スチーム・ヘッド

 アルファⅡの抗議に、ユイシスは酷薄な微笑を返す。


『当機が貴官の意識状態についてテストを行っていた事実を、まだ認識できないのですか? 貴官は相当な程度で、本来あるべきでない反応を示していました。当機は貴官の疑似人格の正常な構築に懸念を感じています』


「それは……確かに、そうかもしれない」

 アルファⅡは頷いた。

「君が異常に浮かれているように見えたのも私の認識の異常だろうか」


『それは現実です。嬉しかったんです』


 どう捉えたものか、思考が揺らいだ。


「……君の冗談は難しいな」


『ユーモアの精進が足りませんね。それでは、まず、このスチーム・ヘッド、キジールの発電装置についてです』


 ユイシスはベレー帽子を脱ぐと、手の上に浮かべてくるくると回した。

 一見しただけでは品の良い帽子にしか見えなかったが、内側にはケーブルやバッテリーらしきものが敷き詰められている。


『スヴィトスラーフ聖歌隊のキジールに、おそらく蒸気機関は搭載されていません。自律行動を維持するための発電装置は、この帽子だと推測されます』


 標本の解説をする教師のように、羽根飾りに指を当てて、帽子の縁までそっとなぞる。


『この羽根飾りのような部品は、不朽結晶連続体を利用して作られた高効率の太陽光発電装置です。精査できていませんが、プロペラの風に飛ばされる際に確認できた限りでは、電磁波対策のシールドが執拗に組み込まれています。非接触通電によって頭部の造花型人工脳髄へと電力を供給していたのでしょう。スヴィトスラーフ聖歌隊の最大の武器は彼女たちの操る「歌」、原初の聖句ですから、人工脳髄に疑似人格を演算する以外の機能は必要なく、燃費が良いのです。そのため、この程度の発電装置で済むものと推測されます』


「少し……思い出してきたな……かわりに聖歌隊のスチーム・ヘッドの人工脳髄には汎用性が全くないんだったか……」


 ユイシスはアバターに呆れ顔を作った。


『その様子だと、記憶の再生に非常に重い障害が生じているようですね……。人工脳髄と生体脳、プシュケ・メディアの連携に、予想よりも支障が出ていると判断。これぐらいの情報ならば逐次読み出しが可能なはずですが。疑義を提示します。そもそもスチーム・ヘッドが何なのか、現在の貴官は理解していますか?』


「それぐらいは理解している。不死病の感染者に人工脳髄を挿入し、生身の人間の精神活動情報を破壊的に抽出・収録した人格記録を読み込ませた存在だ。一見非効率的だが、人間の精神構造だけが辛うじて『不死病患者』というフォーマットに適合する。疑似人格の演算で、あたかも生きている平常な人間のように振る舞う、真なる不死の兵士、生きる屍……それがスチーム・ヘッドだ」


『肯定します。では、貴官は人工脳髄以外にも様々な装備を身につけていますね。一番重要な要素はどこにありますか? 回答を入力して下さい』


「……人工脳髄と人格記録媒体プシュケ・メディア、その半永久的な独立した稼動こそが、最も重要だ」


『その通りです。極めて基本的な知識です。その知識を正常に読み出せていれば、キジールの蒸気機関を探すなどと言う無意味な行為は行わなかったことでしょう』


「君の言う通りだが、あの時の私の挙動は正常では無かったのだと思う。何故ならば……」


『当機が貴官の思考領域のかなりの部分をアバター作成のために使っていたことは言い訳になりませんよ』


 先回りされたアルファⅡが当惑した。


「さすがに君はもうちょっと言い訳をしたらどうなんだ?」


『あはは』空疎な笑みが漏れた。『それも含めてのテストだったんだよ、みたいな感じでお願いします』


「テストでゴリ押ししようとしているな?」


 ユイシスは少女のアバターでぴっと指を立てて、アルファⅡのあちこちを指差した。ぴしぴしぴし。


『とにかく、貴官のように特殊用途のスチーム・ギアや大型の蒸気機関といったものを装備している機体も当然相当数存在しましたが、それらは調停防疫局が我々の開発に着手した当時の水準でも、旧態依然とした設計思想によるものだったのです』


 アルファⅡは頷いた。

 ユイシスに演算能力を奪われていないせいだろうか、今度は記憶の読み出しがスムーズに出来た。

 スチーム・ヘッドは元来、戦闘用の存在ではない。

 第一号は蒸気機関に頼るような機体でもなく、名称にスチームなどという文字は入っていなかった。

 最初期においては、自我の揮発した不死の肉体に正常な思考能力を与え、最強の兵士を完成させるための計画だったとされている。背負っていたのも当時最新鋭のバッテリーだった。

 だが、実際に初めて公的に実戦投入されたのは、電磁波の嵐が吹き荒れる過酷な戦場を駆け回る、ある種の伝令としてだった。

 被弾や負傷をものともせず、現地調達した燃料を蒸気機関の炉に焼べて発電し、プシュケ・メディアによる疑似人格演算で電子記憶装置に依らない自律活動を継続し、腕が千切れようが脚が吹き飛ぼうが、何があっても目的の戦地に情報を送り届ける。

 電子通信網が崩壊し、簡易人工脳髄を埋め込まれた粗雑な不死の兵士が停止した戦場で――蒸気機関から白煙を棚引かせながら駆け回る鉄面の兵士だけが、孤立した軍隊、都市、人々の、唯一の希望となった。

 そういう時代があったのだ。


「そもそもスチーム・ヘッド蒸気と共に歩む者というのは、当時、蒸気機関から煙を吐きながら必死に走る続ける姿からつけられた愛称に過ぎない。そしてスチーム・ヘッドが正式化された後の時代では、高性能人工脳髄と自律活動用の発電装置を備え、不朽結晶連続体を素材に採用した機体全般を指す名称となり、蒸気機関自体はむしろ廃れていった。そうだな?」


『肯定します。あの時代から何年経ったのかも不明です。常に情報の更新を心がけて下さい』


「それは君も同じだと思うが……」


 ユイシスはふぅ、と溜息をついた。

 無論、アバターにそのような仕草をさせただけだ。


『当機は懐疑を提示します。こうして度々講義をしなければならないのは面倒です。もう一度自己破壊プロセスを実行して人格を再構築した方が効率的では?』


「気持ちは分かるが冗談でも息を吐くように最終手段に訴えるのはやめた方が良い」


 その時だった。


「……グラース……」


 歌うような澄んだ声がした。

 アルファⅡは鋭敏に反応して、声の聞こえた方角、キジールのもとへ向き直った。


 

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