月夜の火垂る
磐長怜(いわなが れい)
side 日向 瑠夏
蛍が一匹月夜の河原を飛んでいた。
今の時代では、それを見かけることはまず珍しい。私はその蛍が気になり、追いかけてみることにした。
小さなそれは、河原の低い位置をゆっくりと飛んでいる。共に群れる仲間の光は無い。ただ一匹だけが、静かに飛んでいた。
「こんなところで何してるの?」
不意に声が聞こえてきた。
「もしかしてキミも一人?」
声は徐々に近づいてくるのに、人の影は見えない。
いくら夜とはいえ現代、灯りの代わりとなるものは沢山存在する。それでも、声主の姿は見えず、月明かりと蛍が確認出来るだけ。
『いつの間にこんな遠くまで来てしまったんだろう。』『帰り道はあるのだろか』そんな不安が脳裏をよぎった。その不安から脈が次第に速く大きくなってくる。耳の奥で響く自分の心音にすら恐怖を感じていると、不意に肩を後ろから叩かれた。
「誰!」
私は、びっくりして振り返る。するとそこには、同じ人間とは思えないほど、美しい人が立っていた。
「こんばんは。月夜に1人っきりは危ないですよ」
「アナタは?」
「私が貴方のよく知る道の近くまでお連れしましょう」
「何故、私の帰り道を知ってるんですか?」
その人は、その質問に答えることは無く、私の数歩先をゆっくりと歩いて行く。気づけば、先程まで一匹しかいなかった蛍が2匹、3匹と増えていて、その光は幾分か強く感じられた。
「ここまで来れば、もう大丈夫だろう」
と、その美しい人が呟く。辺りをみると、いつの間にか私が蛍を最初に見つけた河原まで来ていた。
「ありがとうございます」
私がそう言うと、その人の顔が微かに笑った様に見えた。
「もう、迷ってはいけないよ。次は、助けてあげられるとは限らないからね」
その人は、私の耳元でそう囁いて消えてしまった。
その後、自分がどうやって家に帰ってきたかは覚えていない。私が覚えていたのは、美しい人と会った事、蛍を追いかけていた事だけだったそうだ。
あれから、私の病状は悪化し、医者から安静を余儀なくされてしまった。どうしてもまた、あの美しい人に会いたくて、医者に無理を言って、夜だけ外出を許してもらっている。私が出掛けられる唯一の時間。それは夕方から月が空に高く登るまでの一時だけになってしまった。
月が昇り、私の短い散歩の時間がやってくる。今宵の散歩は病院の近くの河原。そこでは、あの日と同じ様に蛍が一匹川辺の低い位置を飛んでいた。
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