レプタリアン8

 じゃあ、行ってくるね。

 あやめはおじさんにそう言い残し廃屋を出ると、真っ直ぐに小川に向かった。おじさんの雰囲気がいつもとは違い、どこか怖いものだったのが気がかりだったが、あやめには今日もやるべきことがあった。

 あやめは河原から大きな石を両手で抱えると、かつてその小川から水を引いていた、いまや荒れ果て、雑草の楽園となっている廃田に向かった。

 おじさんが紙に描いてくれた図に従い、すでに並べてある石の隣にそっと置く。

 助けを、呼ブ。おじさんはそう言っていた。図のように石を並べるとおじさんの仲間が助けにくるらしい。そう理解したあやめは、片腕でひどく苦労しているおじさんのかわりに、石を並べることにしたのだった。

 少女の身体には重労働だったが、少しでもおじさんの助けになれることが、あやめには嬉しかった。図によれば、完成までもあと少しだった。

 それに、とあやめは思う。おじさんの仲間が来るなら、自分も一緒に連れて行ってもらおう。きっとおじさんも一緒に行こうと言ってくれる。おじさんは優しいから。

 ここではないどこか。それはあやめにとって、死意外に初めて抱いた希望だった。

 


「…どういう、ことでしょうか?」

 普通に歩けば10分の距離を、匍匐前進で1時間かけて静かに接近したミステリーサークル。 

 狙撃姿勢のまま待ち伏せることさらに2時間。早朝7時にそこに現れたのは、しかしレプタリアンではなかった。スコープの中にいるのは、どう見ても中学生ほどの少女だった。

「わからない」

 すぐ隣に伏せるマヤが、双眼鏡から眼を離さず、静かに答える。想定外の事態だったが、それはいつものことだった。マヤの指揮官としての思考は、すでにありとあらゆる可能性に巡っていた。

「こちらでも確認。少女が一人。対象マル外は確認出来ず」

 別に潜伏している2班の村木から無線。向こうも向こうで困惑しているようだった。

 スコープの中で、覗き見している4人がいるとはつゆ知らない少女が両手で抱えていた大きな石を置くと、ポケットから取り出したメモを見やり、次いで小川の方に向かい一度視界から消えた。数分後、再び姿を現した少女の手には新たな石。間違いなかった。明らかに少女がサークルを作成している。だが、なぜ?

「待機。監視続行」

 疑問、そして可能性は次々と浮かぶが、決断を下すには情報が足りない。少女を監視し続ければ、何か手がかりを得られるかもしれない。

「了解」マヤの指示に、村木が無線機越しに答える。

 小川と廃田の往復を繰り返す少女をスコープ越しに見つめながら、神崎はなんとも言いようのない居心地の悪さを感じていた。

 時折少女の身体が十字のレティクルに重なる。その瞬間、もし自分がほんの少し指先を絞れば、少女は自身に何が起きたかさえ理解することなく、死ぬ。

 その現実は、気持ちのいいものではなかった。少女がなぜサークルを作っているのかはわからない。故に、だった。状況次第では、最悪少女を撃たなければならないかもしれない。

 これから殺すかもしれない、それも少女を、影に隠れて覗き見る。

 つくづく、因果な仕事だなと、神崎は思った。

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