第二十四番攻略拠点 門前②

 ミフレシェットは両足を街道に突き立てて急減速した。

 盛大に雪花の飛沫を上げながら、丁度ボーキュパインの目前で停止した。

 そして背中にマウントしていた無骨な大剣を構えた。


『全員無事かぁ?!』


『おいおいファデル、もしかしてずっとオーバードライブ入ってたのかよ、連絡つかんと思ったら……』 


『そうせんと間に合わねぇだろうが! ウンドワート卿は? 何もされなかったか!』


 ポーキュパインは泣きそうな声を出した。


『された! されたって! このレーゲントもどき二人と、変なヘルメットと、なんかいきなり戦闘になって……俺ぁオーバードライブ積んでないから頭抱えてじっとしてただけなんだけどよ……ああ、でも凄いぜ、こいつらなんとか凌いだみたいだ! 手からうにょうにょ何か生やしたりして……っていうかやっぱり危険物じゃんこの子ら! 変異体の力使うなんて聞いていないぜ!』


 ミフレシェットの方はアルファⅡモナルキアの機能を一定は承知していたらしく、バツが悪そうに大型剣を元の位置に戻して、頭を搔くジェスチャーをした。


『悪いことをしたたぁ、思ってるよ。でも聞いてたら護送拒否してただろ、おめぇ。それに<不死身のアレックス>ならどうにでも出来ると思ってた。だいたい、報酬にやたらめったら色付けておいたし、何となくヤバいのは分かってただろ』


『休日出勤手当だと思ってたよぉ。ファデル、俺を高く買ってくれるのは嬉しいし、純粋蒸気駆動方式オールドスクールだから頑丈なのも確かだけどよ、それにしたって限度ってモノがあるぜ』


『ウンドワートの旦那さえ襲ってこなけりゃ無茶な話じゃ無かっただろ。で、肝心のウンドワート卿はどこ行った?』


『とっくにドロンしたよ。自分のほうが強いって確信したんじゃねえの』

 誰も勝てるわけねえってのにあの人は本当に困った人だよ、と気怠げに続ける。

『やべ、まだ近くにいるかもしれんのに。そっちのセンサーなら気配とか分かるか? 聞かれてたらマズいよな』


『分かんねぇ。仮に近くにいても、その気になれば、あの人は音紋探知まで誤魔化せるんだからな……』


 やれやれと話し合っていた円筒型ヘッドの無数のセンサーが、ポーキュパインの手の上で身を寄せ合っている三人に向けられる。

 そして『すまねぇ。俺がついてればウンドワートの旦那も大人しくしてるだろうと思ってたんだけどよ、見通しが甘かったみたいだ。まさか完全周波数欺瞞迷彩まで使って飛び出してたなんてよ……』と円筒の頭をわざわざ下げてきた。


 リーンズィは眉根を寄せて「君には連絡を怠る癖があるのだな」と頷いた。


「事前に言ってくれれば、我々も対処のしようもあったのだが」


 ミラーズが「こら、八つ当たりはやめなさい」と溜息をつく。


「嵐みたいな人だったし、準備していたって結果は同じでした。ミフレシェットさん……ファデルさんだっけ? じかに会うのは初めての人なんだから、あんまり困らせない」


『弁解のしようがねぇ。ただ両方とも事前情報無しで、穏便な形で引き合わせたくてよ』


「私は情報をもらっていても一向に構わなかった!」とリーンズィ。


『でもそれはフェアじゃねえだろ。コンセプトが真逆っぽい同系機なんだから、思うところもあるだろうし。それにしたって、先制攻撃するために攻略拠点から抜け出してたなんてなぁ……あの人は大のカースドリザレクター嫌いなんだが、それ抜きにしても……ちょっとな』


「問題児なのだな!」リーンズィは頷いた。「あの機体は何なんだ? 何故いきなり攻撃を……」


『悪い人じゃあねぇんだ。むしろ立派なお人さ。なんか強さにやたら拘ってて、いや実際強いよ、でも度を越してんだな、執着がな。同系機のあんたがたのことも気になってしょうがねぇみたいだった。何にせよ俺の不手際だよ。あんたらがウンドワート卿とそこそこ戦えたみたいだから良かったが、ここも俺がフォローすべき場面だった。マジで申し訳ねぇ』


「当機があなたをハッキングをしたことがそもそもの発端なのです。気にしなくて良いですよ」とユイシスがアバターをミフレシェットに近づける。


『誰だよ。姿が見えねぇが……』

 円筒型ヘッドがくるくると周囲を観察する。

『あ、さっきも何か聞いた声だな。例の少女帝国危険思想AIか?』


「危険思想ではないです。ちなみにスキャンしたところ、貴官にも当機の庭園に入る資格が……」


『で、そっちがヴァローナの後継のリーンズィと……なるほど、あんたがキジール、いやミラーズか。何だか変な感覚だな、ナマで見るとロジーやリリウムにそっくりだ』

 ミフレシェットは短い時間、逡巡したようだった。

『積もる話は後だな。とりあえず俺たちの拠点に案内しよう』


「ところで、君の名前は?」

 リーンズィが巨人の手の上で首を傾げた。

「あいさつは大事だ。私はアルファⅡモナルキア、今はリーンズィの名で識別されている。君は、ミフレシェットではないのか? シィーとは知り合いなんだ。彼のレコードを見させてもらったとき、君の名前はミフレシェットだった」


『そうだ。今はファデルと名乗ってるけどよ。……それで、シィーの旦那は?』


「もういない。任務が終わった。スチーム・ヘッドに死後があるのだとすれば、穏やかに眠っているだろう」


『そうか』

 全身を煙らせる巨人は短く答えた。

『……良かったと思うよ。あの人も疲れてただろう……』

 

 

 ミフレシェットに導かれて辿り着いた先には、壁と門があった。

 表面上は木材で構築された城壁のようにも見えたが、実際にはその防壁は、遙か上方まで広がっていた。

 濃淡の均一な冬国の空が、女王の吐息のような穏やかな風に吹かれるたび、春の先触れに身じろぎする静かな海のようにふわりと波打つのが見えた。光学素子の性質を付与された不朽結晶連続体の障壁が展開されているのだ。

 透明な壁は、雲間に反射した陽光の演出する、ささやかな揺らぎに見えなくもない。そこに何かある、と意識しなければ、異常に気付くのは難しいだろう。


 一個小隊規模の兵士が門の傍らに陣取っていたので、ポーキュパインから下車したリーンズィたちは、しばしぎょっとした。

 全て不死病の感染者だった。頭部に人工脳髄の類は見受けられないものの、バトルライフルや重機関銃を抱えた兵士たちは、典型的な不死の軍団だった。

 言語として成立していない歌詞を、奇妙な節回しで輪唱している。


『原初の聖句を吹き込まれた自律兵士だぁな。号令が無い限りは猫より無害さ』


 うつろな目をした死者の軍勢は、神を讃えているということ以外何も伝わってこない歪にして無形の聖歌を口ずさみ、リーンズィたちの面相を一顧だにしない。

 来たるべき時代の軍隊。

 世界に満ちあふれた、どこにでもある人間性の終焉の形。

 彼らは自由意思も理想もなく、ただトリガーを引く日を待ち続ける。


 木組みの門の前には、剣呑な集団とは打って変わって、素朴ながらも華やかな装いの少女が立っている。

 黒く丈の長いスカートに、ベストのような赤い上着。庶民的な侍女服のようにも、農村に伝わる民族衣装にも見えた。

 伝統的な意匠のパッチワークといった風情で、どこかチグハグだった。

 いずれにせよ、メイド姿のヘカントンケイルやフリアエの子機の端末という前例を知っていれば、さして不思議な服装でもない。


『そいつが今日の門番だよ』とファデルが言った。


「リーンズィは疲れているでしょう? 挨拶するのは、あたしに任せておきなさい」


 帽子を被り直し、羽根飾りを見栄え良く整えながら、ミラーズが前に出る。


「門番の方、お初にお目にかかります。私は調停防疫局のエージェント、アルファⅡモナルキアの……」


「クヌーズオーエへようこそ。ここは第二十四番攻略拠点です!」


 門番の少女は元気よく応えた。


「……サブエージェントで、元レーゲント。名をミラーズと申しま」


「クヌーズオーエへようこそ。ここは第二十四番攻略拠点です!」


 門番の少女は元気よく応えた。


「あの……」


「クヌーズオーエへようこそ。ここは第二十四番攻略拠点です!」


 門番の少女は元気よく応えた。


「何なのかしら……?」


 まるで発条仕掛けの機械のようだった。

 すす、とミラーズは引き攣った顔で退いて、リーンズィの甲冑の指先を引いて、「な、何だか様子がおかしいわ」と耳打ちした。


 突如として城壁に隠されていた覗き窓が開かれた。

 現れたのは対スチーム・ヘッド用狙撃銃だ。

 既に電磁加速用のチャージを終えている。


 にわかに緊迫したリーンズィがオーバードライブを発動しようとしたのも束の間、スコープと一体化した戦闘用ヘルメットを装着したスチーム・ヘッドが、大儀そうに顔を出した。

 それから、寝ぼけたような動きでリーンズィたち三人のアルファⅡを見下ろして、ミフレシェットとポーキュパインを見て、狙撃銃のコイルへの給電を停止した。


『物騒なことするんじゃねぇ!』と円筒頭の巨人が怒鳴る。


「受付が三回以上歓迎の声を上げるのは、定型の受け答えをしないやつが来たって言うサインだ。警戒するに決まってんだろ」


『ああ? 俺ら見りゃ、敵じゃないのは分かるだろ』


「分からないって。だって寝てたし」


「作戦中のスチーム・ヘッドが眠るわけが無い」リーンズィが両手でハルバードを構えた。「回答如何では反撃も辞さない」


「冗談だって。最初から弾入れてないし。遠くから見てたよ、受付嬢にビビるところまで。ウブな反応するじゃん」


 何とも気の抜けた返事に、リーンズィは眉根を寄せて穂先を下げる。


「警告する。やって良い冗談と悪い冗談がある、それぐらい私にも分かる。それに、何なのだ、この少女は。人工脳髄の故障か?」


 ピリピリとした気配のままの問いかけに、狙撃戦仕様のスチーム・ヘッドは鷹揚な仕草で頷く。


「ああ、その子自体は、聖句吹き込まれた、ただの感染者さ。城壁管理用の端末だよ。言葉はそれしか発さないんだ。受付って言うと語弊あるが、ここがどこで何なのかをアナウンスするのが仕事なわけだな。そういう風に、聖句でプログラムされてる。で、俺が本物の、ここの門番の係ね。第二十四番攻略拠点城壁管理係のエルモだ」


 エルモはのんびりと、それでいて淀みなく舌を回しながら、城壁の半ばから、同じ視線の高さの巨人に話しかける。


「しかしファデル、えらく早い帰りじゃないか。予定と大分違うから、驚いたのは本当だぜ」


『あれだ、ウンドワートの旦那がやらかしたんだよ』

 巨体が呆れのジェスチャーを作る。

『そっちで何かやらかしたわけじゃあねぇだろうな。旦那が来ても通すなって言ったろ』


「お前が出て行ったのが、開門の操作をした最新の記録だよ。いつものことだと思うがね、どうせまた検疫とか無視して城壁飛び越したんだろあのウサ公」


「ウサ公」リーンズィは復唱した。


「で、お前の足下にいるのが新しい、違う世界のアルファⅡ? どの感染者がそれだ?」


 カチカチ、とヘルメットと一体化したターレット式レンズを回転させ、エルモと名乗るスチーム・ヘッドは喉を鳴らした。


「ああ、ヘルメットのやつがやっぱりそうか。その放熱量、俺が狙撃銃を出した瞬間からオーバードライブを起動させてたな。他の二人が悠長にしてたのは、そっちのヘルメットの機体が本命だからか」


 リーンズィは無言だ。

 オーバードライブを起動させている? 

 そのような認識は無かった。

 ウンドワートとの戦いの時から奇妙に感じていたが、この時確信した。

 アルファⅡモナルキア本体は、どういうわけか積極的に情報を共有するつもりがないらしい。オーバードライブが起動していたというのも、言われてからユイシスに照会して、やっと確認出来た。


 ミラーズは「いつのまにそんなことを。あなたもあんまり好戦的な態度を見せない! あのウサギの人と同じになりますよ!」と叱っていたが、自分の本体が、自分の意思決定とは全く関係なく行動しているという事実に、リーンズィは薄ら寒いものを感じる。


「なるほどなぁ、反応も速いし外見のデザインも似てる。そりゃピョンピョン卿も荒れるわ。ワシの色違いは認めぬ! とか言いそう。ブランドイメージが崩れるとか何とか言われなかった?」


「ピョンピョン卿」

 不意に聞こえてきたフワフワとした単語をリーンズィは復唱した。

「ピョンピョン卿……? ブランドイメージは……いや、そういうのは最初から無かったし、言われなかったが。そもそも私としては彼に対する印象がとても悪い」


 エルモはぶつぶつと殆ど一人言のように言葉を続けた。


「たぶん裏ではそういうこと考えてたよあの人は。ブランドイメージが落ちることを本気で怖がってる。<首斬り兎>の迎撃にまた失敗したから不安定なんだ。変に抱え込みすぎなんだよな。強くないと疎まれると思い込んでるんだ。そもそもなんで俺らみたいな古参とも打ち解けないんだ? 打ち解けたくない事情でも……」

 そうして、ふと眼下のアルファⅡたちを思い出したかのように声を明るくした。

「おっと、そうか、ウンドワート卿に絡まれたってことは、殴り合いをした後なんだ。あの人自分で最強最強言ってただろ」


「しつこいぐらい言っていた」


「あれ事実だから。生き残るなんて、やるじゃんか」

 暢気にぐっと親指を立てて手を伸ばしてくる。

「良くコテンパンにやられなかったな」


 反射的にリーンズィが親指を立てるジェスチャーを真似する。

 ミラーズもよく分かっていない様子で追従して、アルファⅡモナルキアもついでのように動作をトレースした。

 一連の動きを予想していなかったのだろう、エルモはヘルメットの中で忍び笑いをしたようだった。


「ピョンピョン卿と違ってノリが素直だ。アルファⅡって言っても同じじゃないわけだ。あっちも、もうちょい素直ならなぁ」


『グリエルモ、無駄話もいい加減にしとけ。病み上がりの、しかも戦闘直後のスチーム・ヘッドを野外に突っ立たせるのは良くねぇだろ。しかもウンドワート旦那を向かわせたちまったのは俺らの責任だろ』


「はいよ、ファデル軍団長殿は真面目なことで。言われなくてもそろそろ開門用のエンジンも暖まったころだし……開門するからちょっと待っててな」


「あ、待ってほしい、結局この少女は何なのだ? 感染者だというのは分かった」


 リーンズィは同じ歓迎の単語を繰り返す少女を見ながら、眉を潜めた。

 開門のためにエンジンが必要という事実から、このタイミングを逃すと中々城壁の外には出られないと見越しての問いかけだった。


「これをさせることに、何か意味があるのか。感染者への虐待ではないのか? 調停防疫局のエージェントとしてそれは見逃せない」


「お、そういうの気にするタイプの組織の人か? レアだなぁ。ああ、意味はないよ。でも虐待じゃなく正当な労働なんだ。三交代で、荒天時は全員引っ込める。ちゃんとした雇用だ、このクヌーズオーエでは有り触れた……」

 門番のスチーム・ヘッドは肩を竦めた。

「だいたい俺たち、いや彼女たちはゾンビなんだぜ、死なない哀れな者ども相手に虐待なんて、ナンセンスさ」


「ゾンビではない。死ねない病に冒された、人間だ」


「ハレルヤハ、そうなんだよな。理解が早い。そう、人間……ゾンビじゃなくて人間! そこが大事なんだな。人間だから、働きもすれば、給金ももらうのさ。こう言っちゃやなんだが俺は方針としては君に割と近いと思う。被雇用者である彼女らには三時のおやつも食わせてるぜ」


「……本当だとして、意味のあることとは思わないが」


「あるとも、だって、? 感染者たちは自我を凍結されてて、昔のことなんて一つも思い出せない。覚えてるかも定かじゃないし、自分の意思ってもんがない。だが俺たちは違う」


 エルモは不意に声のトーンを落とした。

 何か無常の暗黒を前にした老人のような声音だった。


「摩滅していても、俺たちには生前の記憶がある。生前の生活が恋しくなることもある。だが戻れない、帰れない、死ぬことさえ出来ない。どうにもならないんだ。そんな状態じゃ早晩おかしくなってしまう。それを食い止めるためには、不滅である自分ではなく、可塑性のある環境のほうを変えなければならない。つまるところ、。昔は感染者がゾンビ扱いで、俺たちはそれをコントロールする役として使われていた。でも真理は逆なんだな。俺たちをコントロールするために、感染者たちを使っている。スチーム・ヘッドなんてものは、どいつもこいつも出来損ないの模造品だ。感染者たちのほうがよほど人間らしい。そうとも、ただの病人なんだからな。しかし俺たちはどうだ? 儚い生前の記憶を頼りに、わけもわからず彷徨って、ただ生前の真似事をしてるわけだ……他の感染者まで巻き込んでな。?」


『おいグリエルモよぉ、そういう暗い話は非番の時にやれ』


「暗い話かね? それもそうか」


 門番のスチーム・ヘッドは頬杖を突いて、自嘲するように吐き捨てた。


「歓迎するぜ、永久に死ねない兵士ども。さぁアーシャ、もう一度歓迎の言葉を頼む」


 門番の少女は元気よく応えた。


「クヌーズオーエへようこそ。ここは第二十四番攻略拠点です!」

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