、確かめるように名を呼んだ。
意味もない。
価値もない。
可能性は残されていない。
だが、ここで立ち竦んでいては、ミラーズに会えない。
「ミラーズ、ミラーズ」
ミラーズに会いたい。どうしようもなく、会いたい。
最後に一度だけでも、ミラーズを抱きしめたい。
あの美しい声で囁いてほしい。
溶け合ってしまうほど、強く、強く、抱きしめてほしい。
あのごわごわとした行進聖詠服の、薄く柔らかい胸に抱き留められて、花水木の甘い香りと、心臓の緩やかな音色に安らいで、静かに瞼を閉じたい。
ああ、願わくば最後に……何も言わずに部屋を飛び出したことを、謝りたい。
調停防疫局の使命などは、全くどうでも良いものと思われた。明らかに達成不可能な任務などどうだって良いと、リーンズィは切って捨てた。
この終末の風景に、人類への猶予など存在しない。
未来を悲観してはならないと、遠い昔に誰かが言った。
アルファⅡモナルキアを構成する何者かは、それを心に刻んでいる。
しかしライトブラウンの髪の少女は現実を直視している。悲観する必要もない。もう未来など無いからだ。頭蓋に収められた生体脳をどのように調整しても無駄だ。悲観に凍えて、未来へ繋がる想像を一つも結べないままでいる。
でも。
それでも。
ミラーズを諦めることだけは出来ない。
不意に風が止まった。そして、これまでとは逆方向から強い風が吹いた。
じっと身を伏せて、鑢の如き暴風を、再度やり過ごす。
この破壊の風は、永久に連続する事象ではない。リーンズィは致命的な絶望のほとりで冷静に判断していた。十五秒か、十秒か、あるいは三秒にも満たないか。
少なくともそれぐらいの間は、風が吹かない時間が続く。
瞬きをして、呼吸をする。
その程度には間隔がある。
そして極限まで加速された知覚能力の中で。
三秒という時間は、スチーム・ヘッドにとってはあまりにも長い。
凪が訪れた瞬間に、リーンズィはオーバードライブを起動していた。
使用可能なのは首輪型人工脳髄、隷属化デバイスのバッテリーだけだ。
大気の状態が悪いため、腰に取り付けた補助用蒸気機関は役に立たない。
吸排気不良を起こして停止するだけだ。
ユイシスの管制が無い状態では、自身がどれだけの時間、どの程度の速度で可能なのか、リーンズィには分からない。
リンクを切断されたエコーヘッドは、自分の身体活動を制御するだけで精一杯だ。
ミラーズという前例を鑑みて。希望的観測で三〇〇〇ミリ秒。
敵対するスチーム・ヘッドと決着をつけるには十分だが、滅び行く灰の煙の中ではあまりにも短い。
「行くしかない」リーンズィは声なき声で己を叱咤した。「ミラーズは、ここにはいない。進むしかないんだ」
全身が蒸気を上げて再生している。
灰を含んだ風はおそろしい勢いで生体に負荷をかけてくる。
次の破壊の風には耐えられないだろう。
壊れていく世界が、息継ぎを終わらせるよりも早く。走り出さなければ。
辿り着いた先に、思い描いた景色は残されていないかも知れない。
だが愛しい少女が微塵の煙となって消えた未来を、リーンズィは決して想像しない。
準備はよろしいですか、とユイシスの声で幻聴がした。
「とっくに出来ている」
目を見開いた。
走り出そうとした。
世界が、そこにあった。
リーンズィは一歩を踏み出せなかった。
彫像の如きレアとマスター。
灰の山と化したキッチンカー。
『かたち』がそこにあった。
建造物群も、空中に放り投げられたマグカップも。
全てが完璧な静謐の中で、静止している。
10ミリ秒という貴重な時間を、状況判断に費やした。
足場にも異常は無い。全速力での走行が可能だ。
何故ならば、
見えるもの全ては、やはり灰の塊である。だが、崩れていない。壊れていない。消えてしまってはいない。それらには欠けた部分がどこにも見受けられない。
そういう意味では、世界は完全だった。地に落ちたばかりの真昼の影のように克明で、何者もその輪郭を疑うことは出来ない。一切合切が土塊である。息吹なき灰である。
そこに魂は無く、祈りは無く、命は無い。
だが、失われたはずの『かたち』が、灰の塵芥となって掻き消えたはずの世界が、数十秒前の光景が。
寸分違わぬ有様で、少女の眼前に広がっている。
呆気に取られたリーンズィの瞳が、熱を帯びて世界を彷徨う。
15ミリ秒経過。
背後に、気配がある。
振り向かずとも分かった。
ヴァローナの瞳が、炎上する七つの眼球を持つ怪物を、少女の背後に補足している。
自分も灰に変えるつもりなのか。問いは音にならない。
「構うものか」恐るべき超越の存在のことなど意に介さず、リーンズィは駆けだした。
どうであれ、仕掛けるには好機だ。また風が吹いて崩れるかもしれない。
世界が何故巻き戻ったのか考える時間が惜しい。
希望的な観測を紡ぐ。この状態ならアルファⅡモナルキアも崩れる前の状態へと再生している可能性が高いし、路面の状態が良いので足場を気にする必要が無い。<時の欠片に触れた者>は考慮しないことにした。
だいたい、とリーンズィは苛立つ。相手に一方的に物体を灰に変える権能があるというのなら、逆らっても意味がない。それこそ本当に無意味だ。
それなら、リーンズィはミラーズの元に帰るのに注力するだけだ。
一歩。また一歩。弾丸の速度で駆けるリーンズィの脚が、アスファルトの石膏像を蹴るたびに、灰の波紋が空間に広がる。
すれ違った不死病患者の彫像がソニックブームに波打って壊れる。
人型をしたものを崩すことに心理的抵抗はあるが、どのみち崩壊する運命にあるのだ。
リーンズィは身勝手に割り切った。
最優先は、ミラーズの元への帰還だ。
そのまま走り続けた。<時の欠片に触れた者>から妨害される兆候は、意外にも検知されない。
何をされても自分には理解不能だろうとリーンズィは諦観し、無視を決め込んでいた。
そのつもりだった。
だが、あのおぞましい気配は、何が目的か、ぴったりと背後に付きまとってきて、ただそれだけなのだ。否が応でも意識せざるを得ない。
灰に塗れて退色した景色を、必死に記憶と照合する。
来た時と逆の道筋をひたすらに辿る。
そうしながら、出鱈目な周波数で電波を飛ばした。
「何なのだ、君は。何が目的でこんなことをした。この世界に、何が起きている」
八つ当たり気味な声音。付きまとってくる怪物への問いかけだ。
返答など期待していなかったが、きぃん、という耳鳴りと共に返答があった。
それは非言語的な電波の連なりだったが、受信した瞬間に言語として生体脳に展開された。
『我々は大多数の代替世界において<時の欠片に触れた者>と呼ばれている。活動目的の開示は、これを許可されていない。この閉鎖世界における状況を告知する。当該世界において、エントロピーは循環する。一定程度の発散が終われば、生成地点における原初の安定点へ回帰しようと、エネルギーの逆行が発生する。そのような事象が発生した、閉じた終末だ。それ故にこの世界はどの時間枝の未来にも繋がらない』
「……喋れるのか」
無防備なところに一辺に言葉を流し込まれたので、リーンズィはぎょっとした。
走行速度を僅かに緩めた。
『我々は喋らない。我々は君の擬似人格演算に対し、割り込みをかけているに過ぎない』
確かに<時の欠片に触れた者>の言い回しはエージェント・アルファⅡのそれに類似していた。おそらくは言語的なゲシュタルトを相手の知覚野に転送しているだけなのだ。
理屈は分かったが、何故だか自分自身と話しているような気がして、リーンズィは落ち着かなかった。
「何が目的で世界を……」
『この世界と我々の間に、因果関係は存在しない。自然発生した世界だ』
「しかし、私がいた世界はこうして終わってしまっている! 君たちにしか、こんなことは出来ない!」
『肯定する。だが我々とこの終末に因果関係は無い。そして、君が元いた世界は別に存在する。ここは自然に破断を迎えた可能性世界だ。君は、危険な悪性変異の兆候を示したため、この地に隔離された』
隔離、という言葉を咀嚼するのに時間が掛かった。
「……つまり、干渉を受けているのは私だけなのか? ミラーズたちは無事なのか?」
『不明だ。おそらくは物理的な状態の変化は無いだろう。我々はただ時間枝を破壊しかねない危険分子である君をここに追放したに過ぎない』
危険分子。思い当たる要素は一つだけだ。
<燃え落ちる街の修道者>。
アルファⅡモナルキアから、あの史上最悪の悪性変異体の因子を転送された直後に、世界に異常が起きた。
つまり、あの悪性変異体に反応して<時の欠片に触れた者>が動いたのではないか。
だとしたら理解は出来る。理解出来ないのは、モナルキア本体やユイシスが、この現象を誘発するために自分にあのような操作を加えたとしか思えないことだ。
何故こんなことを? 疑念は尽きない。
答えてくれる分だけアルファⅡモナルキアたちよりも<時の欠片に触れた者>の方が信用できる気がしてきた。
減速のために壁を蹴り、路地裏を転げて前に進みながら、リーンズィは次の問いを錬った。
聞くべき事があるのは自覚している。
だが、具体的な思考が纏まらない。走り続けるだけで処理能力は限界だった。
ついに自分の『勇士の館』に辿り着いた。
集合住宅じみた外観も灰の影に霞んでいて、きっとあの破壊の風が吹けば散って消えるに違いない。
「構うものか、ミラーズに会うのだ」
リーンズィは折り畳んだ毛布のようなモサモサとした外階段を登り、今朝潜ってきた扉の、朽ち果てた灰の壁の前に立った。
そこには、<時の欠片に触れた者>が先回りしていて、七つの眼球を爛々と燃やして、炎上する巨体で、どういうわけか扉を塞いでいた。
気配は何故か後方から移動していない。
だとすれば、目に見えるのは虚像か幻影の類だ。
リーンズィは掠れた口腔で舌打ちして、臆すること無く、無理矢理その怪物をどかそうとした。
すると、その姿は掻き消えた。
少女の手はすんなりとドアノブを掴んだ。
奇妙な触感に、寸時、怯んだ。
砂の塊でも掴んだかのような。
見れば、ドアノブが砕けている。
灰色の塵が、手の中でほどけて散り、空中で停止した。
扉を開く方法が無くなった。
リーンズィの動きが完全に止まった。思考能力がショックで消滅していた。
オーバードライブのせいで握力の調整が効いていない、というわけではない。
想像が及んでいなかった。
枯死して痩せさらばえた世界で、ドアノブの形をした灰など、力を加えれば容易に崩れる。
見上げるような高層建築物でさえ、たかが風を浴びただけで呆気なく崩壊していく。
全速力で昇ってきた階段を振り返れば、そこには菓子職人がゴミ箱に捨てた飴細工のような奇怪な塊が横たわっているに過ぎない。
下方では舞い上がった塵と灰、砕かれた道路の破片が、自分が走ってきた経路に沿って隆起しているのが見える。
通常の十数倍の速度で、真っ直ぐに『勇士の館』を目指した。
だから、この灰と崩壊の世界がどれほど脆弱なのか、理解していなかった。
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