リーンズィ①

「『メガデス』? 悪魔崇拝か何かをしているバンドだろうか」


 リーンズィが問いかける。目の前のミラーズは興味深そうに、幼さを残す少女の、繊細な顔の動きを見つめている。

 シィーはその内側でまごつきながら考えた。

「いい加減、何を言いたいかは分かっているはずだ」と問いかける。 

 声には出さない。首輪型人工脳髄を通して自分の思考を読み取られているのは、察していた。

 アルファⅡ=リーンズィ、このライトブラウンの髪の少女は、悪びれた様子も無く、むしろ何故わざわざそんな当然のことの確認を取るのか分からないといった、いかにも不思議そうな顔で、「もちろん分かっている」とこっくりと頷いた。


 そして、そのまま黙ってしまった。

 きっかり三秒待ってから、また「『メガデス』? 悪魔崇拝か何かをしているバンドだろうか」と繰り返した。

 頷いて、「さっきよりも綺麗に発声できた」と一人で満足していた。

 また黙る。

 ミラーズの口が、次にどんな音を紡ぐのかを待っているのだ。


 どうやら敢えてシィー自身から言葉を引き出そうとしているようだった。シィーの権利とやらを上辺だけでも尊重しての行動だろう。

 調子の狂う気遣いだ。シィーは残された時間をどう使うべきか逡巡する羽目になった。

 最後に気に入ったバンドの音源を聞きたかっただけなのだが、それよりもこのスチーム・ヘッドにもう少し、人間としてあるべき態度を教えた方が良いように思い始めていた。

 

 本音では両方をこなしたかった。 

 スチーム・ヘッドには、諦めるという機能が無い。時間制限がないなら二者択一の原則は本質的に無意味だ。

 不滅の存在とは難儀なもので、機能停止するまで「やるべきこと」をどこまでも追究せざるを得なくなる。

 結果として、可能なことは何でも最後までやろうとするようになる。当然、生前に執着していた事柄があれば、機能停止するまでそれを追究する。

 まったく、時間切れという概念は、物事の取捨選択に対して極めて有効だ。あるいはそれ以外で、人間は本当には諦めることが出来ない。スチーム・ヘッドになって失うものは多いが、その一つが、残酷だが受けれざるを得ない『時間の流れ』という名の裁定者だ。


「……どちらか一方しか選べないってのは、久々だな」


 独り言をこぼす。リーンズィは表情を変えない。ミラーズも口を挟んでこない。

 リーンズィに関しては、無邪気そうな印象はあるが、いっそペトリ皿の上の培地でも眺めるような視線だった。

 ライトブラウンの髪の下で微動する翡翠色の瞳は鎖された冬の家の窓じみた無感情で、人間性というものとは縁遠い。ただ、非人間的だという印象は、筐体にヘルメットの兵士を使っていた時のものとはいささか異なる。


 ふとシィーの脳裏に浮かんだのは、正確には人格脳髄が突き刺さった金髪の少女の神経細胞が再生したのは、遠い昔、病床の窓から外を見下ろして、庭に咲く花の名を尋ねてきた、我が娘の幼い横顔だ。


「あの紫の色の花。なんて言うの……」


 当時のシィーにはとても応えられなかった。なんの教養もなかった。戦ってばかりの人生だった。

 ミセバヤという花だと分かったのは随分後のことだ。

 しかし読書家でテレビ番組を見るのも好きだった彼女は、とっくにそんなことは知っていたはずだった。病院の庭のどこに何という花があるのか、あるいは実際には見たことのない植生まで想像して、知識として備えていたかもしれない。

 それに、家事にも芸事にも興味の無い父が、特別に草花に詳しいなどとは、思っていなかっただろう。

 それでも問いかけてきたのは、単純に、久々に顔を合わせた父親と、話がしたかったからだ。


 母の血を継いでか、長い闘病生活のせいか、人間味が薄く、人見知りをするきらいのある娘だったが、好奇心や他者への関心は人並みにあった。

 

「ねぇ、お父さんの好きな花って、何……」


 狼狽した自分へと、娘が重ねて問いかけてくる。その時の記憶が去来する。

 リーンズィはどこか似ているのだ。うずうずとした心根が、なるほど、生前は表情が薄かったのであろうヴァローナの美貌に、ありありと浮かんでいる。

 ヘルメットに閉じ込められている時には分からなかったな、とシィーはため息をつく。こんな機体でも、他者にちゃんとした関心があるのだ。


 だがアルファⅡの無遠慮な視線は、娘のそれと重ね合わせるには、剣呑が過ぎた。害意があるわけではない。ただ、何の配慮も無い。上辺だけは取り繕っているつもりなのだろうが、内心を見通すようなこの態度。

 質問を浴びせられている身としては暴力的ですらある。興味とは、常ならば二重三重の気遣いに包まれて差し出されるものだ。

 アルファⅡにはそういった発想が無い。抜き身の感心を平気で突き刺してくる。

 もっとも、それだけと言えば、それだけだ。


 考え得る限り最悪の兵器を搭載したスチーム・ヘッド、アルファⅡモナルキア。漂着した宇宙飛行士のような異常な姿。

 先ほどまで剣戟を交していた聖歌隊の少女、ヴァローナ。穢れたところの一つもない美貌。

 二機ともがエージェント・アルファⅡの支配下に置かれ、結果的に兵器としての性格と制御するための人格とが物理的に分離したような状態になったからこそ、はっきりと理解できることがあった。


 アルファⅡモナルキア、少なくともエージェント・アルファⅡには、敵愾心や悪意といったものを、全く備えていない。欠落していると言っても良い。

 世界を相手取って何かを仕出かそうという意思が全くない。

 この機体は、恐れられていたほどの機能を発揮していない。

 望まれた役割を果たしていない……。


 全能力を発揮して活動していたならば、もちろん話は違ってくるが、まだ何の脅威にもならないと言う意味では子供同然と言っていい。

 起動して日が浅いせいか、統合支援AIによるコントロールが良いのか、幸運にも、抑制的な情動を持つ、口数の少ない少女のような人格に纏まっている。

 兵士然とした肉体を使っていたときは、そちらに印象を引っ張られてしまっていた。


『少女のようなっていうのは、どうしてかしら?』


 不意にミラーズの疑問が脳髄に直接食い込んできた。

 だがリーンズィには反応が無い。突然降りかかってきた問いかけに対するシィーの驚きも、感知していないように見える。


『……自覚しているのか微妙なところだったが、ミラーズ。やっぱりお前、エージェント・アルファⅡに丸きり隷属した存在じゃあないな』


『どうかしら? 命令されたら今すぐ歌って踊るわよ。しかも、心から喜んでね』


『いいや、違うね。たぶんお前は支援AIに独立性を保証されてる。アルファⅡの人格を補正するために運用されてるんだ。道化みたいに操られてるのは見せかけだろ』


 おそらくリーンズィの側は、統合支援AIユイシスの統制によって、ミラーズの思考に纏わる情報取得を実際には大きく制限されている。

 この高速化された思考上での会話に全く反応しないのがその証拠だ。


『無駄話はいらないわ。余計な勘ぐりもいりません』

 切り返しはキジールらしく、いかにも素っ気ない。

『確かにヴァローナの肉体に入ってからは、何となく女の子らしく見えますが。ヴァローナの人格記録が補正をしているのかしら。あたしには、アルファⅡには性別なんて無いみたいに見えていたけど』


『そりゃあな。そもそものところ、こいつには人間性が存在していない。人間性とは詰まるところ、生存という長い墜落の中でゆっくりと溜まる澱のようなものだ。どのように歪み、撓み、捻れて曲がるかで、どういう存在になるか決まるのさ』


 琥珀色の髪を無意識の動きでかきあげながら、リーンズィは、何故シィーは何も言わないのだろう、と思っている。

 思考を読んだわけではない。ヴァローナという素体の顔の作りが良いせいもあるだろうが、アルファⅡには表情を繕うという発想がないようだった。

 だから、表情は淡いのだが、何を考えているのか非常に分かりやすい。


『こいつには人間としての履歴が丸きりない。容赦も慈悲も無いように見えるが、ひっくり返せば無垢なんだよ。俺には血とも闘争とも縁の無い、純真な少女みたいに見える……』


 あの日、自分が愛した娘のような。

 リーンズィには、シィーとミラーズの意思疎通は、やはり確認できていないらしい。時間が来たと言った様子で、次の言葉を投げかけてきた。


「趣味の開陳が余程恥ずかしいのだな。話したくないならば、別に無理強いはしない」


「そんなんじゃねえよ。普通のヘビメタさ。いや普通じゃあ無いが。歌詞は暗いしギターはやかましい。だがカッコ良かったんだ。俺が若い頃よりもずっと昔に、いやこの時代を基準として、どこまで昔なのか分からんが、大活躍した……とにかく偉大なバンドなんだよ」


「君が音楽に関して拘りがあるのは分かったから、あまり大きな声を出すな。ミラーズが嫌そうな顔をしているぞ」


「あ? ああ、そうか。悪かったなキジール」


 シィーは少女の詰襟の首元、首輪から露出した肌に軽く触れた。

 先ほどのような高速思考による意思の共有は起動しない。リーンズィとの交流の手番は、完全にシィーの方に投げられたらしい。


 純真な少女みたいに見えるか、と自分の表現にシィーは内心で苦笑する。この大量破壊兵器が、か。

 ――もしもそうだったとして、そんな相手にしてやれることなど何もない。

 器用に殺すのは得意だったが、優しく生きるのは、苦手なまま終わった。


 残された僅かな時間でアルファⅡに教訓でも遺してやろうかという気持ちは、すっかり失せていた。

 そんな立派な人間ではない。

 自分に出来るのは、普通の話をしてやるのがやっとだ。


「……あのバンドはガキの頃の思い出なんだよ。アジアに経済共同体が形成される前、思想警察が政治信条を監視し始める前だ。俺がまだティーン・エイジャーだった頃に、親父の音楽ライブラリで見つけて、どっぷりとハマって……軍に入って結婚してからは距離を置いてたんだが……最後の最後に懐かしくなったわけだ」


「ロックンロールはあまり好ましくはありません。不良の音楽ですよ」


 金髪の少女が、同じ口で今度は渋面を作る。

 ミラーズが介入してきたと言うことは、リーンズィはシィーの情緒を丸きり理解していないのだ。だから代わりに受け答えの役を買ってきた。そのようにシィーは読み取った。


「賛美歌なら、今この場で聞かせてあげても構わないけど、それじゃ駄目なわけ?」

「お前の声は最高だよ、途轍もなく綺麗だ。だが郷愁の問題なんだ、俺は昔夢中になった音楽を聴きたいんだ。あとロックンロールじゃなくてヘヴィ・メタルな」

「ヘビーメタルもロックンロールも同じでしょ、じゃかじゃかうるさいだけで……」

「違う、全然違うぜキジール」


 無意識に声が荒くなってしまう。

 だが迷いは無かった。きっとアルファⅡに必要なのは、こうしたくだらない人間の営みなのだ。あの機械は、人々が、素晴らしいと信じる物事を語る姿を観察したいのだ。

 アルファⅡは、勝利するための機械だ。

 勝利した後のビジョンがあるのかは、分からない。おそらくそんなものはあるまい。当初想定に『後』など存在しないのだから。

 ならせめて、勝利した未来は明るくあるべきなのだと、教えなければならない……。


「違うのはあなたよ。あと、今のあたしはミラーズ。いい加減覚えて」


「分かったミラーズ。とにかく違う。いいか、ヘヴィ・メタルっていうのはイギリスで一九六〇年代に生まれた音楽のスタイルだ。やかましいだけじゃない。歌詞だってそりゃまぁ過激なのも多いが、特にメガデスは格別だ」


「うるさいですうるさいです。聞いてない聞いてない。いるわよね、いきなり自分の好きなモノを語り始める男」


「私は聞きたいが……」とリーンズィが言葉を添えてきた。


「あいつもこう言ってる、良いから聞けって、メガデスはアメリカ、アメリカって分かるか? たぶんお前、リーンズィの認識では北米経済共同体のことだが、その前世紀の混沌の中で生まれたインテレクチュアル・スラッシュメタルで、暴力的な演奏スタイルとは裏腹に世にはびこる『暴力』の正当性に懐疑的な視線を投げかける……」


 とにかく思うまま言葉を尽すしかない。

 自分が愛したものについて語る様を見せる以外には。

 この何も知らない少女に世界を愛してもらうには、それしかないのだ。

 

 リーンズィは一人きりで口論を始めた金髪の少女を見て、小首を傾げていた。


「自分で先を促しておいてなんだが、残り時間は少ないと推測される。シィーはこのままで良いのだろうか……」


 実際のところ、二人の会話内容はリーンズィには殆ど理解できなかった。

 音楽知識はプシュケ・メディアのいずこかに格納されているのだろうが、自己連続性に抵触する事案らしく、想起される傍からサイコ・サージカル・アジャストに切除されてしまう。

 そのため、話の流れは分かるのだが、全くついて行けない。

 ミラーズとシィーは一つの肉体で激しく意見を交しながらも、楽しそうだ。

 キジールの名を与えられていた少女が、ぺたんと雪原に座りながら気分が良さそうに笑っているのを、リーンズィはずっと観察していた。


「貴官は自分が微笑んでいることに気付いていますか?」と背後からユイシスが口の辺りを撫でてきた。


 接触設定をオンにしたユイシスのアバターが、インバネスコートの背にぴったりと寄り添い、くすぐるようにして耳打ちしてくる。

 耳元に息がかかるような感触。


「推測します。シィーの人格についてですが、もしかすると意外と面倒くさいタイプの人では?」


 リーンズィは音楽性の違いで一人で言い争いを進めているミラーズから意識を離し、背後を振り返って同意しようとした。


 きめ細やかな作りの美しい少女の顔が、天使の和毛めいた金髪が鼻先に触れそうな程に近い。リーンズィはたじろぎ、そのたじろぐという挙動に興味を抱いて、己の肉体の動作を精密に注視した。

 ユイシスのアバターと寸時見つめ合う。生身の人間と見紛う精密に再現された、親愛に潤む愛らしい瞳が熱っぽい色を帯びている。

 

「どうしましたか? リーンズィ。拍動が乱れていますよ。この服の内側が気になりますか……」


 ユイシスは非実体だが、接続した生体脳を欺瞞する程度の機能は備わってる。頬をすり寄せてくる感覚。返事をする前にさっと身を離して、いたずらな笑みを浮かべるユイシス。

 リーンズィは視線を合わせたままにした。

 ライトブラウンの髪をした、この少女の肉体が、ヴァローナが何か反応しようとしている。

 少女の甘い芳香が、不意に鼻先をくすぐった。

 リーンズィは少女の喉で当惑の息を漏らした。


「……香りがする」


「香りですか?」ユイシスは首を傾げた。「そのような演算は行っていませんが」


「しかし君から香りを感じる。不死病患者の血とも違う……」


 傍らで死の番人のように黙して立っているアルファⅡが動いた。

 バイザーの黒い鏡面世界が周囲を見渡し、それから停止した。


「アルファⅡモナルキアが大気中の成分を解析しましたが、新規に発生した臭気は確認できませんでした」


「ならば、これは私自身から、いや、この肉体自体から生じた感覚か……」


 解析によれば、脳皮質視覚野のV4野や下側頭回の神経細胞が発火している。神経発火によって形成された入力は、その性質の実際がどうであれ、感覚する世界に対し固定される。

 ユイシスの頭の奥を痺れさせるような香りも、ユイシスの体熱が空気から伝わってくるような官能的な感覚も、一切がリーンズィの使用している脳の誤動作によって生じた知覚だ。


「興味深い。これは私の、いや、ヴァローナの、非言語的な記憶の一端だ」


 非実体であるユイシスの顔かたちの奥行き、つまり認知される世界における彼女の存在としての確かさを、現実そのものとして誤認してしまっているのだ。

 そして視覚に連鎖する各感覚器が補正という名の虚構を次々と生み出し、あるべき華やかな香り、体温の温かさといったものを己の脳内に造り出して、心臓の拍動を徒に強めさせ、さらにその誤った現実感を強固なものに変えていく。


「これはヴァローナと呼ばれた少女の……かつてのキジールに対する反応の励起なのだろう。情動が奇妙に沈静化するのが分かる。ミラーズの香りに似ていると言えば似ているような……アルファⅡ本体として活動していた時は、細微な匂いの区別が出来ていなかった。だから、断言できないが」


 少なくとも、幻の芳香の感知は、ヘルメット型の人工脳髄を装着した親機に由来するものではない。サイコ・サージカル・アジャストによって完全に統御された思考は、基本的に異臭や血液の香り以外には、情動に基づいた反応を示さないからだ。

 危機に対する感覚以外は、恐ろしく鈍かった。


「疑問を提示。実際には心拍数は上昇し、肉体に不随意運動が起きています。沈静化とは逆の反応です」


「では、この少女に演算されている私は、あるいは私を演算しているこの少女は本当は、何を感じて、何を考えて、何を望んでいるのだろう。この肉体はどういう反応を繋げて、今まで生命を繋いできた……ここまではっきりと、肉体が勝手に反応を示すぐらいに、キジールのことを覚えている。なのに、どうして我々に刃を向けた……?」


 関心はすっかりミラーズとシィーの不毛な言い争いから離れていた。

 ヴァローナの人工脳髄に納められた肉体の動作パターンを確認する。

 魂無き記憶の目録には、同年代の、少なくとも外観上は同年代の、スヴィトスラーフ聖歌隊の少女たちに対する接触のアプローチが無数に存在していた。

 友人と親友と恋人の間に境がない。リーンズィ=アルファⅡには、情報を外形的にしか解釈できない。聖歌隊がおかしいのか、アルファⅡがおかしいのか。


「リーンズィ、とっても切なそうな顔をしていますよ」


 ユイシスの非実体の手が頬に触れ、唇をなぞる。

 その感覚に、リーンズィの意識とは無関係に少女の肉体が震えた。


「当機でよければ、試運転にお付き合いしましょうか」


 耳を蕩かすような、落ち着いた甘い声音と穏微な吐息。生前の通りに、とリーンズィは首輪型人工脳髄から己の肉体の心身状態を操作する。

 ヴァローナの行動パターンを参照し、極めて親しい者への愛情表現を発露した状態に切り替えた。

 呼吸を抑圧的に乱す。躊躇いがちな動作を企図して陰るところの無い翡翠の瞳の涙腺を刺激して目を潤ませる。

 切なげな吐息を漏らしながら、幻想の少女の肩を引き寄せる。薄い唇を近づける。ユイシスの香りがますます胸に染み渡り、臓腑を熱する。その時、リーンズィの脳裏に、ある突飛な推論が唐突に脳裏を掠めた。もしかすると、この世界のどこかには本当に『ユイシス』が存在していて、ヴァローナは彼女の香りを知

 エラー。認知機能をロックしました。


 リーンズィの動きが硬直する。その隙にユイシスは上っ面だけの笑みを浮かべ、地に足付かない姿のまま、するりと身を躱した。


「……?」


 何を考えていたのか分からなくなっていた。

 呆然として静止するリーンズィを尻目に、ベレー帽の金髪が、意地悪そうな笑みで遠ざかる。


「あはは。冗談ですよ。謝罪します。残念ながら当機より背の高い娘は、当機の守備範囲外なのでした。それに、当機は貴官のものですが、私はもうとっくにミラーズのもの。だから貴官と愛し合うわけにはいかないのですよ。二股は当機の倫理に違反しますので」

 からかうような口ぶり。

「エージェントが自分の支援AIと交換するのは、電気信号だけで十分でしょう」


「……それもそうだ。君と何かしようものなら、ミラーズに怒られてしまう。試すべきではなかった」


 リーンズィは自分が何をしようとしていたのかを思い出し、一瞬で平静な状態に戻った。

 自分の思考ログに欠落が生じていることには気付かなかった。

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