軍神強襲①

『おいおいおい何してんだ馬鹿やめろ!』

 

 オープン回線でミフレシェットが制止のために声を荒げた。


『俺が何のために、ここまで一人で、武装して、無線封鎖して、警戒モードで来たと思ってんだよ! そんなに電波撒き散らしたらウンドワートの旦那が……』


 錯乱する巨人の手の中で、適当な突起を掴みながらリーンズィはセンサーに向かって必死に手を振る。

 辛うじて転落防止の措置をとってくれる程度の気遣いは感じられた、ポーキュパインはとても平静な状態とは見えない。リーンズィは慌てた。


「お、落ち着いてほしい、ポーキュパイン、そしてファデル。これは事故では無い。我々が故意に起こした事象だ。君たちの落ち度ではなく……」


 ファデルも焦っているようだった。


『つーか、攻撃されたって言ったか?! くそっ、音声じゃ分からん! こうなったら回線開くか。よし開いた! 映像を転送しろ! うわっ刺されてるじゃん! マジでやられたのかよ?!』


「違う、違う、攻撃ではない! これはファデルをハッキングする過程で起こった計画的な破壊だ!」


『は? さっきから誰だあんた?! 俺をハッキング?! 何で俺の名前知ってるんだ?!』


「え? ハッキングしたからだが……」リーンズィは平然として言った。


『ハッキングしたからですね』ユイシスが追従した。


『また誰か増えた! 誰だあんたら?!』


「アルファⅡモナルキアのサブエージェントだ」


『はーーーーっ、そっか、あんたがたが、そうか……』巨大な溜息。『まったくよぉー、アルファの連中にはおかしなやつしかいないのかよぉ……』


『ウワハハハハハハハハハハハハ! アハーッハハハ!』


 唐突に、獣の唸り声のような哄笑が響いた。


「今度は誰だ?」と問うたのはリーンズィだけだった。


 ポーキュパインは歩みを止めて沈黙した。

 無線機の向こうにいるファデルは、何もかも諦めた様子で溜息をついた。

 

『高熱源体を確認しました。


 ユイシスが事務的な口調でアルファⅡモナルキアから取得した情報をアナウンスした。


『レーダー波およびレーザー波を検知。アルファⅡモナルキア総体、交戦状態に移行します。不明熱源、温度上昇を継続。目標、オーバードライブ使用の可能性極めて大。オーバードライブ、レディ。各員は破壊的抗戦機動に備えて下さい』


「スチーム・ヘッドが出現したのか? どこに?」


『情報追加の必要性認めません。ただちにエージェント・アルファⅡを援護して下さい』


 ユイシスと顔を見合わせ、二人して巨人の手から飛び降りた。

 アルファⅡの元に走ろうとした。

 そして、いつのまにかその機体が、街道に佇んでいたことに気付いた。

 

 来た道に、既に存在していたのだ。


 純白の大型蒸気甲冑スチーム・パペットだ。

 サイズは3m級。かなり小型だが、立ち上る気迫と殺意は、その姿を何倍にも巨大に評価させた。

 巨大な棺のような重外燃機関スチーム・オルガンを背負っている……。


 その機体はリーンズィたちを見るや、二対二連の赤い輝きを放つレンズを愉悦の形に引き絞る。

 装甲と射撃兵装によって延長拡大された無骨な腕部。

 腕先に揃えた剣の如き鋭利な五枚の爪を差し向けて、げらげらげらげらと嗤う。昆虫から手足を捥いで踏みにじる童女のような、純粋な無邪気さがどこかに漂っている。思いのままに破壊を楽しむ、野放図な、剥き出しの攻撃性。


『情けない情けない。サブエージェントとやらも動きが鈍いものじゃ。ワシと形式の違う、多機能管制機の類かと期待しておったが、この程度の機体とはのう! 期待外れも良いところじゃよ』


 唸るような低い声が、次々に嘲りの言葉を紡ぐ。

 接近を感知できなかった。

 異常事態だった。

 擬似人格演算は停止していたが、アルファⅡモナルキアに備わった全てのセンサー類は、警戒を続けていた。

 だが接近を示す情報の痕跡が見つからない。

 熱源はもちろん、蒸気機関駆動音すら感知出来なかった。


 合理的に解釈すれば、このスチーム・ヘッドは数秒前までこの場に存在していなかった、というあり得ない結論が導かれることになる。


「いつから……いつからそこにいた?」


『見て分からんのか。今じゃよ今じゃよ。ワシは今ここにやってきたのじゃ。ま、草葉に隠れてずっと様子をうかがっておったのじゃが、愚鈍な汝らでは分からんのも無理はない。恥じることは無いぞ、ワシが優秀すぎるがゆえの隔絶じゃからのう! ワハハハハ!』


 おそらくは、ごく短い距離をオーバードライブで駆け抜けてきたのだろう。

 確かに、さほど大型の機体では無い。市街地でもなければ隠れることさえ困難なボーキュパインやファデルとはまるで違う。不明ながら装備にも独特な要素があり、特別に静粛性に長ける、と予想するの妥当な可能性だ。

 だが、それでも全く検知できなかったのは、にわかには受け入れがたい。

 高熱源の高速接近。検出出来ないわけがない。

 何か予想だにしない機能があるのだろうが、それを詮索している暇は無い。

 既にレーダー波の照射を受けている……。

 本体たるアルファⅡモナルキアが、明確な敵意に晒されている。


 転落時のダメージを全快させてようやく立ち上がったアルファⅡ。

 胸から抜いたナイフの切っ先を、恐れを知らぬ剣闘士の如く、純白のスチーム・ヘッドに向ける。

 純白の機体はふん、と鼻を鳴らした。

 合成音声は、戦慣れした老人のように嗄れており、怯懦を誘う断固たる怒気を孕んでいる。


『全く嗤わせよる。どいつもこいつも、本当に嗤わせよるわ! ポーキュパインもファデルのやつも、この程度の小細工でワシを欺瞞しようなどと。浅はかという他あるまいて。殊に可笑しいのは、この新参者どもの間抜け面と貧弱さよ! 勿体ぶって構えたのが、なんじゃそれは。ナイフ一本じゃと? これがアルファⅡだというのか? このような情けないスチーム・ヘッドが!』


 その機体は、全体としては獲物に食らいつかんとする猛獣を想起させる。

 パペットとしては比較的小型の胴体。不朽結晶連続体の装甲で四肢を延長された体躯。脚部は通常とは逆方向の関節を持つが、これは内部で生身の脚が折れ曲がっているといるわけではなく、膝から先に逆関節の具足を装着しているという認識が正しいだろう。偏執的に武装を重ねられた両の腕は肥大化し、先端には切り裂いて破壊するという機能に特化した五本の爪を備える。

 中距離戦を想定してか、腕に電磁投射砲が搭載され、左腕に得体の知れない大型の不朽結晶性の銛を射出する機構が取り付けていた。

 機動力と攻撃能力に特化した、紛うことなき戦闘用の大型蒸気甲冑スチーム・パペットだ。

 敵を打ち倒すこと以外には一つの機能も与えられていない。


 異形の手足の放つ威圧感に気を取られがちだが、しかし胴体の装甲厚はさほどでもないと考えられた。見るからに小型であり、その構造から逆算すると、仮に分厚い装甲板を採用していた場合には、生体CPUたる不死病患者を収めるためのスペースが極端に狭くなってしまうためだ。不死病患者自体が短く切り詰められている可能性は除外する。あるいは胴体にならば刃が徹ることもあるだろう。

 しかし、どのようにすればあの五枚の爪、長大な刃の網を抜けられるのか。獣の如き脚部から想像される三次元機動も気に掛かる。

 いずれにしても、厚みという観点からは装甲の貫通が容易そうな胴体部であってすら、極めて高純度の不朽結晶連続体で構築されている。最高水準の素材で防護を固めているがために装甲厚を重視する必要が無かった、と推測するのが妥当なところだ。

 生半可な兵器では文字通り傷一つつけることは適うまい。


『どうした、何を呆けておるか。この「血まみれ狼狐」ウンドワートがよほど恐ろしいか』


 何よりもリーンズィを動揺させていたのは、その蒸気甲冑の頭部だ。

 煌々と月の輝く夜の、月光に照らされた白雪のような曇り無い装甲。

 そのヘルメットの頭頂部には、小型草食獣の耳の如きセンサーユニットがちょこんと二つ、取り付けられている。


「……狼とか狐って言うか、あの可愛いめの耳、雰囲気的に兎じゃない?」


 ミラーズのどこか気の抜けた講評を聞き流して、リーンズィは凝視する。

 無論、ミラーズとて気付いていないわけではないだろう。

 雪嵐のごとき白のバイザーに閉じ込められた、四つの赤い月。


 二連二対の、不朽結晶連続体製のレンズだ。

 歪曲された泥濘の雪原を閉じ込めた、その不滅の眼球。 放つ光の色を赤は呼ぶ。赤は緋に転じ、尽きせぬ炎と災禍を暗示する。吹き荒れる虐殺の旋風。

 流される血の熱さを予告する狂気の色彩。

 その特異な形状のヘルメットを――アルファⅡモナルキアは。

 ライトブラウンの髪の少女は、ずっと以前から知っている。


「君は……その装備は……私たちと同じ……」


『ワハーハッハッハッハァ! 同じ? 同じでなどあるものか! 痴れ者が。分という物を弁えよ。ワシと汝らとでは格が違う。目の当たりにして確信したわ、このような愚昧の劣等がワシと同格? 有り得ぬじゃろ!」


 四つ目の獣は嘲りの声音で剣の指先でアルファⅡを指した。


『釣られてツラを改めに来てやったが、なんじゃ、頭と左腕部だけではあるまいか! 調停防疫局とやらは、よほど甲斐性の無い連中だったと見えるのう。まるきり未完成な機体を、貧弱な装備のまま送り出す。いっそ鋳つぶして鋤や鍬にでも作り替えた方が良かろう。あああイライラする。こんなのが、こんな愚物が同じ……? あり得ない。あり得ないあり得ないあり得ない。あり得ないじゃろ。こやつらがワシと同じ名前を僭称すること自体が不遜極まるというもの。愚劣もここに極まれりじゃ。そうは思わんかのう、アレックス! ファデル! 汝らも軟弱の輩ではあるが、我が目に勇姿を示したこともある。だから赦す! 今回の小細工は、見逃してやる……。しかし、さて、果たしてこの木偶の坊どもは、どうしたことか! この一騎当千のアルファⅡウンドワートと同じ名前に値する存在に見えるかのう!』


『アー……来た、ウンドワート卿来た……やっぱり来てたんだ……アー、もう駄目だー……帰りたいよー……』


 ポーキュパインは、ウンドワートなる機体を視認した時点で意気消沈していた。

 もはや言葉もまともに認識していないらしい。力強い巨人の、徹底的に装甲された巨体が、打ちひしがれた哀れな労働者のように縮こまって見える。


「質問だ、ファデル。このスチーム・ヘッドは、何だ。君たちの味方か?」


『味方っつーか。味方は味方なんだがよ、俺の下にはいねぇ。一人軍団アウスラっつー特別な幹部クラスで、要するに誰の指揮下にも入ってねぇ人なんだ。一人で一つの軍団かそれ以上に強ぇんだよ。……フリアエお墨付きのあんたらでも、正面衝突は分が悪いぜ、まともにやりあうな。消し炭にされちまう。俺らにハッキング仕掛けた云々の是非は後回しだ、そいつの素性を教えてやる』


 諦観に満ちた声が告げる。


『そいつの名はウンドワート。人類文化継承連帯所属。機関式高性能人工脳髄、先進技術検証機。その唯一の完成機にして、最後の実戦配備モデル……。


 

 だ』


『殊勝な傀儡じゃのう、ワシの労苦を惜しんで、面倒な名乗りを代わりに済ませてくれよった。良き戦士は良き従僕を持つものじゃ』


『俺はあんたの従僕じゃねえし、あんたの独断専行を許す立場でもねぇ。おっぱじめる気なら、あんたもただじゃ済まさねぇぞ』


『攻略拠点の連中を総掛かりにして懲罰に来るか? 完全武装でもワシ一人止められん連中が? 怖くとも何ともないわ。さぁて、くだらん挨拶はここまでにしようかの。ええと、アルファⅡ……なんといったか』


「我々はモナルキアだ。アルファⅡモナルキア……」


『そうか。なるほど。おっと、もう忘れてしもうた! 風情の無い弱兵の名は耳覚えが悪くていかん……』


「覚えにくくてすまない。アルファⅡモナルキアだ」と真面目な声でリーンズィ。


 何ともいえない沈黙が場に降りた。

 通信相手は一瞬たじろいだようだったが、すぐに持ち直した。

 

『……さて、ここはそのナントカカントカという劣化複製機に、身の程というもの教えてやらればなるまいなぁ』


 獣の如きスチーム・ヘッドは両手の爪を合せて、しゃりん、しゃりんと滴るような音色を奏でた。

 爪とは言うが、実際には爪のような配置で腕部の増加装甲に埋め込まれた刀剣と表現するのが正しい。『解析:超高純度不朽結晶連続体』の文字にリーンズィは息を飲む。

 下手をすれば首輪型人工脳髄をも両断しかねない。

 よほどウンドワートの老爺のごとき口上に嫌気がさしたのだろう、ミラーズは二刀を構えて既に臨戦態勢だ。


「私は、血も争いも好みませんが……あたしは、どうしてもいけ好かない。昔ああいう手合いに酷い目に遭わされた覚えがあるわ。リーンズィ、あなたと同タイプの機体なんでしょ? あなたの勇敢さと実力を私は知っています。良い機会よ、立場ってものを見せつけてあげましょ」


 リーンズィは悩まなかった。ミラーズを制止することもしない。

 議論せずとも、一度は矛を交さなければ、眼前の老いたる兎の騎士とは同じフィールドに立てないと直観していた。

 とは言え丸腰で勝てるはずも無い。斧槍はアルファⅡモナルキアが転落したときの衝撃であらぬところに落ちてしまっており、ウンドワートのすぐそばの街道に転がっている。

 ライトブラウンの髪の少女は決死の覚悟でウンドワートに接近し、街道に突き刺さっていた旗付の斧槍を拾い上げて構える。

 ――リーンズィの髪が一束宙を舞った。

 ウンドワートどのようにしてか斬撃を放ったらしい。全く見えなかった。見た目よりもずっとリーチが長いらしい。

 そしてリーンズィ自身には何の損傷も無い。今の一撃で頭部をスライスされたとしてもおかしくなかったというのに。

 呵々と嘲る老爺の声が耳障りだ。

 弄ばれている。歯噛みしながら、ミラーズとアルファⅡモナルキアに視線をやる。


 意地があるのだ、とリーンズィは、自分自身に、少女の言葉で言い聞かせる。

 私がミラーズを守るんだ。


『ほう、雑兵の割に良い目をするではないか。よかろうよかろう、死力を尽して刃向かうがよいわ。折れるのはその兵卒にも劣る貧弱な装備であろうがの。アルファⅡを騙ることの罪深さを知るが良い。誰が真にアルファⅡに相応しい存在なのかを知るが良い! 可憐な乙女は切り刻まれても華になる。骨身を雪原に撒き散らし、手足を早贄代わりに木枝に吊るし、はらわたは狼どもに食わせる餌にしてやろう。ついでに自慢そうに掲げているその喧しい斧槍を、キサマの股ぐらから口にまで突き通して、街道に飾ってやる。アルファⅡの名が汝らに相応しくないことを、クヌーズオーエの力なきものどもに知らしめてやろう』 


『う、うううう、ウンドワートの旦那ぁ! あんまマジにならねぇでくれ、頼むから! 俺、この任務が終わったらしばらくクールダウンなんだよう……巻き込まれて全身欠損とか絶対嫌だぁ……』


 ポーキュパインの懇願を、純白の狂獣は鼻で笑って退ける。

 そして、付け足すように何か口中で唱えた様子だったが、音声としては拾えなかった。


『……心配せずとも全力など出さん。いずれにせよ、真のアルファⅡたるこのワシが、この不届き者どもを直々に教育してやらねばなるまいて。ワシこそが世界最強のスチーム・ヘッド、人類文化継承連帯の最高の傑作機にしてクヌーズオーエ解放軍最高の兵士よ。のう、アレックスよ? 愉快だとは思わんかえ? もうすぐ聖歌隊どもの生誕祭じゃ。クリスマスなどくだらんと思うておったが、プレゼントを贈られていた時分の高揚はこの胸にまだ生きておるらしい。この塵屑どもをクリスマスツリーがわりに飾ればさぞかし愉快じゃろう!』


 ミフレシェットが苛立った通信を飛ばしてきた。


『ほんっと大概にしてくだせぇよ、ウンドワートの旦那ぁ! 軍団長は俺だ! 俺の要請に背きゃ、あんただって冗談じゃなく、ただじゃあ済まないんですぜ! くそっ、そっちのアルファⅡども、せめて俺が辿り着くまでは、持ちこたえてくれよ。感染者の肉体が限界に達するまで遊ぶというぐらいは、平気でやる人だからな!』


 リーンズィは凝視する。

 純白の装甲に爛々と輝く四つのレンズ。

 首斬り兎のごときおぞましい怪物。

 継承連帯製のアルファⅡ……。


『勝利の上に勝利を得るのが我が性分よ。勝つなと言うのは、息をするなと言うに等しいと知れ』


 ウンドワートの背で、重外燃機関が、世界が終わる夜のような甲高い音を放った。

 静かな冬の森の静寂に爆音を撒き散らす。

 棺の如き蒸気機関から噴出された鮮血色の煙が、たちまちに渦を巻く。


『ただ、そうさな。一方的に嬲るのではつまらん。汝らもオルガンを弾くが良い。調停防疫局のアルファⅡとやら。ワシは容赦せん。だが存分に抗って見せよ。なますに刻まれた後、己らが贋作に過ぎぬのだという現実を受け入れて、その不遜な態度を改めるが良いわ。まぁ、どうしてもというなら、このワシがペットとして調教してやっても構わんがのう?』


 ミラーズが歯を食いしばった。「犬は嫌いよ。犬扱いしてくるやつも嫌い」


『ほう、聖歌隊くずれがいっぱしの口を利く。恐ろしいのじゃろう、蹲っていれば見逃してやるぞ』


「悪いわね、もう聖歌隊の花は我が子に手向けたの。口先だけじゃないあたしの憎悪を見せてあげる」


『ははは、摘まれた花を、また摘ませてくれるとは。飼い慣らされたくて仕方ないのかの? 自前の首輪もあるようじゃ、これはなんと都合の良い』


 ミラーズが殺気というものを翡翠の目に宿らせるところを、ライトブラウンの髪の少女は初めて見た。

 獣の如きヘルメットが、嗜虐的な獰猛の色に染まる。

 どれほど戦えるだろうか。

 早鐘の如き心臓に耳を傾け、自身の心身状態を改める。

 まだヘカティ13の施術の影響は抜けきっていない。

 戦闘能力はいくらか落ちているだろう。

 気になるのは、三秒程度しかオーバードライブを持続できないミラーズのことだ。ヴァローナ譲りの小型蒸気機関があるリーンズィにしても永遠にオーバードライブが可能なわけではない。そもそもアルファⅡモナルキアが純戦闘用ではない。三機の連携がなければ打倒は難しいように感じられる。

 短期決戦以外に道はないが、そもそもフルスペックの戦闘用大型蒸気甲冑スチーム・パペットを正攻法で打ち倒すのは至難。

 果たして、自分は今度こそ彼女を守れるのだろうか。

 彼女を守れるたった一人に、なれるのだろうか。

 ――もはや戦闘開始は免れない。


『目標、アルファⅡウンドワートを敵性スチーム・ヘッドと認定しました』


 ユイシスが高らかに宣戦を布告する。


『当機は、目標制圧のためにあらゆる支援を惜しみません。感染者保護の優越に基づく局内法規の適応範囲を拡大。エマージェンシーモード、起動。コンバットモード、起動。オーバードライブ、レディ。オーバーライド、スタンバイ。非常時発電、スタンバイ。循環器転用式強制冷却装置、稼働中。機関内部無尽焼却炉、限定開放。炉内圧力、上昇しています。エルピス・コア、オンライン。世界生命終局時計管制装置、限定解除。鎮圧拘束用キルナイン・有機再編骨芯弾ブラッドシェル、スタンバイ。アポカリプスモード……』


「その使用を私は認めない」


『サブエージェントからの要請を受理。意思決定の主体の受諾を確認。リーンズィ、これは貴官の戦場です。統合支援AIユイシスから、調停防疫局エージェント・アルファⅡへ。準備はよろしいですか?』


 アルファⅡモナルキアの重外燃機関が、急速発電のために咆哮を上げる。

 リーンズィは深呼吸をした。それに応じて、アルファⅡが己の命脈ごと引き千切るかのような乱暴さで、腰部蒸気機関スチーム・オルガンのスターターロープを引く。

 首輪型人工脳髄とアルファⅡモナルキアとの演算リンクが途絶。

 オーバードライブ戦闘用の臨時高速ネットワークが構築され、リーンズィは少女の肉体だけを与えられた一人の兵士へと堕ちた。


『警告。パフォーマンスが80%以上低下します。思考主体をアルファⅡモナルキアに変更することで問題は解消可能です』


「今は、私が戦いたい。――仕掛けるぞ」


 ブーツが地を蹴る。

 雪原が飛沫を上げる。

 木々が捻れ、ひしゃげて裂かれて微塵と消える。

 四つの暴風が絡み合う混沌。

 スチーム・ヘッド同士の破滅的超高速戦闘の幕が、切って落とされる。

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