第二十四番攻略拠点 懲罰監督官の尋問
エージェント・シィーのレコードによれば、アルファⅠサベリウスは他の機体群に先んじて終局を迎えた世界へと出発していたらしい。
彼女の旅路が、ようやくアルファⅡモナルキアと重なったのだ。
「アルファⅠサベリウス……! 私よりも先に起動したと聞いてはいたが、こんなところで合流することになるとは……。やっと、やっと私以外の、正式なエージェントと出会えたのだな……」
瞳を潤ませながら感慨深そうに頷くリーンズィだったが、実際のところ、リーンズィにはアルファⅠサベリウスと直接会った記憶は無い。
親機であるアルファⅡモナルキア自身にも、そんな過去は存在しないはずだった。
この、ガンメタルのヘルメットと、タイプライターのような装飾を施されたガントレット、そして特注の重外燃機関から構成されたスチーム・ヘッドは、目覚めたとき、遺棄された調停防疫局の拠点に一人きりだった。
意思を持った人間は、そこには一人も存在しなかった。しかし生前、アルファⅡモナルキアに装填された人格記録媒体の中には、生前にサベリウス本人と面識があった人物もいるだろう。
――その記憶が、コルト少尉のシルエットを見た瞬間に読出された結果、漠然とした印象から、コルト少尉とアルファⅠが等号で結ばれたのかも知れない。
一方的に慨嘆を向けられた白いヘルメットのスチーム・ヘッドは、リーンズィに「ふぅん」と無関心な様子で相槌を打っただけだった。
「君のいた歴史では、アルファⅠはサベリウスという機体名だったんだね」
『照合終了。リーンズィ、貴官の予測を棄却します。残念賞ですね』
脳裏で統合支援AIが朗々と宣告する。
『敵味方識別コード、確認不能。試作型支援AIプロトメサイア、応答無し。外観合致率、最大で70%。目標スチーム・ヘッドはアルファⅠサベリウスとは認められません』
「……なんだ、サベリウスではないのだな」
リーンズィはしょんぼりとした。
「うん、そうだね、違うと思うよ? 異なる時間軸の同位体でもないと思う。サベリウスかぁ、君のいた歴史ではキリスト教関係のネーミングだったんだね。出資者がそっち系だったのかな。私の記憶だと、こちらの本家のアルファⅠは『フルドド』がコードネームだったよ。ウサギ関係だね」
「そうなのだな……」
フルドドなる耳慣れない単語の何がウサギ関係なのかは気にしないことにした。
「言われてみれば、君には調停防疫局の紋章が無い。私の本体は見ての通りヘルメットに刻印があるのだが……」
『補足。当機のデータベースによれば、アルファⅠには調停防疫局のマーキングが施されていません。合致率の差異に刻印は寄与していません』
「ふむ……? 活動の秘匿性を高めるためだろうか」
「君はさっきから誰と話しているんだい? 例の統合支援AIとやらかな。ともあれ、同じアルファシリーズだからね。私たちもおそろしく遠大な視点から見れば姉妹機なんだよ。私は技術実証機アルファⅠフルドドの正式量産モデル、『SCARスクワッド』の一機だから。そういう意味で問いかけをしていたんだ。ん、準備が完了したから、これ被るね」
純白のヘルメットに、じわり、と滲むように、縦一文字に切り裂かれたようなレッド・ラインが表示された。ゆっくりと明滅するそれは、血を垂らす生々しい傷跡にも、致命的な大災害の到来を告げる警告灯のようにも、巨大な一つ目にも、不朽結晶連続体から流れ落ちた色のついた涙にも見えた。
ライトブラウンの少女はその色彩から反射的に目を背けた。
網膜に染み込むような鮮烈な赤色。
直視してはならないと、肉体に具備された恐怖の感情が励起されたのだ。
「その光は……?」
反応したのはファデルも同様だった。
「コルト少尉、何事にも限度ってもんが……」
咎めるような声を上げたが、コルト少尉は人差し指をピンと立てて、口があると推定される辺りに置いて、それから僅かにヘルメットから離して左右に振った。
数秒の沈黙の後、ファデルは「ったく、俺のメンツも考えてほしいもんだ」と毒づいて、ブランケットの下で腕を組んだ。
静観を決め込んだようだった。
その傍に非共有状態のユイシスのアバターが出現し、金色の髪をした少女の声で、事務的に告げた。
『傍受した通信の一部を解析しました。「助かるよ。私も最後までやるつもりじゃないから」。前後の部位についても解析を完了していますが、脅威に値する情報ではありませんでした。なお、貴官は正式なアカウントを取得していないため、本情報の詳細は共有されません』
ユイシスはクヌーズオーエ解放軍の『戦術ネットワーク』なる大規模情報構造体から既に知識を得ているらしい。
リーンズィのあずかり知らぬところでアクセスを許されているか、不正にアクセスしているかのどちらかだった。
――いずれにせよ、アルファⅡモナルキア本体と同じく、統合支援AIであるユイシスも独自判断での行動が目立つようになってきた。
いや、あるいは、とリーンズィは眉根を寄せた。
独自判断での行動は今までも行われていたのではないか?
このライトブラウンの髪の少女に人格を転写したことで、どれほど自分の意識が歪曲・加工されているのか、客観視出来るようになっただけなのでは?
そもそも、この自分は……どこまでが、自分なのだ?
どこまでが、本体たるアルファⅡモナルキアやユイシスによって改編されていない、真実の私なのだろう?
本来発生しないはずの問いだった。
考え込んだのは一瞬だ。
思考を取りやめたのは、リーンズィの主観意識では、自由意思によるものだった。
現状では検証しようのない懸念事項にリソースを割くのは無駄だ。一旦思考から取り払って、目の前の白いヘルメットのスチーム・ヘッドとの対話に集中しなければならない。リーンズィの人工脳髄は正常に稼動していた。
「リーンズィくん、と呼べば良いのかな。それともリーンズィちゃんかな? 君とは仲良くやっていきたいね。聞きたいことがあるなら教えてあげるよ?」という、そのひとけのない廃墟を流れ落ちる雨水のような、世界に対しての無関心ささえ感じさせる声に耳を傾けた。
無関心である割に、遠慮無く人の感情に踏み入ってくる美しい声。『原初の聖句』かもしれない。状況が状況なだけに耳を塞いで防御するのは難しかった。
とは言え、人の新居に入り込んで勝手に座っており、挙げ句の果てに拳銃自殺を図るような機体に聞きたいことはあまりない。
会話を続けたいとも思わなかったため、無難な質問をして、さっさと出て行ってもらおうとリーンズィは決めた。
「そうだな……SCARと言ったか。その傷跡のような文様が名前の由来だろうか?」
あは、とヘルメットの下で女が嗤った。
「違うよ。よく勘違いされるけどね。このマークが何のサインなのか教えてほしいんだね?」
「別にそこまで興味は無いので教えてくれなくて良い。そうだな、強いて言うならば、君とアルファ型スチーム・ヘッドとの関係が知りたい。後はそれぐらいだな」
「やっぱりこのサインが気になるよね。じゃあ教えてあげよう」
ライトブラウンの髪の少女は困惑して、露骨に嫌そうな顔をした。
「別に教えてくれなくても良い。というか何も聞きたくない。早く出て行って欲しい」
「そう言わないで訊いた方が良いよ、私もプロトコルに従って会話の体裁を整えているだけで、双方向の遣り取りをするつもりはないから。あ、ちなみにね、私は人が嫌がることは進んでするのが信条なんだ。私はこれでも、とっても奉仕の心が強いわけさ、立派でしょう。何なら誉めてくれても良いよ」
白いヘルメットのスチーム・ヘッドは拳銃を片手に握ったまま、微動だにせず、ちっとも可笑しくなさそうに笑声を挙げた。
「もちろん冗談だよ。冗談は好きかい? 私は割と好きだよ。やることないからね、私って。だからついつい、大事なプロトコルの最中にふざけてしまうんだ。良くないよね」
そうして自分を戒めるような言葉を発するのだが、何もかもが虚構めいている。
「本当はね、ちゃんと規定の会話を終えないとプロトコルを終わらせられないから、こうして教えてあげようとしているのさ。だから大人しく聞いてね、調停防疫局のリーンズィ」
掌に納めた大切な宝物をこっそりと開陳するように女は言った。
「このマークはね、射撃管制システムとのリンクが確立した、という徴なんだよ」
「射撃管制システムとのリンク……」リーンズィは不思議そうな顔で復唱した。「何故そんなものと今リンクを?」
「銃撃ったこと無いの? 撃つ用事も無いのに照準器を覗く人って、いないよね」
「私の理解が間違っているのだろうが、何だか宣戦布告のように聞こえる」
「そう受取ってくれても構わないよ」
リーンズィはさらに困惑した。
「君、結構顔に出やすいタイプだね。困ってるのがよく分かるよ」と女は淡々と応じた。
『ユイシス。このスチーム・ヘッドから、照準波の類は照射されているか?』
思考を速度を加速させて統合支援AIに問いかける。
『否定します』と耳元で声がする。『ただし、音紋解析による判定では、この機体の発言に虚偽は含まれていません。攻撃の用意があることは事実でしょう』
『他に未確認の熱源体は?』
『感知可能な範囲に、未確認の熱源体は存在しません。目標の保持する戦力の正確な規模は不測の状態です』
現状では、コルト少尉が保持している武器と言えば片手に持っているシングルアクション・リボルバーだけだ。相当な技量があるのだろう、撃つと意思決定してから銃口を向けてトリガーを引くまでの速度は、生半可なオーバードライブでは対応出来ないレベルに達している。
リーンズィは推測を巡らせる。コルト少尉のヘルメットには補助装置、おそらくはオーバードライブ装置が搭載されており、拳銃の次弾は不朽結晶被甲弾頭が装填されているのではないか、と仮定する。
幾つかのシミュレーションを実行してみたが、どれほど高めに見積もっても、その程度の装備ではアルファⅡモナルキアに致命的なダメージは与えられない。
もっとも、たとえ不可視状態の狙撃部隊が数百の銃と不朽結晶装甲弾頭で一斉に狙撃してきたとしても、モナルキアの結晶純度を考慮すると『損害軽微』で片が付いてしまうのだが。
「警告するが、その拳銃でどれほど精密に射撃しても、大した効果は無い」
恵まれた背丈を活かして、大鴉の少女は手甲の両腕を上げて、格闘戦の構えを取った。
リーンズィの肉体であるヴァローナは、アルファⅡモナルキア本体が使っているものほど頑強な素体ではないが、それでもコルト少尉と比べれば重装甲だ。不朽結晶製の布と板金で装甲しているこちらのほうが、殴り合いでは圧倒的に優位だ。
「私は君が銃の照準を合わせている間に君の両腕を粉砕し、頸椎を抜き取り、再生を抑制した上で完全に無力化することが出来……」
「もう。いけませんよ」と釘を刺したのはミラーズだった。小柄な金髪の少女は腰に手を当てて、呆れ顔でリーンズィを見上げた。
「確かに新居に入り込む、見下げた方ではあります。けれども、あまり物騒なことばかり言わないように。ウンドワート卿のようにいきなり殴りかかってきたのでもないのですから、話し合いをすれば良いだけのことでしょう?」
「家に上がり込まれて、銃を突きつけられているのに等しい状況では?」
「撃たれても死なないのですから、大目に見ましょう。愛と融和こそが聖歌隊の理念です。それぐらいで動揺してどうしますか、ナイフをお腹に突き立てられても愛を説かなければ、不滅の恩寵を授かった意味がないではありませんか。非暴力の態度は、あなたの『全ての争いを調停する』という目的にだって通じるでしょう? すぐ暴力に訴えるようなことは、してはいけませんよ」
白いヘルメットのスチーム・ヘッドは、「へぇ。君は私が嫌いなんだと思っていたよ」と可笑しそうに言ったが、ミラーズは「好きではありませんが、スヴィトスラーフ聖歌隊のレーゲントなら当然の心構えでしょう」とすっぱりと言い切った。
「悪辣なる者、愚かしい罪人、欲望に惑わされた人々。いずれも唾棄すべき存在ではありますが、しかしこれを飲み込んで救いへ導くことこそ私たちの使命。あたしは嫌いよ。でも私は貴女を否定しません」
リーンズィはうう、と呻いて、構えを解いた。
それからチラとファデルの方を見た。ブランケットで首から下を覆った小麦色の少女は心底申し訳なさそうな顔で、こらえてくれ、と言っているようだった。
溜息を吐き、躊躇いがちにコルトへ向き直った。
「君が何を望んでいるのか知らないが、私は君と争う気はない。どうか拳銃を撃つような真似は控えて欲しい、話なら幾らでも聞こうではないか」
「まだ誤解があるね。私はこんな拳銃でスチーム・ヘッドをどうにかしようだなんて思っていないよ」
「では他に武器があるのか」
「どうやら本当に君の世界には私たちはいなかったみたいだ。私の運用する兵器は、重外燃機関直結型特殊破断作戦用世界代替因子輻射機といってね、スペシャルクラックオペレーションズ・オルタネートラディエーション・リリーサー……これを略してSCARというんだ。それが私の本来の機体名の由来であり、存在意義であり、『SCARスクワッド』シリーズの本質さ」
「聞いたことがない兵器だ」
少女は顎に手を掛けて考え込んだ。正式名称らしきものまで含めてユイシスを通じて検索したが、アルファⅡモナルキアの所持するレコードには該当が無い。
「それに、とてもそんな特殊な兵器を装備しているようには見えない」
「そうだね。私は丸腰に近い状態でここにいる。SCAR運用システムは私だけじゃ運べないから、専用の運搬装置があるんだ。重外燃機関直結型の自走移動砲台がある、って言えば通じるかな」
剣呑な響きに、リーンズィはどこか暢気に頷いた。
「ああ、それなら理解する。つまり君は、大量破壊兵器の移動プラットフォームのオペレーターなのだな」
SCARシステムなる装備に心当たりは無かったが、概要には馴染みがある。
リーンズィが読み出せる記憶によれば、アルファⅠサベリウスが、まさにそのような機体だったからだ。もっとも、アルファⅠサベリウスに与えられた自走装置は未完成状態で、彼女の専用彼女もエラー。レコードの読出が拒否されました。彼女の彼エラー。認知機能がロックされました。
リーンズィは何を考えていたのか忘れた。
ただし、サベリウスに関する何らかの情報を忘れさせられたのは知覚したので、一抹の歯がゆさを覚える。
どうであれ、アルファⅠサベリウスの装備は、基本的には開発の最終段階で放棄されたアルファⅢから抜き取られ、単純に移植されたものだ。そうだったはずだ、とリーンズィは曖昧な記憶を辿る。
最初から装備とセットで製造されていたらしいSCARスクワッドなる機体とは些か趣が異なる。
「なぁコルト少尉、さっきも伝えたが、もう一回、今度は声に出して言わせてもらう」ファデルが気色ばんだ。「SCARは、友軍の駐留してる攻略拠点でぶっ放すなんて、絶対ありえない兵器だぁな。俺やあんた、こいつだけがくたばるなら御の字だ。どんだけ被害が出るか想像がつかねぇ。くれぐれもマジにならねぇでくれよ」
「あんな物騒なものを無差別に人に向けるほど無神経では無いつもりだよ。誰も威嚇しないように丁寧に隠して……私だけをずっと見つめさせてる」
「トリガーはどこに設定している?」
問いかけながらも、リーンズィは視線を彷徨わせながら目を細め、意識を集中させている。
ヴァローナの肉体の眼球が、通常の不死病患者と異なっていることについては、感覚的な理解が進んでいた。
先のウンドワートとの戦闘では、殆ど瞬間的に移動するその姿すら補足することが出来たのだ。
『見たいものが見える』と評していたのが誰だったかは記憶にないが、その言が正しいならば、どこに武器が隠されているのかを見ることも出来るはずだった。
だが、一向にそれらしきものは見つからない。
「私の、銃を持っている方の指先と、生命活動の停止がトリガーだよ。あと、幾つかの符号を設定してる。それを唱えたら君たちは、私ごと、この宇宙から消え去る」
白いヘルメットの兵士の言葉には、一切の熱がない。
「つまり、照準は君自信に向けられているのだな?」
「うん。察しが良くて嬉しいよ」
「その装置が起動するとどうなる?」
「だから、消えてしまうんだ。スチーム・ヘッドも再誕者も、細かい粒子になった後、射線上に発生する真空空間に流れ込んだ空気の爆発に巻き込まれて、吹き飛ばされる。そう簡単には再生出来ない徹底的な破壊が起こるのさ。そうだね、今回のケースだと、『勇士の館』のこの部屋を中心として、十数メートルは跡形も無くなるかな。私たちの人工脳髄も含めてね」
「……不朽結晶を破壊出来るのか」リーンズィは背に冷たい物を感じた。
「ううん、不朽結晶を壊れた状態に組み替えるだけだよ。何もかも壊れて、灰になるんだ。巻き添えにされるファデルくんには申し訳ないけど」
「もっと申し訳なさそうにしてくれて良いぜ」とブランケットの少女は吐き捨てた。「……言っときますがね、発射態勢に入ったら俺は、ミラーズとそこのリーンズィを連れて、逃げるからな。始末するのはアルファⅡモナルキアだけで良いだろ」
「ごめんねファデルくん、気を悪くしたかな。謝り慣れていないんだ。実を言うと申し訳ないとも思っていないよ。でも許してくれるよね、ファデルくん?」
「今日限りにしてくれ、ってのが正直なところです。あんたは形のあるものが無くなるのを見慣れてて、特に今のあんたは、自分の終焉にだって興味が無いのかもしれねぇが、俺はまだそうはなりたくない」
「それもそうか。私には君の恐怖が理解できないけど、謝るべきだということは分かるよ。だから、ごめんね、本当に。でもこれは、やっておかないといけないことだから。私はルールに従っているだけさ。分かってくれると嬉しいよ」
「嘘をついているわね」
ミラーズがぼそりと口を挟んだ。
「嬉しいとも思わないんでしょう? あなたは何が起きたって嬉しいとは思わない人よ。誰かが救われても、自分が命を失っても、本当はどうでも良いんでしょ」
「うん、どうでも良いよ。分かってくれて嬉しいよ」
言葉の連なりは皮肉や嘲笑でしか無いのに、発せられる声には邪気がまるでない。感情自体が乗っていない。
思惑の軽重を測りかねたのだろう、ミラーズは透き通った緑色の眼球で、白いヘルメットのスチーム・ヘッドへと冷たい視線を注いだ。
「どうしたんだい、そんなに見つめて。ああ、もちろん、嬉しいとは思っていないよ。分かってくれるね?」
「いいえ、分からないわ。それもきっと……どうでも良いのよね」
「そうだよ。正確に教えてあげようか。私は君たちをどのタイミングで破壊するのが適切か、それ以外には何も考えていないし、どうでも良いんだ。これ以上はプロトコルの妨げになる。君とはあまり会話したくないな」
「そう。憐れなひと」
「そうだね。憐れんでくれて嬉しいよ」
全く平坦な声で繰り出される嘲笑に、ミラーズはいよいよ眉を顰める。
不快感からでは無い、というのがリーンズィには分かる。
おそらく同じことを考えていたからだ。
お互いに同じことを考えているがために、目配せすることも、無声通信で確認し合うこともなかった。
ミラーズは瞑目し「いいえ、いいえ」と何度か首を振った。
「こう言うべきなのでしょうね。あなたの魂に平穏がありますように、と」
コルト少尉はヘルメットの内側でまた嗤った。
「私に心や魂なんて備わってないよ。そんなものがあった時間は一秒も無い。私自身のオリジナルは存在しない。クローン培養された空っぽの肉体に、複製された擬似記憶を書き込まれただけの人間もどきには、何もありはしない」
心など無いと嗤うその兵士は、カウ・ガールなどでは断じて無かった。
彼女は人の形をした大量死そのものだった。
首輪の形にしつらえられた偽りの魂が見る夢は完全な虚無と静謐であり、不滅の恩寵は契約書ごと塵と燃え、不朽の大鎧も砂と崩れる。
俄に信じられる話では無い。リーンズィはSCARなる兵器の実在を確信していなかった。不滅であると定められたものを易々と抹消する、そのような道具は、リーンズィを初めとするエージェントの価値観では、不吉な空想以外では存在し得ない。
悪性変異体を消去することは原理上出来ないと結論づけられたからこそ、リーンズィたちの歴史において調停防疫局が組織として成長したのだから。
だがミラーズたちの見立てでは、このスチーム・ヘッドは、相手に不利益をもたらすような嘘は吐かないらしい。
何より、とリーンズィは、酷く追い詰められている自分自身を見つめながら、己の怯えに気付いて息を飲む。
この女性の、大量殺戮兵器の全権代理人だと思わせるだけの、いっそ狂気的なまでの生命への無関心さ。
それを疑うことが出来ない。
ヘルメットの奥に納められた、自他の生命を等閑視する枯井戸の如き漆黒の瞳に、どんなときでもじっと見つめられている。
存在の実証へと疑問符を打鍵する刹那的な声の響き。いや、それが直接的な原因では無い、と自己分析する。
リーンズィは自分自身が不安定である事実を真剣に考え始めていた。
気を強く持て。そんなだから、こんなスチーム・ヘッド相手に弱気になってしまうのだ。
「私は……私は、君を信じる」
少女がやっとのことで吐き出した言葉は、ミラーズと似ていた。
「そう? それは嬉しいね」
「君は自分さえも信じていないのだろう。だが、私は君を信じる」
リーンズィは己自身の直観を信じた。
ミラーズがそうするように、信じた。
信じる以外には何も出来ないからだ。コルト少尉と呼んで信頼した素振りを見せるファデルを信じた。女性としては背丈に恵まれているが一般的な戦闘用スチーム・ヘッドと比べれば華奢と言えるその肉体と相対したときに込み上げてくる説明しがたい違和感を信じた。そしてこのコルトを名乗るスチーム・ヘッドが、コミュニティにおいてある種の特権的な振る舞いを許されるほどに善良であることを信じた。
これから属することになるこの組織を信じた。
「だが何故こんなことをする?」あちこちに視線を向けて、装置の存在する場所を探りながらリーンズィが問いかける。「何のメリットが?」
「
思わぬ名前が出てきたので「えっ本当か?! 私は知らないところであのウサギを泣かせていた……?! 勝ちでは?!」とリーンズィが思わず食いついた。
ミラーズが表情を崩す。「もう、リーンズィったら。ダメですからね」
「すまない、つい嬉しくなってしまった」
「……まさか君、本体と同期していないのか……?」
コルトは数秒沈黙した。
「あ、ごめんね、ちょっと大袈裟に言った。疲れ切って落ち込んでたのは本当。っていうかウンドワート、随分と君に嫌われたみたいだね。戦闘で何されたのか知らないけど、君のその態度見せた方が効きそうだよ」
「リーンズィ、他人様を泣かせたことを喜ぶのは悪しき心の表れですよ」とミラーズが釘を刺した。「これからは家族のようなものなのです。ちゃんと仲直りしましょうね。私もこの不信心者と何とかして折り合いを付けるので」
「善処する」
「もう……」
リーンズィとしては、ミラーズの態度こそ意外だった。積極的にコミュニティに同化する意思があるようだ。ウンドワートにとても口では言えないような罵り方をされたというのに、まるで気にしていない。
「いや、私か……?」
私だけが気にしていたのか、とリーンズィは首を傾げた。
「ともかく、身内贔屓を抜きにしても、アルファⅡウンドワートは私が知っている中では最高のスチーム・ヘッドさ。それが名指しして君を危険な機体だと評価したんだ。だから君の顔を見に来た」
「挨拶をしに来ただけ、というのではないのだろう」
「ここまでやる必要はなかったのかもしれないね。君は私が予想していたよりも遙かに抑制された機体だ。潜在的に危険があるのは間違いないにせよ、ね。それでも私は慎重に見極めなければならない。プロトコルには忠実でなければならないんだ」
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