第二十四番攻略拠点 検疫所

 検疫はものの数分で終わった。

 リーンズィとミラーズは服を着直して、黒い布のバックスペースの前に立った。


 係のスチーム・ヘッドに古めかしい蛇腹引き出し式のフォールディング・カメラで一人につき三枚ずつ写真を撮られた。

 靴屋の小人がこしらえた潜望鏡のような不格好なストロボライトが、二人の少女に目も眩むような光を浴びせて、その不滅の姿を、やがては朽ち、そして二度と生産されることの無いシートフィルムへと焼き付けた。


 ライトブラウンの髪の少女はガラス玉を覗き込むようにして興味深そうに古めかしいライトを直視して、まさに閃光に照らされた瞬間には、得体の知れない存在に不意を打たれた鴉のように、びくりと身を竦めた。

 ミラーズのはと言えば、鮮烈な光に意識を掠め取られ機械たちの時間である非実体の記録、自由意志の存在しない時空へと奪われてしまった己自身の姿を見た。ベレー帽の下を流れる、朽ち果てたアコーディオンのような、ゆるく癖の付いた金色の和毛の狭間から、色褪せた遠い過去を眺めた。


 写真の現像を待っている間に、失われた時代の闇雲な長大さ、あるいは歴史の不可逆的な崩壊を想起させる、ところどころが破損した木製の長机の前に通された。

 椅子に座るように促されて、幼い長身の少女と大人びた小柄な少女は、あべこべに歳を重ねた姉妹のように二人で並んで、椅子に敷かれたウレタンのくたびれたクッションへ腰掛けた。

 背もたれは無かったのだがミラーズは意識してか否かそのまま背中を虚空へと倒してしまった。そしてユイシスの囁きで動きを止めた。

 ただその頃には重心が完全に後方へと傾いていたために、結局は見当識を失った猫が墜落死したようなけたたましい音をガレージに轟かせることになった。

 天井の梁が反響を起こした。洞穴に響く遠雷のように無数に異なる同じ音が四方八方から少女達を包んだ。リーンズィはさっと手を差し伸べて彼女を助け起こした。


 検疫所に存在する誰も彼女たちに関心を払っていないように思われた。あるいは無関心を装っていた。

 少し離れた位置に居るアルファⅡモナルキア本体は、技術者のスチーム・ヘッドや大鎧から半身を乗り出した少女、小麦色の肌をしたファデルと、何事か暗号通信を行っているようだった。

 普段ならあれやこれやと口を挟んでくるユイシスのアバターも、リーンズィたちの目には見えない。


「また、意思決定の主体である私を無視して事態を進行させているのか……」


 眉を潜めた傍から、ミラーズがよろよろと椅子に座り、ふうと息を吐いた。

 しばらくしてまた椅子から転げ落ちた。

 リーンズィがあっけに取られた様子で手を貸そうとすると、それを静止して「これは試練なのです。私はこれを自分で解決します」などと大真面目な顔で言うので、「それは試練なのか? 椅子から落ちるのが? 誰が何のために課した試練なのだ?」とライトブラウンの髪の少女は生真面目そうな美貌を曇らせて不可思議そうな声を出した。


「つまり、この、重力というのでしたっけ、それは私たちを後ろ方向に引っ張りますね?」


「いや、君が自分から倒れて言っているようにしか見えない」


 そうしている間にもミラーズが帽子だけを虚空に遺してひっくり返りそうになったので、リーンズィが慌てて席を立って彼女の体を受け止めた。

 アルファⅡモナルキアたちの独断専行は憂慮すべき事態とも思われたが、ミラーズがとにかくすぐ椅子から落ちそうになることのほうが余程問題だった。何度目かの試行のあと、リーンズィはミラーズを背もたれの無い椅子に座らせるのは不可能だと結論づけた。

 ミラーズになる以前、さもなければキジールと名付けられる以前からの癖なのだろう、腰掛けて数秒は安定しているのだが、集中が途切れる度に、その小さな背中を存在しない背もたれに預けようとする。


「キジールになった時と、ミラーズになった時、二度も死んだのですから、これぐらい克服できるようになっているべきだと思いませんか? いいえ、なるべきですね。脚の腱を切られていた時代にいつまでも体を引っ張られていてはいけません」


 だが事実として克服できていなかった。不随意の運動に関しては、キジールの神経系からコピーしたデータを元に首輪型人工脳髄の側で演算を行っている。

 アルファⅡモナルキアが特別な演算補助をしない限り補正は難しいだろう。


「これは非常に仕方なく、不本意である……」


 そう言い訳がましく呟きながら、次善の策として、リーンズィは彼女を自分の膝の上に乗せることに決めた。

 軽い体を持ち上げるとミラーズは素直に協力してされるがままに振る舞った。

 ライトブラウンの髪の少女としては非常に仕方なくて不本意だったので何とも思わなかったし「座れないのであれば二人で立っていれば良いのでは?」といった具体的で尖ったところの無い解決策も全く思いつかなかった。

 思いついても無視したし頑張って忘れた。


 細い腰に手を回し、平らかな脇腹で固定する。ミラーズはくすぐったそうな声を出して一度だけ身をよじった。リーンズィは丁寧に意識をマスキングして軟らかな肉の感触に自分が集中しそうになるのを阻止した。

 まるでそうなるように作られた存在であるかのように金色の髪をした少女はリーンズィの膝の上の空間にすっぽりと収まった。リーンズィの潔癖な顔貌の鼻先にはミラーズの帽子があり、そこから良い香りが漂っている。調停防疫局の赤い旗はすっかりケープとして彼女の肩に馴染んでいた。行進聖詠服越しにもミラーズの柔肉の暖かさが伝わってきて、華奢な骨格がリーンズィの胸元に押し付けられる。

 リーンズィはとにかく平静を装いながら、ミラーズを抱え込むようにして固定する。花水木に似た芳香に心を奪われないよう集中しつつ、視線を机の上に落としながら、これはあるいはアルファⅡモナルキアかユイシスに課せられた課題なのではないかと考えた。


 先ほどの城壁前では、意識のマスキングを停止されて、混乱を来してしまった。

 今後、不測の事態により本体との接続が突然切断されてしまう可能性は否定できない。

 アルファⅡモナルキア総体はそうした危機においても自分自身を正確にコントロールせよと言いたいのではないか。


 しかしリーンズィは奇妙な現状にふと思い当たり、眉を潜める。

 この思考自体が、矛盾をはらんでいる。

 何故、意思決定の主体であるエージェント・アルファⅡから転写されているに過ぎない自分が、本体から切断されるなどと言う事態を想定しなければならないのか?

 エージェント・アルファⅡによる代理演算が停止すれば『この自分』はただ停止するだけなのでは?

 なにか、背筋に冷たい感触があった。

 ……私は意思決定の主体としての立場を失っているのではないか?


「どうしたの、急に黙ってしまって。悩み事かしら? それとも疲れている?」


 膝の上のミラーズが上半身ごと振り返って、頭一つ分背の高いリーンズィの首筋へ腕を絡めてくる。


「これを読むために椅子に座ったのでしょう?」


 リーンズィはようやく我に返った。

 机には紙切れが一枚ある。

【クヌーズオーエ解放軍登録用紙】と、英語で題を付けられてた。

 何か公的な事務に用いられるとは思えない乱雑な印刷。

 ミラーズにも見えるように紙を手に取り、事故現場を一望する鑑識官のような物憂げな面持ちで紙面に視線を落とした。


 名前や所属組織の他に、どれだけの時間稼動しているかなどを書く欄がある。

 内容自体は平易だが読んでいると酷く疲労感が湧いてきた。素人が片手間に作ったのだろう。欄を構成する外枠は不出来に滲んだり霞んだりしていたが、これは手製の木板か何かで大量に印刷しているからだと推測された。

 直線は直線ではなく、文字は文字ではなく、全てが歪んでいて、じっと見ていると、紙を取り巻く世界ひいてはそれを観測する少女の脳髄そのものがねじくれてクシャクシャになってしまいそうだった。


「いいや。いくらなんでも、そんなことあるはずがない」とリーンズィは目をしばたかせる。ミラーズに指摘された通り、ウンズワートとの戦闘で肉体の再生が滞っているのだろうか。

 あるいはミラーズを意識しすぎないことに、自覚している以上に演算能力を割いているのかも知れなかった。

 様々な可能性を検討しつつ、改めて用紙を凝視する。


 ――やはり違和感がある。

 大したことは書かれていないのに、兎角不愉快な気持ちにさせる紙だった。

 紙自体が低質で、古びて黄ばんでいるだけでなく、どこか黒ずんでいる。

 光に透かしてみると、裏側にびっしりと何事かが記されており、それらの文字列が透けて見えるせいで、紙全体に濁った印象が付与されてしまっているのだと分かった。


「何だこれは。保管期限の切れた日報か何かを再利用しているのか?」


「期限? 書かれた言葉って、意味に保管の期限があるの?」


 リーンズィはミラーズをじっと見た。「分からない」


 兎にも角にも、再利用品であるという予想は、それほど的外れでないように思われた。

 裏返すと宗教的熱狂に瞳を濁らせた司祭が書き記したかのような真っ黒な文字列が待っていた。

 罫線に沿って整然と記された文字。鉛筆を力一杯押し付けた鈍い輝きに遺留した得体の知れぬ意思の滴り。

 言い知れぬ圧迫感にリーンズィは眉を潜めながら解読を試みる。

 まず右上。年月日らしき部分が目に入る。辛うじて理解出来たのはそこだけだった。文字列に含まれる数字らしき記号。時折挟まる短い空白。ピリオドにコンマ。そうした有り触れた、人間的な記号が存在している部分は僅かで、それ以外は全くの未知だった。

 何度読もうとしても、それらの記号的可読部位が、何か既知世界からの貸借物のような形で存在するということしか理解できない。

 その文字列はあらゆる理解を拒んだ。リーンズィはユイシスを通じてアルファⅡモナルキアのデータベースを参照した。その文字列の正体は即座には判然としない。似た文字は存在していたが全く同じ文字は存在していなかった。規則性があるとユイシスは判断したが、規則性などというものは向日葵の種の並びにすら宿るものであり、つまりはあろうがなかろうが、さほどの問題にはならない。

 大鴉の少女が黙って紙面を睨んでいると、ミラーズがベレー帽を抑えながらついと顎を背け、リーンズィの腿にそっと手を当て、彼女の気を引いた。


「ん……? どうかしたのか、ミラーズ?」


「それはあたしが言いたいこと。顔に皺が入ってしまいますよ、ヴァローナの綺麗な顔が台無し」


「それだけこの紙が重要なんだ」


「そう? その紙って、結局何が書いてあるの?」また首筋を触ってくる。


「解放軍に参加するにあたっての登録用紙なのだそうだが」


 たびたび触られる首筋に甘いむずがゆさがある。

 ライトブラウンの髪の少女は仄かに頬を染めながら、ひとまず紙を表向きにして、丁寧に机の上に置いた。

 甲冑の指先でそれぞれの箇所を指差しながら、質問事項を静かに読み上げていった。


「……こっちの空欄には、好きなことや興味のある物事があれば書いても良いようだ。パートナーの希望条件を書く欄などもあり…………」


「そんなものがどうして必要なのですか。ヘカントンケイルが仰るには、そういう関係性を結ぶのもあくまでも個人の自由ということだったけど」


「何なのだろう? 何か制度上の問題なのかも知れないし、この様式自体が古いものを使い回しにしているのかも知れない」


「古いかどうかは分からないでしょう。もしそれが本物で、誰か知らない人のお相手をしなさいと言われたら、リーンズィはどうするのですか」


 リーンズィはミラーズを抱く力を強め、頷いた。


「仕様上どうしても考慮されるべき問題点があれば必ず申告するようにとも書かれているので、問題ない。私はミラーズがそのように扱われることに耐えられない。私はどうなっても良いのでミラーズは自由なままにして欲しいと書き込む」


「あのね? リーンズィの話をしてるんだけど。分かるかしら」

 ミラーズは呆れ顔でリーンズィの頬に触れた。

「あなたの献身で以て愛の尺度を示す。今は、そうすべき時ではないわ。嬉しいけれど、あなた自身を、あなたが私をいかに私を愛してくれているかの証として使い潰そうとするのは、間違いよ? そうした行いは、あなたが考えているよりも、もっと酷い形の破滅を招きます。それこそ、とっても悲しくって、取り返しようのない、いっそ夢であってほしいと願わずにはいられないような、残酷な終わりを。……我が仔、ヴァータがそうであったように」


 ライトブラウンの髪の少女はふいと視線を背けて俯いた。

 輝く天使の和毛を持つ少女は、眦を下げて、その横顔を撫でる。


「あなたはやっぱりまだ未熟ね。問題ないことなんて何も無いわ。もしもそんな捨て鉢なことを書くのなら、私はあなたとは逆のことを書きますよ、リーンズィ」


「私は何をされても嫌ではない。でもミラーズが何かされるのは、嫌だ」


「私も同じですよ、私のリーンズィ。でも、もう一つ気になるのは、裏の方です。裏にも何か書いてありましたね? もしかしてとっても長い契約書だったりしないかしら。私はそういうのにとても弱くって。文字がちゃんと読めないっていうのはこういうとき不便よね」


「……私にもまるで分からない。ノルウェー語の書籍語とも新ノルウェー語とも異なる。というか、既存の如何なる原語とも食い違うように見受けられる。印欧語族やセム語族かと思ったが、それも違う」


 こうした時のための統合支援AIがユイシスだったが、アルファⅡモナルキア本体ともども、作業用の強化外骨格を纏った技術者たちに囲まれて、より高レベルでの検疫を受けているようだった。

 技術的な検査事項が多いのだろう。アポカリプスモードの片鱗でも知られてしまったのだから無理からぬ話だ。処理能力の大半を彼ら技術者たちに向けているのが人格記録媒体プシュケ・メディアの稼働率から読み取れた。

 いちおう、概念伝達通信で呼びかけると回答は返ってくるのだが、能動的な情報提供はほぼ完全に途絶えている。


 リーンズィは視覚データを送信し、髪をかき上げ、アンビバレントな顔つきに曖昧な色を浮かべながら、ユイシスへ分析のリクエストを行う。

 すると視界内に砂時計のマークが現れたので、ユイシスの内部データにこんな古くさい表示が存在したのかと若干の戸惑いを覚えた。


「私としてはラテン語の文字を略して置き換えただけかもしれないと思ったのだが、それも違うらしい。ユイシスからも返答が無い」


「あなたやユイシスにも分からない言葉があるのですね。言語って奥が深いのね。うーん……あれ? ちょっと待って……」


 ミラーズが不意に息を弾ませて、リーンズィの手から


「えーっと、この一番上のところの三文字。この三文字に写してある音は……『だいきゅうじゅうきゅうばんこうりゃくきょてん』……『きょてんたんさくはんだいろくきえっきょうたいほうこくにっぽう』かしら。長いわね。息が切れちゃいそう」


「うん? 君には読めるのか?」


「これって読めてるのかしら?」


 リーンズィは紙を眺めながら首を傾げた。


「……今の音は、三文字で書ける内容ではないだろう。どこかの行を間違って読んでいる?」


「違います。今のが、最初の三文字から読み取れる内容なの。次の何文字かは、意味が頭に入ってこないので飛ばしますね。何かの固有名詞かしら。この越境隊? のメンバーの名前の一覧かも。空白は段落記号? それで、次の所の二文字は、『きょうもとうがよくみえるばしょからかんそくをした』、って聞こえる」


「聞こえる……?」


 緑色の視線で紙面をなぞり、ミラーズがぽつりぽつりと言葉を紡ぎ出した。


「えっと……うわ、これも絶対長いやつね……行きます。『とうのわななきがなないろのにじではないあらしとなってまちをわたっていくのだがそのありさまはしずけさのとうではなくてひ―そんざいのそんざいをしょうめいするささいなこんせきにすぎず』、けほけほっ」


 肺の中の空気を一気に吐き出したせいで、少女は咳をして目元に涙を浮かべた。


「ここからここまでで、実際の紙面では十五文字ぐらいかしら? あとは、あとは……やっぱり専門用語みたいなのが多くてよく分かりませんね」


「驚いたな。その不明な部位も試しに読み上げてくれないか」


「長いから気乗りしないんだけど、リーンズィのお願いだから聞いてあげますね」

 悪戯な笑みを浮かべながら、ぐりぐりと後頭部をリーンズィの胸に押し当てる。

「他の、長い言葉の最初っぽいところは……『たとえばゆーくりっどてきでないくうかんによるじこさんしょうがたじかんかいろうとじくうとうか。あのたわーからはこちらがこうやにみえているのかもしれない』かな。ここは『とーだいのかせつ』? えっと『さんじげんのやっつのはこ』に『にじゅうよんまいのかべ』……眠い目を擦りながら朝方の夢をボイスレコーダーに吹き込んだみたいな言葉ばかり」


「八つの箱に、二十四枚の壁。四次元超立方体のことか? しかし奇妙だ。私には何が書かれているのか聞かされても、この紙片が全く解読できない。君はどうしてこれが読めるのか?」


「だからね、音は分かるけど、それは分かるだけなの。この字……字なのかしら? あたしには普通の字っていうのがよく分からないんだけど、目に写すと頭に原初の聖句が浮かんでくるようになってるみたい。音だけしか聞こえないのですけれどね」


 ミラーズは感覚的な事象を蒙昧とした言葉で現し、ためつすがめつして紙面を撫でる。リーンズィは調停防疫局のケープから見え隠れするその象牙細工のような白い指先を見つめた。

 見惚れる気持ちを押し殺し、言葉を紡ぐ。


「……君たちの操る言葉は、文字に写せないものと思っていたが、圧縮して文字に擬することは可能、ということだろうか。これらの文字列には二次元バーコードのように意味情報が圧縮されているのかも知れない」


「聖句のフォーマットを持ってないと、そもそも文字として認識出来ないのかもしれませんね。つまり解読にも専用のコーデックスが必要ということ。え、どういうこと? コーデックスって何?」

 他人事のように呟いてから、はにかんで笑う。

「えへへ。バレる前にバラしますけど、今のはユイシスの耳打ちです。ううん、でも、読めるのはそれだけが理由じゃないのかも。昔、同じものを見たことがあったような気がしてきたわ。エコーヘッドになったとき色々忘れちゃったけど、この文字の詰め方とか、文字の書き方とか……息継ぎの暇が無い、神経質そうな言葉の連なりとか。あの子……あの子は誰だっけ……」


 ミラーズが自身の喪われた記憶を精査し始めるのに合わせて、ユイシスから無声メッセージが届いた。

 完全な解読は不可能だったが本文部分の内容がある程度推定されたとのことだった。

 驚くべきことに、圧縮情報でありながら、その記号自体に人工言語的な側面が持たされているらしい。

 リーンズィの視覚に表示さた表題は――

『お風呂に入れられるオススメの野生ハーブ』とのことだった。


「お風呂……野生のハーブ……? 暗号を仕込んだ暗号文で趣味のレポートでも書いていたのか」

 リーンズィは顎先をミラーズの帽子に載せた。

「誰だか知らないが暇人なのでは? ちょっと興味があるが」


「……お風呂が好きなの?」


「香りが気になる。どうしてこんなに良い匂いがするのか」


「もう」ミラーズは少し照れたようだった。


 続けざまに別の解読方式によって推測された表題が表示される。

 今度は『天体の回転について』。


「うん? さっきと内容が全然違うのでは……」


 次の推測ではこうだった。

『カタリ派の典礼についての私的な研究』。


「う、うん……?」


 無声メッセージの末尾にはユイシスの見解が付記されていた。

 曰く、文字列の中で何度も暗号形式が変化しており、どこにフォーカスを合わせるかで解釈が変わってしまうらしい。

 本文は原初の聖句でしか読み取れないようになっていると考えるのが妥当だったが、オススメの野生ハーブ情報は気になったので、ユイシスにその場合の解読データをリクエストして視覚野に投影させるリーンズィであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る