第14話 イレギュラー#2

私は記憶を見たから知っている。

王子はこの国の言葉以外を話す事は出来ないし

むしろ普通の一般教養ですら授業を抜け出していた程だ。


王子が何も言えずにいると

陛下はアネットに向き直った。


「アネットよ。

そなたはずっと王妃教育を受けていて、素晴らしい知識と判断力を持ち合わせている。

このまま、愚息の婚約者でいるには勿体ない。

だが、こやつの弟も既に婚約者がいる身。

であれば…」


その言葉に全員が注目する。


「そなたを、隣国の王子の元へと嫁がせたいのだが…いかがかな?」


その言葉にアネットは驚いた表情をした。

陛下は続ける。


「実を言うと、ずっと隣国からそなたが欲しいと言われていたのだ。

だが、私もそなたの能力を買っていたし

昔から知るそなたを娘のようにも思っていたから拒否していた。

でも…こうなれば、そなたは隣国に嫁ぐ方が幸せになれるだろう。

どうだ?」


アネットはその言葉に明らかに戸惑っている。

すると、アネットのお父さんがアネットの手を握った。


「アネット。

無理はしなくて良い。

もう、お前の好きなようにしなさい。

陛下もそれを許してくれると言っている」


「わ、私は…」


アネットが珍しくオロオロとしていると

お父さんはウインクしながら続けた。


「隣国の王子だがね。

本当に、アネットの事を愛しているようだよ。

お前の能力も魅力的だが…

昔からずっとアネットが欲しいと言っていたのは

本人の希望なのだそうだ。

『愛している者を妻に迎えたい』と言っていたようだよ。


アネット…お前は、どうなんだい?」


その言葉にアネットは涙を流した。

だけどすぐに慌てた様子で涙をハンカチで拭う。


「そのお話、謹んでお受けいたしますわ。

私も…その…

隣国の王子の事を、ずっとお慕いしておりましたので」


恥ずかしそうに

それでも嬉しそうに言うアネットに私は涙が出てきた。


一度憑依して記憶も見たから分かる。


アネットは小さい頃に出会った時からずっと

隣国の王子が好きだった。


でも自分はこの国の王子の婚約者だと言い聞かせて

周りの目に不誠実に映らないよう

隣国の王子と会える事があっても交わすのは最低限の挨拶だけ。


挨拶を交わした後

去り際に何度も何度も振り返り、王子の背中を見つめていた。


そんな想いがまさか叶うなんて!


私はハンカチを出して目元を拭う。


「良かった…アネット…」


思わずそう呟くが、ずいっと私の視界に神様が入り込んでくる。


「よくなーーーい!!」


「うえっ!?」


驚いて変な声が出た。

モニターを消した後、神様は腕を組み

わざとらしく溜息をつく。


「ハル。君、何をしたか分かっているのかい?」


「え?な、何…」


私が何かやらかしたの!?

これだけ見たら、私がしたことって良い事だと思ったけど…


王子とマリーは言い負かせたし

アネットはあんな王子と結婚しなくて良くなったし

好きな人と結ばれる事になったわけだし


…それにそもそも、冤罪だったのを分かって貰えたから

アネットが捕まる心配もないわけだ…し…?


「…え、もしかして」


私が顔を上げると神様はウンウンと頷いて言った。


「さっきも言ったけど

アネット、死なないんだよね」


「えぇ…それってまずいんじゃねーの?」


エリのその言葉に神様は溜息をついた。


「そうなんだよ。

本来、ハルのおかげで成仏して転生するはずだったのに…

その転生の時期がずれてしまったんだよね。


他の神達もこんな事今まで無かったから

どう対応して良いのかてんてこまいでさぁ」


何だか演技がかって聞こえるそのセリフに私は違和感を覚える。


「えっと…で、結局どうなるの?」


私がそう聞くと、神様は笑い出した。


「あはは!まぁ、もう実は結論は出たんだけどね!」


そう言っていつの間にか出していた紅茶を飲む。


「イレギュラーにはイレギュラー対応するしかない。

って事で…アネットはそのまま新しい人生を送ってもらうよ」


「…よ、良かったぁ」


握りしめていた拳の力が抜ける。

私のせいで、無理矢理殺されたりするのかと冷や冷やした。


「まぁ、アネット自身が満足したのは本当だろうし

こちらの記憶は覚えていないしね。

今アネットの人生に介入して、死に向かうようにしても

多分それはそれで、また未練を残してしまうだろうから」


「なるほどな。

なら、そのまま大往生だいおうじょうさせて

幸せなまま死んで貰うしかないって事か」


エリが頷く。


「そういう事。

ハル。あまり分かってないと思うけど…

これは凄い事なんだ。


でも、人生をやり直す事が出来るなんて知られたら不公平だと思う人で溢れかえるだろ?

だから、この事は誰にも言わないで。


そんでハルは、今後も全力でやって良いからさ」


そう言って笑う神様に私は頷いた。


「全力で良いんだ?

死ぬ程度には抑えた方が良いんじゃねーの?」


エリの言葉に神様は首を振った。


「いや。

それをハルにお願いすると全力が出せずに

成仏自体が出来ない可能性も出てくる。

そうなると本末転倒だからね。

だからハルは全力でやってもらいたい。


ただ…もしその結果

その人が生きる事になっても、死ぬことになっても

それはハルのせいじゃないから!

それだけはちゃんと分かっておくんだよ」


そう言って私の頭を撫でた。

神様は見た目は子供なのに

話すと親のようで、何だか恥ずかしくなる。


「…うん!分かりました!」


私は元気よくそう返事をしたのだった。

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