side 磐長 怜

 ふとまぶたを開けると、懐かしい光が軌道きどうを描いた。蛍がこの川に戻ってきたのだ。

 一拍置いて状況をかえりみる。一度はこの川から蛍は消え、眠りについたはずだった。軌跡きせきをよくよく追えば、他の川の気配が混じる。――人間め、我らを追いやっておきながら都合よく、形だけ蛍を戻したのか。「ほたる」の真の意味も忘れて。奴らの行動によって起こされたかと思えば不愉快だ。

 この川の蛍は生き物だけではない。魂の受け皿として調和する「火垂ほたる川」。そでに留まった一匹に、魂を吹き入れて命じる。

「ヒトを一体連れてまいれ。腹が減った」

 すいと消えた蛍が、しばらくのち月の影で明滅めいめつした。


「こんばんは。月夜に一人っきりは危ないですよ」

 肩に手を置いて気づいた、【この人間は健康ではない】。目覚めの供物くもつとしては精気せいきが足りない。蛍たちにヒトの体内まで分かりようもないが、どうしたものか。こちらは空腹、障りがないなら食ってしまうか。早くも眼はぼぅとにじみ、ぎょしやすい魂を持っていそうではある。今こちらに引き入れて、下働したばたらきにするのもよいか。

 いやしかし、ヒトでありながら人間の生活のために、病をあてがわれた・・・・・・体にも感じた。生贄のような存在ともいえるだろう。であるなら――はかない。

「私が貴方のよく知る道の近くまでお連れしましょう」

 ヒトはもろい。こちらが触れたことでどこか破けないとも限らない。汚れた血が、目覚めたばかりの身にさわらないよう、気を付けて数歩先を行く。火垂ほたるに囲まれて、ヒトはおとなしくついてくる。そのたびに精気せいきが、指先からぽた、ぽた、と垂れて薄く光った。もう長くないのだろう。

 気付けば河原に着いていた。

「もう、迷ってはいけないよ。次は、助けてあげられるとは限らないからね」

 次に迷うときは、お前はきっと火垂ほたるになっているだろうけれど。


 蛍が一匹、月夜の河原を飛んでいた。

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月夜の火垂る 磐長怜(いわなが れい) @syouhenya

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