第二十四番攻略拠点 駐機場②
リーンズィは眉根を寄せて、技術者たちの言葉の意味するところを考えようとしたが、無駄だった。
「貴官の発言の意図が正確に理解出来ない。だが……天体のコントロールという点では、部分的には成功していたように見える」
「部分的に、はあり得ない。我々開発公社セブンス・コンチネントの最終目標は、こ
「肯定する。隅々まで見たわけではないから、確証は無い。だが、私もそのように感じた。スチーム・ヘッドでも活動すら危うい環境で、彼らはかなり歪な身体改造を重ねていた」
あの極限化で知覚した光景が、不意にビジョンとして去来した。
見渡す限りが燃え落ちた赤茶けた大地。膨脹した太陽、あるいは太陽を装う知覚不可能な何らかの存在。生物に対して友好的で無い灼熱の冷酷。
枯死した樹木の如き異形のスチーム・ヘッド、そして果てを歩む、炎に包まれた<時の欠片に触れた者>。
あの死を迎えた風景に人類の文明が遺されていたとは到底思えない。
そしてそれらはビジョンではないのだとライトブラウンの髪の少女の瞳の奥で火花が散った。あれは現実だ。時空間という薄い皮膜の向こう側に横たわる有り得たかも知れない、あるいは交わらないだけで確実に存在してる代替の現実世界。
最後に見た怪物、<時の欠片に触れた者>について思考が及びそうになるたび意識が飛びかけるが、血液を分け合っていた時のミラーズの薫りが、意識を繋ぎ止める。
合点がいくと、何故だか嘔吐感が湧いてくる。
サイコ・サージカル・アジャストが完璧に機能していたおかげで意識しなかったが、あの世界で人類は完全に滅びていたのだ。
不死病すら人類を人間のままでは保存できなかった。
遺されたのは技術者たちの夢が産み落とした異形の生物だけ。
あるいはあの世界では、ミラーズとリーンズィ、二人の少女とアルファⅡモナルキアだけが、人間の形をした存在だったのかも知れない。
青ざめ始めた少女に、技術者が尋ねた。
「エージェント、駆動体の生命管制が乱れている。不具合か?」
「いや……見てきたことを、思い出していた。とても言い尽くせない。それだけだ。視覚レコードが必要なら譲渡の用意がある」
「申し出に陳謝する。だが不要だ。地球環境の制御失敗は、予想された風景に過ぎないからだ。やはり我々は歴史の主流から姿を消す道こそが正統なのだろう」
その技術者は何の感慨も無さそうな声音で言いながら、ゆっくりと立ち上がった。
リーンズィが不可思議そうに見上げると、六本ある腕の一本を彼女の肩にそっと置いた。
「我々の計画は当初から破綻を見込まれていた。衛星軌道開発公社は、どのような経路を辿っても、おそらくいずれかの段階で致命的な破局を迎える。諸君らが観測したのは、我々が行き当たるであろうと予測していた限界の、その一つだ。我々は諸君らを通して、我々の計画、その予測が本質的に無謬であったことを確認できた。心より感謝する」
「……分からない。何について感謝している?」リーンズィは首を振った。「私の感情読解が未成熟なせいだろうが、失敗を喜んでいるような言い振りに見える」
公社の技術者は虚空に手を翳し、仮想の制御卓を操作していた。
「その理解は正しい。むしろ不理解をこそ怪しむ。我々は試行から導かれた一つの極点を直接的では無いにせよ観測できたことを喜んでいる。我々の計画はまだ始まっていない。代替世界における我々の失敗の様態は高価値のデータである。正統な報酬が必要だ。戦術ネットワーク上の諸君らのアカウントにトークンを送信しておいた。これにて我々の関係は対等である。今後も正統な交渉を望む、調停防疫局のエージェント諸君」
「おいティリンス9991、足下見てねぇよな? 阿漕な商売をしてるやつぁ居場所を無くしちまうぜ」
開放された大鎧の胸部から這い出てきたのは、ファデルから盗み読みをした記憶と合致する外観の小麦色の肌の少女だ。大型蒸気甲冑の人工脳髄接続針、その脳髄にまで達する傷跡から血が流れており、蒸発する煙で虚ろな冠を作っている。
遠隔操作したファデルの鎧、不朽結晶の巨人の姿勢を操作し、蒸気甲冑の掌へ降りて、女王陛下に完全武装の軍艦を任された船乗りが係船柱に脚を載せるような姿勢で、まるで波の荒れ具合でも眺めるかのように、汗と血で裸身を晒したまま、何ら臆することなく、切れ長の瞳でリーンズィたちを眺めた。
驚いたが、誰も一言も口を利かない。邪魔をしてはいけない気がしたので、リーンズィも他のスチーム・ヘッドに同調して沈黙を貫いた。
そうしてポーズを取っているうちに、ファデルの様子がおかしくなってきた。
気まずそうだった。
技術者の一人が作業的に差し出してきたブランケットを乱暴に掴み取って短く切りそろえた髪をくしゃくしゃと拭い、チラチラと眼下のアルファⅡや技術者を見遣り、その後はガウンのように纏って肌を隠した。
また何か言うかと思ったがそうはしなかった。
小気味よくリズムを踏みながら黙って機体から降りてきた。
「……だ、誰かリアクションしろよ、恥ずかしいだろ」
ファデルは裸身を隠すためにやや身を屈めながら責めるように呟いた。
「リアクションしろと言われても、私は何も見ていない。というか見えない。見えなくされた」
『認知機能のロックを解除しました』と復帰したらしいユイシス。『ユイシスより通達。クヌーズオーエ解放軍への登録手続きの全行程を終了しました。危険な状況でしたね。ただでさえやや胡乱な生育状態なのです。パペット乗り特有の露出への抵抗感の薄さを学習しては社会生活に支障が出ます』
「しかし、聖歌隊も結構な数が居るようだし、ここはそういう社会なのでは? あとさっきから私の認知機能が軽率に操作されている気がするのだが」
技術者はリーンズィに向かってヘルメットを振った。
「エージェント諸君に説明しておくが、人類文化継承連帯では、過度の露出は推奨していない」
「変な補足してんじゃねぇよ、パペット乗りが鎧から降りたら全裸なのは当たり前だろうがよ」
リーンズィとは異なり、ファデルの挙動の一部始終を眺めていたミラーズは、意地悪そうな笑みを浮かべて口に手を当てた。
「勇士ファデル様、先ほどの格好で今のポーズは感心しませんね。聖歌隊よりも余程立派なプロモーション・ビデオを撮影できるのではありませんか? まぁ、主より譲り受けた肉体を隠す必要などない仰るのであれば、異論はありませんけど」
「おいおいおいおい人を露出狂みたいに言わないでよ、違った、言わねぇでくれ。あああこれも違う、聖歌隊を露出狂って言いたいわけじゃなくて」
いかにも焦った様子でファデル。
ブランケットの隙間から血に濡れた手を出して、顔の前で必死に左右に振る。
「戦闘用の脳内麻薬がまだ残ってるから変なポーズしちまったけど、パペット乗りが素っ裸なのは普通なんだから。普通なんだからな! わた、俺は変じゃないから!」
技術者のスチーム・ヘッドたちも良い機会だとばかりに口々に言葉を浴びせた。
「疑問だったのだが、いつからまた山賊じみた口調に?」
「ロジーに影響されて随分丸くなったと思っていましたけど」
「例のロージンだかモーニンだかの身内相手だから格好を付けたかったのだろう」
「付かないだろう全裸で。あの高所では。丸出しだ。いくらスチーム・パペットでも麻痺しすぎだ」
「やかましいぞてめぇら! 解散解散!」ファデルは赤面しながら手を叩いた。「全員俺の機体をチェックしたら待機所に戻って当番をしろ! 以上!」
多腕のスチーム・ヘッドたちがカチャンカチャンと音を立てながら高層建築物に引っ込んでいくのを見ながら、リーンズィはまだ事情が飲み込めていなかった。
「よく分からないがファデルが全裸で異常だったのか?」
「そうです。全裸でした。リーンズィは、無闇に肌を見せてはいけませんよ。どうやらクヌーズオーエでも常識的には服を着ているものみたいだし」
「もう全裸の話はやめろ!」ファデルが怒鳴った。
「というか皆何故そこまで裸体を隠すことに拘るのだろう」
リーンズィは突然深遠な事実に気付いたかのように口走った。
「冷静に考えると、どこの誰であろうと装備の下は必ず全裸なのに……」
「もうその話はやめろって!」ファデルはブランケットを掴む手に力を入れながら繰り返した。「服はな、文化なんだよ。着てないと文化じゃ無いんだよ。何か、そういうもんなんだよ。もうそれでいいだろ。俺が悪かった」
「ファデルは何か悪いことをしたのか? 全裸は罪なのか?」
「何なんだよぉ、このリーンズィとかいうやつは! ミラーズ、モナルキア、ユイシス! エージェント連中何とか言え! こいつは子供か?!」
「子供よ。私たちのね。たぶん世界で一番新しい子供」
ミラーズが薄らと微笑むの見て、ファデルは言い返す言葉を探そうとして、肩を震わせた。
数秒経ってから、「もういいからついてこい! お前らに住処を与えてやる!」と誤魔化すように、半ば自棄になって叫んだ。
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