墓標の如き兵士の残骸①

 時間を掛けて探し回っても廃屋の群れには何も無かった。アルファⅡモナルキアにとって価値のあるものは、何も。

 強いて言うならば、村に到着した時点と現時点で太陽の位置が変わらないのが気がかりだった。


 最後に村の中央部のスチーム・ヘッドを調べることになった。

 残骸は鈍色の不滅。雪に紛れてはいるが、注視すると、滅び行く世界の摂理に反するような異様な輝きに、警戒の感覚が身体を強張らせる。

 要所に装甲を執拗に貼り付けた、珍しくもないタイプの近接戦闘特化型戦闘用スチーム・ヘッドだ。

 どの戦場跡にでも打ち捨てられていそうな機体だが、こんな何も無い、寂れた村で機能停止しているのは甚だ不自然で、異様だった。


 視界にはユイシスの情報処理により『解析:不朽結晶連続体』の文字が浮かぶのだが、永遠に朽ちぬはずのその装甲は、明確な悪意で以て破壊されている。刺突され、切断された後がありありと残っている。

 不朽結晶連続体には不死病患者のように自動で再生する機能があるのだが、いかなる邪悪な奇跡によってか、修復が妨げられているようだ。

 また、五体は随分念入りに刻まれたらしい。呪詛の如き攻撃も不死病のもたらす恒常性を侵すには至らなかったようで、肉体だけは完全に治癒しているが、手甲も具足も脱落してしまっている。


 人工脳髄とプシュケ・メディアを搭載した、陣笠に似た形状のヘルメットは、輪をかけて時間を掛けて破壊された様子だ。結果として残されたのはスチーム・ギアの残骸と、仮面のような装飾具の破片、そして精悍な顔つきの男の肉体だけで、こちらは例によって自己凍結して、ただの不死病患者になっている。


 アルファⅡミラーズを背後に控えさせて、人格記録媒体プシュケ・メディアの残っていそうな部品を漁った。

 そのうち、陣笠の内側に、何か傷跡のような不出来な刻印があるのを見つけた。

『ROZIN』と読めた。


「このスチーム・ヘッドの名前だろうか」


『Zの部分の角度が奇妙です。全体的に奇妙ですが。Nの書き損じの可能性があります』


「なんて書いてあるの?」ミラーズが問うた。「字、苦手なのよね」


「アルファベットだ。ロージン、さもなければローニン。文字認識を共有しよう」


「うーん? やっぱり読めない。この、字が動いて見えるの何とか出来ない? 昔からこうなんだけど」


「何か別のサポートが必要なようだ。善処したいが、すぐには用意できない」

 アルファⅡはふと首を傾げた。

「通常ならばプシュケ・メディアに加工する段階でそうした問題への処置を行うはずなのだが、手つかずなのか……?」


『意見提示。この機体に関してですが、もう「老人」で良いのでは? 何十年か経っていそうです』


「本人に確かめるのが一番手っ取り早い。再起動できないか、残骸漁りを続けよう。ユイシス、アシストを頼む」


『データ・サルベージ、オンラインです』


 ユイシスの誘導に従って残骸を検分していくうちに、予想よりもいくらか酷い状態であることが分かってきた。人格記録媒体プシュケ・メディアの読出しに必要な装置だけでなく、蒸気甲冑スチーム・ギアの主要な駆動部まで徹底的に破壊されていた。


 不朽結晶連続体で構成された機体を解体するのには、相応の手間がかかる。

 同等以上の不朽結晶連続体の武器で休みなく攻撃を続けたのだとしても、こうまで手ひどく損壊させるには、通常なら数日が必要だろう。

 そして何より、意味が無い。

 スチーム・ヘッドは人格記録媒体を破壊された時点で機能停止する。ここまでの労力を掛けて無関係な部位まで切り刻む理由は基本的に無い。

 完全にオーバーキルだ。 敵対スチーム・ヘッドを完全に停止させるという妄念の残滓に、アルファⅡは危機感を覚えた。


 外枠の部品を調べ終えると、このスチーム・ヘッドが銃火器を一切装備していなかったことが判明した。

 逆に、通常は少数しか装備されない刀剣状の武装が、やたらと用意されていた。

 離れた位置に転がっていた、簡易な重外燃機関と思しき取っ手の付いた長方形の固まりは、用途が不明だった。

 ユイシスがデータベースを検索し、似た外観の装備をサジェストした。

 人類文化継承連帯の白兵戦用大型蒸気甲冑スチーム・パペット、<スルトル>の専用武器だ。

 存在している、という以上の記録が読み出せないため、具体的にどういう兵器なのか、やはり分からない。

 いずれにせよ、眼前で骸を晒している機体は、そのような大がかりな武装を扱うようなスチーム・ヘッドには見えない。アシスト用の外骨格に装甲を組み込んだ程度の凡庸な機体だ。


 だが、検分を進めると、そもそも一般的な機体であるという認識が誤りだったらしい、ということが分かった。

 外観は均してあるが、各部で規格が異なる。

 全く違うギアの部品を継ぎ接ぎにして、強引にそれらしい機体を取り繕っていたらしい。

 しかも、所属組織を明示するものがどこにも見当たらない。

 有り体に言えば、不審な機体だった。


 ユイシスがスキャンした情報を基に、架構代替世界で残骸を組み直して、破壊される以前の状態を構築する。

 格闘戦寄りに調整された準戦闘用スチーム・ヘッドと言ってしまえばそうなのだが、間接攻撃の手段を一つも用意していないのは異常だった。

 最低限度の装甲に、過剰な量の刀剣だけを搭載している。

 スチーム・ヘッド同士の戦闘を想定し、兵装を減らして速度を重視する、という構成は当然有り得るが、その場合でもシルエットが変わるほど近接武器を積む理由が無い。


『特異な痕跡を検知しました』


 比較的原形を保っている重外燃機関を調べていると、ユイシスが『重要目標』としてある一点をピックアップした。

 装甲を取り外す。

 内部からプシュケ・メディアを格納した不朽結晶製の円筒形のケースが現われた。

 それ単体で簡易な人工脳髄として機能するよう、最低限の部材が取り付けられている。


『バックアップ用の人格記録媒体かと思われます』


 メディアを抜き取った。

 刻まれたシンボルは、赤い世界地図を背にした剣。

 それに巻き付く二匹の蛇。


「……調停防疫局か」


『肯定します。複数のメディアを搭載するのは調停防疫局直属のエージェント独自の仕様であり、機密の一つです。襲撃者はこの仕組みを知らなかったのだと思われます。シリアル検索。検索中……該当する機体を確認できません。未登録のエージェントのようです』


「バッテリーは……劣化が激しいな。だが起動は可能だ。ユイシス、生体脳に挿入して再生してみよう。何があったのか分かるかも知れない」


 退屈そうに眺めていたミラーズが、溜息交じりに割って入った。


「ちょっと待って。感染者は保護する、そのはずよね。折角永久の眠りを約束された人々に、無理矢理プシュケを吹き込んで、目覚めさせるっていうの? いくら聖歌隊を離れた身だとしても、到底見過ごせない行為です。彼らは世界の終わりまで、最後の審判が下るまで安寧のうちに……」


「問題ない。解決手段はもう用意してある」


「ふーん、そうですか? では、いったいどうやってプシュケから魂を……ひゃっ!」


 すとん、と金髪の少女の肉体が尻餅をついた。


「お、お尻が冷たい。あれっ? 座ろうなんて思ってなかったのに……」


 事態を飲み込めていない少女を無視して、彼女の肉体が独りでに動き続ける。

 帽子を取って胸に抱き、ぺたんと座った姿勢のまま背筋を伸ばした。

 この姿勢においては、装飾の施された不朽結晶連続体製の行進聖詠服が、そのサイズの不一致から拘束具のように働き、一度脱衣しなければ立ち上がれない。


「……何これ。体、動かないんだけど……あっ、ちょっと待って、あの……前からだと下着見えてない?」


『今更見ても、誰も気にしないと思いますよ』


「あたしが気にするんだけど……ミラーズは良いけどリーンズィに見られるのはなんか嫌だし……」


『配慮します。遠隔操作を継続します』


> 生命管制:強制鎮静。軽度の筋弛緩。


「あ、あう……何これ……」


『生命管制よりミラーズへ。メディア再生モード、スタンバイ』


「え、してない。あたしはスタンバイしてないんだけど。えっ、もしかしてあたしにプシュケを吹き込むの? あたしまだ意識あるわよ? 非道なことはしないって言ってたはずよね?」


「キジールには約束したが、今や君はエージェントであり、局のために働かなければならない。そして、他の感染者にも余計な危険は与えられないから、この場合は君がメディアを読み出す装置として最優先で指名される。ただし、君には命令を拒絶する権利が認められている」


「拒絶なんてしない。調停防疫局の言うことを聞くのは当たり前のことだもの」


 抗弁しながらも、ミラーズには事態の異常性に何ら疑問を抱いていない。

 エージェントとしてそのように思考を規定されている。


「君の行進聖詠服も好都合だ。身体の動きを極端に制限するその構造ならば、メディアに記録されている人格が暴れ初めても容易に制圧できる」


「だ、打算的すぎるでしょ……まさかあたしの体じゃなくて、この服が目的だったの……」


「それもあった。とにかく君の人格を破壊するようなことにはならない。安心して欲しい」


「えっと? あの、あたしの人工脳髄の電源は……」


「切れないので、切らないままで行く」


「それじゃ安心出来ないわよ! 色々されてきたけど、他人のプシュケを入れるなんてさすがに初めてよ」


「誰にでも最初の一回がある」


 アルファⅡは適当な返事をしながら、スチーム・ヘッドの残骸から布きれを拾った。

 メディアを、バッテリーごと、ミラーズの頭に巻き付けて結ぶ。小さな頭にバッテリーを結わえられた姿で機械を崇める未知の民族の巫女のようで、奇異でありながらも、なおも言い難い神秘的な気配を纏っている。

 汗ばんでいる少女と目線を合わせて、脱力している眦から零れた涙を拭ってやり、肩に手をかけた。

 黒い鏡面のバイザーに映る、不安げに息をするミラーズに語りかけた。


「君の本体は君の首輪型人工脳髄、隷属化デバイスの方にある。心配しなくて良い、動作方式がまるで異なるので、他のプシュケ・メディアと相乗りになっても問題は出ない。性能差を考慮すれば、おそらく君の方が上位に立てるはずだ。原初の聖句でコントロールも可能かも知れない。予想外の異常が出ればすぐにメディアを取り除く。新入りには酷だが、重要な任務だ。気を引き締めて臨んでほしい」


 ミラーズは不死には似つかわしくない蒼白の顔で頷いた。


「な、なんか色々と話が違ってきてるよね、これ……従うけど……」

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