白髪赤眼のレア③

 泣き言半分、事実報告半分と言った大鴉の少女の独白をひとしきり聞いたレアは、うんうん、と深刻そうな顔で頷いた。


「……ということなんだ。レアせんぱ……先輩?」


 言いながら、リーンズィは首を傾げた。

 せんぱい。なかなか馴染みのない響きだ。

 気持ちとして、発音がしにくい。何度か繰り返す。せんぱい、せんぱい……。


「せんぱいはどう思う?」


「せんぱい。せんぱいですって! 聞いたマスター?」


「そんなにはしゃぐなよ、みっともないぞ」


「こんなのはしゃぐわよ。うう、わたしにもついに後輩が出来たんだ……」


 あまりにも嬉しそうなので、リーンズィも少しだけ気分が和らいだ。


「……レアお姉さんと呼んだほうが嬉しいか?」と清明な声で問いかける。


「えっお姉ちゃん?!」


「お姉ちゃんではない」リーンズィは真顔で言った。


「あー……ダメ。それはダメ」

 レアはすっかり赤面し、薄く汗まで浮かべながら首を振った。

「わたしには刺激が強すぎるわ。今はまだ、せんぱい呼びで良いから」


「いや『まだ』って、お前、後々お姉ちゃん呼びに変えさせる気なのかよ」


「何よ。良いでしょ良いでしょ。わたし、一番末の機体でね……本当はもっと量産型とか産まれるはずだったんだから……ああ、お姉さんぶれるって最高! 無条件で存在を承認されるってなんて気持ちが良いのかしら!」


 マスターは終始呆れていたが、白髪の少女は意に介した様子も無く、頬を赤らめたまま陶然としていた。

 リーンズィは首を傾げた。


 せんぱいと呼ばれるのがそんなに良いことなのだろうか。お姉さん、というのもよく分からない。

 見た目上はリーンズィ、即ちヴァローナの方が大人びているため、仮に姉とした場合、レアは年下の姉という論理的にあり得ない存在になる。

 しかし大概の機体は自分よりも年上なので別に不自然では無いのだな、などとリーンズィはぼんやりと考えた。

 肉体の外観があてにならないのがスチーム・ヘッドの奇妙なところだ。それだけに姉や兄と慕われると嬉しがる機体が結構いるのかもしれない、と心の中のメモ帳に所見を書き連ねる。それが自分の尊厳のよすがになるのだろう。


「ま、それはそれとしてよ。リーンズィの状態については、わたしにも考察が出来ると思う」

 

 レアはすぐ平静に戻った。

 白く小さな指先を顎先に当てて思索に耽るその横顔は、幼い見た目からは想像も付かないほど理知的で、いかにも年長者らしい貫禄が備わっている。端的に言って美しかった。

 大鴉の少女は鼓動が早まるのを感じた。見た目にそぐわない落ち着いた部分があるという点が、どこかミラーズを想起させる。

 リーンズィは散々に刷り込まれてきたミラーズへの愛着を通じて、この白髪の小柄な少女にも親しみを覚えつつあった。

 つい先ほどの、あの棘のある態度でさえ、純粋に戦闘用スチーム・ヘッドとしての心得を教授するためだったと本気で信じ始めていた。


「リーンズィ、あなた、見捨てられたとか、そういうのじゃないわ。これはぜったいね」


「でも事実、リンクが切断されていて……」


「それはあなたが仕様を理解していないだけ。その首輪型の人工脳髄のモードを確かめたことはある? これは断定できるけど、今のあなたは、それのスタンドアロンモードで稼動しているわ。スレイヴユニットを完全に独立した個体として稼動させるための機能ね。この攻略拠点で言うと、コルトなんかもSCAR本体から独立して活動するとき、よく使ってる。というか仕事の時以外のコルトはだいたいスタンドアロンよ」


「そういうものなのか?」リーンズィは翡翠色の瞳を丸くした。「しかし、私の思考の大部分は、本体側で演算されているはずで……」


「初期の段階では、そうでしょうね。色々な優先権も本体側に備わってるわ。でも考えてみて。例えばオーバードライブに突入するときの思考まで、いちいち本体側で演算してるわけじゃないでしょ?」


 考えてもみなかった指摘に、ライトブラウンの髪の少女はきょとんとした。


「……そうなのか?」


「聞きなさい、聞きなさい。自分の仕様を把握しておかないと、いつか痛い目を見るわよ。オーバードライブ時の演算まで肩代わりするというのは、まぁ、出来ないことは無いわ。メディア入り人工脳髄を何個も積んでるなら機体に限った話だけど」


「特殊仕様機限定の曲芸だわな」とマスター。「お前らなら出来るにしてもだ」


「わたしたちは格が違うのよねー、格が」


「確かに別格だよお前らは」


「そうでしょうそうでしょう? もっと普段から誉めても良いのよ」


 誉められると機嫌が良くなるタイプなのだろう。レアはフライトジャケットの下にある愛らしい胸を如何にも得意げに張った。

 ただ、それも一瞬で褪めた様子だった。


「でも、そんなのは確かに曲芸の類ね。実戦で多用する技法じゃない。負荷が大きくなりすぎるし、何よりオーバードライブ中の戦闘では、僅かな通信タイムラグだって怖いんだから。ワンテンポ遅れたオーバードライブ随伴機なんて足手まといよりもっと酷いもの。それなら、個性の確立が進んだスレイブユニットを、一個の人工脳髄と見做して、独立させた方が、総合的なパフォーマンスは上がるわ。もちろん幾つかの権限を与えないといけないから、日常では意に沿わない行動を取るようになるでしょうね。だけど戦闘では遙かに有用になるわ。単独でオーバードライブさせて、後はそれぞれ同期するだけで良いの。そういう処理は、大局を見据えれば選択としては自然なのじゃ……」咳払いを一つ。「……選択としては自然なのよ」


 リーンズィは黙考しながら、スープを啜り、そして首をまた傾げた。


「しかし、それでは私がコピーのようではないか。私はアルファⅡモナルキアから送信されていた人格の、その残響だけを首輪に記録された、エコーヘッドになっている……そういうことなるのでは……」


「え? そうね。たぶんそうだと思うけど?」


「私は、やっぱり、ただのコピー……?」


 動揺したリーンズィを宥めるように、レアが身を乗り出して、椅子の上に膝をついた。手を伸ばし、つ、と指先を這わせる。無遠慮にリーンズィの口元から首筋までを撫で、首輪型人工脳髄に触れた。

 ぴくりと震えた首筋が僅かに赤らんだのを見て、白髪の少女は愉快そうにする。


「自覚が無かった? 仕方ないわ、仕方ないわ。あなたたちのは、私の知っている形式とは少し違うけれど、これって隷属化デバイスと同等品でしょう? なら、元々そういう代物だもの。敵のメディアからデータを引き抜いて、コピーして、情報を吐かせて、あとは適当な行動指示を与えて、敵陣に帰還させて暴れさせる。これが本当の使い方。もっとも、正しく最後まで使ったっていう話は聞いたことがないけれどね」


 こんなに製造が難しくて高性能なものを『消費』するなんて馬鹿げた話だもの、とレアは嘲笑うかのように言った。


「子機を増やすのに使うとか、簡易なバックアップ・システムとして使う方がよほど理に適ってるわ。コルトが付けてるのも見たでしょう? あれも自分の元の人格をコピーして加工して、それを封入してるのよ」


「つまり、アルファⅡモナルキアから転写された人格を、隷属化デバイスに記録したのが、私……」


「十中八九そうでしょうね」よしよし、とレアは赤い目を細めながら愉快そうな顔で首筋に触ってくる。「思い出して、思い出して。活動していて、何か変わったことはなかった? たとえば、すごく気分が昂ぶっているときに、いきなり自己連続性が曖昧になったとか、変な感覚が突然やってきたー、とか。エコーヘッドは擬似人格演算が高負荷になった瞬間を狙って作るのが定石で、何なら拷問に近いことをしながら転写を進めるなんて事もあったらしいわ」


「それは……」首筋を撫でられてこそばゆく、レアの甘い香りで気が散って仕方が無かったが、リーンズィ懸命には記憶を探った。「……無理矢理エコーヘッド・システムを立ち上げようとすると、どうなる? 私が本来持っているべき知識と、実際の知識の間に、齟齬が出て、人格が破綻するのでは?」


「そこは逐一データリンクをやってれば幾らでも繕える。でも一時的な人格の崩壊は現れるでしょうね。顕著なのは、情動失禁とか、世界がお終いになった、みたいな錯覚ね。身に覚えは無い?」


「……ある」


 思い返せば、ウンドワートとの戦いや、城門前の遣り取りで、何度か異様な感覚に襲われた記憶があるのだ。

 あの時、アルファⅡモナルキアの本体側から一方的にエコーヘッド化の操作が下されていた仮定すれば、急激に自我が不安定になったことに説明が付く。

 レアが体を離し、「ほら、飲みなさい」とスープを勧めてくる。気を落ち着かせるために、ずず、とスープを啜る。

 おいしいかどうかはまだ分からないが、少なくとも体が温まるのは心地よい。

 歯ごたえのある鶏肉やとろとろに煮込まれたニンジンの甘みも、少しずつ理解出来るようになっていた。

 リーンズィはこっくりと頷いた。


「……つまり、私はとっくに本体から切り離されて、見捨てられていたと言うことだな。全く気付かなかった。認知機能をロックされていたのだろう。私たちは、意思決定の主体である私を無視して……」


「悲観しない、悲観しない。通常の処理が適応されてないのは確からしいわね。でも指摘されれば解除される程度の緩いやつなんて、ロックというには甘すぎるわ。本格的なやつはその事象に関連する音の羅列すら認識出来なくなるんだもの」


 リーンズィはハッとした。

 言われてみれば、否定は出来ない。例えば、アルファⅡモナルキアに危害を及ぼそうとしたときのミラーズがそうだ。

 認知機能を厳密にロックされているなら、設定に反した行動を取ろうとすれば、直前の記憶ごと思考を書き換えられてしまうはずだった。


「分かるわよね? 本来なら疑問も持てなくなるのが認知機能へのロックの怖いところよ。だから、今回の処置は『知らない間にエコーヘッド化されてた』っていう事実をあなたに看破して貰うのが目的……とわたしは見るわね。あ、スープ無くなった? おいしかった? マスター、わたしのマグカップにココア注いで、この子に渡して」


「ココアぁ? お前その新入りにどれだけ奢る気なんだ? 先輩呼ばわりされてそんなに嬉しいのか?」


「人類文化、人類文化。デザートには甘い物飲まないとね。後輩と妹にはいくらでも教えてあげないといけないし、あといくら可愛がっても法律違反にはならないのよ」


 ふふん、と上機嫌に白髪の少女は笑う。赤い瞳に優しい光を湛えて、マスターから回ってきた湯気を立てるマグカップをリーンズィに手渡した。

 マグカップには刃物を持った可愛らしいウサギの剣呑なレリーフが彫られており、レアの美的センスが伺われた。


「可愛いマグカップだ」


 ミラーズが喜びそうだ、と漠然とイメージしながら、賞賛の言葉を送る。


「可愛い? 本当に!? これ自慢の一品なの。上手にレリーフが出来たやつなの! やっぱり分かってるわね、リーンズィは! ココア全部飲んで良いからね!」


「全部はいらないが……ん、おいしい」リーンズィは自然と微笑んだ。「甘い物は味が分かる」


「ココアの香りのおかげね。不死病患者になっても甘い、苦い、辛いは分かるから。うん、顔色が随分良くなってきた。それで、わたしの推測を話したいんだけど、聞ける?」


「聞かせて欲しい、レアせんぱい」

 リーンズィはマグカップのレリーフを指でなぞり、手を温めながら頷いた。

「私の能力では限界があるのだ。先達であるせんぱいの意見が聞きたい」


「うんうん。もっともっと頼りなさい」とレアは満足げだ。「おそらくだけど、あなたは何か新機能の実験か、そうじゃなかったら、特殊なエコーヘッドを製作する試行の、最終プロセスに使われてるのよ」


「だが、私は許可を出していない。他者を使っての人体実験は違法だ」


「アルファⅡモナルキアも、リーンズィ後輩も、基本は同じ群体の一部なのよね。区分上で同一人物。なら。倫理規定にも抵触しないはず。何をしたって結局は自分自身への施術なんだから、そんなのいちいち許可を取る意味はないわ。自害に類する行為は禁止されてるのが普通だけど、でも自分に悪性変異体への変化を促す弾丸を打ち込むのだって、セーフなんでしょ? そういうことが実際に出来るんだから」


 確かにウンドワートと戦闘になったときそのようなことを試みたが、特別な認可を得るための処理はしていない。


「どうであれ私は私だから、無許可でどのような操作を加えても問題にならない……?」


「そういうことね」


 リーンズィはしきりに頷き、そしてレアへとキラキラとした眼を向けた。


「しかしレアせんぱいは事情通なのだな……ウンドワートに対してそういう戦術を用いたのは本当だが私は彼との戦闘について、ファデル以外には具体的に話していないのに。」


「え゛っ」レアが呻いた。あからさまに視線を彷徨わせながら、「わっ……わたしはぁ……ほら……幹部だから? 色々な情報ルートがね? あの……あったりなかったり……う、ウンドワートとかいう暴力大好きなやつに酷い目に遭わされた……って言うのも……聞いたり聞いてなかったり……」と歯切れ悪く言い連ねた。


「ウンドワートには顔面を肘でパンチされたりした。痛かったし怖かった。ミラーズにも酷いことを言った。とても口では言えないような酷いことだ」


「そっ、そうなのね……困ったやつねそのウンドワートとか言うやつは……わたしもあいつは本当に最悪だし強い以外何にも良いところ無いし早く死んだら良いのにって思うわ……」


 頷きながら、リーンズィは怒りの記憶を思い出そうとしたが、しかし以前ほどの悪感情が無いことに気付いた。

 色んな機体からウンドワートを擁護するような言葉を聞いたせいだろうか。


「ただ……ずっと手加減をされていたような気もするのだ。彼を慕う声も沢山聞いたし……根は悪い機体では無いのだと思う。良いように考えれば、あれも未熟なスチーム・ヘッドへの教育的指導だったのかもしれない」


「っ……」レアは複雑そうな顔をした。「手加減……手加減ね……そうね……」


「彼ともいずれちゃんとした交流を持ちたいものなのだな。喧嘩別れに終わってしまったけれど、同じアルファシリーズのスチーム・ヘッドなのだから、情報も交換したい。別れ際にはこのぬいるぐるみもくれたし」

 机の脇においたウサギのぬいぐるみを撫でる。この頼りない綿の何とも言えないぬくもりが、夜明け前をさまようリーンズィをどれだけ温めて、勇気づけてくれたことか。

「鮫が歯で噛むことしか出来ないように、殺し合うことでしか相手を知れないのかもしれない」


 白髪赤目の少女は曖昧に笑いながら「そ、そうね……」とリーンズィを直視せず何度も頷いていた。

「でも、暴力は良くなかったし、わ、わたしからも言って聞かせておくわ」


「……もしかすると知り合いなのか? そうか、顛末を彼から直接聞いたのだな」


「うん……知り合いと言えばそう……かしら……聞いたと言えば、そうかも……」


 レアを凝視していたマスターが、睨み付けられて、さっと視線を逸らした。


「は、話を戻しましょう。そう、行き違いというのはどこにでも起こるものよ。ウンドワートとの戦闘のようにね! 直接話せば解決することだって沢山あるわ!」


「よく言うなお前……」マスターがぼそりと言ったので、レアが無言で威嚇した。


「レアせんぱい? どうかしたのか?」


「何でも無いわ。そうね、いっそのことその首輪をオンラインモードにして、直接ことの経緯を聞けば良いんじゃないかしら。全然大したことの無い連絡ミスで、今はオフラインでちゃんと動くか実験してるだけなのかも」


「でも私に無断で行う理由が分からない」


「あなたがミラーズちゃんを古参の娘たちに寝取られてショックを受けてた間に、アルファⅡモナルキアとミラーズだけで取り決めしてたんじゃないの?」


「ねとら……?」謎の単語に大鴉の少女は首を傾げた。「理解しないが、一理ある意見だ」


「リーンズィ。あなたたちアルファⅡモナルキアには、群体っていうか、ちゃんとした仲間がいるのよね」

 レアは小さな体をもっと小さくして、自嘲するように囁いた。

「仲間は大切にしないとダメよ。強くて役に立つのが一番だけど、強くも役にも立たなくなったら、そういう機体は、そこで終わり。クヌーズオーエでの戦いはずっと続くんだもの。誰とも仲良く出来ない機体が本物の弱者なの」


「そういうものか?」


「そういうものよ」


 レアは黎明の空、灯が強まり始めた彼方を指差した。


「あれが見える? あの暗い塔が」


 翡翠色の瞳に映るのは、世界を真っ二つに分断するような、長い、とても長い塔だ。リーンズィはその異様な物体の存在に気付かなかった自分自身に困惑した。

 あまりにも巨大なため、リーンズィは特有の空の色彩なのだと誤認していたほどだ。


「見える。重要な施設なのか」


「重要も何も、あれが諸悪の根源って言えばいいのかしら。ダークタワーってわたしは呼んでる。クヌーズオーエの中心部に屹立してると推測されてるの。わたしたちは、あれに近付くために、ずっとずっと戦い続けてる」


「正常な形での進展はないがね」


 食器を片付けながらマスターが会話に加わった。


「まぁ、あれのおかげで資源には困らない。無限に広がる遺棄された市街地を探索しながら、無限に組み替えられる回廊世界でダラダラして、遺留品を物色してるやつが大半だ」


「待って待って。ピクニックじゃないんだから、気軽そうな印象を吹き込まないでくれる? 攻略拠点は安全だけど、外はれっきとした危険地帯なんだから。際限なく追加され続ける不死病患者、密集する悪性変異体、<時の欠片に触れた者>に王立渉猟騎士団……そしてダークタワーの冒涜的な信奉者ども、タワーズ。はっきり言って、他のことを気にしながら戦う余裕なんて無いわ」


 赤い瞳が、真っ直ぐにリーンズィを射貫いた。


「だから、個人的な問題は、今、この場で解決しなさい。即断即決は基本。それができないなら、いつか不本意な形で壊されることになるわよ」


「この場で、問題を、解決する?」


「そう。迷わない、迷わない。首輪をオンラインにして、自分の本体に直接事情を問い質すの。怖がらずにね。それぐらいの決然とした姿勢で臨まないと、今後の戦いは苦しくなると思うわ。……守ってくれる強い人も勿論いる。それしか出来ないっていう、どうしようもない機体がね。でも、いつだって守ってくれるわけでも、毎回間に合うわけでもないんだから……」


 言葉の最後の方は声が小さくなり、意気消沈した様子だったが、リーンズィは深く考えなかった。

 言われるがまま、首輪型人工脳髄のモード切替を行った。

 そして呼びかける。


「……こちらアルファⅡモナルキア、エージェント・リーンズィ」


『あっ、リーンズィだわ!』と無線の向こうでミラーズが声を上げた。『心配しましたよ。何をしても起きてくれないし、ちっとも反応してくれないし。おまけに、私が目を覚ましたら、どこにもいないんですもの。勝手にいなくなってはいけません。大事な話があったんですよ?』


「う……」


 ――やはり自分の早とちりだったのだ。レアせんぱいの言うとおりに。

 羞恥に襲われて、少女は両足をもじもじとさせて、ブーツの爪先を擦りあわせた。


「それは……あの……」


『だが却って都合が良い』


 無機質な男の声がした。

 リーンズィには、聞いた覚えがある。

 背筋がさっと冷たくなった。


『こちらアルファⅡモナルキア。エージェント・アルファⅡだ』


「違う! アルファⅡは私だ」


『同意する、君は紛れもなくエージェント・アルファⅡの複製人格から派生した存在、アルファⅡモナルキア・リーンズィだ。自力でオンラインモード切替を選択したということは、君は自我を完全に確立させたと推測できる。その機能は不安定なエコーヘッドでは起動出来ない。現時刻を以て最終プロセスへの移行を開始する』


『ちょ、ちょっと、いきなりすぎるんじゃないの! まずは事情を説明して……』


「アルファⅡ、やはり私をエコーヘッド化していたのだな……!」


 語気を荒げたリーンズィを、レアが「リラックス、リラックス」と宥めて聞かせた。

 素直に頷いて、少女は問いかける。


「とにかく説明してほしい。私に一体何を……」


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