<雷雨の夜に惑う者>①

 兵士の背負う棺じみた蒸気機関――重外燃機関から吐き出された透明な煙が渦を巻き、極寒の雪原を溶かす。痩せ細った土地が暴かれて、狂い咲きをした花の香りのする露が枯れ草の上に降りる。

 バイザーから選択的に漏出される紅の可視光が、二対二連のレンズから零れて、ヘルメットの不朽結晶を染め上げた。

 やがて排気の煙までもが赤く染まり、開戦の狼煙の如く高々と空に舞う。

 赤。赤。赤……兵士が拳を構え、脚を雪花の地に摺らすたび、血煙が外套の如く飛沫を上げて翻る。古来より緋は火に連なり、転ずれば血を呼ぶ。

 火と硫黄の降り注ぐ空。城壁を指し示す濡れた刃の先端。埋葬者さえ息絶えた疫病の街の病床。血は、虐殺の狂騒の夕暮れ、沈黙する全滅の朝焼け、地を舐める紅蓮と同じ色をしている。

 赫々たる赤。それは人類史のあらゆる局面において現れ、例外なく――おぞましいほどの大量死を伴侶とする。

 

 アルファⅡの耳の奥で、鋼鉄の鼓動が徐々に小さくなる。

 重外燃機関起動という条件を満たしたため人格記録媒体プシュケ・メディアが自動起動。

 視界がブラックアウト。

 どこか知らぬ暗い部屋で――丸椅子に腰掛けた白衣の男が、何事か話しかけている。


 君の重外燃機関は実際のところどう扱ったものか局内でも意見が分かれてる。というのは同じものはこれまでの歴史上一度も現われたことはないしこれからもないからだ。似たものは存在したがね。ありえない事態だが外殻が破損すればどうなるのか分かったものではない。冗長性を持たせるために幾つか冷却システムを組み込んだが使ってみないと有効性は分からない。我々は分からない尽しで君を送り出さないといけないわけだ。そして我々は君が誰なのかもよく分かっていない。ははは。まぁその点はすまないと思っているよ。

 どうであれ循環器転用式の強制冷却装置は安定して動作すると思う。

 苦しいのは一瞬だ。

 たぶん一瞬で意識を失うはずだからね。


 

 宣告されたとおり、致命的な酸素欠乏と血圧低下によって、生体脳は瞬間的に破損した。

 ユイシスの生命管制が意識の鏡像をプシュケ・メディアへと回収し、繋ぎ止める。


『コンバットモード起動。全造血細胞を過負荷状態で稼働中。平行して過給器装置を起動。血中酸素飽和度強制上昇。意識転写、チェック項目省略。悪性変異の進行に注意して下さい』


 アルファⅡの認識の上では視界が一瞬霞んだに過ぎなかったが、視界に表示されているデッド・カウントが僅か数秒の発電で三回も進行していた。

 循環器転用式強制冷却装置は、水や可燃物を別に用意できない場合でも使用可能な発電システムだ。

 ガントレットの内側から大量に血を吸い上げ、血液を蒸気機関の炉心から熱を取り出すための媒体として転用する。百リットル近い量を数秒で蒸発させて、その蒸気で不朽結晶のタービンを最大効率で回転させる。

 当然ながら身体負荷は通常のオーバードライブを大きく超過する。

 オーバードライブはいずれかの段階で肉体に死をもたらすが、すべての血液を発電に捧げるこのシステムは、前提として死を求める。

 

『短期間の生存に寄与しない臓器を血液へ転換。バイタル、制限付きで安定……』


 合成された酸素と麻薬成分が、脳髄を強制的に活性化させる。

 アルファⅡの視覚が完全に機能を取り戻した。

 ほんの数秒の意識消失。

 だが状況は動き出していた。

 蒸気機関の上げた爆音に食いついた<雷雨の夜に惑う者>が、狂乱の怒声を上げながら突撃してくるのが見えた。


 行進聖詠服の少女は、アルファⅡの重外燃機関に浴びせかけられた血の蒸気にあてられたようで、しばし呆然としていた。

 ややあって、ようやく怪物に背を向けることを選んだらしい。

 少女が丘へ向けて歩き始めたのを音で確認し、アルファⅡはオーバードライブの加速倍率を対悪性変異体においてのみ使用可能なレベルに設定した。致命的な領域だ。


 そして躊躇無く告げた。


「加速しろ、ユイシス」


『オーバードライブ、起動します』 


 アルファⅡの姿が掻き消える。

 後に残るは弾け飛ぶ雪原の燐光のみ。

 限界を超えた筋出力による跳躍の連続。

 一歩踏み出すごとに大地が踏み砕かれ、爆裂音が響き、白銀の野までもが罅割れて、雪の花が舞い踊る。

 洗練という言葉から程遠い野蛮な疾走。それら強引な走法は意図を持ったものだ。

 目論み通り、<雷雨の夜に惑う者>は轟音に過剰に反応した。

 離れ行くキジールのことなど、もはや意識には残っていまい。


 この液状化した腐肉を特徴とする悪性変異体には、視覚がない。

 嗅覚や味覚はもちろんのこと、触覚も痛みの感覚を残して消滅し、聴覚のみが過剰に働いている状態にあるとするのが外部の研究機関の通説だが、実際には聴覚もない。

 痛覚以外には何も無いのだ。

 空気の震動を腐り果てた肉が余さず捉えて『痛み』として感知する。

 そして『痛み』を以て世界を認識するのだ、と調停防疫局は結論づけている。

 即ち、この悪性変異体にとって、液状の肉を刺激する全ての音源が痛みをもたらす敵となる。

 だからこそ常ならぬ爆音を立てて移動するアルファⅡに集中的に対応せざるを得なくなる。


 バイザーの内部には、ユイシスの解析した基礎的な情報が表示されている。

 目標の全高は約四メートル。機体重量は、外観から想定すると五トンにも達しているはずだが、雪の下で軟化しているはずの地表は、さしたる移動の障害になっていない。

『見た目よりも肉体組成の密度が低いのかもしれません』とユイシスが意見を述べている間にも、アルファⅡの全身が軋みを上げ、脚部を構成するありとあらゆる骨が割れるか、折れて砕け、膝関節の軟骨が粉砕して崩壊し、筋肉がことごとく断裂し、そして、破砕を迎えた傍から瞬時に再生していく。


 身体破壊を躊躇わず疾駆する有様はさながら暴風のようであり、只人の眼では捕捉できないだろう。

 事実、短時間ではあるが、その速度は<雷雨の夜に惑う者>の鋭敏すぎる痛覚をも幻惑した。肉の漣の一瞬の遅れ。ユイシスの生命管制はその隙を見逃さず、好機としてエージェント・アルファⅡへと伝達。

 ヘルメットの兵士は瞬時に意志を汲み取り、再生能力の破綻に注意しながら脚を止め、加速度に任せて雪原を滑りながら、バトルライフルを構えた。

 ガントレットの左腕でバレルを掴み、反動を強引にコントロールして<雷雨の夜に惑う者>の胴体へと弾丸をフルオートで撃ち込んだ。己の身体の崩壊を前提とした異常な機動から連射された7.62mmNATO弾は、目標へ正確に命中した。


 零れて弾けた水の冠のように不肉の表面が弾けた。

 ――それで終わった。

 効果は見受けられない。

 波打つ肉の群れは平然としてアルファⅡを追尾する。

<雷雨の夜に惑う者>に、自分の正確な位置を教えただけになったようだ。


『着弾観測を報告。ダメージは


「驚異的だが想定内だ」


『目標、腐食体液を噴射。回避を推奨』


 成分解析によれば、内容はまさしくただの体液だ。

 しかしそれこそが恐ろしい。不死病に冒された生体は、受けたダメージに対して、あくまでも過度に活性化された恒常性を発揮することで対処する。

<雷雨の夜に惑う者>の細胞組織は、接触した物体を同化し、再生することで、その悪性変異体にとって

 即ち、自分と同じ状態に還らせる。

 

 不死病患者の通常の血液と同様、体外へ放出された直後から急速に揮発して短時間で無害化する上に、他の不死病患者の恒常性を一滴で破壊するほどの侵食能力は無い。それでも直撃してはひとたまりも無い。


 超常の速度で活動し、知覚領域をブーストされたアルファⅡの眼には、既に予測経路が映っている。生体ガスで射出された<雷雨の夜に惑う者>の腐食液はおそろしく緩慢な速度で伸びてくるまだらの紐のように映った。

 オーバードライブの加速倍率をさらに上昇させ、瞬間的な超高速移動でこれを難なく回避する。

 一瞬前に立っていた雪が汚濁して溶け、その下の土までもが腐るのが見えた。


『警告。悪性変異体、貴官の移動を追尾。完全に捕捉されています』


 異形の巨人の体表を覆う液状の腐肉が、アルファⅡの進行方向をなぞるようにして波打っている。


「もう私の移動の癖を覚えたのか」


『肯定します。悪性変異体は通常の感染者と変わりなく

 ユイシスは酷く矛盾した表現でアナウンスした。

『不死病患者は、継続的な損傷から不可避な状況下において、身の安全を確保するために身体機能の過剰な強化を行います。目標は常にその状態にあると再認識してください。あるいは自己防衛と殺戮のために進化し続けてるとも言えます。適応の速度は、しばしば我々の予測を越えます』

 

 不死病感染者は、不滅だ。

 どのような損傷を受けようとも、その魂無き肉体は最終的には基準の状態に回帰する。それが不死の時代における『恒常性』だ。

 だが、正常な形での再生には限界がある。

 ダメージを負うたびに耐性を獲得し、環境へと適応していくのが常だが、仮に再生が追い付かないほどのダメージに連続的に晒されれば、欠落は攻撃性を帯びた、すなわち悪性変異という形で補填される。

 不死の病に冒された彼らは、災害の地で、感染爆発が起こった都市部で、そして過酷な戦場において、死と苦痛の中で怪物へと変異し、自身を害するものが死に絶えた安全な環境を確保するまで、荒れ狂うのだ。

 こうした悪性変異体の出現は、不死病の歴史において殺戮と混乱の発生と例外なく対になっていた。彼らは、己が身を守るために度を超した形で肉体を環境に適応させ、異形の姿となり、それきり戻れなくなってしまった感染者なのである。


 悪性変異体への変貌とは、すなわち、不死病が個人にもたらす最悪の末路の一つだ。


「一分で良い、あの変異体の動きを止められれば……」


 切り札はある。打つ手がない。

 さらなる破壊を与えれば、適応と再生のために短時間は停止すると予想される。

 しかし、壊れたものはもう壊せない、というのが普遍的な道理であろう。目標は常に『損壊している』状態だ。単にダメージを与えることで適応のための停止を強いると言うのであれば、全身が腐り落ちる以上の強烈な一撃でなければ何の意味も無い。<雷雨の夜に惑う者>にとっては既存の傷口が疼いているのと変わりないだろう。

 ならばどうするか。どのような攻撃なら、腐肉に覆われた巨人に通じるというのか。

 策を弄したいところだが、敵方の学習速度自体も侮れない。

 再度、牽制にバトルライフルで銃撃したが、四本の腕で完全に防御されてしまった。完全に無防備だというならやりようもあろうが、肉体に戦闘経験が刻まれているのだろう。もはやバイタルパートがあると思われる胴体にすら弾丸を当てられない状況だ。


 撃ち返される腐食液を回避しながら、アルファⅡは焦りを募らせる。


「ユイシス、何か良い案はないか?」


『<雷雨の夜に惑う者>が最初に確認されたのは2020年初頭のアメリカ合衆国テキサス州とメキシコの国境地帯においてです。その際には、最終的には大隊規模の戦力が投入され、航空爆撃まで行われました。それでも最初の変異者を収容するのが限界だったのです。我々もテキサス・レンジャーに通報しますか?』


「今すぐ呼んでほしい。国際電話でも構わない、電話代は私持ちで良い」


『ユーモアレベルの上昇を確認。利用可能な外部端末を検索。……<雷雨の夜に惑う者>の熱量増大を確認しました。目標、オーバードライブします』


 腐肉の巨人が、鈍重な肉体からは想像できない速度で跳躍した。

 おぞましい巨体が砲弾のように突っ込んでくる。

 容易には対応できない速度だ。

 この短時間でアルファⅡの高速機動に完全に順応した様子だ。


 ただし一手先んじているのはアルファⅡだった。ユイシスは<雷雨の夜に惑う者>を解析して、跳躍の兆候を事前に掴んでおり、実際に行動を観測した頃には、もう最適な回避経路のガイドをアルファⅡの視覚上に表示し終えた後だった。

 だが、対抗してオーバードライブを強化したアルファⅡは、回避ガイドを無視し、より攻撃的な選択を取った。

 のだ。

 距離を取って安全を確保する道を捨て、狂戦士のように進撃する。

 正面から打ち合う愚は犯さない。

 単なるブラフだ。

 飛び掛かってくる<雷雨の夜に惑う者>と擦れ違う機動で疾走する。


 振り回された巨腕が、自分と接触するコースに入っているのは予想済だ。

 アルファⅡの過熱した知覚は、回避よりはむしろ反撃を思考する。


 兵士の肉体が、雪原を蹴って跳ねる。

 不朽結晶製のブーツ。その装甲された底部で、腐敗した巨腕の一撃を蹴り払って防御。

 そして跳ね飛ばされる勢いを利用して、空中へと己の身体を打ち上げた。

 汚染はされていない。無謀な機動のせいで両足の破損が著しいが、不死病患者にとっては掠り傷だ。


 重力から解放された状態で、バトルライフルから手を離して浮かせる。

 代わりにタクティカルベストから対感染者用拳銃を抜き取り、兵士を掴み損ねて雪原に転げた腐肉の巨人の、その無防備な背部へと連続で銃撃する。

 上空からの、しかも背部への攻撃には慣れていないだろう、というアルファⅡの予想は正しかった。

 対象の再生能力を暴走させて肉体を破裂させる特殊弾頭は、体表を循環する液体状の腐肉に、防御も反応も許さず命中した。

 僅かばかりの爆発。

 ――残念ながら、ダメージと言うほどのものは見受けられない。


「背後からの攻撃には鈍い、というのは分かった。良しとしよう」


『悔し紛れの捨て台詞、お疲れ様です』


 空中に投げ出されて雪原に落下するまでは精々五秒程度のことだ。

 しかし、オーバードライブで数十倍に引き伸ばされた知覚において、五秒間は極めて長い。

 落下していく兵士の脳裏に疑問が浮かんだ


「……そもそも何故あれほどの巨体になっているんだ? 効果は無いが、狙わなくても弾が当たるぐらいだ」


 弾切れの拳銃をホルスターにしまいながら、過去に現れた<雷雨の夜に惑う者>のデータを改める。

 いずれの事例でも、肉体の状態は同様で、ぐずぐずに液状化した腐肉が体表を環流している。

 だが、本来ならサイズは通常の人間と大差が無いはずなのだ。

 自分自身の速度に潰されて、雪原につんのめって瀑布を上げている、眼下のあの怪物のような巨大な個体は、過去の記録に確認できない。


「あのサイズだと、歩くことも難しいはず。新たな骨格でも形成しているのか」


『生命管制より警告。先ほどの格闘攻撃によって両足の大腿骨が粉砕されています。再生リソースを集中。馬鹿みたいに突っ込まないでください』


 呆れたような声がいっそ疲労した聴覚神経に心地よい。


『限界を超えた機動には反動がつきものです。それを忘れないでください。悪性変異進行率上昇中、バッテリー残量70%、再発電開始まで推定一二〇秒』


「了解した、だがオーバードライブで息切れするのはあちらも同」と返事をしている最中に肉体が雪原に落着した。


 蒸気機関に設けられた筒状の噴射装置から緩衝用の圧縮蒸気が噴き出して、落下の衝撃を削いだ。

 アルファⅡ自身も反射的に甲冑を纏った騎士の作法で雪の上に身を転がし、受け身を取った。

 そのせいで頸椎が破裂した。


『受け身を取っても無駄なので今後は不要です。オーバードライブ環境下であれば修復は容易ですから。むしろ電力の無駄と言えましょう。無意味に怪我を増やしています。破損部位を集中再生します。あと、落下中の発話は非推奨です。ヘルメットの下で舌を噛み切るとおそらく悲惨なことになりますよ』


「次に高所から落ちることがあったら注意しよう」


 半身が一時的に動かなくなってしまった。

 首を傾けて敵の方を伺う。

 悪性変異体は液状組織を破損させて、古代の王に投石で打ち倒された巨人のように倒れ伏している。


 姿勢復帰はアルファⅡが速い。ユイシスの支援とデッド・カウントの進行により、修復は数秒で終わった。

 素早く立ち上がり、バトルライフルのボルトキャリアに入り込んだ雪を叩いて落としながら推論する。


「見た目が大きくても、制御装置なし、発電装置無し、肉体の熱生産頼りならば、エネルギーの最大容量は然程でもないだろう。加えて肉組織溶融状態で、あれだけの速度で地面に突っ込めば、衝撃で組織の何割かは骨格部から吹き飛ぶはず……吹き飛……何だあれは」


 バトルライフルの銃口を向けたアルファⅡが目にしたのは、骨格だ。

 金属質の輝きを放つ、内骨格だ。

 ユイシスが『解析:低純度不朽結晶連続体』の警告を添付した。


『目標内部にフレームを確認しました。人類文化継承連帯、<デュラハン>です』


「全身装甲式の拡張型ギア、『スチーム・パペット』か。生体CPU代わりの感染者が内部で悪性変異を起こして、過剰再生で増殖した体組織が、装甲表面まで侵食している、そういうことか……面倒だな」


 全てを察してアルファⅡは毒づいた。

 これでは通常弾頭などいくら撃ち込んでも無意味だ。

 スチーム・ヘッドの装甲は大概が不朽結晶製で、同レベルかそれ以上の純度を持つ不朽結晶で無ければ貫通できない。

 ともあれ、アルファⅡの考えた通り<雷雨の夜に惑う者>は己自身の突進のエネルギーで、相応のダメージを負っている様子だ。

 内部のスチーム・ギアは内骨格としてのみ機能しているらしく、沈黙を保っている。蒸気機関やアクチュエーターの類は働いていない。筋肉の役割を果たす腐肉が剥離すると全く動けなくなるとみて間違いない。

 巨人を操る主体は、あくまでも外側から装甲を包み込み、おそらくは内部にも充填されている、液状の腐肉の方だろう。


 それら汚濁の血肉は、ぶちまけられた水彩絵の具の洗筆バケツのようにそこかしこに周囲に飛び散っていたが、逆回しの映像であるかのように徐々に内骨格へと引き戻されつつある。

 悪夢的な逆再生だ。


「軽火器では役に立たない。これでは騎兵隊もお手上げだ。悩ましいな。ああ、頭が焼けるようだ……」

 アルファⅡはふと気付いてヘルメットに手を当てた。

「意識してみると、なるほど、戦闘している間の人工脳髄の発熱も中々のものだ」


 ユイシスからいつもの軽口は無い。

 他の情報処理にリソースを割いている様子だ。

 

「ユイシス、目標悪性変異体の、胴体部分の映像を拡大表示してくれ」


 バイザーの視界の片隅に静止画像が再生される。

 腐肉の巨人の中央が割れ裂けているのは、そこに生体CPU代わりの感染者を『接続』するための空洞があったからだろう。

 つまり、そこから這い出そうとしている、通常の人間が腐敗したような、あのみすぼらしい上半身こそが――<雷雨の夜に惑う者>の発生源だ。

 怪物になり、狂い果てても中枢を防御しているということは、とアルファⅡは思考する。


「……そこに弱点があるのか?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る