完全架構代替世界触媒式先進的破壊事象干渉②

 アルファⅡウンドワート。その核たる生体CPUリアクターとなった人物が製造された頃には、世界の大部分から資源が枯渇していた。少なくとも、その成り立ちが正常であると言えるものは。土壌は汚染され、食物は合成に頼るほか無く、飲用可能で安全な水は御伽話の中にしか存在しなくなっていた。

 一握りの清浄な大地を巡って大小の軍隊が対立し、戦火を交えるごとに地球上の人口が減少し、文化が消え去り、そして幾らかの不死や呪われた再生者カースドリザレクターが増えて、地表をさらに汚染する。

 全自動戦争装置と俗称されていた超抜級人工知能が有志連合を結成し、人類文化継承連帯を立ち上げ、人類と文明の保護を御旗として掲げ、史上類を見ない巨大兵器群と不死の兵士による混合部隊でもって、近隣諸国への侵略を開始する――常ならば機械知性の破滅的な暴走として問題視されるべき事件が、逆に人類への福音として歓迎されてしまうほどに、誰も彼もが追い詰められていた。


 世界に疫病と破壊をもたらし、破滅に追いやったのが不死の兵隊たちならば、世界の命脈を繋ぐために血を流し、戦争という名の世界最後の経済競争を辛うじて成立させていたのも不死の兵隊だった。

 電子戦は無段階で過激化し、戦端を開く前に、被覆されていない生体が沸騰するほどの電磁波を照射し合うのが常となっていた。生身の難民をデコイとして配置し、アナログでの操縦に頼る一世紀前の航空機で制空権を争い、魂無き不滅の兵士が数世紀も前の武装で突撃し、前線は血の霧で覆われた。血で血を洗うという言葉を際限なく実践する狂気的闘争に比べれば、いっそ中世の暗黒時代、あるいはもっと野蛮だった時代の闘争のほうが、いくらか清浄であったことだろう。


 電磁波の影響をシャットアウトする不朽結晶連続体製の高性能人工脳髄の登場と、人格記録媒体アイ・メディア量産体制の確立。そして蒸気圧を利用した大型不朽結晶製甲冑スチーム・パペットの実用化。それに続く、電磁波対策の完成によるデジタル制御の復活によって、戦場は中世の合戦を題材にした最悪の戯画から、近代の塹壕戦程度には前進した。

 だが、依然として電磁波の嵐EMPハザードは吹き荒れていた。戦争装置によって、山嶺の如く巨大な自律兵器が投入されるようになっても、混迷を極める最前線は例外なく身軽な歩兵の領分であった。占領も制圧も結局は『人間』と呼べる知性体にしか出来ないのだから。そこに不死病蔓延前に利用されていたような、高度演算装置搭載型の兵器が割り込む余地は、まだ無かった。


 過去の栄光、無意味化した先進技術の復権を夢見て、様々な蒸気甲冑が現れたが、どれも見た目の奇抜さに反して特別な性能は発揮しなかった。

 スチーム・ヘッドはどれほど改良しようとも人間であることから逃れられなかった。人格記録と人工脳髄のセットも広義の人工知能AIではあったが、原料はいずれもヒトであり、不死病患者を制御するためのオペレーティングシステムとしてしか使えず、機械でいくら拡張してもヒトの形からあまりにも逸脱したものはコントロールできない。

 戦場は『人間という形』に暴力の在り方を限定されていた。


 そこに、変異を起こした不死病患者、人ならざる暴力を宿した魂無きカースドリザレクターが兵器として投入されるようになるのは、当然の帰結だろう。衛生帝国を名乗る思想集団によって主に運用されたこれらの兵器群は、戦場の風景を一変させた。

 アップスケールされた前時代的塹壕戦が、黙示録文学にのみ現れる本物の地獄へと塗り替えられるまで、あっという間だった。


 事態の急変に直面した全自動戦争装置がそれらの兵器に突きつけた回答は、NOだ。人類文化の継承を標榜する彼女は、偉大なる戦争の機械は、それらの生物兵器群の発展を拒絶した。

 不死病蔓延の一翼を担ったのが当の戦争装置であるにせよ、パペットに搭載された生体CPUリアクターへの扱いが非人道的であるにせよ、カースドリザレクターの際限ない増殖による人類の事実上の滅亡だけは、決して善しとしなかったのだ。


 人間しか使えない戦場で、人間を超えた戦闘能力を。

 そんな矛盾した要求の行き着いた先が、尊重されるべき人格記録媒体をある種の演算装置と見做して構築した、擬似的な超高度演算の実戦投入である。

 人類の様式は変えない。肉体の変容を認めない。人類は人類でなければならない。だが人間を人間たらしめる知性を機械化し、切り分けて組み変え、全く違う演算装置の材料にしてしまうことは許容された。機械であれば、人間でないからだ。

 三十名分の人工脳髄を無人格化して連結。そこに高性能センサーで取得した情報を可能な限り流し込み、それぞれの人工脳髄の情報処理速度を極限まで引き上げて処理させ、並列化。

 以て高精度のシミュレーション空間とする。

 演算が終了した途端に土台が崩れて泡のように消える仮想空間を、代替された一応の現実世界として扱い、そのシミュレーション空間にスチーム・ヘッドの核となる擬似人格を走らせて、取るべき行動、自分にとって都合が良くなるような干渉を検討・実行。

 最後には、その選択が現実世界で待機している蒸気甲冑へと――バイタルパートに装填された不死病筐体の耐久力を無視して――フィードバックさせる。

 つまり、完全架構代替世界触媒式先進的破壊事象干渉デイドリーム・ハントとは、不完全なシミュレーション空間での非現実的な演算結果に基づく行動を、生体脳や神経系を介在させては物理的に実現不可能な速度で、特別製の完全装甲型蒸気甲冑スチーム・パペットの常識外の出力に任せ、現実に実行させるシステムである。


 種を明かせばアナクロで、超高度演算装置に準ずる装置を使うにしては、粗雑な戦果しか上げられない。アルファⅡウンドワートが本来望まれたような完成形へと至っているかは怪しい。だがスチーム・ヘッドやスチーム・パペットの戦闘は、基本的に泥臭く、時代錯誤という言葉に付きまとわれるものだ。

 いずれにせよ、限定された空間での超高精度の未来予測と、実質的な事象への干渉という機能は絶対的だった。

 使用者を偽りの世界の支配者たらしめるデイドリーム・ハントは、アルファⅡウンドワートを真なる王、絶対的な狩猟者として昇華させるのである。


 今回の戦闘では、生体CPUの保護と可能な限り敵を傷つけないことを前提として、緩やかな予測演算を多用していたため、ミラーズとリーンズィの戦闘機動には余裕で対応が出来た。低強度での使用であっても装填した不死病筐体への負荷はそれなりのものだったが、とにかく圧倒的に勝ちたかったウンドワートは、アルファⅡモナルキアとの戦闘でもこれを大人げなく濫用していた。

 もちろん手加減をするために、である。

 だから、徹頭徹尾、心の底から、破壊してしまうつもりなど、本当に無かったのだ。


 だが、この局面では、もうそんな容赦はない。

 生体CPUの保護を捨て去った、限界レベルでの未来予測戦闘機動。

 動作の全てを蒸気甲冑側に委託するこのモードは、アルファⅡウンドワートの切り札の一つであり、消費電力が莫大であることは勿論、バイタルパートに装填されている不死病筐体の大部分がほぼ確実に圧壊するため再生後のストレスが極めて大きいなど、リスクが非常に大きい。

 一方で、敵対者の抹殺を完全なる遂行が約束される。オーバーキルという言葉すら生優しいほどの勝利を、コストさえ払えば確実に得られるのだ。


 今回の標的は、代償を払うに相応しい相手だった、とウンドワートは物憂げに考える。まさかここまで切迫した、危険な機能を持つ相手だとは予想していなかった。

 ヘカントンケイルは本当に正体を見抜くことが出来なかったのだろうか? 事前に分かっていれば、他にも何かやりようがあったのではないか。リリウムたちを連れて行けば、戦闘なく鎮圧することも可能だったのではないか……。


 文句を募らせて躊躇っている場合ではないな、と停止した世界で嘆息する。

 不完全なフレームの上に立てられた代替世界を維持するのは、バッテリーや重外燃機関への負担が大きい。まだまだ余力はあるにせよ、限られた稼働時間を感傷に費やすのは無駄というものだ。


 アルファⅡウンドワートは、最後に残った標的へと冷たい眼差しを向ける。

 自分とよく似たヘルメットを装着した男性の不死病筐体。

 アルファⅡモナルキア、その本体だ。

 やはりこの仮想代替現実では動きが止まっている。タイプライターのような形状のガントレットを操作している最中だったらしく、大型のペーパー・リリース・レバー、もしくは剥き出しにされた機関銃のチャージングハンドルのような部品を引っ張っている姿勢のまま、蹲っている。


「情けない機体と罵ったが、撤回しよう。確かにその能力はアルファⅡの名に相応しい。カースドリザレクターの制御に成功した世界の私なのだろうな。アルファⅡ、モナルキア、か。生体CPUリアクターが全然違うように見えるけど……スチーム・ヘッドにとっては些末ごとか。やっと私の同類に出会えたと思ったが、これでお終いだ。多少の寂しさはあるが……」


 一息で跳躍し、ソニックブームすら置き去りにしながら飛びかかる。


「これで終いだ!」


 左腕を突き出す。

 延長された腕の下部。

 そこに取り付けている高純度不朽結晶連続体製破砕銛射出装置にチャージしていた電流を解き放った。


 装置から周辺の空気が相転移を起こしてプラズマ化するほどの速度で銛が滑り出す。この一撃は確実に目標の人工脳髄を粉砕し、再起動する余地がないレベルで破壊するだろう。

 兵士のヘルメット。

 その黒い鏡像の世界に、銛の先端が触れた。

 二連二対の不朽結晶のレンズが、紫電を反射して、夜明けを過ぎた空のような金色の光を発している。

 不朽結晶の銛は狙い過たずそのバイザーを貫いて、内部に収められた人工脳髄に、人工脳髄に眠りはなく、眠らない肉体は夢を見ない。

 完全なる肉体は眠ってなどいない。

 肉体は、世界を直視している。

 お前を見ている。




 白兎の大鎧、ウンドワートは、若干の後ろめたさを感じていた。

 罪悪感だ。

 まさかここまでの破壊行為に至るとは思っていなかった。

 実際の所、かなり気楽な気持ちで遊びに来たのだ。

<首斬り兎>のせいでイライラしていたのは事実だ。

 しかし、自分と同じアルファⅡに会える。

 そう考えただけで、実は嬉しかった。

 ――残念なことに、期待していたような未来にはならなかった。

 彼らは恐ろしい遺物だったのだから。

 加速させた蒸気甲冑の膂力に任せ、

 


「約束通り、蒸気機関オルガンは先に弾かせた。譲歩できるのはここまでだ。悪いが、これ以上、まともな戦闘に付き合ってやるつもりは……」


 ウンドワートは違和感を覚えた。

 自分は何を言っている? 何を感じている?

 今し方、この世界で解体した、ライトブラウンの髪の少女、リーンズィを凝視する。

 

 それなのに、どうしてまだ五体満足なのだろう。 


 振り向けば、完全破壊したはずのミラーズも背後で静止したままだ。

 天使のような美貌に損傷がない。

 気のせいではない。

 


「……『振り出し』に戻された。何か異常事態に行き当たったのか?」


 デイドリーム・ハントには欠点がある。

 三十名分の人工脳髄を利用した未来予測のどこかでエラーが生じた場合、この機能を起動した時点まで、仮想現実の状況設定がリセットされるのだ。

 そしてリセットが起きても、どの部分でエラーが発生したのかは、主人格たるウンドワートには情報としては伝わらない。

 全能力が戦闘機動とこの仮想代替現実、そして選択したい未来世界への予測演算に費やされるせいで、使用中はエラー部分の詳細な検証自体が不可能な仕様になっている。

 明白な欠陥だが、この機能自体が人工脳髄という機械の陥穽を突いて実装されているのだ。

 強制的に演算が解除され、仮想世界の外へと弾き出されないだけマシというものだった。


「どこで選択を間違えた……? アルファⅡモナルキア本体を破壊しようとしたところまでは、順調だったはず」


 大兎は考え込んだ。


「……本体の機体の力量を、さっきとは逆に、過小評価しすぎたのか」


 さっきは、醜態を晒すことになった。

 前衛を務めていた二機のスチーム・ヘッドを囮と断定して、『二人は囮で、本命はヘルメットの機体。死角から狙撃をしてくる!』と見当違いの未来予想を口走ってしまったときの予測演算を想起する。

 事前のシミュレーション上では――本当にアルファⅡモナルキアが狙撃を仕掛けてきたのだが、現実ではそうならなかったので、とても困惑した。

 ともあれ、発動前の予断や誤認識が影響して、予測演算の細部を狂わせてしまうのは、デイドリーム・ハントの動作では稀にあることだ。ウンドワート本人も仮想世界の構築にたずわる一機なのだから、無理からぬ話であろう。

 今回も、同様の不具合が起きているに違いない。


 敵の戦闘能力の評価を、正当に上昇させる必要があった。

 先ほどと同様に爪を閃かせてリーンズィを解体し、変異部分を遠くへ放り投げ、右腕の電磁投射砲でミラーズを肉片になるまで射撃する。

 ここまでは初回の演算と同じだ。

 ただし、その間、ヘルメットの二連二対のレンズから赤い光を放っている、自分とよく似たスチーム・ヘッドに注意を向け続ける。


 リセットは起こらない。

 ウンドワートは演算された世界で静かに息を吐いた。


「ここまでは問題ない。やはりあの機体が原因か。私の無人格化補助人工脳髄のどれかが、何かしらの異常に気付いたのだろうが……しかし、どんな可能性がある? 相手が、性能を誤認させるようなブラフを貼った上で、新たな策を講じていた、と仮定として……悪性変異を利用して身体改造を行っており、実は最上位の蒸気甲冑兵士と同レベル、つまりわたしと同程度に動ける、とか?」


 その設定を適応すると、ウンドワートの超高速機動には全く反応できないと目されていた機体が、ねばつく泥の中で抵抗するような、極めて緩慢な速度で動き始めた。

 オーバードライブ倍率は百倍を超えているだろう。信じがたく、考えにくいが、あり得なくも無い、という程度の可能性だが、エラーが発生した後だ。

 このように余裕を持った想定をした方が無難である。


 ウンドワートの人工脳髄は、生体脳を介さない不朽結晶だけで完結した思考回路で、推論を重ねる。


「……そして、リーンズィに施したようなカースドリザレクター化処置を、アルファⅡモナルキアは自身に対しても実行しており、接近の感知をトリガーに、こちらでは予測できない何らかの変異を起こして、最後の足掻きをする……つまり、近付くと思いも寄らない方法で反撃される。筋書きとしてはあり得なくも無いか。そうなると、確実性を求めて接近した選択自体が誤りだったと分かる。では、この場所から不朽結晶弾頭を電磁投射砲で浴びせて、安全に撃破する」


 虎の子の高威力弾頭をセットして、電磁投射砲を連射。

 ヘルメットは容易く砕け散った。

 黒い鏡像の世界の奥に隠されていた人工脳髄が露出したが、人工脳髄は眠らない。肉体が目覚めているからだ。

 目覚めているから、肉体は夢など見ない。誰かが囁いている。つまり、スチーム・ヘッドは現実世界にしか存在し得ないのである。

 今もお前を見ている。


 


「本当は……少しだけ、遊びに来たつもりで……」


 そして我に返った。

 ライトブラウンの髪の少女は、斧槍を構えて、凍り付いている。

 右腕には青い茨の悪性変異体。

 何も、変化していない。

 何も。何一つ、初期状態から変わっていない。

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