幕間 御先烏──芥の話

 空腹くうふく飢餓きが渇望かつぼう

 自分の最も強い感情は、飢えていること。

 それだけだった。


「──この、穀潰ごくつぶしの、役立たず」


 しわがれた声が、苛立ちながら、降ってくる。


「せめてお前が女であれば、少しは値打ちがあったものを、親不孝者が」


 薄暗い山中を女と子供は歩く。女の腰にも届かない幼い少年は大人の歩幅についていけなくて、引きずられるように足を動かす。空腹で目が回り、女の言葉の意味を理解する気力もなく、ひたすらあかぎれした自分の足を見ていた。


 冬の夕暮れ。冷たい潮風。ギャアギャアと鳴くカラス。いったいどこまで行くのかと、少年が女を見上げようとしたとき。唐突に手を離された。つんのめって転ぶ少年を見向きもせずに、女はきびすを返す。少年は慌てて、女に呼び掛けた。


「おっかぁ……まって」

「ついてくるんじゃないよ!」


 どか、と殴られた。それでも、必死で小さな手を伸ばした。苛立った女は小石を握りしめ、大きく振りかぶる。


「おっかぁ……おっかぁ……おいていかないで……」


 少年の頭を割る寸前で、女は顔を歪ませた。身体に張り付いた少年を無理に引きはがし、吐き捨てるように去っていった。


「あっちへおいき。もうお前を養う余裕なんかないんだよ。うんがよけりゃ、日神様にちじんさまが助けてくださるさ──あの世でね」


 女が見えなくなり、辺りが暗闇に満ちていく。なすすべなく少年はその場で膝を抱えて泣きじゃくる。迎えに戻ってきてくれないか、と蹲っていたが、闇夜の恐ろしさに、追い立てられるように立ち上がった。来た道ではなく、山頂に向かい登る。帰る場所がないのはなんとなく分かっていた。今にも倒れそうな小さな身体を、藪の中から、獣たちが窺っている。枯れ木のような少年でも飢えた獣たちには御馳走だ。女も少年も、獣も誰もかれもが飢えている、この戦乱の世。


「おなかがすいた……」


 気がつけば山頂までたどり着いていた。雑木が刈り取られ、開けた空にはぽっかりと冷たい月が浮かんでいる。古い鳥居。大きな祠。不気味だったけれど、寒さに耐えきれず社の中に入っていく。少年は女の言葉を一縷の希望のように思い出した。


(にちじんさま──このお山の、たいようのかみさま)


 たすけて、と震える声で叫ぶ。返事はない。て風から逃れるように祠の中に入った。中はすえた線香の香りがした。奥の祭壇にはしきびの葉。鏡。火立てにはほのかな灯りが灯っていたので、誰か来ていたのだろう。人の気配にわずかながら安堵する。小さな灯りに照らされた金色の仏像が目に入った。まごうことなき日神様にちじんさまのご本尊ほんぞん。少年は一瞬躊躇したが、その前に供えられた柿やアワ飯が目に入り。ごくりと喉を鳴らす。小さな手のひらで鷲掴みにし、口に運ぶ。神様の供物を貪りながら、ぽろぽろ涙がこぼれていた。すべてを腹に収めると、ぷつりと気力を失い、その場に倒れこんだ。もう二度と起き上がれないような気がした。

 寒い。隙間風が凍えるように冷たくて、ボロキレの少年の体温を奪っていく。どんなに寒くても母親や兄弟たちとくっついていれば、耐えられた。そんな兄弟たちもほとんど戦や疫病で死んだ。激しい空腹と孤独。なにより、去り際の女の──母親の言葉が、冷たい刃物のように、胸をえぐり続けている。どうして見捨てられたのだろう。病弱で畑仕事も満足にできないお荷物だからか。姉のように身売りをして金銭を稼げばよかったのか。それとも、この戦乱の世、そのものが悪いのか。この世のすべてから、見放された気持ちだった。


(こわいよ。さむいよ──にちじんさま、たすけてよ)


 ぬくもりが失せていく。たったひとり、死の淵に落ちていく。奈落の底に沈むような恐怖の中、たったひとつの灯明。浮かぶ仏像だけを見つめ、少年の目の色は光を失った。


……………

…………………


「げえ、このガキ、日神様にちじんさまの供物を食っちまいやがった!」


 早朝、祠に入ってきた里人が憎々し気にわめいた。倒れた少年の胸ぐらを掴み、二、三度殴打したあと、眉を潜める。あとからやってきた男たちも、少年をのぞき込んだ。


「──のところのせがれじゃねえか?」

「隣村からわざわざ捨てに来るとはな。信心深いことで。せめてもの情けかねえ」

「かわいそうになあ。て、おいおいやりすぎだろ、この坊主──」

「ああ!? 俺じゃねえよ、とっくにくたばっちまってた。どのみちこの細さじゃ持たねえよ。こんなガキ」


 男たちは、ため息をついた。面倒ではあるが、さして珍しくもない。口減らしなんて。


「外に放りだしておけ。きれいさっぱり、カラスが喰ってくれるさ」


 そうして、ごみのように放り出された少年の遺体。いまかいまかと待ちかねていたカラスたちが貪る。たくさんのくちばしついばまれ、骨も残らず、朽ち果てた。


……………

…………………



 そのカラスは、いつも空腹だった。

 群れの中ではひときわ小さくて、なわばり争いにも負け続け。それでも人間の死肉は御馳走だ。大きな戦場や死体の捨て場の、残りカスばかりを喰らって生き延びていた。他の仲間たちが食べない部分。硬い骨。小さな歯。ぼろぼろの爪。

 その日も呼び寄せられるように、息絶えた少年を喰らった。肉を喰らった。目玉を喰らった。小指を喰らった。腹の膨れたカラスは鳴いた。


「おなかがすいた、おなかがすいた、おなかがすいた」


 少年の声で泣いた。ぽろぽろと涙を流して泣いた。死霊や邪霊の寄り集まり──御先烏みさきがらすが化けて出ると、その山では評判になった。戦乱の世。無縁仏など、そこらじゅうに溢れていて、人間の不安や恐れ、恨みから生み出されるあやかしなんて珍しくもない。けれど、供物どころか、畑の作物や漁の魚まで喰い尽くされて困り果てた里人たちは、日神様にちじんさまに祈りを捧げる。


「──カラス。肉片だけではなく、あの少年の魂も喰らったのか」


 里人に見つかり、しこたま痛めつけられていたカラスの前に淡い光が差した。

 美しい女人の姿。神々しい神気。カラスは驚き、首を傾げた。


「あなたが、にちじんさま?」

「この土地の者には、そのように呼ばれています。わたし本来の在り方では顕現けんげんできぬ身なれども、この姿であれば話くらいは聞ける。哀れなカラス、あなたを救いに参りました」


 その言葉を聞いて、カラスは怒った。


「うそ! うそだ! 悪さしたから叱りに来たんだ! たすけてなんてくれなかったじゃないか!」


 甲高い少年の声に、たくさんの亡霊の声が重なった。カラスが今まで喰ってきた者たちの声。


「かみさまなんて、きらいだ! みんな、きらいだ! だれも、たすけてくれなかった! みんな、置き去りにしていった! あっちいけ! あっちいけ!」


 カラスは泣いた。捨て子。口減らし。年寄り。五体満足ではない者。病魔に侵された者。戦に敗れた落ち武者。使い物にならなくなった遊女。神仏にすら見放された者たちの嘆き。いらないと、打ち捨てられた死霊の涙と一緒に泣いた。

 日神様にちじんさまは、ただその嘆きを受け止めた。


「許してください。わたしはただ、ここにいるだけの存在。直接なにか、手を差し伸べられるわけではないのです」

「ただここにいるだけ? そんなのなんの意味もない! なんの価値もないじゃないか! 役立たずだ! 穀潰ごくつぶしだ!」

「いいえ、そんなことはありません。ほら、御覧。お前がいったい何を食べているか、ちゃんと見てみてごらん」


 日神様にちじんさまが鳥居の方角に視線を向けると、社に女が入ってきた。白髪まじりのやつれた女は、柿を供え、少年の名前を呼び、謝罪を繰り返していた。その女の顔をカラスは覚えていない。少年の名前も、もう忘れてしまった。けれど、なぜか、胸が締め付けられるように痛んだ。日神様にちじんさまは、そのまま山の麓を指差した。里人もまた山道に祀られた地蔵菩薩に手を合わせている。「おれらだっていつおっちぬか分からんからなあ」と笑って、風車を供えていった。


 日神様にちじんさまは白髪の女と里人を見送り、風車を手に取ると、カラスに差し出した。


「わたしがここに祀られているのはね、死者を供養したいと思う人々の心の在り方なんだよ。それは直接的には、お前を救いはしないだろうけれど、お前のような者を悼んでくれる人はいる。大事に思ってくれる人がいる。そのことまで忘れてはいけないよ」


 カラスは目をぱちくりとさせて、風に吹かれてからから回る風車に釘付けになる。子供が喜ぶ玩具。子供を供養をする地蔵。おいで、と日神様にちじんさまはカラスを招き寄せた。


「寂しいのなら、わたしと一緒にいなさい。無念の魂の集まり。置き去りにされた者たちの残留思念。──それを喰ってしまったカラス。このままではお前は悪いあやかしになって彷徨うことになる。せめて死魂しにだまだけでも、安らかに」


 日神様にちじんさまはやさしく微笑んだ。カラスはしょんぼりと、頭を下げた。


「……でも、僕、役立たずの穀潰ごくつぶしだよ。なんの力もないカラスだよ。一緒にいていいの?」

「そんなことはありません。お前たちの無念があるから、わたしは存在する。カラスが死肉を喰べるから、死の穢れは広まらない。それにね、カラスは太陽の神使しんし。そして、冥界を渡る鳥。光と闇。この世にはどちらも必要で。どちらの要素も持ったお前は、わたしのそばにいるのがふさわしい。。仲良くしましょう」


 カラスはぽろぽろ泣いた。初めて、うれしくて泣いた。人々の鎮魂と神仏の加護を実感することができて、日神様にちじんさまの膝の上でわんわん泣いた。日神様にちじんさまは女が供えた柿をカラスのくちばしに近づけた。


「さあ、お食べ。喰うのでなく、ちゃんと噛みしめてごらん。わたしに捧げられる信仰は、いわば、お前たちへ捧げられた鎮魂も同じなのだから。せめて浄土では安らかに過ごしてほしいという、人々の願いを、大切にしなくてはいけないよ」


 カラスはゆっくりと、柿をついばんだ。初めて、腹の底から満たされたような気がした。

 それからしばらくは日神様にちじんさまとカラスはずっと一緒にいた。御先烏みさきがらすもまた、日神様にちじんさまとともに、人々に大切に祀られた。そのうちに、戦乱の世が終わり、太平の世がきた。戦がなくなろうが、飢饉や災害、疫病は容赦なく人間たちを襲い、無縁仏はそのたびに増えていき、カラスはその死肉を喰らって過ごした。けれど、鎮魂の供物を捧げられるたびに、カラスは以前のような取り乱し方はしなくなった。人々が日神様にちじんさまに死者の安寧を願うたび、カラスの無念も少しずつ癒されていく。そんな日常が、ずっと続くと思っていた、ある日。


(なんだろう? 海のほうが騒がしい)


 海の向こう一面に、黒い船が来て、なにやら、人々は、〝開国だ〟〝新政府だ〟と大騒ぎで。でも、日神様にちじんさまにもカラスにも事情はよく分からなくて。カラスは様子を見に、海辺まで出向いていた。


「おや? カラスだ」

 

 不思議な恰好をした青年が、カラスに声をかけた。着物とは違うぴったりとした布地の装い。


「なあ、カラス。道に迷っちまって。この辺に日神様にちじんさまっていう神様がいるはずなんだが知らないかい?」

日神様にちじんさま?)


 男は、ふう、とため息をつき、煙管キセルをふかした。


八咫烏やたがらすは導きの神使しんし。連れて行ってくれると助かるんだけどねえ」

(やたがらす……日神様にちじんさまがおっしゃってた太陽のお使い!)


 カラスは「カア」と鳴いた。驚く青年の足元をつっつき、道案内をする。「驚いた。本当に八咫烏やたがらすみたいだ」とこぼす青年に、カラスは得意げに胸を張る。祠までたどり着き、青年が社に足を踏み入れる──寸前で、なぜか顔を顰めた。


「ありゃあ、確かに太陽の神様だが、神仏習合の──かあ」

(え?)


 青年は祠を土足で物色し、値踏みするような視線を向け、遠慮なくべたべたご本尊に触る。あとから来た同じような服装の男たちと、話し込み、去っていく。

 そのあとのことは、よく分からなかった。唐突に、人間たちが豹変したのだ。今までさんざん日神様にちじんさまを大事にしてきたはずの里人が寄ってたかって「もう仏はいらない」だの「混ざりモノは本物じゃない」だの言って、仏像の首を落とし、地蔵菩薩を叩き割った。カラスはひたすら困惑し、破壊されていく社を泣きながら飛び回った。


(なんで? どうして? こんなことするの? やめてよ、やめてよ!)


 最後に、ぼろぼろになった社を確認しに訪れた青年が、去り際に声をかけてきた。


「ごめんな、カラスの坊や。これからは新しい時代なんだ。異国のモノがたくさん流れ込んでくるからさ。人々の支柱になる神様は純度が高くなければいけないんだってお達しなんだよ。古き信仰は役目を終えたと思って諦めてくれ」


 何を言っているか、カラスには分からなくて。目の前で最後の御神体の鏡をごみのように叩き割られた。バリン、と飛び散る破片を見て、怒りと悲しみでカラスは我を失った。気がついたら、鋭い鉤爪かぎづめが青年の左目を貫いていた。うめき声を上げる青年の目玉をほじくりだし、丸呑みにし、それでも怒りが治まらず、鋭利な爪を喉元に向けたとき。


「おやめ、カラス。人を傷つけてはなりません」


 日差しに透ける日神様にちじんさまを視界に捉え、カラスは羽ばたく。血が飛び、赤く濡れた翼が、カラスをより一層黒色に染めた。


日神様にちじんさま! お身体が消えて……こいつら、こいつらのせいで!!」


 消えゆく日神様にちじんさまはそれでもやさしく、カラスを撫でた。


「嘆くことはありません。人々の心の在り方が変わったのです。わたしはこの地の人々の願いに応じて神と仏が交わった者。それがもとに戻るときが来ただけです」

「意味が分からないよ! 日神様にちじんさま日神様にちじんさまでしょ? 人間が自分たちで求めたくせに、いらないなんて言ったから消えちゃうの!?」

「いいえ、カタチを変えるだけです。わたしたちの時代が終わっただけです。カラス、お前も、もうお行きなさい。その無念も神気も捨ててしまいなさい。そうすれば、お前はどこまでも飛べる。そうでなければ、お前はずっとこの山に縛られ──」

「いやだ! 捨てない! 絶対に!」


 カラスは、人間の姿になって、泣き叫んだ。


「だって、人からもらったモノは大事にしなさいっていつも言ってたじゃないか! 日神様にちじんさまからもらった優しさモノも、人間がくれた鎮魂モノも、僕の無念も、僕の悲しみも。全部捨てないから!」

「カラス……」

「だって、僕たちの無念があるから、日神様にちじんさまは存在するんだって、言ってたよね? だったら、僕が無念を抱え続けていれば、きっとまた会えるよね? それまで僕が供物を集めて、信仰を続けさせるから」


 日神様にちじんさまは、痛ましそうに目を伏せたあと。


「あなたの魂を救いきれなかったこと、申し訳ありませんでした。いつかその執着から、解放されますように」


 日差しにまぎれて、神様は消えた。


 日神山にちじんやまはあっという間にただの山になり、切り開こうとする人間が増えた。カラスはできるかぎり抵抗した。山に入ろうとする人間の目を潰し、爪で引き裂いた。そうこうしているうちに、再び供物が再び届くようになった。カラスは心から安堵して、抵抗をやめた。人間から届く供物を宝物のように大事にした。白い米が生ごみに変わろうとも。清浄な水が泥水になろうとも。美しい花が枯草になろうとも。全部、全部大事にとっておいた。たくさん供物を集めていたのに。一向に日神様にちじんさまは戻ってこず。この山を覚えている人間も少なくなってしまった。


「このままだと、僕も消えちゃう。僕さえ残っていれば、日神様にちじんさまを覚えている存在がいれば、いつかきっと帰ってくる」


 カラスは供物の山を漁って探した。御神体でもご本尊でも、なにか、なにかないか。この山に〝なにか〟がいたというそういう証明になるもの。泣きながら、供物を漁っていると、カンと頭に酒瓶が当たった。酔っ払いの人間が山に投げ入れたようだ。


「おい、ポイ捨てはだめだぞ~」

「いいんだよ。この山は芥山あくたやまなんだから」


 カラスは目を見開き、投げ込まれた酒瓶を大事に抱いた。


「……あくた


 名前。人間がくれた新しいこの山の名前。カラスはそれももらうことにした。名前は存在を確定させるもの。不安定な身体が地に縛られる。同時に、もう二度とどこへも飛べなくなる。そんな予感もした。けれど、そんなこと、カラスにはどうでもよかった。


「僕はあくた日神様にちじんさまのカラス。この山のヌシ。芥。芥。芥。僕は──」


 ごみ。ごみ。ごみ。

 ああよかった。この名前はよく馴染む。しばらくは消えることはないだろう。


(なのに、どうして──)


 どうして、こんなに悲しいのか。

 こんなに寂しいのか。

 あんなに満たされた腹が今は風穴が空いたように空っぽだ。


 時代はさらに移り、土地の所有者が変わり、日に一度、その土地の者からの供物も続いていたというのに、


「まったく、豊穣家ほうじょうけの給与はいいってのに、この裏山のごみ捨てだけは不気味でいやだねえ」


 供物をごみのように投げ捨てていく。芥はその一言に怒り、カラスをけしかけると、人間は勝手に滑って転んで血を流していた。


「どうして、皆、供物をごみっていうんだろう」


 まさか、本当に、供物善意ではなく、ごみ悪意なんじゃ。芥はふるふると首を振った。


「……違うよね。日神様にちじんさまがいなくなっちゃったからだ。供物が質素になったのは仕方ないよね。僕に日神様にちじんさまの変わりが務まるわけないもの」


 だから、早く帰ってきて。

 芥は供物の山を大事に抱えた。潰れて、穢れて、覆い尽くしてしまいそうなくらい、たくさん。


「誰にも奪わせないから。僕がずっと守るから。日神様にちじんさまの供物、ほら、ほら、こんなにあるよ」


 虫の湧いた生ごみ。汚れた着物。ひび割れた酒瓶。腐臭とかびの中。


「おなかがすいた、おなかがすいた、おなかがすいた」


 いつからか、日差しも見えなくなって。真昼でも太陽は届かなくて。胸の中の、空虚な穴は埋まることがなくて──


あくたー! 見て! 麦のわらこんなにあったよ!!」


 なのに、ある日、唐突に再び光が差した。


「今日はあっついねえ〜真夏になる前に、芥には麦わら帽子作ってもらわなくっちゃ!」


 ひょっこり現れた変な娘は、太陽を仰いで眩しそうに笑った。


「お、生ごみ……げふんげふん、じゃなくて供物の土、いい感じに分解されたね。栄養満点のいい土だよ。ふっかふかあ~」


 こりゃあ、いい実がなるな、とくるみは土を握ってにしし、と嬉しそうにする。わらの束をどさっと芥に手渡し、麦わら帽子の編み方を説明しながら、これから先の、未来の話をした。


「芥が集めてくれた空瓶とか水鉢をさあ、業者に渡したら少しお金になったの。種芋とか苗が買えそうだよ! ね、心配しなくてもカタチを変えて戻ってくるって言ったでしょ!」


 裏山から供物を出すことを芥が渋り渋ったので、くるみが説得したのだ。胸を張って「ほらみろ」と威張っていた。芥はふと、供物の山を見て「次は何に使えるかな~」と吟味するくるみに訊ねた。


「くるみはさ、もう、僕の供物のこと、本当にごみだなんて思ってないの?」


 きょとんとくるみが振り返り、そのあと後ろめたそうに唇を尖らせた。


「思ってないよお。ごみ扱いしてごめんてえ。事情知らなかったんだもん。芥の供物も、芥の気持ちも、日神様にちじんさまも、ごみなんて思わないよお」


 そうして、あっけらかんと笑った。


「芥が大事にしてきたんだもの。宝の山だよ」

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塵芥のびいどろ ちづ @cheesenovel

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