夢のその先へ

本黒 求

 夢のその先へ

「さてと、今日のコンタクトの予定は…」

 俺は今日のスケジュールを廊下を歩きながら確認しつつ、今日コンタクトを取る予定の取引先を確認する。


「…これまためんどくさそうな奴が、今日の相手か」

 今日取引先に出向いて交渉する相手は、俺達が創設した振興事業に対して偏見と疑いの目を向けてくる古参の事業者だ。ただ問題が”長い事その世界に居るだけ”の無能の古参であれば、会う前からこんな気難しくは考えたりしないのだが、相手は未だに”この世界の最前線で活躍し続けている”相手となれば、こっちも細心の注意を払いつつ、入念な準備を入れておきたくなる。


「…少しあいつに相談してみるか」

 俺は屋敷の外に向かって進めていた足を、あいつの居る執務室へと進路を変更する。そして執務室の前に辿り着き、部屋に入る前に扉を軽くノックを”コンコン”と鳴らした後


「俺だ。入るぞ」


「うん。いいよ」

 この部屋の主から入室許可の同意を得た事を確認し、俺は扉を開ける。すると最初に目に入ったのは、仕事用の立派なデスク。いつもならこのデスクに向かって仕事に勤しんでいるこの部屋の主は、今日は珍しくデスクに向かっておらず、その後ろにある窓の前に立ち、大きく開いている窓から流れる爽やかな風を感じながら外の景色を優雅に眺めていた。


「休憩中だったか?」

 

「うん。ちょっと息抜きに外を眺めてた。それより窓の外を見てよ。桜が綺麗に咲いてるよ」

 そう言って部屋の主が窓から手を出して指差す方を目で追うと、丁度庭に植えてある桜が見事に満開の花を咲かせている。


「ホントだな…これまたこんな立派に咲いてるってのに、全く気が付いてなかったよ」

 見事に満開の花を咲かせている桜を見て、最近仕事が忙して庭の桜が満開になった事さえ気が付いてなかったというか、気にさえ留めていなかった自分が、ここ数日相当仕事に追われていた事を実感する。

 しか俺がこの部屋に訪れたタイミングは、良いとは言えるタイミングではない。現にこの部屋の主の息抜きを邪魔するタイミングで執務室を訪れてしまった事に少し罪悪感を覚えるのだが、顔を出してしまった以上このまま帰るのも気が引けるので、俺を意を決して要件をこの部屋の主に伝える。


「休憩中に悪いんだけど…」


「何?相談事?」

 

「流石に付き合いが長い奴は察しがいいな。実はちょっと今日の取引先について、どうしても聞いておきたいことがあってさ」

 俺は苦笑を浮かべながら、俺がこの部屋を訪ねた理由を直ぐに察してくれた友人にさっそく相談を持ち掛けようとすると


「えーと…今日ライトが顔合わせるのってハングマン侯爵だったよね?あー、彼はライトが得意そうな相手じゃないもんね」

 やはり付き合いの長い友人となると、俺の悩みもあっさりと推測してしまえるものなのか?余りも的確に俺の悩みの内容を言い当ててしまったが、お陰で話はスムーズに進みそうで助かる。


「その通り! ちょっと今俺が持ってる情報じゃ交渉が上手くいく自信がなくてさ。そこでハングマン侯爵と直接関わったことがあるクリスなら、何か良いアドバイスを貰えるかも! って思って来たんだが、どうもタイミングが悪かったみたいだな」

 今から相手取るのが一筋縄ではいかないと分かっているなら、少しでもこちらが有利に交渉を進める事に繋がる情報を得て相手に挑む事が、この仕事を成功させる事に繋がるのだ。しかし情報を得る為に、友人の貴重な休息の一時を邪魔する事になるのは気が引けたので、そのまま部屋を出ようとする。


「ふぅ。大事な友人からの頼みとあらば、断わる訳にもいかないからね。ちょっと待ってて。僕の知ってるハングマン侯爵の情報を纏めて渡すから」


「悪いなクリス。恩に着る」

 俺は親友に感謝の言葉を伝えると、クリスは「構わないさ」と言いたげに手を軽く上げた後、大きく開けていた窓を閉じると"ガチャン"と綺麗に閉まる音が室内に響くと同時に、クリスの長くて美しい髪が、窓を閉めた際に生まれた風で靡いた。おまけに窓から入ってくる光を反射してライトグレーのクリスの髪はキラキラと銀色に輝き、その光景は頻繁に顔を合わせて見慣れている相手だと言うのに、只”美しい”と思わずにいられないほど神秘的に見えた。


(…あれ? でも何かが違うような?)

 俺はそんな神秘的な光景を生み出している友人の後ろ姿に、ふと違和感を感じた。感じた違和感を正体を探すべく、友人の後ろ姿をまじまじと観察してしまう。足元から背中まで観察した限りは、いつも見ている友人の背中なのだが、背中より上に視線を移すと、ソコに違和感を感じてしまう原因を発見した俺は、思わずクリスに尋ねてしまった。


「クリスって…そんなに髪長かったっけ?」

 俺が違和感を感じたのは、普段と明らかに違うクリスの髪の長さだった。俺が知ってるクリスという人間の髪の長さは、一般的な男子に良く見られる耳元に髪がかかり、後ろから首も見える程度の長さのハズだった。だが、今俺が見ているクリスの髪は、まるで女性のように肩に髪が掛るほどの髪の長さで、俺が知ってるクリスの髪はこんなに長くないハズなのだ。目の前で起きてる摩訶不思議な事態に俺が首を傾げていると、クリスは笑いながら俺に話しかけてきた。


「髪が長い僕は…可笑しいかな?」

 クリスは悪戯っぽく笑いながら俺に質問してきたので


「いや、可笑しいというか…昨日会った時は、そんなに髪…長くなかったよ…な?」

 俺は今のクリスに対しての抱いた事を素直に口に出して答えたのたが、拭えない違和感のせいなのか、どうにも歯切れが悪い。俺がまだ違和感に戸惑っていると、クリスは何事もないかのように俺に背を向けたまま外を眺めたままなのだが、どうにもその様子は、クリスの違和感に戸惑っている俺の様子を楽しんでいるように思えきた。


「フフフ…そうだよね。今までの僕とは違う…そう思って当然だよね」

 その言葉を聞いて俺は確信した。やはりあいつはこの状況を楽しんでいる。クリスが優しく笑いながら話している様子を見て、俺は確信した。そんなクリスに俺は「後で覚えていろ」という念を込めながらジト目で見てやる。

 するとクリスは優雅に俺の方に向けて180°反転するのだが、その所作一つ一つすべてが華麗であり、こちらに振り替えるだけの動作でさえ美しく見えて目を話すことが出来なかった。そして振り返ったクリスと俺の目が合う。そしてクリスは、俺が今まで見た中で間違いなく一番真剣な眼差を俺に向けてまま、クリスは話始めた。


「でもねライト。今までの僕とは違う僕の姿、よく見ておいて! これが本当の姿なんだから」

 そう言って俺の前に凛々しくも美しく俺の前に立つクリスの姿は、間違いなく俺が知っているようで全く知らないクリスの姿だった。


 ―――――

 ――――

 ―――


「ウッ、ウゥゥゥ......って…オヴォワァーーー!!!」


「うわぁー!ビックリした」

 俺はあまりに衝撃的な夢の内容に驚き、言葉にならない奇声を上げながら飛び起きた。昨日学園のテスト勉強で夜更かしをしてしまい、テストが終わって家に帰る最中どうしても一眠りしたくなったので、一緒に帰っていた友人のクリスと昔から良く来ている丘の上に行こうと誘い、ちょっと転寝しようものならあんな夢を見るなんて誰が想像出来るんだ?あまりも夢の内容が衝撃的過ぎて、奇声をあげながら飛び起きてしまったが、その様子を隣で見ていたクリスは、今までに見たことがないぐらい驚いた表情を浮かべつつ、俺との距離をしっかり取っている。


 最も仲の良い友人に大きく距離をとられているのは若干ショックなのだが、俺としてはそんな事より先程夢見た衝撃的な姿のクリスと目の前に居るクリスが、本当に同一人物なのか? という事が気になって仕方ないので、俺は未だに驚いた表情を浮かべたまま固まっているクリスとの距離を一気に詰めてクリスの目前まで迫ると、すかさずクリスの肩をガッシリと掴みクリスを確保し、クリスの容姿に変化が無いか確かめ始めた。


「ラッライト!? 一体どうしたの?」

 俺が突然詰め寄ってクリスをジロジロ観察しだした事に対して、クリスの表情は驚きから不安へと表情が変化しているのだが、俺はそんな不安そうな表情を浮かべるクリスの事などお構いなしに、クリスの姿にどこか変化が無いかチェックを始める。


 ・短い銀髪

 ・膨らみの無い俎板

 ・貧相な尻

 ・足は…ここだけは元々華奢な方だから、スッキリしてるのは夢と一緒か。


 … 検証の結果、先程は俺が見たのはただの【夢】だった!という結論に至った。所詮夢の出来事だと分かった俺はホッと胸を撫で下ろし、おもむろに顔を上げた。だがその先には極限レベルでドン引きしている表情をしたまま固まっている友人の姿が…


「えっ? ちょっと?? ホントに何なの???」


「えっとだな…とりあえず…説明もなくジロジロ見てゴメン」

 未だにドン引きしている表情を浮かべたまま硬直しているクリスに対して、平謝りを入れた後、素早くクリスとの距離を俺は空けるが、クリスは俺がまた何か奇怪な行動をしてくるんじゃないかと強く警戒しつつ、俺に話しかけてくる。


「…それで? 僕をあんな至近距離でマジマジと確認してた理由って?」


「いやー、さっき見た夢でクリスが衝撃的な変身を遂げていたから、ちょっとクリスが夢みたい変わってないか確認したくて」


「へぇ~ ライトは僕に恐怖を感じさせるような奇天烈な行動するほど変わってしまった夢の中の僕って、どう変わってたんだろうね? 気になるなー」


「いや…その…」

 当然クリスは、奇怪な行動を取った俺の夢の内容が気になっているようだが、俺は夢の内容が内容なだけに、その内容をクリスに直接話す事に戸惑ってしまう。

 俺は正直に自分が夢見た内容を答えようとするが、どうも俺が見た夢の内容って男のクリスに対して凄く失礼な事じゃないのか? そう考えてしまうと、どうにも言い出しにくい夢の内容だ。


「何々?そんなに言いにくい事なの?」

 しかし俺の苦悩など知る由もないクリスは、俺が夢の内容を中々言い出せない様子を見て、俺を弄るという悪巧みを思いついたようで、先程俺の奇行をくらったお返しだ!と言わんばかりに、俺に詰め寄ってくるのだが、内心その姿に少しイラっとしたのだが、一呼吸置いて自分を一瞬落ち着かせ、俺はクリスの問いに答えだした。


「言っても良いけど…今から俺が言う事に対してぜーったい怒るなよ?」

 俺は正直に話してクリスが怒ったとしても、言い逃れするための道を作るべく、クリスから「怒らない」と言う言質を俺は取ろうとする。


「分かった。絶対怒らないから言ってみて」

 クリスは俺が未だに流れは自分にあると思って余裕の笑みをみせているが、クリスが「怒らない」という言質を取って自分の退路を確保した俺は、意を決して夢の内容を伝えてみる。


「その…女だった」


「え? 何?? どうゆう事??? 意味が分かんないから、もっと詳しく聞かせてよ」

 クリスはバツが悪い様子でボソボソと夢の内容を話す俺の姿を見ているのが楽しく仕方がないようで、ニヤニヤとしながら俺に夢の詳細を話せと詰め寄ってきた。その態度をみた瞬間、クリスを多少なり傷付けてしまうんじゃないのか?っと少しでも不安に思っていた自分が馬鹿らしくなり、内心(コイツ、後で覚えとけよ)とリベンジを心の中で決めた後、ヤケクソ気味に夢の全容をハッキリと言ってやる事にした。


「クリスがさっき見た夢の中で『女になってた!』って言ったんだよ」


「ふーん…それで夢から覚めたライトは、僕が夢みたいに女に変わってないか確認するために、僕の事ジロジロ確認してた訳?」


「そうだよ…やっぱり嫌だし気分悪いよな? 夢の中とはいえ、男のクリスを女にしてるなんて…」

 俺はヤケクソ気味に言いはしたが、やはり俺にとって一番の親友であるクリスが、夢の中とはいえ女にされたという事に対し、クリスに嫌な思いをさせてしまったんじゃないのか?という懸念を抱いてしまう。そんな心配をしつつ俺はクリスの顔に再び視線を向けると、当のクリスは俺の心配など全く意に介していないようで、平然としていた。


「嫌というか…ちょっと意外だったなー。もしかしてライトってそっちの気があるとか?それとも僕が女だったらなー! とか思っちゃたりしてるの?」

 クリスは再びニヤニヤしながら俺を弄り始めてきたもで、『コイツ本当に良い性格してんな!』と俺は思いつつ


「そっ、そんな訳ないだろ」

 しっかり否定を入れた。だが、まだ俺を揶揄い足りないクリスは、ニヤニヤしながら俺を見下すように眺めなているので、俺に『そっちの気は全くない!』という事をクリスしっかり伝えるべく、俺は再度必死に説明を続けた。


「俺はクリスが『女だったら良いな』なんてこれまで一度も思った事がないし、そもそもお前みたいなチビで弱弱しいヤツが例え女になったとしても、俺は女としてコレぇっっっっぽっちも興味湧かないんだよ」

 俺は指でほんのわずかの隙間を作ってクリスの目の前に差し出し、例えクリスが女になったとしても異性として興味を持つことはない! という事を示してやる。


「…あっそう? 別にそれならそれで良いけどね」

 するとクリスは、少し拗ねた様子でそう答えてた。その様子を見て俺は内心「やっぱり怒ってるじゃねーか」っと心の中でツッコミを入れた。俺にとってクリスは親友であって、そっちの気は全くないと言う事を説明しただけなのに、なんで拗ねたような態度を取られるのだろうか? クリスの考えが俺にはさっぱり分からない。そんなクリスの様子を首を傾げながら見ていると、クリスは拗ねた態度のまま俺に再び話しかけてきた。


「…それで、どうだったの?」 


「どうって…何が?」

 俺はクリスの質問の意味がさっぱりわかないので、思わず聞き返す。


「だから…ライトの夢に出てきた女になった僕を見て、ライトはどう思ったの?」

 突然クリスが、俺が夢で女になった自分の感想を小声で尋ねてきた。さっきからコロコロ表情の変わるクリスを不思議に思いながら、俺は夢で見た女版クリスの姿を思い出そうと記憶を呼び起こそうと、考えを捻る仕草をしつつ、頭の中に夢で見た女になったクリスの姿を思い出させ、その姿に対して感じた感想を素直に口に出す。


「うーん、とりあえず綺麗って思った…かな」

 本当に夢の中で見た女版クリスは、今まで見て来た女性で一番綺麗だったと思えるほど美しい女性だったので正直に答える。よくよく考えてみたらクリスの顔立ちは、もの凄く整っている。なんせ俺たちが通っている学園で一、二位を争うほど女子生徒に人気の顔なのだ。なんでも男子にもファンがいるらしく、そんな男女共に受ける顔なら、女になっても美人なのは妙に納得のいく答えだった。そんなことを上の空で考えていたのだが、クリスが何も反応を示さない事を不思議に思ってクリスの方に視線を向けると、俺から視線を逸らすかのようにそっぽを向いて何かをモゴモゴと口にしている。


「そ、そっかー! そうなんだ…良かったぁ」


「ん?何だって」


「な、なんでもない。そんな事よりライトが昼寝してる内にいい時間になったから、そろそろ帰ろうよ」

 クリスはサッと立ち上がると、そのまま家路に続く方へと歩き出すのだが、その際俺はクリスの顔が赤くなっている事に気が付く。


「怒るなよって言ったのに、結局めちゃくちゃ怒ってるじゃん…」

 ちゃんと事前に断りを入れたってのに、結局顔を真っ赤にさせるぐらい怒ってるクリスに対する不満の声を小声で上げながら俺はクリス後を追うべく立ち上がりクリスに続いた。


 こうして家路に続く道をクリスと二人で歩いているのだが、クリスは一切自分から話してこない。どうも余程俺の夢の中で女にされたのが気に食わなかったようで、歩き出してからずっと黙ったままだし、俺の方を直接見ようともしない。

 その様子を見て正直今日のクリスはどうにも気持ちが落ち着かない日のようだ。その証拠に、「怒らない」って自分で言い張ったくせにめちゃくちゃ怒る様子を未だに見せているし。そもそも夢の話し一つで、ああもコロコロ態度変えて怒るぐらいなら、最初から怒らないとか言うべきじゃないと思わないか? そんなクリスに対しての不満を心に中でぶちまけた後、俺はここまで露骨に怒ってる態度を示してくるクリスを宥めるべく、もう一度しっかりクリスに謝る事にする。


「さっきはごめんな。『夢で見たクリスが綺麗だった』とか言って…」

 そもそも男が、綺麗なんて言われたって喜ぶはずがなおいのだ。そんな分かり切っている事を無視して話を進める俺の遠慮が足いないのだ。それに、そのせいでクリスを傷つけてしまっている以上、俺は再度クリスに先程の件に対して謝るのだが、相変わらずクリスはご機嫌斜めの様子だが、そっぽを向きつつも何かを話そうとしているようで


「別に…嫌だった訳じゃ…」

 ボソボソとクリス何か言っているのだが、あまりにボソボソと言うものだから俺にはクリスが何を言っているのか分からないが、今の流れならひたすら謝り倒せばクリスは俺を許してくれる気がしたので、俺はひたすら謝罪と、ここで先程確保しておいた。


「まだ怒りが収まらないのか?だから何度もごめんって謝ってるじゃん」


「違うよ!怒ってる訳じゃないんだ。ただ…その…」

 そう言ってモジモジとするクリス。その姿見ていると、なんだか懐かしい気持ちになった。そういえば初めて出会ったばかりの頃のクリスって、こんな感じで今以上にナヨナヨしてんだよな。今のクリスが、初めて出会った頃のクリスを見ているように思うと、なんだか少し懐かしい気持ちなった。そのお陰か、俺のイライラしていた気持ちも少し収まってきたので、俺はクリスが次の言葉を発するのを黙って待つことにする。


「その…本当に怒ってる訳じゃないからね?」

 クリス不安かつ困った表情を浮かべつつ、俺に対してもう怒っていないことを必死に訴えかけて来る。俺はその言葉に静かに頷き


「もう分かったって。クリスは怒ってないんだろ? それが分かったからもういいよ。この話はこれでお仕舞」

 俺は”パチン”と手を叩いてこの話題の終わりを告げた。クリスも自分から怒ったのは良いが、必要以上に俺に気を遣わせた事に対して罪悪感を感じていたようなので、俺としてはお互いの言いたい事が分かった以上、この話題は終わりを宣言して話を終わらせたのだ。そもそもこの状況の発端は、俺が変な夢を見てしまったのが原因だし…

 俺が伝えたい事はクリスにもちゃんと伝わったようで、クリスもこの話題に対してこれ以上追及無しという形に納得している様子を見せる。


「全く、最近クリスも少しは男らしくなってきたって思ったのに、ナヨナヨしい姿見せてると、また昔みたいに罵ってくる奴が寄ってくるぞ」

 俺は”ヤレヤレ”という仕草をしつつ、今となっては俺ぐらいにしか見せないクリスの弱弱しい一面を茶化す。


「う、五月蠅い!別に良いじゃないか。僕に弱弱しい所があっても」

 そう言って頬膨らませながら怒るクリスを見て、目の前にいるクリスは俺の良く知る親友だと実感すると、何だがさっきまで下手にクリスに気を使っていたのが馬鹿らしくなってくる。もう「いつものノリで接して良いんだ」とクリスの頭をポンポンと叩いてクリスの怒り鎮めようとする。


「ハハハ!そんな怒るなよ。俺が悪かったって」

 実はクリスが弱弱しい姿を見せるのって俺や本当に親しい人だけであり、少なくてもいま通ってる学園の中等部に入ってからは、俺が知る限りクリスは学園内で誰かに弱弱しい姿なんて見せた事がない。

 人間関係を上手に立ち回れるしっかりした奴だと分かっているのだが、どうしても学園に通う前から友達やってると、その時のイメージが抜けきれないのもあって、つい揶揄いたくなってしまう時があるのだ。


「ホントに悪いと思ってる?」


「思ってるって。でもさぁ、やっぱり男としてヒョロっちぃままってのは、」


「ううぅぅ…僕が華奢なのは体質なんだから仕方ないじゃないか! そもそもライトは、僕に悪いなんて思ってないでしょ?」

 そう言ってまた頬を膨らませて怒るクリスを見て、俺は笑いながらまたクリスを茶化して、クリスはまた拗ねて、また俺が謝って機嫌を取る。

 そんな周囲から見たらホントにくだらないと思えるような何時ものやり取りを楽しんでいると、楽しい時間ってのはホントあっという間に終わるもので、いつの間にか俺達は、クリスの家の近くに辿り着いていた。

 

「じゃあ、また明日な」

 そう言って手を振ってクリスと別れようとすると


「ライト。ちょっと…聞きたい事があるんだけど良いかな?」


「ん?どうした?」

 明日もどうせ通学路なり、学園で顔を合わせるのに、わざわざ別れ際に引き留めて話そうとするなんて珍しいな?と思いつつ、俺はクリスが次の言葉を発するのを黙って待つ。


「もしも…もしもの話だよ?もしも僕がその…もの凄く変わってしまっても…ライトは僕と一緒にいてくれるかな?」

 クリスは真剣な眼差しで俺に見つめながら俺に尋ねてきた。それを聞いて正直俺は、今日は変な事言うのが多いなコイツ?何か変な物でも食ったか?なんて失礼な事を一瞬考えてしまったが、クリスはいつになく真剣な表情で尋ねくるので、どうにも違うようだ。


 そうなるとまたクリスは家の事情で、自分の身に何かが起きるかもしれないという事を遠回しに伝えようとしているのかもしれない。多少なりクリスの特殊で複雑な身の内事情を知っている付き合いの長い人間としては、詳細は分からなくても空気の変化を察する事は出来る。そんな俺がクリス言ってやれる事は


「当たり前だろ。クリスにどんなことがあっても、俺はずっと一緒にいてやるよ」

 例えこれからクリスの立場や環境がどう変わっても、俺にとってクリスは一番の友達であり、今後もその関係を変えるつもりはない!  そんな思いを言葉に乗せ、自信満々に俺は答えた。


「う、うん!ありがとうライト。絶対だからね」

 どうやら俺が言葉に込めた思いもしっかり伝わったようで、俺の返答にクリスも満足してくれたようで、満面の笑みを浮かべている。


「おう!じゃあまた明日」


「うん。また明日」

 そう言って俺とクリスは爽やかに別れる。そして家路を進む途中、ふと先程クリスの様子が頭に過り、きっと別れ際にあんな事言うって事は、きっとなんか家の事であったんだろうと俺は考えていた。そもそも俺とクリスは本来対等に関われる立場ではない。まず俺の生家トリファー男爵家は、下級爵位の末端貴族である。それに対してクリスはこの国で数少ない公爵という上位の爵位を持ったエーレンブルグ家の子息である以上、下級爵位に生まれた家系の人間が上位の爵位の人間と関わるとなれば、良くて腰巾着。酷い時には奴隷と大差ない扱いを受けていても可笑しない関係性で、子供と言えど男爵家が公爵家なんて大貴族様と対等に関っれいる事などマズ無いのだ。そう言い切っているのに、俺とクリスがどうして対等かつ気軽な友達関係で居られるのかと言えば、クリス事”クリストファー・エーレンブルグ公爵子息”は、実の所エーレンブルグ公爵家の血を引いた人間ではではないからなのだ。


 要は公爵家としては、クリスが家格を落とすような問題さえ起こさなけば、クリスが何処の誰とどのように接した所で、クリスを蔑むことはあれど、咎める事まではしない。だが家格に傷を付けるような事を起こせば切り捨てるだけ。公爵にとってクリスはその程度の存在なのだ。そもそもクリスがこんな扱いを受けているのかと言えば、その発端はクリスの母親であるマリア夫人が、エーレンブルグ家に嫁いだ後、子供を身ごもった際に夫であるエーレンブルグ公爵が妻であるマリア夫人を差し置いて、別の女に入れ込んでいる事を知ったのが始まりだ。


 自分の子供を身ごもっているにも関わらず、妻である自分をほったらかして別の女に熱を上げているエーレンブルグ公爵の行為に大いに腹を立てたクリスの母親であるマリア夫人は、公爵家を飛び出し、実家であるブレンナー侯爵家を頼って一端実家に身を寄せようとする。だが、ここからがマリア夫人にとって今後続く受難の始まりだった。当初は自分が実家に戻れば、噂好きの貴族たちが勝手に噂を広める事で、夫の醜聞を広めて浮気した夫を凝らしめてやるつもりのマリア夫人だったのだが、いざ実家に帰ってみるとブレンナー侯爵家の対応はマリア夫人の予想していたモノとは大きくかけ離れた対応だった。なんと実家に戻ったクリスの母親は、クリスにとって祖父母に当たるブレンナー侯爵夫妻から「旦那の浮気ぐらい大目に見るのも公爵夫人の務めだ!」と言われ、クリスの母親に直ぐに公爵家に戻るように促してきたのだ。


 実はこの時ブレンナー侯爵家の経済状況は、事業の失敗でよろしくなかったようで、そんな侯爵家の経済状況下において、今や大きな後ろ盾となっている筆頭貴族のエーレンブルグ爵家との関係を断ち切る訳にはいかないないし、エーレンブルグ公爵家も正当な世継ぎを身ごもっているマリア夫人に出ていかれては困る。こうして両家の思惑が一致している以上、両家はマリア夫人を公爵家に連れ戻す方向で既に結託済みだった。よってマリア夫人が実家であるブレンナー侯爵家に戻る事があれば、エーレンブルグ公爵家は公爵家に戻るようにマリア夫人を説得。もしくは力づくでも公爵家に戻すようにと、ブレンナー侯爵夫妻に命じていたのだ。


 当てにしていた実家からも見放されてしまったマリア夫人は、結局ブレンナー侯爵夫妻の手によりエーレンブルグ公爵家に強制送還されてしまうが、だからと言ってマリア夫人が家を出る事となった根源であるエーレンブルグ公爵は、浮気相手の元に夜な夜な赴く事を一切止める様子もなく、そんな人間との結婚生活はやはり御免だと思ったマリア夫人は、再び公爵家から飛び出す。再び公爵家から出て行ったマリア夫人を連れ戻そうとするエーレンブルグ公爵家は、持てる力を総動員してマリア夫人を連れ戻そうとするのだが、マリア夫人は社交に置いて多くの人間からその人柄を尊敬される人格者だった事と、優れた魔法を使えるウィザーと呼ばれる魔法使いでもあった事もあり、独自かつ根強い人脈を築いていたマリア夫人と、家柄は良くとも世間的には後ろ指をさされる行為である浮気行為を平然と行っているエーレンブルグ公爵。世間が表面上で何と言おうが、実際に支持するのは”どちらか?”と言えば答えは明白であり、世論を味方に付けた妻の本気の逃避先を、エーレンブルグ公爵が掴むことは出来なかった。


 こうして多くの後援者と世間が味方に付けたマリア夫人だが、普通に隠れて生活してもいつかは強大な力を持っているエーレンブルグ公爵家に見つかってしまうのは時間の問題と考えていたマリア夫人は、公爵家の追ってから確実に逃れる潜伏先として最終的に選んだの先は、高位の貴族に生まれた者ほど思いつかない場所であり、【貴族に生まれ育った人間が行けば、決して生きて帰っては来れない】とまで言われた貧民街やスラムとも呼ばれている最下級地域と名付けられた最も治安と環境の悪い場所に、あえて身を隠した。マリア夫人の読み通り、ブレンナー侯爵家という上位の貴族として生まれ育った人間がそんな場所に身を隠しているなどエーレンブルグ公爵家やブレンナー侯爵家の者達は想像もつかなかったし、公爵家の情報網も最下級層まで発達していなかった事もあって、マリア夫人は公爵家の手から逃れる事に成功する。


 だが、元々裕福な家庭環境で育ったマリア夫人にとって最下級地域の人間達が住む環境は、肉体、精神共に過酷な環境であり、無常にも時間の経過と共にマリア夫人の体を蝕んだ。自分を慕ってくれたいた使用人が数名付いてきてくれたお陰で、身の回りの世話を手伝ってもえるとはいえ、マリア夫人の体調は年を重ねる度に悪化の道を辿る一方で、エーレンブルグ公爵家が四年という長い捜査の上でやっとマリア夫人の潜伏先に辿り着いた時には、既にマリア夫人はこの世を去り、その場に残されていたのは、マリア夫人の忘れ形見となったクリス事クリストファーだったのだ。


 ちなみにエーレンブルグ公爵が浮気相手にお熱であるにも関わらず、ずっと妻であるマリア夫人を探し続けた経緯としては、身ごもった妻を放置して浮気相手に入れ込んでいるエーレンブルグ公爵に対する世間の反応としては、【直系の後継者を身ごもった妻に出ていかれた情けない男】というのが世間の評価だった。シエンティー王国に住まう貴族という生き物は、常に自分の優位性を得たいがために昨日まで慕っていた相手の事を平然蹴落せる人間が多数を占めており、そんな人間達からすると上位貴族かつ確固たる権力と力持った存在が、このスキャンダルを機に”崩れ落ちるかもしれないと”思えば、この悪評を利用してエーレンブルグ公爵を蹴落とそうとする事は目に見えており、そのような事態に発展することを恐れている以上、ポーズとしてもマリア夫人を探す姿勢を崩す訳にはいかなかったのだ。


 おまけにエーレンブルグ公爵の当時の浮気相手であり、今となっては現公爵夫人となったアイリーンとの間に、子を授かる事がなかった事も”直系の子孫”を重んじる風習のあるシエンティー王国において無視できない要素であった事も、エーレンブルグ公爵がマリア夫人を躍起になって探す要因であり、結局の所エーレンブルグ公爵は、自分のメンツの為だけにマリア夫人を懸命に探しているだけで、その本質を見抜けば、そんな人間と一緒に生活したくないと思うのは至極当然だと思う。だがそんな思いを持っていてもマリア夫人は、生まれた子供がこのまま最下層地域で生活を続けても、”生き残る事”は難しい。という現実に悩まされており、自分のこの世を去った後クリスが安全に過ごせる可能性を掛けて、この世を去る前に自分の潜伏先をあえてエーレンブルグ公爵家に流したようだ。


 こうして正当な公爵家の血を引いたクリスが無事に生まれていたので、公爵家としては抱えた問題が解決に進むと考えていたのだが、ここで思わぬ事実が発覚する。なんとクリスはマリア夫人とエーレンブルグ公爵の間に生まれた子供ではなく、マリア夫人と最下級地域出身の男の間に出来た子供だという事実が判明したのだ。では、エーレンブルグの正当な血筋を引く子供は一体何処に?という疑問が生じるのだがが、その答えは、母親同様正当な血を引いた子もこの世をとっくに去っていたのだ。クリス曰くその子は姉だったらしいのだが、元々体が弱かったこともあって、マリア夫人が亡くなった数日後に、その後を追うようにして亡くなったそうだ。この事実を知ったエーレンブルグ公爵は、世間の批判逃れの為にも、直系の後継者としてクリスを迎え入れるつもりでいたつもりが、大きく当てが外れる事となった。この事実が発覚し、エーレンブルグ公爵がさぞ慌てふためく姿を多くの者達は想像していたようだが、その予想とは裏腹に、エーレンブルグ公爵はクリスをエーレンブルグ公爵家の養子として受け入れる事を大々的に公表する。


 なんでもクリスが今は亡きマリア夫人の面影を強く残していた事で「自分の仕出かした事に大いに後悔し、自責の念に駆られた。だから亡き妻が残した子供を立派に育て上げるのが、亡き妻に対するせめての償いだ」と代替的に報じてクリスをエーレンブルグ公爵家の養子としてに迎え入れた行為が、地に落ちていたエーレンブルグ公爵家の評判を巻き返す美談として大いに取り上げら、これによって一度地に落ちかけていたエーレンブルグ公爵家の評判は、一気に勢いを取り戻す事となったのだ。こうしてエーレンブルグ公爵は一度過ちを犯したものの、己の過ちを認めつつ慈愛に満ちた高貴なる精神を持った人徳者として、世間に再評価されたのだ。


 では、実際その慈愛に満ちた公爵様の計らいで最下級から最上級への身分へ引き上げられたクリスは、幸せに暮らせているのかといえば、現実はそんなに甘く無く、クリスが公爵家に来て父親であるエーレンブルグ公爵から最初に言われた一言は「お前が本邸に近づく事は許さない!」の一言であり、エーレンブルグ公爵様がクリスに告げた一言の本質を表すなら【お前をエーレンブルグ公爵家の一員として決して認めない!】と宣告していると同じであった。


 こうしてクリスはエーレンブルグ公爵家の養子として生活が始まるのだが、新生活開始早々クリスの元にエーレンブルグ公爵の浮気相手であり、クリスが養子入りして直ぐに”現公爵夫人”となったアイリーン夫人が訪れるのだが、この人物も中々性根の悪い人間であり、時折クリスの元に訪れる理由が、自分の連れ子で娘に、とでも教えるか如くクリスに罵詈雑言を浴びせるためだけに来るのだ。


 最初は貶すだけだったが、何度も罵詈雑言を浴びせてもクリスが何も抵抗出来ないと判断したアイリーン夫人は、次第に平然と暴力まで振るうようになる。もちろん母親のそんな姿を見れば、子供も平然かつ当然の如く同じ行為に平然と行うようになるのは当然であり、最初はアイリーン夫人だけが行っていた虐待行為も、アイリーン夫人の娘であるアデルも一緒になって行うようになったのだ。


 そんな現公爵夫人とその娘の行為をエーレンブルグ公爵は知っても見て見ぬふりどころか、気にすら留めすらしない様子であり、そんなぞんざいな扱いを受けながら育てられて誰がその生活に幸せなんて感じるだろうか? 何とも高慢で非道な行為を未だに時折受けいる証拠に、時々クリスは手当を受けた姿で俺の前に現れるし、酷い時には、俺が別邸に訪れたタイミングでわざわざ娘のアデルが、罵詈雑言をクリス浴びせに来たこともあるぐらいだ。


 クリスを取り巻く悪しき環境の中で唯一救いと言える点は、クリスに仕えている別邸の使用人達のほとんどが、クリスの母親であるマリア夫人にかつて仕え、マリア夫人を慕っていた人達を中心に構成されているため、クリスの母親の面影を残しているクリスに対して誠意をもって使えてくれている事だが、それでも大貴族の家とは思えないぐらい質素の作りをしている別邸をみれば、クリスの扱いの悪さというのが良く分かってしまう。


 思えば六歳の頃、同い年の貴族が一同に集うパーティで同年代の子とソリが合わないと思った俺は、一人直ぐにパーティ会場の外に抜け出した所。たまたま会場の庭の隅っこで、周囲から隠れるように蹲って隅に座ていたクリスを、たまたま俺が見つけたことがクリスと知り合う切っ掛けだった。その頃のクリスは今以上にほっそりとしていて健康とは思えない体形であり、常に表情に陰りを見せていた。そんなクリスの姿を見た俺は、ガキなりに何かクリスに危うさを感じると同時に、放っておけないと胸が熱くなる不思議で特別な感情が俺の中に生まれたを覚えている。



 だから俺は、自分の中に芽生えた気持ちに従い、この瞬間を境に周囲の目なんて気にしないでクリスと積極的に関わるようになった。そんな俺に対して、クリスは最初俺に強い警戒心を見せていたが、交流を重ねる事に徐々に互いに打ち解け、いつの間にかクリスと親友と呼べる仲になるのだが、実はクリスと仲良くなった当初は、父さんからあまり良い顔をされなかっかのも、未だにハッキリ覚えている。なんせその際父さんから『あの少年と一緒に居るという事は、間違いなくライトにとってもあの少年にとっても互いに良くない事が多くなる。それでもあの少年と一緒に過ごすのか?』今考えるガキンチョ相手伝わる言葉じゃないだろう!と思うが、それだけ父さんも、クリスと友人になるのであれば、半端な覚悟で友人になろうとするな!という戒め込めた言葉だったのだろう。


 実際にクリスと関わる事で厄介な事に巻き込まれた回数はもう数えきれないぐらいで、時には両親にも迷惑をかけてもおかしくないような事態にまでトラブルが発展した事もあった。だが俺はクリスと関わった事で受けた不条理やトラブルに逃げず、クリスと共に立ち向かってお互い強くなれた部分が沢山あると今では思うし、何よりどんな逆境にも必死で立ち向かうクリスの姿勢は心から尊敬している。そんな人間と友達になれた事は、今考えると本当に凄い事だと思う。なんせ学園の通っている同年代の人間なんて、格上の相手に媚び諂い、自分の問題も家の力で解決しようとし、今まで仲良くやっていた相手の立場が悪く途端、あっさり捨てるような人間ばかりだ。そんな表面上は友達を装いながら、友達が困っている時は平然と見捨てるような人間達と心からの友達になれるとは思えない以上、クリスのような人間はとても貴重な友達だ。


 俺がこんな考えを持つようになった切っ掛けは、俺の生まれたトリファー男爵家の環境というか影響だと思う。トリファー男爵家は、商人気質の強い家柄であり、貴族的地位としては祖父の代で平民から成り上がった歴史も浅い下級貴族なのだが、そんな下級貴族であっても商才に関しては最上級貴族達にも引けを取らない成果を出している。そのため、トリファー男爵家の立ち位置というのは、歴史的には弱小でも、隙を見せたら自分の事業や家門に打撃を与える恐れがある非常に侮れない存在であっる以上、下手に無視する事も出来なければ無下にする事も出来ない厄介極まりない存在として、独自の存在感を持つ家門となった。


 トリファー男爵家は、代々世の流れを感じる能力に優れており、その流れを読んで先を行くために即行動する実行力を持ち、おまけに相手の本質を見抜いてこちらが不利になる交渉を避ける交渉術を常に磨くという教えもあって、今や”トリファー男爵家を味方に付けた商売は成功間違いなし”という言葉さえ一部から囁かれているとか。


 そんな商売気質の強い家系に生まれとなると、当然物心が付いた時からトリファー男爵家の跡取りとしての能力を鍛えるべく、普通の同年代の子とは全く違って大人の空気と自然に触れあう機会が増えていた事もあって、俺は同じ世代の子たちとは物事の見方と価値観も大きく違ってしまっていた。要は周囲から見たら生意気なマセガキだったのだ。そんな生意気なマセガキの物事の見方は、同年代の子供達と価値観が大きくかけ離れてしまっており、小さい時の俺にとって同年代の子たちと話すのは退屈で仕方がない一切面白味を感じない時間だったが。だが、そんな同年代の子達の中でクリスだけは唯一違った。クリスは俺が話すことが分からなくても、俺の話に興味を持って聞いてくれたし、俺の話を聞いた後自分で分からないことを勉強してきて俺に意見を訪ねてきたくれたのだ。


 俺にとっては同じ目線で話せるように頑張ってくれる友達が出来た事が本当に嬉しくて、ついついクリスには門外不出と教えられたトリファー男爵家の培ってきた交渉のテクニックや知識を話してしまったり、実戦形式で教えてしまったのだが、この際一番驚いたのはクリスの学習能力の高さだった。クリスもクリスで俺の教えた事を即実践し、問題点があれば即解決策を考えて実行する行動力と機転の速さには、教えた俺も舌を巻くほどだった。なんせ今や俺が教えたこと活かした結果。学園で一目置かれる存在である生徒会長へ推薦されるぐらい学園内でクリスを見る目を変化させてしまったぐらいだ。


 いつしか俺はそんなクリスと一緒に事業を起こしたいと真剣に考えるようになり、来年17歳になれば今通っている学園の高等部を卒業となり、高等部卒業後の進路は自分の意志で決めるのがこの国の習いなのだが、俺は学園を卒業したらクリスに一緒に事業を始める提案をした所、クリスが驚くほど俺の話に食い付いてきてくれたので、俺とクリスの学園卒業後の進路と夢と目標はアッサリ決まった。もっとも事業を起こすと言っても、実際まだ何の力もない俺達が始める事業なんて、父さんの指導の下で行うトリファーが運営している商会の元で、子会社ような事業から始めるつもりだ。ちなみにクリスにどうしてクリスが俺の提案に乗ってくれたのがと尋ねると「公爵家の柵を抜け出して自由にやれそうだから」なんて言っていうぐらいだから、やはりクリスに取って公爵家は、居心地がいい場所ではないのが良く伝わる一言だ。

 

 ちなみに父さんに、俺とクリスで考えた事業プランを提案したら「問題点はまだ多いが悪くないからやってみても良い!」と許可は貰っているし、何よりクリスが自分の能力を活かして自分で生活できるようになれば、今だにクリス苦しめている公爵家の環境からから抜け出したとしても、生活に困る事はない。何よりクリスの優れた能力が認められて社会的地位を得れば、誰もクリスの事を蔑ろにすることは出来ないし、クリスの本当の才能だって有効活用できるようになる。まだ夢に描いているだけの人生の設計図ではあるが、早くクリスと実現できるその時が早く来ないかと、俺は今日も思いを馳せていた。



 次の日。いつものように学園に行くと、思わぬ知らせが俺の耳に入る。なんとクリスが高熱を出して学園を休んだのだ。どれだけ高熱を出そうが意地でも学園に来る奴が、学園を休むなんて余程の事だと思った俺は、担任にクリスの容体について尋ねると、担任は詳しい事は分からないの一点張りだった。「やっぱり何かあったんだ!」昨日のクリスの別れ際の様子を思い出せば、怪しい事だらけである以上、クリスの事が気になって仕方がない俺は、学園が終わった直後に急いでクリスの住む公爵家の別邸へと足を運んだのだが、今日の別邸の雰囲気は明らかにいつもと違っていた。


「…なんだよコレ」

 思わず声に出してしまうほど変化している状況を見て俺は唖然とする。普段数名しか配置していない別邸の警備が、今日は別邸を取り囲むように多くの警備兵が設置されているのだ。この変化を見れば、何か別邸ではただ事ではない事が起きていると言っているのと同じである。俺は別邸の周辺を警備する人間の中であの人が居ないかと探していると、俺の目にお目当ての人物が目に入ったので急いでその人の元に駆け寄った。


「タップさん!」


「…よう。ライトの坊ちゃん」

 俺が探していたのは、元々別邸の警備を担当していて、小さい頃からクリスと共に色々世話になってるタップさんだったのだが、普段は容器に挨拶を返してくれたタップさんの様子が、明らかにいつもと違って緊張感が漂う、張り詰めた空気を帯びているのを肌で感じた俺は、別邸を取り巻く現状がやはりただ事ではないと感じる。


「なぁ、タップさん。なんでこんな事になってるんだよ?それにクリスは大丈夫なんだよな?」


「悪いな。うちの坊ちゃんが世話になってるライトの坊ちゃんであっても、今俺の口から言えることは何もない」


「そんな事言うなよ。俺とタップさんの仲だろ?」


「だからこれ以上は答えることが出来ないと言っているんだ!」

 タップさんは我儘を言う子供を叱りつけるようにして俺に向かって厳しい言葉を言い放つ。そんな初めて見るタップさんの姿に俺は気圧される。普段はこんな態度で俺に接することがないタップさんが、ここまで厳しい態度を取る事という事は、タップさんとしてはこれ以上俺にこの場に居てほしくないのは分かるのだが、俺はクリスの事が気になってしまう気持ちが強いせいか、どうしても何か聞き出そうと粘ってしまう。そんな俺を見てタップさんはほんの僅かだが辛そうな表情を見せた後、周辺を軽く見渡すと小声で


「…こんな時クリストファー坊ちゃんの好きなあのクッキーがあれば、坊ちゃんも喜ぶだろうな…」

 ボソリとタップさんがそう呟く。その言葉を聞いて俺はこんな時にタップさんは何を言っているんだと首を傾げていると


「これ以上話せる事はもう何もない。分かったらさっさとここから立ち去れ!じゃないといくらライトの坊ちゃんであっても、痛い目を見てもらうぞ」

 タップさんは再び強く厳しい言葉を俺に浴びせ、俺に『早くここから失せろ!』と言いわんばかりの厳しい態度で、俺にこの場から離れるようにと促すと同時に警告している。俺もそろそろ引き下がらないと、タップさんに迷惑が掛かってしまう事を察してそのまま大人しく引き下がるが、今まで気さくに仲良くしてくれていたタップさんから厳しい態度を立て続けにとられた事は少なからずショックで、意気消沈気味にこの場から去ろうとするが、この場を去ろうと後ろを振り向こうとした瞬間にタップさんが顎で”クイ”っとある方向を指した。そしてその方向を見るが見慣れた市街地に続く道があるだけだった。


 そして俺は”ハッ”とタップさんが先ほど言っていた言葉と、顎で市街地への道を見るように誘導してきたタップさんの意図に気が付いた俺は、慌ててタップさんに軽く会釈をした後、走ってタップさんが示した方向に走り出す。『クリスの好きなクッキーって言えば!』タップさんが言ってた言葉と動作から、タップさんはおそらくクリスが好きなクッキーが売っているお菓子屋さんホープに向かえと言っているのだと考えた俺は、急いでポープ向かって走り出した。ホープに向かう道を全力で走っていると、タップさんが伝えたかった事が、俺の予想通りだと確信に値する人が目に入る。俺はタップさんに心の中で感謝しつつ、見つけたあの人に息を切らしつつ声をかけた。


「フレイさーん!」

 

「ライトさん!?」

 タップさんが教えてくれたヒントの先には、俺が良く知ってる人であり、間違いなく俺が知っている限り一番クリスの現状を知っている可能性ある人物。クリスのお付かつ筆頭侍女であるフレイさんが居た。フレイさんは息を切らしながらやってきた俺の姿に少し驚いている様子だったが、そんなフレイさんの状況など気にする余裕もない俺は、フレイさんの傍まで走ると、息も整っていないままフレイさんに問いかける。


「クリスは、クリスは無事なんですか?」

 フレイさんは俺が知る限り、クリスが暮らしている別邸に仕える使用人の中で一番クリスと親しい人だ。そんな人ならクリスの現状を必ず知っていると思った俺は、フレイさんにクリスの現状を知るべく、必死に尋ねた。だがそんな俺を見てフレイさんは先程少し慌てていた様子とは打って変わって


「ライトさん。ちょっと話す場所を変えましょうか?」

 笑顔で静かにそう答えるフレイさんの目は全く笑っておらず、その表情とフレイさんの醸し出すなんとも言い難い空気に戦慄した俺は、ただ黙って頷いてフレイさんの後に続く事しか出来なかった。フレイさんに案内にしたがって、人通りが少ない路地の裏側へ行くと、フレイさんは困った表情を見せため息を付く。そしてゆっくりと口を開いた。


「少しは落ち着いたみいね。じゃあ、まずはさっきのライトさんの質問のついて答えだけど、クリストファー坊ちゃまは今酷い熱で魘されてはいるけど無事よ」

 フレイさん言葉を聞いて少し安心するが、どれだけ高熱を出しても学園に来てたようなヤツが休むんでる以上、正直俺の不安は拭えない。


「そうなんですか。でもどれだけ熱が出てもクリスは必ず学園に来てたんですよ?そんなクリスが休むなんてそんなに酷い病気なんですか?」

 俺はクリスの事が心配のあまり、詰め寄るようにフレイさんに質問する。


「ライトさん!ちょっと落ち着いて。クリストファー坊ちゃまと親しいあなたが心配する気持ちは良く分かるけど、坊ちゃまはきっと大丈夫だから」

 余裕のない表情で必死に話す俺を見かねたフレイさんは、小さい子供を諭すかのように俺に語り掛けてきた。そんなフレイさんの姿を見て、俺は余裕の無い余り形振り構わない勢いでフレイさんに詰め寄ってしまっていた事に気が付き、途端に恥ずかしさが込み上げ顔が熱くなる。


「すっ、すいません…」


「クリストファーお坊ちゃまの事を心配してくれるのは嬉しいんだけどね。そんなに怖い顔しながら慌てて聞いたら、聞ける事も聞けなくなっちゃうわよライトさん?」

 フレイさんは、俺の頭を優しくポンポンと叩きながら俺を諭すように語り掛ける。フレイさんの行動にますます頭が上げる事が出来ない俺は、どうしてクリスがフレイさんを慕い、フレイさんの言う事に対して基本素直に従うのか何となく分かった気がした。こうして俺が少し落ち着きを取り戻した事を確認したフレイさんは、話しの続きを始める。


「ハッキリするまでは他言無用って言われているのだけど、そのうち周囲に知れ渡る事だし、クリストファー坊ちゃまと親しくしてくれているライトさんになら、先に教えてもいいかな?って私は思っているけど、今から私が話す話は決っっして誰にも言わないってライトさんは誓える?」

 フレイさんからその言葉を聞いて、クリスの現状は俺が思っている以上に深刻な状況だと感じた俺は、しばらく間を置き、フレイさんからどんな事を言われても受け入れる覚悟を決めて頷いた。


「分かったわ…クリスファー坊ちゃまが高熱を出した原因なんだけど…恐らくクリストファー坊ちゃまは…ブレスドとして目覚めようとしているのかもしれないの」

 

「クリスが…ブレスドに?」

 フレイさんからクリスが高熱を出して倒れこんだ理由を聞いた俺は、唖然とするしかなかった。ブレスドなんて100万人に一人現れるかどうか言われる極低確率で覚醒する能力であり、その能力を簡単に言ってしまえば自分の持つ魔力を他の人間とは規格外のレベルで操る事が出来る力だ

 魔力はこの世界に住む人誰もが持つ力なのだが、ほとんどの人は魔力を自分の身体能力の強化程度にしか使えていない。だが、その中でも1000人に一人程度の割合で魔力を外部に放出する事が出来、簡易的な事象を発生させる人間が存在する。そんな人間をウィザーと呼ぶのだが、ハッキリ言ってウィザーの素質があるだけで将来間違いなく安定と言われるぐらい貴重な人材かつ能力だ。そしてブレストと呼ばれる存在はそのウィザーの遥か上を行く貴重な存在である以上、ブレスドとして覚醒する可能性のある人間がいるとなれば、あの異様な別邸の警備体制にも納得するしかなかった。


クリスはもともとウィザーとしての素質を、優秀なウィザーとして称えられていた母親のマリア公爵夫人から引き継いでいたのだが、その事実は俺や別邸でクリスに仕える使用人の中でも一部の人間しか知らない事であって、クリスの公爵家での扱いを考えば、余計な争いや厄介事を呼び込む火種になりかねないと判断し、隠し通してきた事だったのだが、あるいみもっと厄介事を呼び込んでも可笑しない能力に目覚めようとしているなんて、皮肉にもほどある。


「でも…まだブレスドに目覚めるか断定出来る訳じゃないんですよね?」

 ブレスドに目覚めるという事は、普通に考えたら文字通り神から天恵を授かったような力を得るのだから喜ぶべき事なんだろう。だけど、クリスを取り巻く環境を考えば、クリスがブレスドとして覚醒してしまう事が、これ以上クリスを取り巻く環境が悪化招く可能性を頭を過ってしまう以上。フレイさんが言っている事が俺の聞き間違いである事や、フレイさんの言い間違いであってほしいと縋る気持ちで俺尋ねる。


「ライトさん。私は昨日の夜見てしまったの…クリストファー坊ちゃまが高熱を出す直前に、坊ちゃまの体が光り輝ているのを…」

 ブレスドとして覚醒する前兆が見られた事を、淡々伝えるフレイさんは、とても辛そうな顔をしていた。そしてその表情が俺の持つ僅かな希望を完全に打ち砕く事実なんだと嫌でも俺に理解させた。ブレスドとして覚醒する人間には必ずある兆候が表れる。それこそさっきフレイさんが言ったように体から眩い光を放つのだ。そして一週間ほど高熱に魘されるというのが、ブレスドとして目覚める人間に必ず現れる兆候であり、絶対に見間違えることのない現象とも言える。そんな見間違いのないような現象がクリスの身に起きたのだから、クリスは間違いなくブレスドとしての力に目覚めようとしている事は、確定事項なのだ。


「アイツは…クリスはこれからどうなるんですか?」

 これからクリスの人生にどう変わってしまうのか?そう考えると悪いイメージばかり思い浮かぶ俺は、何か一つでも希望的な事が聞けないかとフレイさんにその答えを縋るかのようにして求める。そしてフレイさんが俺の問いに対して、答えにくそうにしているが、フレイさんはぐっと何かをこらえるようにして俺の問いに対する返答を返す。


「それは私にも分からない…でもライトさん。これだけは覚えていおいて。ライトさんはクリストファー様がどう変わったとしても、クリストファー様の隣に居てあげてくれないかしら? それだけで坊ちゃまにとって、大きな励みになるから」

 フレイさんは優しい口調で俺にそう言う。俺はその言葉を聞いて、俺に出来そうなのは確かにそれぐらいなのだろうと俺も納得せざる負えない。


「…分かりました。色々教えてくれてありがとうございます」

 俺はフレイさんの言葉に頷き、フレイさんにクリスの現状を伝えてくれた感謝の意を込めて頭を下げたた後、フレイさんと別れた。そのまま現状だと何も出来る事がないと痛感してしまった俺は、ただ茫然としながらトボトボと力ない足取りで家に向かって歩き出す事しか出来なかった。


「…ただいま」

 俺は家に戻ると力ないとはいえ、家族に帰宅を知らせる言葉が自然と声に出た。その様子を見た我が家のメイドさんは、心配して俺に気を使ってくれるが、とても人と話す気分じゃなかった俺は


「…なんでもないから放っておいてよ」

 そう言って部屋に入るが、学園の制服を着替える気にもなれなくて、そのままベッド上に寝転がる。そしてベッドの上で何かする訳でもなければ、何かを考える訳でもなく、ただボーっとしているといつの間にか部屋は暗くなり、夕食の準備が出来た知らせが入ったので、俺は何も考える事無く父さんと母さんが待つ食卓へと力なく歩き出した。制服のまま食卓のに現れた俺の姿を見た父さんと母さんは、何事だと言わんばかり表情を浮かべていたが、俺は特に何か言うことなく黙って自分の席に座り、暗い雰囲気のまま食事が始まる。そして俺は「頂きます」と一言発した後、何一つ言葉を発さないまま目の前に出された食事を食べ始めた。そんな俺の様子を父さんと母さんは心配そうに見守ているが、俺はそんな様子を見せる両親の事を気に掛ける事もなく、ただ静けさが漂う空間でダラダラと食事を続けていると


「何かあったの?」

 その空気に耐えれなくなった母さんが、俺に声をかけてきた。

 

「別に…何も」

 心配させているのは申し訳ないと思うが、俺は今日起きた出来事をフレイさんとの約束で話す訳にはいかない以上、ただ淡々と何もなかったとだけ答えて、再び食事を再開した。こうしてまた俺が黙ると、普段は何かと談笑の絶えないトリファー男爵家の食事風景に異様な静粛が流れいるのだが、今の俺にとってはそんな事でどうでも良かったし、今の気分では普段は居心地の良いと思えるこの空間を自分が壊している事をなんとなく理解しているので、俺は長居せず食事を終えたら早々に食卓から去ろうと考えていた。

 だが、この空気にいい加減耐えられなくなった人がもう一人おり、その人は俺に向かって普段より強い口調で俺に言葉を投げかてくる。


「何かあったから、そんな呆けた状態になっているんじゃないのかライト?」

 父さんから図星を突かれた瞬間俺の食事を続けていた手が止まる。しかし俺は今日の出来事を話してはいけないとフレイさんと約束してしまってる以上、今日の出来事を両親といえど話すわけにはいかないと思った俺は、父さんの言う事を黙認して再び食事を続けようとする。


 「いい加減にしろ。黙ったままじゃお前に何があったのか父さんと母さんには分からないし、お前がそんな態度を取り続けて何かお前が思い悩んでる状況が父さんと母さんは心配でしょうがないんだぞ?そもそもそんな態度を続ける原因を放置して、何かいい変化があるのか?」

 父さんには俺の態度が気に食わなかったみたいで、ド正論の直球をぶつけてくるのだが、今の俺としては、『何も知らないくせに言いたい放題いいやがって!』っと内心悪態を付くが、その事を実際に口に出し、父さんと口喧嘩を初めても基本勝てないと分かっていたので、俺は早々にこの部屋が出て行くべく食事のペースを速める。だが父さんは、俺は分が悪いと判断したのでこの場から逃げようとしている事を察知したようで、その勢いを止める様子を見せないまま俺に話しかけて来る。


「もし、このまま放っておいてお前が直ぐに普段の姿に戻るのであれば、食事が終わり次第早々に部屋から出るのを認める。だがそうだと言い切れないのであれば、お前がそんなに沈み込んでいる理由を話すまでこの部屋から出る事は許さん!」

 相変わらず父さんが至極真っ当な事を言ってくるので、ますます俺はバツの悪い気分になる。やはり父さんや母さんに隠し事をするのは無理だと判断し観念した俺は、正直に今日起きた出来事を話すことにした。


「この事は誰にも言わないでほしいってフレイさんに言われてたんだけど…」

 俺はそう前置きを置くと、父さんは部屋で待機しているメイド達に下がるように指示を出した。そしてメイド達が全員部屋から出たのを俺は確認した後に、父さんと母さんに今日起きた出来事を俺は話し始める。


「今日クリスが高熱を出して学園を休んだんだ。熱出したぐらいじゃ学園を休まないクリスが休むなんて只事じゃないって思って、あいつの家に行ったら…そしたらクリスが熱を出した理由が、クリスがブレスドに目覚める前兆だってフレイさんから聞いて…」


「そうだったの…まさかクリストファー公爵子息の身にそんなことが起きていたなんて…」


「そうだったのか…それは思った以上に深刻な事態に発展しそうだ」

 俺の話しが、母さん、父さん共に予想外の内容だったようで、二人とも複雑そうな表情を浮かべていた。


「それならライトにこの事を他言無用だとフレイさんに口止めさたのも納得がいく。ライト。友達の事を心配しているのに誰にも話せないというのは辛かっただろう。良く話してくれた。私達もこの事は周囲に知れ渡るまで、決して話さないと約束しよう」 

 父さんは俺の気持ちを説明しなくても理解してくれた。たったそれだけの事だけど自分の気持ちを理解してくれるだけで、いくらか暗かっただけの気持ちが少し明るくなって前向きになれた気がするから不思議だ。だがまだ塞ぎこんだ気持ちが完全に晴れる事はなく、俺は再びだんまりしてしまうと、その様子を父さんが見かねたようで、父さんから声をかけてくる。


「どうせ秘密を話してしまったんだ。まだ気がかりな事があるなら話してスッキリしろ」


「そうよ。話せばさっき気持ちが少しは楽になったでしょ?どんなことでも良いからまだ心配事があるんだったら話してみなさい」

 そう言って優しく俺に悩みは聞くからちゃんと吐き出せと言ってくれる父さん母さんの温かい気持ちに励まされた俺は、自分の思いを素直に打ち明ける事にした。


「俺さ…自分にとって一番の友達が今でも学園に来れないぐらい苦しんでて…熱が下がって元気になっても結局熱を出してる今よりもっと苦しい状況が待ってるかもしれない友達に、何もできないって分かった自分が…悔しいよ」 

 俺は今日一日で、一番の友達って思ってる相手に何もしてやれる事がないという無力感に打ちひしがれていた事を父さんと母さんに伝えると、父さんと母さんはただ黙って俺の話を聞いてくれていた。


「父さん、母さん…俺はクリスの為に何をしてやれるのかな?」

 俺は縋るような気持ちで父さんと母さんに答えを求めると、母さんは優しく俺に答える。


「そうね…だったらライトは、まずクリストファー公爵子息が元気になったら今まで通り接してあげないとね」

 母さんの示した答えを聞いた俺は、母さんの言っている事の意味が分からないとでも言いたげな顔をしていたのだろう。そんな俺を優しく見つめながら母さんは話しを続ける。


「考えてみて。ライトも言ってたけど、これから何より多くの変化に巻き込まれて大変な思いもするのは、他でもないクリストファー公爵子息なのよ? きっとクリストファー公爵子息も直ぐには自分の変化を実感できないし、そもそも今の状況が変化する事望んでないと私も思うわ。でもね、いくらそう思っても周囲の環境はそれを許してくれないわ。

「困るわよね。自分の中身は何も変わっていないし、別に変化を望んでいる訳でもないのに、周囲が見方が突然一方的に変化していくのって…こっちはそもそも変わったつもりもないし、例え実際に変化したとしても、それを実感出来きてないし望んでもいなっかたんだから…周囲が一方的に変わったと言われたり、突然接し方を変えて来る環境の変化って実は当人にとっては中々馴染めない事なの…でもそんな中でも、依然と変わらず自分を見てくれる人が居たら安心できない?」

 母さんにそう言われると、確かに納得がいく答えだったので俺は頷いた。


「だったらクリストファー公爵子息が元気になって戻ってきた時に、ライトがクリストファー公爵子息に今までと変わらない形で接してあげるのが、一番クリストファー公爵子息にとって嬉しい事だと私は思うわ」

 母さんの伝えたい事をしっかりと受け止めた俺は力強く頷いた。沈み込んでいた気持ちが、先程と比べて大分前向きになっている俺の様子を見て、母さんも安心したようで俺の様子をただ優しく見守っていた。


「さすが母さん。俺の言いたいことを先に全部言われてしまったよ。せっかく息子に威厳ある父親の姿を見せれる絶好の機会だったのに」

 頭をポリポリと書きながら、父さんは苦笑交じえつつ答えた。


「あら、ごめんなさい。でも、あなたが言ったら、もっと厳しく言いそうだったから、私が先に言ってしまいました」

 

「アハハハ…やはり母さんには敵わないな」

 そんな父さんと母さんの仲がいい微笑ましい光景を見ていると、俺に顔も自然と笑顔になっていて、さっきまで沈み込んでいた自分の気持ちがなんだか馬鹿らしく思えてきた。すると父さんが真面目な顔をして俺の方を見ながら


「しかし、これからライトも大変になるんだぞ。なんせブレスドに目覚めたクリストファー公爵子息と一緒に事業を始めようって考えてる訳だからな」

 父さんはニヤリと笑って突如俺の夢に釘を刺してきた。


「…やっぱり、そうなっちゃう?」

 俺は全く考えていなかったが、実際今後の事を考えると当然辿り着く事態を知らされ、思わずたじろぐ。


 「当然だ。相手がとんでもなく社会的にも実力的にも高位な力を持った人間の隣に並びたいなら、お前にも当然それ相応の実力ってのが求められるんだぞ。果たしてお前にその覚悟はあるのか?」

 父さんが真剣かつ刺すような眼差しで俺を見ながらそう言ってくる。父さんがこの表情を見せる時は、本気で決断しなくてはいけない状況でしか見せない表情だ。だから父さんは俺とクリスが夢を叶えたいのであれば、今まで以上の気迫と気力も持って夢を目指す覚悟必要だと訴えている。だったら俺は


「もちろんさ! 俺はクリスの親友なんだから。だったらこんな時ウジウジしてるような奴は駄目って事だろ?」


「良い答えだ。でも俺は口では威勢のいい事を言いっても、私は結局口だけのつまらない人間を五万と見てきた。ライトもそんな口だけのつまらない人間で終わってくれるなよ?」

 父さんが挑発的かつ安っぽい口調で、俺に発破をかけてくるが、コレは父さんの俺に対する挑発だと分かってる。俺は見事にその安っぽい挑発に乗せられて、自分の気持ちに激しく火が付いたのだ。そして「火が付いたのなら即動け」という教えに則り、これ以上その場で黙っている事を止め、俺は席を立ちあがって父さんに宣言する。


「そんなの分かってるって。そのためにもまずは、ブレスドになったクリスと事業を始めても納得出来る内容の企画書から練ってこいって話だろ?だったらこうしてなんか居られない。今すぐ企画書練り直しくる」

 父さんに宣言した後、俺は自分の部屋にすぐさま戻とろうとすると


「やる気を出すのは良い事だけど、ご飯ぐらいちゃんと食べてから部屋に戻りなさい。ちゃんと体に栄養入れないと、頭だって働かないのよ」

 母さんじゃ溜息しつつ呆れるように注意した様子をみて、俺は黙って食事を再開した。母さんの言う事に大人しく従ったのは、母さんがご立腹気味である事を察知したからだ。この状況で余計な事をして、我が家最凶の鬼神である母さんの更なる逆鱗に触れる事になったら…正直この先はこれ以上想像もしたくない。こうして無事食事を終えた俺は、事業計画を練り直すべく食卓から自室に戻ろうと急いで戻ろうとすると、予想通りの声が食卓から響いてきた。


「もう、あの子を焚きつけるのは良いけど、それでもタイミングってのがあるでしょ?今回はあの子が全部前向きに捉えてくれたから良いけど、相手はあなたの部下じゃなくてまだ気難しい時期の子供なんですから、もう少し状況を考えてください」

 俺の予想通りやっぱり我が家最凶の存在は、ご立腹の様子だった。特に父さんに大変お冠のご様子であったため、父さんへの説教タイムが開始されたのだが、この騒動の大本である俺は、何も聞いていないし見ていないことにして、自分の部屋にそそくさと戻っていった。



 クリスが高熱出して学園を休んでから一週間。流石に一週間も連続で休めば、周囲もクリスの身にに起きた事が只事じゃないと噂するようになるし、クリスの住むエーレンブルグ公爵家の別邸近くに住んでいる人間から、クリスが休む前日の夜に「公爵家の別邸から眩い光を見た!」という噂まで流れたので、もう既に学園内では「クリストファーがブレスドとして覚醒しようとしているんじゃないのか?」なんて話題で学園の噂は持ちきりだ。ホント”人の噂に戸は立てらない”なんて言葉にした昔の偉人さんは、偉大だと感心していたりする日々の中、当然クリスと学園で一番仲のいい俺にもクリスの現状に関する質問が何度も飛んでくるが、俺の知ってる情報なんて周囲と変わらないので


「下級の家門である男爵家に、公爵家の重大な情報なんて入ってくる訳ないだろ。俺が知ってる事なんて皆が知ってる事と同じだって」

 なんて返してやると、全員つまらなさそうに引き返していく。そんな奴らの中に、今までクリスの事を散々コケにするような発言をしていた奴らが紛れているのを見ると、この前家族が話した周囲のモノに対する一方的な見方の変化というのを実感する。まったく、俺でさえ今まで話したことない奴らが大勢をなしてクリスの話題を聞きに来るのだから、本人が戻ってきたらどれだけアイツはどれだけ大変な思いをするんだろうなと実感しつつ、俺は俺でやれる事をやる事にする。そう決めたのはこの一週間で父さんや母さん達大人から何度も話を聞いてもらったうえで、俺の中で今出来る最善策は、来るべき日に備えて自分を只ひたすら磨く事だといいう答えに辿り着いたからだ。


 人間明確な夢と目標が定まったなら、後は実現に向けて動目標を俺は今日も一日学園で勉学に励み、学園が終わればいつかクリスと共に始める事業に向けての計画を練り直す。ここ数日はそんな忙しくも充実した日を過ごしていたが、今日は特に家に帰るのが楽しみだった。そして学園が終わると、俺は颯爽と我が家に向かう。そして我が家が見える位置まで来たら、ある馬車が家の前に停まっているのを確認すると、俺の気持ちは舞い上がる。


「もう来てたんだ。アルバートさん」

 俺が今日を一段と楽しみだと感じさせてくれてるは、うちの家門が運営する商会と良好な取引関係を築いている隣国フリードムの大商会主であるトラオムの代表アルバートさんだ。

 アルバートさんは、異例とも言える若さ頭角を現し、25歳という年齢で自分の商会を大商会と言える立場まで引き上げた相当なやり手の青年実業家と世間から評されている。そんなアルバートさんの話は、俺が住んでいるシエンティー王国から見える視点は別の視点で物事を捉えた話は、本当に聞いていて飽きないし、父さんや我が家の商会で働いてる重鎮達より俺と年齢が近い事もあって、感性も近い物がある。だから俺はアルバートさんが我が家を訪れた際に、アルバートさんの話を聞かせてもらうのが楽しみなので、アルバートさんが家を訪ねて来る日は必ず家に早く帰るようにしていた。そして我が家に辿り着くと、一目散にアルバートさんが父さんとが話をしているであろう応接室に向かう。


「アルバートさん!いらっしゃい」

 俺は勢いよく応接室の扉を開ける。するとアルバートさんはソファーに座りながら俺に向かって手を上げ、軽く挨拶する。


「やぁ、ライト君。お邪魔しているよ」

 アルバートさんはにこやかに挨拶をした後、対面側に座っている人物に目を向けたので、俺も釣られてアルバートさんの視線の先に目を向けると


(あれ?母さんが応接室に居るなんて珍しいな)

 普段応接室でアルバートさんと話をしているのは、父さんだけであって母さんが混じって話す事はほとんどない。そんな珍しい状況を見て俺が不思議に思っていると


「ライト。こっちに来て座りなさい」

 父さんから隣に座るように言われたので、その言葉に従って俺は父さんの前に座る。


「さて…ライトが帰ってきた事だし、本格的に話を進めようか」

 父さんが真剣かつ迫力のある表情で話を切り出したので、俺は思わず息を飲み、ただ黙って状況を見守る。


「分かりました。それではブルースさん。先程話さしていたライト君をトラオムで預かる件に関してですが、私とトラオムは喜んでお引き受けします」

 いきなり予想だにもしない会話が父さんとアルバートさんとで始まったので、俺は首を傾げて思わず


「えっと…一体どうゆう事?」


「お前の社会勉強と商業を兼ねて、アルバートの元にお前を預けるといっているんだ」


「だからその訳を話してって言ってるんだよ」

 俺はあまりも突然過ぎる話を持ち出せれて驚いてはいるが、この話は以前何度か出た話なのでそこまで驚きはしなかったが、話が急すぎるとなるとその理由ぐらい聞かせてほしので、俺は父さんを問い詰めると、父さんは黙ったままだった。


「ライト…今からその事について説明するから、落ち着いて私達の話を聞いて」

 母さんが相手のを差し出すようにそう言ってきたので、俺は黙って母さんの言う事に従って、話が始まるのを待つ。


「実は…これからトリファー家は…取り潰されるだろう」

 父さんは声を震わせながら衝撃の事実を告げる。父さんに思わず『何寝言を言ってるんだ!』っと言いたい気持ちだったが、母さんやアルバートさんも何とも言えない辛い表情を浮かべている事に気が付くと、父さんの言っている事が冗談ではないのだと実感させるには十分な説得力があった。


「どうして? どうしてウチが取り潰されなきゃならないのさ!」

 しかし俺としては、最近の業績も好調かつ真っ当な商売を続けている家が、取り潰されるなんて可笑しいし、まだ信じたくない気持ちが強くが為、俺は父さんに詰め寄るように問い詰めた。

 

「…嵌められたんだ」

 父さんは悲痛な面持ちで両手で顔を覆いながら、力なく答えた。


「嵌められたって…どうゆうことさ」


「ウチが運営するヴァーレーン商会の倉庫で、取引した覚えのない輸入を禁止されている武器や取り扱いを禁止している薬物が、今日の朝突如行われた王国監察官の抜き打ち検査で見つかったという報告が先ほど入った…」


「うそ…だろ?」

 俺は父さんがどんな仕事をしていたか間近で見ていたから良く知っているし、トリファー家が運営しているヴァレーン商会は、決して王国で禁止さえている物には手を出さないし、その教えは代々ずっと順守しているのもヴァーレーン商会が信用されている証だった。そんな先祖代々積み上げてきたものを汚された事に対して、激しい怒りが込み上げて来る。


「誰だよ!ウチの商会を汚したのは」

 俺は今にも飛び出しそうな勢いで立ち上がり、父さんからウチの商会を陥れた奴の名前を聞いたら、ソイツを全力で殴り倒しに行きそうな勢いで父さんに尋ねた。


「現在全力を持って調査中だが、我々の知らぬ所で抜き打ちの監査の手筈を整えた相手だ。そう簡単には尻尾を掴ませる相手ではないだろう。今の流れを考えたら恐らく犯人を特定する前に、家門と商会の代表である私の身柄が拘束され、王国の裁判に掛けられてしまうだろうな」

 やるせない表情で答える父さんの話を聞き、事態は既に最悪の状況に陥っている事を痛感する。父さんの言葉を聞いた母さんも両手で顔を抑えながら悲しみ、アルバートさんのやり切れない切ない表情を見せているのがより事態の深刻さを物語る。そんな周囲の状況を見た俺は、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。まさに今の状況は、絶望が支配しているという言葉がこれほどピッタリ当て嵌まる状況はないのだろうか?そんな絶望が支配する空間で、父さんはふと立ち上り、両手を俺の肩力強く掴むと、真剣な眼差しで俺を見つめながら言葉を発した。


「ハッキリ言おう。家門の取り潰しとなれば我々は露頭に迷う所か、犯罪者として監獄に送られる可能性だってある。だからライト。お前だけでも今からこの国から出てフリードムに渡り、この状況から逃れろ」

 その言葉、父さんが切実な思いを込めて俺に訴えかけて来るのが痛いほど伝わった。だけど俺は


「そんなの嫌だ!こっちは何も悪くないのに犯罪者扱いされるなんて可笑しな話だし、父さんと母さんを置いて一人だけ逃げるなんて卑怯な真似、俺には出来ない!

 そうだ!今からでも家を嵌めた奴を探し出して、ソイツを付き出したらいいんだ!」

 俺は身に宿す怒り任せて大声で喚いた。そして今すぐウチの商会を陥れた奴を探し出し、八つ裂きにしてやる思いで、部屋から飛び出ていこうとすると、【ガシ】っと俺の腕を誰かが力強く掴んだので、俺は腕を掴んだ相手の方を振りむくと、アルバートさんが厳しい表情を俺に向けている。


「待ちたまえライト君。今の君に何が出来る?」

 今にも飛び出そうとしている俺を静止しながら、アルバートさんはハッキリと現実を突きつけて来る。


「止めないでください!アルバートさん」

 俺はアルバートさんに掴まれた腕をを振り払おうとするが、パっと見た感じ細身であるアルバートさんの掴んだ腕を俺が振り払う事は出来ない所か、俺がいくら暴れてもアルバートさんは微動だにしない。


「ほら見ろ。君の力じゃたった一人の人間も振り払う事も出来やしない。そもそも私の言った事も対してマトモな返事も出来ないじゃないか! 何の力も持たない子供が一人外に飛び出した所で何が出来る!」


「そんなのやってみないと分かんないでしょう!」

 俺は啖呵を切るが、アルバートさんは狼狽える様子を一切見せるどころか、より凄みを増した表情で俺に見つめ


「ほう、なら聞こうか。ライト君は今からココを飛び出してどんな計画を持って犯人を捜すつもりだい? 納得のいく答えをもらえるなら私もこの手を離すと約束しよう」


「…まず、問題があった倉庫に行って周辺の人達に怪しい事がなかったか聞きこんで」


「君の父上がその程度の捜査を既に行ってないと思っているのかね?おまけにこのトリファー男爵邸からヴァーレーン商会の倉庫まで、どれだけの時間を要するか分かって言っているのか?今すぐ君が件の倉庫に向かうだけでもう日は落ちてるだろうし、そんな無駄な行動をしているうちに君の父上と母上はもう既に王国の手の者によって連行されているかもしれない。

 そうなれば君も、良くて罪人の息子として扱われいるだろうな。そうならない為にも君を私の下に送ろうとしているご両親の想いを台無しにしていいのか?ハッキリ言おう! とっくに事態は力のない子供一人の力でどうこう出来る状況ではなくなっているのだよ」


「そんなこと…そんな事言われなくたって…もう…どうにもならない事ぐらい…わがってまず…よ」

 鬼気迫る迫力でアルバートさんから言われた事に対して、何も言い返す事が出来ない俺は、その場で項垂れ、もはや現状を打破する事など到底叶わないという現実をアルバートさんからハッキリと突きつけられた。その現実を受け入れてしまった瞬間流したくもない悔し涙が溢れ出し、どうする事も出来にない現状に俺は打ちひしがれた。そんな俺を見てアルバートさんは、膝を曲げて俺と同じ高さまで体を鎮めると、俺を慰めようと優しく背中を叩きながら話を始める。


「私だってトリファー男爵家の人達が法に触れる事をするような人達ではないと分かっている。だが今の流れでは我々がどれだけ協力しようが、トリファー男爵家に着せられた汚名を拭うには時間も人員も足りないのだ。だからライト君の父上と母上は、君に犯罪者の息子としての道を歩ませないためにも、私の商会で君を預かってもらえないかと先程頼み込んできたんだ。だから先程も言ったように、君の父上と母上の気持ちを無下にしないでやってほしい」

 俺はアルバートさんに言われた事を頭では理解しているのだが、それ以上に今自分が何も出来ない事への無力感に打ちひしがれて折れた心は、中々俺を前に進ませようとはしてくれなかった。そんな俺の元に今、度は父さんと母さんが近づいてくる気配を感じる。そしてアルバートさん同じように俺の前で身を屈めると、父さんと母さんは俺に語り掛けて来た。


「ライト。お前には辛い思いをさせてしまうな。しかし俺も母さんもまだ諦めた訳じゃないんだ。今だってウチの無実を証明するために、部下達に出来る限りの情報を集めさせている。それに例え我が家が取り潰されたって、いつかこの件に関して我々が無実だと証明出来れば、その時トリファー男爵家は復興出来るんだ。これが何を意味するか分かるか?」


「そんなの…分かんないよ」


「なーに、簡単な事だ。お前がアルバートの元に行って力を付けて、それから私達の無実を証明してくれたら良いんだ。だからお前はこの状況に対して無力でもなければ逃げる訳でもない。お前は今からこの状況と戦う力を付けに行くだけだ。もし私達の無実が証明されずトリファー男爵家が取り潰されてしまった場合は、虫が良い話になるかもしれないが、お前の力でトリファー男爵家を救ってくれ」


「お願いライト。今は私達の為にも、ライトはアルバートさんと一緒に行って」

 父さんと母さんの言葉を聞いて、トリファー男爵家の人間はこのままだと犯罪者として監獄行きが避けられない状況なのだと俺は悟った。だったら俺にやれる事は既に決まっている。俺は父さんと母さんをいつか救う為に腹は決めた。俺は涙を腕で制服の裾でゴシゴシと乱暴に拭き取った後立ち上がり、父さんと母さんに向けて自分の覚悟を表す。


「…分かったよ。父さん。母さん。俺、アルバートさん一緒に行って力を付けて帰ってくる。そしてこの国に帰ってきて、その時まだ父さんと母さんが不当な扱いを受けているんなら、俺が二人を助けるって約束するよ」

 カッコ付けて言ってはみたが、顔はさっきまで泣いていたからグチャグチャで、いまいちカッコは付いていないのかもしれない。だけど、現状俺が父さんと母さんの気持ちを少しでも安心させるためにも出来る事は、最大限の強がりしかなかった。でも俺の精一杯の強がるの姿を見た父さんと母さんは、立ち上がって俺を抱きしめた。


「すまんなライト。子供のお前にこんな辛い思いをさせて、俺は父親として失格だ」


「そんなことないよ父さん。父さんはいつだって俺とっては尊敬できるお父さんだったんだから」


「ライト…本当に…本当にごめんなさい」


「謝らないでよ母さん。だって母さん達は何も悪くないじゃないか」

 そう言って何度も謝って来る父さんと母さんを俺も抱きしめ、俺は父さんと母さんに俺は大丈夫だと必死に伝えた。


「さて…水を差すようで申し訳ありませんが、話が決まった以上早速出発の準備をしましょうか。現状いつシエンティー王国の捜査がこの場に入っても可笑しくない状況ですから」

 アルバートさんの発した一言に、父さんと母さんは頷き、直ぐに動き始めたことが、本当に時間の猶予がない状況である事を表していた。俺は再度再び頬を伝る涙を強引に吹き、本当はまだ切り替わっていない気持ちを少しでも切り替えようと、家を出る準備を始めようとするが、もう既に俺の荷造りは済ませてあり、俺がこの家を出る準備はほぼ整っていた。どうやら俺がどれだけいかないと駄々を捏ねても俺をアルバートさんの下に送る事は既に決定済みだったようだ。父さんと母さんが使用人達にテキパキと支持を出すと、既に準備されていた俺の荷物は、アルバートさんの場所に積み込まれる様子を見ると、ホント我が家の仕事の早さに息子ながら舌を巻いてしまった。そんな俺を父さんと母さんは外に出るように促し、俺は両親に促されるままに、アルバートさんの乗ってきた馬車の元に向かえば、ソレは父さん母さんとの別れの時が来た事を意味する。


「父さん…母さん…二人とも…元気で」


「お前もな!アルバートの元でしっかりやれよ」


「アルバートさん。どうかこの子をよろしくお願いします」

 父さんと母さんはアルバートさんに深々と頭を下げる。


「頭を上げて下さい。私としてはこれでもトリファー男爵家から何度も受けた恩は返しきれないぐらいです。お二人の思いは確かに受け取らせて頂きました。ライト君は必ず私とトラオムが責任をもって、トリファー男爵夫妻の期待に応えられる人間へと育てさせて頂きます」

 このアルバートさんの挨拶を最後に、俺とアルバートさんは馬車に乗り込むと、俺は家族以外誰にも知られる事なく生まれ育ったトリファー男爵邸を後にした。揺れる馬車の中、一体どれぐらいの道を進んだのだろうか?俺がそんな事を考えているのは、今乗り込んでいる馬車には窓が付いておらず、先程アルバートさんからも「安心できる場所に着くまでは馬車から降りないよう」に注意されていた。そんな俺の様子見ていたアルバートさんが、おもむろに俺に話しかけてきた。


「いきなりこのような事態になってしまい、君は我々が想像以上に辛い思いをしているのだろう… だが、どうかご両親の決断されたこの選択を尊重してあげてほしい」

 そう言った後、アルバートさんは申し訳なさそうに俺に向かって頭を下げてきた。


「頭を上げて下さいアルバートさん」

 俺は尊敬するアルバートさんに頭を下げれるなんてとんでもない事だと思って、慌ててアルバートさんに下げた頭を上げてもらう。


「俺も…この判断が今は一番正しいんだという事は嫌というほど理解しました。だってアルバートさんに言う通り、俺にはまだ何の力もないです。それに父さんと母さんはこのまま俺がこの国に残っていても、ロクな目に合わないって思ったから俺をこの国から出そうと思ったんですよね。よくよく考えたらトリファー家が取り潰しなるって事は、俺も両親と一緒に監獄に送られる可能性だってあった訳じゃないですか?そしたら本当に俺は何もできなくなっちゃいますもんね。俺も父さんと母さんが同じ目にあったら同じことするなって考えたら、さっき家で馬鹿みたいに喚き散らした事が、めちゃくちゃ恥ずかしく思えてきましたよ」

 俺がバツが悪そうにさっき家で起きた騒動についての反省をしてみると、アルバートさんは意外そうな表情を見せ


「こいつは驚いたな。もうそこまで考えが及んでいたのか…流石はブルースさんの息子と言うべきか…それとも君の冷静な状況分析能力とでも言うべきかな?」


「こんな事で褒めるなんて大げさですよ。もう止めましょうこの話」

 俺はアルバートさんに褒められた事よりも、先程の家で見せた痴態が恥ずかしいので、俺は話を終わらせようとする。


「ハハハ! 君の将来どんな人間に成長するのか、俄然楽しみになってきたよ」

 アルバートさんは笑顔で楽しそうに答える。


「アルバートさんの期待に添えるように、精一杯頑張らさせて頂きますので、これからご指導よろしくお願いします」

 俺はこれからお世話になるアルバートさんに深々と頭を下げた。これから俺は全く知らない土地で生活することなる。色々と不安な事だらけだが、俺には成し遂げるべき目的がある以上、もう泣き言は言ってられないのだ。その為にもまずは自分の力をしっかり付けよう。そして力を付けてこの国に戻ってきた時は、俺がトリファー男爵家の無実を証明するんだ…それにクリスとの約束も果たさないといけないしな。

 俺は自分が叶えるべき目的を胸に秘め、生まれ故郷シエンティー王国を後にした。



 俺は無事アルバートさんと共にフリードムに渡った後、事前に両親やアルバートさん達が取り決めていて流れ通りアルバートさんの運営する商団トラオムで、アルバートさん直属の見習商人として働く事となった。俺にとって新天地とも言えるフリードムは、以前暮らしていた王政国家であるシエンティー王国と違い、共和制国家であったためアルーバートさん下で働き始めた当初は、政権、資本、政策と言った多くの文化の違いに戸惑いを感じ、中々文化に馴染むまでは思うように行かない時も沢山あったけど、フリードムという土地に俺が馴染めば馴染むほど、仕事も結果を出し始めた。


 そして自分の力を付けるべく必死い働き続け七年の歳月が経過すると、いつの間にか俺はトラオム商会の先輩達と肩を並べて仕事が出来る立場まで上り詰め、いつしか商会一の出世頭とまで呼ばれるほどの地位と信頼を勝ち取った。その結果、俺が陣頭指揮を取る案件も増え、今や経営戦略面に関しても携わっている。そして俺は、今日もチームを率いて、現在販促中の商品についての話し合いを進める。


「どうですか?例の品の売り上げの調子は」


「想像以上に好調ですよ」


「相変わらずトーマスの狙いと読みはホント良く当たるね」

 仲間達の報告から、貴族御用達の高級パンを、一般大衆向けに材料から家格までアレンジしたパンの売れ行きは大変好調のようで、予想を遥かに上回った上々の成果だと分かる。


「これも皆で徹底的に行ったリサーチと、確実な販路を抑えた結果です。皆本当にこの成果が出せるまで頑張ってくれてありがとうございます」

 このチームで寝る間も惜しんで携わった仕事の形跡を思い出すと、俺はチームの仲間達に感謝の気持ちを込めてお礼を言ったのが、チーム仲間たちは俺の言葉に対し


「またまた謙遜しちゃって」


「一番この仕事に関して動いてたのはトーマスさんでしょ」


「あんな必死に働く姿勢見せられたら、こっちもトーマスさんに負けないように頑張んなきゃって思って、つい頑張っちゃっただけですから」

 お礼の返事は『一番仕事してたヤツに言われてもね』っと皮肉を込めた感想を返されてしまう。しかし俺はリーダーこそ一番先頭に立ち率先して動くのが基本であり、その姿勢を直接自分が見せないと、絶対周囲は動いてくれないという事を、物心ついた時から事業に触れていた体験で学んでいたので、俺からすれば当然の行為なのだが、チームの仲間たちはそんな俺の姿を純粋に評価してくれているのは嬉しく思う。


「何を言ってるんですか。皆の協力がなかったら絶対このプロジェクトは成功しなかったんです。だからこの結果はチームが一丸となって仕事に取り組んだ結果であって、僕の方こそ僕を信じて僕に付いてきてくれた皆には感謝してもしきれません。だから皆も謙遜しないで結果を出せた自分の仕事に、誇りと自信を持ってください」

 俺がチームに改めて感謝の意を伝えると、今度はチームの皆は照れくさそうにしているので、どうやら先程の皮肉の籠った感想は照れくささの裏返しだったようだ。


「しかしまだまだこの事業の流れは始まったばかりです。本当に大変なのはこれからですから、今後を気を抜かず、次の段階に進んで行きましょう」

 そう言って俺は現状を次のステップに移すようにチームの皆に発破をかける。そしてこのパンを次のテップに進むための話し合いを始めようとした時、俺達が使っている会議室の扉から”コンコン”とノックが響く


「失礼するよ」

 扉をノックした後m会議室に入ってきたのは、トラオム商団の主であるアルバートさんだった。


「どうやらこのチームは大いに盛り上がっている様子だね。そんな時に悪いんだけどトーマス。ちょっと私の部屋まで来れるかい?」


「分かりましたアルバート団長。申し訳ないですが。団長に呼ばれたので、少し抜ける事になりますが、この場は任せても大丈夫ですか?」


「心配無用」


「なんせトーマスが今後の方針纏めた資料が手元にあるからな。これ見て俺達で煮詰められるとこ煮詰めときゃいいんだろ?」


「という訳でこっちは問題ないので、どうぞ団長の元に行ってきてください。トーマス副団長」 


「ありがとう。後はよろしく頼んだ」

 そう言って俺はこの場を仲間達に任せ、アルバートさんと共に会議室を退出した。


「トーマス。どうやらあのパンの売れ行きは大変好調のようだね」


「はい。このまま順調に評判が広がれば隣国にノウハウを売り込んで、更なる販路拡大に繋げられそうです」


「もう既に他国売り込む事まで視野に入れているのか。全く、君の商魂の逞しさは、同じ商人として尊敬に値するよ」

 アルバートさんの部屋に向かう途中、先程のチームが手掛けたパンの次の販路構想を自信満々に告げると、アルバートさんは愉快そうに笑いつつ喜んでくれた。未だに俺が尊敬し、いつかその背中に追い付くことを目標としているアルバートさんに褒められるは、今でも素直に嬉しいと思うので、俺の口角も自然に上がってしまう。


「そんなことありません。これもアルバートさんが七年間もの間ずっと俺の面倒を見続けてくれていたからですよ」


「ハハハ。もう君が私の下で働いてもう七年も経つか。君はとっくに私の下を離れても十分やっていける実力をつけているんだ。だからそんなに謙遜する必要はないと思うぞ?」


「そんな。まだまだアルバートさんの足元にも及ばないんですから、これからもご指導よろしくお願いします」

 そんな他愛のない話をしつつ、俺はアルバートさんと共にアルバートさんの執務室へ入る。中には誰も居らず、アルバートさんと二人きりの状況だったので


「それで?俺に話というのはあの件関してでしょうか?」

 何となく呼ばれた理由に目星は付いてたので、俺は念の為今回呼ばれた理由を尋ねた。


「そうだね。少し話が長くなるだろうから、とりあえず座って話そうか。


「分かりました」

 そう言って俺はアルバートさんに促されるまま執務席の机のを挟んで設置されたソファーに座る。アルバートさんが俺を【トーマス】ではなく、本名である【ライト】で呼んだ時の話は、今や取り潰されてしまったトリファー男爵家に関する話だと決まっている。現在俺はフリードムに移り住んでから、アルバートさんの提案でアルバートさん遠い親戚にあたるトーマス・ミュラーという偽名を名乗っている。偽名を名乗るようになった経緯としては、まず犯罪者としての濡れ衣を晴らすことが出来なかったトリファー男爵家は取り潰されてしまった事で、罪人にされてしまった父さんは監獄に送られ、母さんも修道院にて罪人として今も奉仕活動を強制させらているので、俺は罪人の子息として扱われる事となった。


 そうなると今後生きていく上で、色々と不利、不都合な事が増えると見越していた俺の両親とアルバートさんは、俺が罪人の息子である事を隠す為の新たな身分である【トーマス・ミュラー】という新しい人生を用意してくれていたのだ。おまけに両親は、瞳、髪、肌の色を変える事が出来る相当高額な魔法薬まで準備してくれていたお陰で、俺は新たな自分【トーマス】として、冤罪人の息子という事を一切悟られる事なく生活出来ている。


 そして俺の本来の身分であるライト・トリファーの扱いはどうなっているかというと、公式的には馬車で隣国に亡命しようとしている最中事故に遭ったとされ、生死不明の行方不明者として扱われている。これも両親とアルバートさんが、俺をシエンティー王国から移る計画と同時進行で、俺を死人扱いにしようとする偽装計画を進めてうたびだ。こうして俺が今平穏な生活を送れているのは、両親とアルバートさんのお陰であり、俺はこの先生涯を賭して返しきれない恩を、両親とアルバートさんから受けたと言っても過言ではない。だから俺は必ずトリファー男爵家の無実を証明して両親を助け出し、アルバートさんの運営するトラオム商会を、より兄弟な商会にするために全力を尽くすと誓った。


 その思いを胸に、これまでアルバートさんと共に商団を発展させるべく様々な業務に積極的に関わり、己の自力と実力を付けつつ商会の発展を手伝っていた。それと同時進行でトリファー男爵家の無実に繋がる証拠を探し集める活動も行っていたのだが、正直こっちに関しては隣国からの活動からという事もあって、中々現地の協力者にも恵まれなかったり、思わぬことで自分の正体が発覚してしまうリスクが付いてくる以上、自分が表立って動けない事もあって中々進展しない状況が続いていた。

 なんせ七年近く時間を費やして分かった事と言えば、せいぜい【キュッヒェンシャー】と呼ばれている地下組織が、トリファー男爵家の没落に関わっている可能性が非常に高いというぐらいだ。


 この地下組織キュッヒェンシャーに関しては、調べれば調べるほど厄介な存在であった。まず多額の金さえ払えばどんな事でも平然と行う志向であるため、その名前は裏社会で良く知られているのだが、実際は表の世界の大物が作った裏組織のようで、一見金さえ払えば何でもする無法の集団と思わせといて実際は、本当のトップの意向に沿った行動で動く計画的に活動する組織で、自分たちの活動の痕跡も表と裏の両方から消して全くと言っていいほど活動の痕跡を残さない用意周到かつ用心深い組織のため、その実態をほとんど知る人間が居ない非常な厄介な組織だった。そんな用心深く活動している奴らが相手となれば、奴ら活動した痕跡を探す事さえ難しく、例え痕跡も見つけたとしても、確実な証拠に繋がるようなものは一つもなく、どれだけこちらが血眼になってキュッヒェンシャーの後を追っても、確かな尻尾を掴むことが出来ないので、中々状況は進展を見せる事が無かった。


 しかし事態は半年前に急変する。ある時シエンティー王国にて、キュッヒェンシャーの足取りを探ぐる活動をしていたアルバートさんの下に、突如ライトクロスと名乗る人物が接触してきたのだが、その際ライトクロスはアルバートさんに「あなた達が探している物はこれじゃない?」そう言って手渡した紙には、俺やアルバートさん達が長い間探し求めていた地下組織キュッヒェンシャーの拠点が数か所記載されていた。俺たちが必死に探し追い求めていた物をあっさりと渡してきたライトクロスは、顔を覆い隠すローブを羽織って素顔を一切晒そうとしないし、今や世界的大商会に近付いているトラオムの情報網にも、一切情報が引っ掛からない謎の存在だ。そんなライトクロスが俺達に協力する理由をアルバートさんが訪ねると、ライトクロスは


「あなた達と同じ様に、ただ単にキュッヒェンシャーに恨みがあるから協力するだけです。だからあなた達に見返りは一切求めてませんよ」

 っとだけ返してきたのだが、正直見返りを一切求めず動く人間というのは、商人の立場からすると一番怪しく存在である。つまり真意の見えない相手とは商売をする上で危険な存在の一つであると言えるが、ライトクロスはこちらからそう思われる事を既に見越していたようで、アルバートさんに接触して早々に「私が信頼に値する人間としての証として、今すぐあいつ等の拠点を一つ潰して見せましょうか?」と自信満々に言ってきたそうだ。


 こうして控えていた数人の仲間とアルバートさんを連れたライトクロスは、本当にその日の内にキュッヒェンシャーの拠点の一つに赴くと、あっさりとキュッヒェンシャーの拠点を一つ壊滅させたのだ。その光景を見ていたアルバートさん曰く、ライトクロスは相当優れたウィザーだったようで、数々の魔法を行使し、一方的に相手を蹂躙しながらキュッヒェンシャーの拠点を潰してしまったらしい。


 こうしてライトクロスはキュッヒェンシャーを潰すという目的においては信頼に値するパートナーと判断され、俺達はライトクロスと共にキュッヒェンシャー壊滅に向けて動き出した。ライトクロスの協力を得るようになってからは、俺達は短期間でキュッヒェンシャーの拠点や関係施設を潰して周り、残す所は奴らの本拠地のみとなった。だが流石に本拠地を潰すとなれば、いくら優秀な味方が付いているとはいえど、今までの勢いで攻めるのは危険だと判断し、俺達は最終決戦に向け、念入りに本拠地襲撃の計画を進めていたのだが、アルバートさんがこのタイミングで俺を呼び出したという事は、恐らく奴らの本拠地に攻め入る目途が完全に付いたからだろう。

 

「君の予想していた通り、今日は奴らとの最終決戦の準備が整った事に関する連絡だ」


「…やっとですか。この時を待ちわびていました」

 予想通り奴らの本拠地を攻め落とす時が来たようだ。俺はアルバートさんから話を聞いた瞬間、普段自分の中で抑えている黒い衝動が、沸々と湧きあがってくるのを感じていた。


「それで…決行はいつですか」


「三日後だ。早速明日シエンティー王国に向かうから、そのつもりで明日以降のスケージュールを調整しておいてくれ」


「はい。やっと…やっとこの時が…」


「相当気持ちが高ぶっているようだけど、まだ内に秘めておきなさい。私たちの最終目標はあくまで奴らからトリファー男爵家を陥れた証拠を押さえる事。証拠を押さえない事には、トリファー男爵家を救う手立てもつかないのだからね」

 アルバートさんに念を押すように言われたので、俺は一旦湧き上がってくる憎悪を抑え込んで静かに頷いた。そしてそアルバートさんは、机にあらかじめ準備しておいたと思われる封書を手に取ると、俺に手渡す。


「計画の詳細だ。しっかり目を通しておいてくれ」

 そう言ってアルバートさんから封書を手渡されたので、俺は封書の表書きに目を向けた。するとその封書には俺宛のサインと、見慣れたある印が刻んであるを確認すると、思わずため息が漏れる。


「…今回も、また俺がご指名ですか」


「そうだね。お得意様から直々のご指名となれば、ライト君も無下には出来ないだろ?」


「そう言われてもですね…この件に関しては俺よりよっぽど適任となる人間が、いくらでも居ると思うんですけど…」

 俺は頭を抱えつつ答える。実際の所俺はこの封書の依頼人と組むのは、正直向いてないと思っている。そもそも俺は自分の戦闘に関する能力は大したことないと分かっていたので、キュッヒェンシャーとの抗争に関しては、情けないがバックアップや後処理に関する裏方役のハズだった。そんな一般人と大差ない戦闘能力の人間がこの依頼のせいで前線に出なくてはならないと言うのがいまいち納得できない。この封書の差出人であるライトクロスは一体何を考えているんだか。 


「はぁ…人選ホントに間違ってますから。どうせ何言っても俺がライトクロス組んで前線に参加するってのは決定次号なんですよね?」

 俺はまだ開けてもいないが、内容は既に分かり切っている封書を見つめながら文句言った後、アルバートさんに何度目になるか分からない疑問をあえて訪ねてみる。

 

「それは単純に君がライトクロスに気に入られているからだろ。何せ君がライトクロス組んでも邪魔になる所か、ライトクロスのと我々の助けにもなっているからね」

 アルバートさんは愉快そうに問題ないと言っているが、これまで共に何度かキュッヒェンシャーの拠点を潰すべく、ライトクロスと共に行動した時を思い返すと、俺がパートナーとして付いた方がいいのかと思う部分も確かにあるのだ。


 ライトクロスは正直戦力として考えた場合、絶対的な力を持つジョーカーと言える存在で、今や俺達の計画に欠かせない存在なのだが、問題はその能力が強大過ぎるのが問題で、何かと派手に魔法をぶっ放して派手に物を破壊してくれる。おまけに効率重視過ぎる思考のためか、会話も必要最低限で済ませようとする傾向が強く、そのせいで最初の打ち合わせ通りに行動し過ぎる為、結果として融通の利かない独断専行的な行動が非常に目立つのだ。つまりライトクロスの力は、物事を秘密裏かつ静かに処理する事に関して不向きというか向いてないのだ。なんせ俺が初めてライトクロスと顔を会わせた際も、共に奴らの拠点一つを襲撃したのだが、その際ライトクロスは圧倒的制圧力を持ってキュッヒェンシャーの拠点を完膚なきまで跡形もなく叩き潰した。そこまでは良かったのだが、ライトクロスが暴れた後は、もはや瓦礫の山しか残っておらず、そんな悲惨な見た俺はふと冷静に言ってしまった。


「…ちょっと待て!この瓦礫の山から色々探さなきゃなんないのか?」

 俺は真夜中にこの瓦礫の山を撤去しつつ、俺の求めるトリファー男爵家の不正に繋がる証拠を探さなくてはならないという事を想像すると、思わず不満というか嘆きの一言が口から漏れてしまった。そんな俺の悲痛な言葉を聞いたライトクロスは


「あ…ごめんね……ちょっとやり過ぎちゃった」

 そう言って気まずそうに俺に詫びを入れて来たのだ。さっきまで鬼神の如く大暴れしていた人間とは思えないほどライトクロスはしょんぼりと肩を落としており、その落ち込みようは全身を隠しているローブ越しでもハッキリ分かった。ライトクロスは普段淡々と最低限の事だけ話し、とにかくキュッヒェンシャーを物理的に潰すことを優先して動くのは良いが、「もう少し派手に暴れるのを抑えてくれ」とトラオム側も何度か注意というか頼んだ事があったのだが、その返答は「防音と感覚遮断の領域魔法を展開してるから、派手に暴れても周囲が気が付くことはない!」という返答を返されて終わる。


 これにはトラオム側としても敵を倒すという一その点に置いては、十二分に仕事をしてもらっているし単なる協力関係である以上強く言えない部分でもあったのだが、今回の件で【ライトクロスはトーマスの話なら聞いてくれるのではないか?】と言う認識が生まれた。こうして俺は派手に暴れがちなライトクロスの抑え役として、コンビを組まさせる事となる。というより、この日を境に向こうから指名されるようにもなったというか…


 こうしてローブでその身を纏ってシルエットを隠し、魔法で声を男女どちらとも言えな声に加工している謎で無機質な存在であったライトクロスに対してトラオム側の人間達は、本人の前では口にしないがその正体について様々な予想を立て始めた。ちなみに今一番有力な説は性別は女性説で、この説が有力になったのも先の一件以降背俺と共に行動しているライトクロスの様子を見ていると、俺の前では時折女性らしい仕草がちらほら見え隠れするらしく、この事からライトクロスは俺に縁のある女性説という説も次いで良く噂されている。しかし噂で盛り上がってる仲間達には悪いが、俺には女性かつ優秀なウィザーにも親しい人物もいなければ、知り合いもいないので、ライトクロスの正体に思い当る人物をやたら問い詰めれるのだが、一切思い当たる人物が浮かばない以上、俺の中でもライトクロスの正体に関しては、ますます謎が深まる一方だ。まぁ強いて言うなら優秀なウェザーは一人だけ知っているが、そもそもソイツは性別が違うし、気軽に外に出られるような生活を送っていない。


「とりあえずライトクロスの事は一旦置いておきます。作戦内容の詳細を確認してきますので一度自室に戻りますね。今回もいつもの如く俺一人にならないと開封出来ないプロテクト魔法が施されてるみたいなので」

 そう言って俺は、部屋から退出しよう席を立つ。

 

「ライト君。一つだけアドバイスをしよう。人の縁とは不思議な物で、自分に自覚がなくとも何時か何処かで誰かに何か大きな恩を売っていることだってある。ライトクロスとの事に関してだって君に自覚がないだけで、きっとどこかで彼女が君を信頼できると思える出来事があったのだろう。せっかく君が引き寄せた縁だ。大事にしたまえ」

 部屋から出ようとすると、アルバートさんが念を押すように俺に伝えた事は、何を伝えて用としているのかイマイチ要領を得なかったので、俺は現在の考えている己の意思だけはハッキリ伝えておく事にする。


「大事にも何も、無事に目的が達成されたら付き合いの終わる仕事のパートナー相手に、これ以上探りを入れる気も、深く入れ込むつもりもないのですから、心配しないでください」

 何故か変に俺とライトクロス関係をアルバートさんは気にしているようだ。だから俺は念押し気味にライトクロスとはビジネス以上の関りを持つつもりはない事を伝え、アルバートさんの執務室を後にする。



 毎日が慌ただしければ、一日などあっと言う間に経過する。なんて良く聞くが、この三日間で先人たちが言っていた言葉に偽りはなかったとう強く実感した三日間だった。なんせ商会に関する業務とキュッヒェンシャーの本拠地壊滅の計画を同時進行で進めていた三日間は、本当にあっと言う間に時間だけが過ぎ去った。こうして三日間ロクに休息を取る暇もなく、キュッヒェンシャーの本拠地を攻め込むその時は刻一刻と近付ていた。俺はその時が来る前に人気のない建物に入ると、その場所で待ち合わせの約束をしていた人物の姿を確認したので声をかける。


「いよいよ最後の戦いの時がきましたね。最後までよろしくお願いしますよ。ライトクロスさん」

 そう言って俺は今日もコンビを組む相手にに挨拶を交わした。ライトクロスはいつも通り無言で頷いて最低限の返事を返す。そんないつも通りのライトクロスの様子を見て、俺はふと思う。(ホントに俺と一緒にいる時のライトクロスは様子が違うのだろうか?)と。他の仲間達は、俺と一緒に居るライトクロスは雰囲気が全然違う。っと口を揃えて言っているが、俺からすれば基本的に最低限の意思疎通でしかやり取りをしないライトクロスの姿勢は、他の仲間達とやり取りしている様子と変わらないし、そもそもローブでその身を覆い隠している以上、俺と仲間達が感じる印象に大差はないと俺は思う。そんな事を頭の隅で考えつつ、俺はライトクロスと今回の計画に関して、お互いの理解と考えにズレが生じていないか最終確認を始めた。


「…どうやらお互いの情報に関して、認識に違いはないようですね」

 ライトクロスとお互いの持つ情報に齟齬がない事を確認し終え、このまま作戦決行に支障となる点は見当たらない事を確認する。情報というものは、お互いの認識や考えに齟齬があると、いざという時に連携に支障きたす。こうして僅かに生まれた齟齬が、取り返しの付かない事態まで発展し、最悪命を奪う結果に繋がる可能性となるのは、ビジネスであろうが荒事であろうが変わらない要素である。そうならない為にも少しでもミスを減らす工夫を常に凝らす事は、物事を成功に導くべく必須項目ともいえよう。だからこの最終調整作業とも言えるお互いの持つ情報の最終確認は、常に行うように俺は常に心掛けている。


 今回に関しては、流石に何度か仕事でパートナーとして組んだ相手だったので、ある程度お互いの志向や動き方が分かっているという事もあって、最終確認は手早く終わってしまった。そしてスムーズに事が進んだ事で、作戦開始される日没までの時間の余裕が出来たので、俺が床に座り込むとそのまま壁に体を預け、少し体を休める事にした。なんせ久しぶりに故郷に戻ってからは、ロクに休む事もなく働きっぱなしだったので、疲労は確実に体に蓄積されている。これから俺にとって人生大一番の勝負となる事を考えたら、少しでも休める時に休むのがベストだろう。っと考えた上の行動だった。こうして俺が壁にもたれ掛かりながら休む姿を見せると、ライトクロスも俺の隣で同じように腰を下ろし壁にもたれかけ、体を休める体制を取る。


 そしてお互い床に座り込んだまま特に何も話すこともなく、しばらく無言の空気が流れる。しかしそんな無言の空間に二人で居ても、俺は特に気まずさを感じない事にふと気が付く。隣にいる身元も良く分からない人間と、何度か共に行動した事はあるとは言え、普通だったら得体のしれない人間と無言の空間に共に居る事は、大半の人は多少なり居心地の悪さを感じるのではないだろうか?だが俺は何故か現状に対して特に気まずさを感じないのだ。その事をふと疑問に感じた俺は、ライトクロスにある事を尋ねた。


「ライトクロスさん。もしかしたら俺が忘れてるだけかもしれないんですけど…俺達昔どこかで会った事ありますか?」

 するとライトクロスは俺の質問に対して首を横に振って、俺の質問に対する答えを示す。ハッキリ否定してくれた方が余計な事を考える要素がなくなるので、俺もこれでこの話は終わりだと思ったので、一言詫びでも入れておこうと考えていると


「…どうしてそう思ったのか、聞いても?」

 終わりだと思っていた会話は、意外な展開を見せた。なんと珍しくライトクロスから、俺が出した質問の意図を知りたいと言ってきたのだ。少し予想外の展開に驚きつつ、俺はライトクロスの質問に返事を返す。


「こんな事言うと変な話しかもしれませんが、今一緒に無言の時間過ごしても、不思議と特に気まずいと感じなかったんですよ。そう感じるのって、やっぱりそれなりに相手の事を知ってるからだと私は思うので、もしかしたら過去に話した事がある人なのかな?って思いまして」


「…つまり君は、私に対して親しみを感じているのか?」


「要はそう言う事なのかもしれませんね」

 俺が自分の感じた事を正直に話したのだが、それに対してライトクロスは特に反応を見せる様子を見せる事も無かったので


「…変な話をしてしまいましたね。別にあなた事をこれ以上深く探るつもりもないので、さっきの話で気を悪くされたのであれば、申し訳な事をしました」

 もし俺の話を聞いて気を悪くしている可能性も考慮し、自分がこれ以上をライトクロスの事を追求する気はないという意思を、詫び入れて示すことにした。


「いや…気を悪くした訳ではないよ。そんな事よりなぜ君は、危険を冒してまでキュッヒェンシャーと戦うんだ?」

 再びライトクロスから質問が飛んで来た。これまで何度か共に行動しても、最低限の会話で終わっていた人物とは思えないほど今日は良く話してくるので、内心では大いに驚いている。


「…人に話したくないなら無理に聞く気はないけど」

 そして更に驚いたのは、ライトクロスは俺の質問を答えるまでも間に少し間が空いてしまった事を、ライトクロスは気にしたのだろうか?気を遣っているなので、ライトクロスは本来他人の反応に敏感な性質なのかもしれない。


「別に話したくないって訳じゃないんですが、どう伝えるのが簡潔に伝わるかなって考えてまして…そうですね…キュッヒェンシャーに家族と日常を奪われたからってトコですかね?後は未だに叶えきれてない親友と約束した夢も叶えたいんですけど…俺がキュッヒェンシャーと戦ってる理由は、そんなとこですかね」


「…その親友との約束した夢を叶える事は、そんなに大事?」

 

「学園に通ってる頃、親友と毎日のように話してたんですよ。学園を卒業したら一緒に事業を立ち上げて、成功してやろうって。事業計画も学生なりに色々考えてたんですけどね。結局親友とは色々悪い偶然が重なってしまって、もう七年会ってないんですけど…今更あいつに再会して昔の話をしたって、また親友が『夢を叶えるために一緒に頑張ろう』なんて今更言ってくれるか分かりませんけど…そもそも俺と話してた夢も、親友からすれば【今更】なのかもしれませんが」

 俺は苦笑しつつ自分の過去を語り終えた。


「…大丈夫。きっと夢は叶うよ」

 そう言ったライトクロスの口調は、いつもと変わらない淡々とした口調だったが、何故かそう言ったライトクロスの姿は、俺には嬉しそうに見えた。。


「ありがとうございます。ライトクロスさんにそう言われたら、何か不思議と親友との約束を果たせる気がしてきました」

 俺はライトクロスに励ましてもらった事に礼を言うと、ライトクロスは無言で頷くが、その仕草は”どういたしまして”という意味が籠った相槌に見えた。そしてライトクロスは、スッと立ち上がると


「…そろそろ作戦開始の時間だ」

 そう言ってスタスタと歩き出すのだが、何故かライトクロスが歩く姿が普段と違って勇ましい印象を感じた。今回がキュッヒェンシャーとの最後の戦いとなるという事で、普段より大きく気合が入ったのだろうか?そんな疑問を抱きつつ俺は、ライトクロスに続くべく立ち上がってライトクロスの後に続く。そしてそのままライトクロスの背を追って目的地に向かっている最中、先程ライトクロスに話した親友の事が無性に気になったので


「クリス…あいつは元気にやってんのかね?」

 思わず一言ボヤく。実は俺はこの国から出て七年間、一度も親友であるクリスと顔を合わすことはなかった。クリスは俺がシエンティー王国から出た翌日に高熱から回復したらしいのだが、やはりと言いうか当然の如く世間に優秀なウィザー所か、それを遥かに超える存在であるブレスドとして覚醒した事が知れ渡った。こうしてブレスドとして覚醒したクリスは、その力を活かすべく魔塔と呼ばれる魔法に関する最上級の権限と研究施設を持った機関に身を寄せるとなり、今や魔法研究の第一人者へとしてその名が挙がる程の存在となったクリスだが、そんな遥か高みの存在となってしまったクリスと一商人である俺とでは、顔を合わせるのも連絡を取ることも、諸々の要因が重なって難しい状況となってしまっている。


 まず現状クリスの実家であるエーレンブルグ公爵家は、後継者争い真っ最中であるのだが、後継者争いと言っても、養子であるクリスに後継者の権利は無いので無関係に思われるのだが、血の繋がった兄弟が後継者争いに参加しているとなると、大きく話は変わってくる。なんとこの世を去ったと言われていたクリスの姉であるクリスティーナの生存が発覚したからだ。こうして現エーレンブルグ公爵夫人であるアイリーンの連れ子であるアデル派と、クリスの実の姉であり正当なエーレンブルグ家の血筋であるクリスティーナ派とで今も激しい後継者争いが繰り広げられているのだろうが、継承権を持たないクリスは後継者争いに直接関わっていないにしても、実の姉が争いに関わっているのであれば、表沙汰になっていないだけで何らかの形で、クリスも厄介事に巻き込まれているのを想像するのは、難くない事である。


 ちなみに俺としてはこの後継者争い、どちらを応援しているかと言われたら当然親友であるクリスの立場がより良くなるであろうクリスティーナに継承権を勝ち取ってほしい所なのだが、今俺がクリスと連絡を取って俺の本来の身分がバレる事に繋がれば、俺の活動に支障をきたす可能性とクリスティーナの評判に傷を付ける可能性がある事を考慮すると、俺がクリスと連絡を取る行為自体が危険性を孕んでいるのだ。


 なんせ貴族という生き物は、僅かでも付き入る隙を見つければ、その隙間から醜聞を広げようと根拠のない噂を平然と流す生き物であり、その噂を聞いた貴族が「面白そうだ」っと思えば、真偽を確かめる事なく平然と根拠のない噂を広めようとする。この流れの最も性質が悪い所は、噂を広めようとする人間は、「どうせ自分が言ったなんて誰も気にしてないだろう」と軽く考えており、平然と憶測で噂に尾ひれを付け足して噂を必要以上に大きくしていく。要は噂が真相からかけ離れた架空の紛い物であり、その噂ので他人がどれだけ苦しむ事になろうが、噂を平気で言いふらす人間の思考など、「自分にとって面白くて、自優位に立てばそれで良い」そんなくだらないレベルの思考で平然と噂を広めているのだ。そんな世界を身近で何度も見ていれば、下手に動いて不要な混乱を招く要素を愚かな人間に与える事など絶対に避けるべき行為なのだ。


 とは言っても親友を名乗っておきながら、その親友に何の連絡も入れず突然姿をくらました挙句。その後一切連絡を入れもしない奴の事なんて、もう親友とは思ってもらえていないかもしない…俺の頭の片隅には常にその考えが過っているの事実で、結局俺がクリスと連絡を取ろうとしない一番の理由は、親友に拒絶される事を恐れているからなのかもしれない。そんな後ろめたい気持ちは常に自分を責め、自己嫌悪に陥り卑屈にさせ、夢なんて所詮儚い物だと考え何度も諦めようと考えた事もあった。それでも俺はクリスとの夢を諦めきれない女々しい部分の方が強く、この女々しい俺の気持ちに決着を付けるためにも、俺は自分の本来の名前と地位を取り戻して、堂々とクリスと再会する必要があるのだ。

 再び自分の中で己の戦う意義を再確認し、己を鼓舞しつつライトクロスと共に目的地に向かっていると、俺達の視界に古びた屋敷が入る。


 「あれが…奴らの本拠地」

 事前に調べていた情報と一致する屋敷が目に入ると、俺はライトクロスと共に屋敷の周辺を少し離れた場所から探りを入れる。一見オンボロで手入れされておらず誰も使っていない屋敷に見えるが、よく見れば最近人が通った形跡が残されているのを見れば、この屋敷がまだ誰かが利用している場所だと良く分かる。おまけにボロ屋敷とは思えないほど厳重なセキュリティが、魔道を使って至る所に張られているとなれば、この場所が何か重要な意味を持っている何よりの証拠だ。


 コレは思った以上に侵入に手こずりそうだと思いつつ、先行した俺達がセキュリティをある程度解除する段取りだったのだが、流石にこれだけ厳重なセキュリティを設置されているとなると、敵にバレないように解除するのは、いくらライトクロスが優秀なウェザーであっても骨が折れる作業となるのは、魔法が使えない俺でも予想できた。


 「さて…出来るだけ手薄な場所から攻略して行きましょうか」

 俺は屋敷周辺を回って見つけたセキュリティ用の魔道具が設置された場所を記載した配置図をライトクロスに見せつつ、突破口となるポイントを作る手筈を整える方法を模索しようとすると


 「これぐらいならさっさと突破しちゃおう」

 そう言ってライトクロスは、何の迷いもなく堂々と敵の本陣の入り口である正門目掛けて歩き出した。


 「いや!ちょっと待てよ」

 俺は勇み足で堂々と正門に向かって進んで行くライトクロスを、慌てて止めようとするが、俺が止めようとした時、ライトクロスは正門をくぐり終えていた。当然正門には最も厳重なセキュリティが施されている。そんな場所に何の対策も施さず突っ込むなんて無謀にも程がある。このままだと大量に設置されたセキュリティが一斉に発動し、ライトクロスに牙を向けるべく次々とセキュリティ装置が作動を開始してしまうと思い俺は慌ててライトクロスを止めようと身を乗り出そうとしたが


 「…何も起きてない?」

 俺は予想と違ってセキュリティは一切作動してない。状況に困惑している俺に気が付いたのか、ライトクロスがこちらに振り返く。


 「大丈夫だよ。セキュリティ用の魔道具はもう全部無力化したから」

 ライトクロスは淡々と俺にそう告げたのだが、俺はいくら何でも規格外過ぎるライトクロスのウィザーとしての能力に唖然とするしか出来ず、ただその場に立ち尽くしているのだが、ふと我に返るとライトクロスはスタスタと一人先に進み始めていた。


 「ちょっ、待てって! いくら何でも一人で突っ込むのは無謀過ぎるだろ」

 俺は慌ててライトクロスが一人で敵陣に突撃しようとしているのを止めようとする。だがライトクロスはそんな俺の言う事を全く聞くつもりはないようで、俺の言葉を聞いても歩を進める速度を一切落とす様子を見せない。


 「大丈夫。建物の中の戦力把握したけど、これぐらいなら私一人で今回も十分」

 そう言ってライトクロスは、屋敷の扉を開戦の合図だと言わんばかりに魔法で派手に吹き飛ばした後、勇ましく屋敷の中に乗り込んでいく。その姿を見た俺の脳裏に、再びあの光景が浮かび上がる。そして俺は必死にライトクロスに呼びかけた。


 「た…頼むから…頼むから前みたいに建物を全壊させるのだけは勘弁してくれー!!」

 俺がライトクロスに向かって必死に訴えかけた言葉は、ライトクロスの心配ではなく、ライトクロスが大暴れしてすべてを台無しにしないかという不安から生じた言葉だった。こうしてライトクロスが先走り、一人でキュッヒェンシャーの本拠地を襲撃すると、キュッヒェンシャーも側も本拠地という事で、汚れ仕事を平気請け負うような”ダークウィザー”と呼ばれている極めて危険なウィザー達を雇い拠点の防衛に当たらせていたのだが、どうにも相手が悪すぎた。一般的には危険な力を持つとされるダークウィザーが束になってライトクロスに襲い掛かるが、圧倒的力を持ったライトクロスの前に、何も出来ないままあっさりとダークウィザー達は無力化され、その光景を間近で見ていた俺は「実はダークウィザーって言うほど大したことなかったのでは?」なんて思ったりもした。


 だが、どうやらそれは大きな勘違いだったようで、後から合流した商会で雇ったウィザー達の話を聞く限り、キュッヒェンシャーが雇っていたダークウィザー達は、裏の世界でかなり名の知れた者達で確かな実力者であり、俺達が雇ったウィザー達では『とても太刀打ち出来る相手ではなかった…』と言わしめるほどの危険な実力者達であったようで、そんな危険な力を持った人間が束になっても太刀打ちできないライトクロスの実力が、規格外なのだと改めて実感する。もっともその規格外の実力を遺憾なく発揮し過ぎたくれたお陰で、俺達は現在色々と事後処理に追われているは相変わらずだが…だが今回は建物が無事なだけでもマシな方だと感じている俺の感覚も、なんだかんだでズレてきているのかもしれない。

 こうしてキュッヒェンシャーはロクに抵抗さえ出来ずして壊滅状態に陥った。


 荒れ果てた屋敷から、奴らが関与していた数々の悪事の証拠に繋がりそうな証拠品を回収し終え、俺達はこの場から撤収し、拠点として確保していた建物に一度集まろうとするが、ライトクロスは俺達が向かおうとする方向とは別方向に向かう姿を確認したので、俺は急いでライトクロスの元に駆け寄った。


 「ライトクロスさん本当に今までありがとうございました。あなたには感謝しても感謝しきれない借りが出来ましたね」


 「…どうしたしまして」

 この場を去ろうとしていたライトクロス向かって俺は感謝の言葉を伝えると、ライトクロスは相変わらず淡々と答えているが、どこか彼女も嬉しそうな雰囲気を醸し出しているように俺は思える。


 「不条理に虐げられた人間達に見返りを一切求めずして、危険に自ら突き進んで行く素晴らしい人間性を持ったあなたと共に行動できた事は一生忘れません。これで俺達の共闘関係は終わった以上、今後会う事はもうないかもしれませんが、トラオムも僕個人もは受けた恩は決して忘れません。今後トラオムや副商団長である私の力が必要な時は、遠慮なく頼ってください」

 戦闘特化のウェザーと商人。真っ当に生きていれば、本来関わる事が殆ど無い関係性だが、受けた恩を返さないのは商品の恥であるので、俺は別れの言葉と恩を返す意思を告げた後、短い間とは言え最もバディを組んだ相手に、感謝と別れの意味を込めた握手を求め右手を差し出して握手を求めた。だが、ライトクロスは俺の握手を求める手に応じる事無く、フードで覆われた顔を俺の耳元に近付けると


「またね」


「え…?」

 俺はそう耳元で囁かれた言葉を聞いて固まってしまう。その声が普段聞いているライトクロスの声と違って、【久しぶりに聞いたあの声】にそっこりだった事に驚き、唖然としてしまい俺はその場で立ち尽くしてしまったのだ。


「クリ…ス?」

 長い間会っていない親友の名を思わず口に出してしまったが、その言葉に対して何かしら反応を見せてくれると思った人は、煙が消えるかの如く綺麗に姿を消し、俺はただ呆然とその場で立ち尽くすのであった。



 地下組織キュッヒェンシャーをライトクロスと共に壊滅させて一カ月が経った頃。俺は本来の身分を取り戻す為に、これまで手に入れたトリファー家の不正が捏造であるとする証拠を纏めると法廷に提出し、法廷に再審議をさせるように働きかけ、トリファー家の再興に関する活動を始めていた。そんな中ある一通の手紙がトラオム商会に届き、その手紙のお陰でウチの商会は大騒ぎとなっている。その手紙の内容は



 トラオム商会を通じて流通させたいと考えている物がありますので、一度商談の機会を設けてみませんか?

 なお、その際の担当はこちらで指定した人物を担当としてこちらに出向させてください。有意義な返答をお待ちしています。


              クリスティーナ・エーレンブルグ小公爵より 



 こんな手紙が何の前触れも無しに商会宛に送られてきたものだから、ウチの商会は大きくざわついているのだ。いくらトラオムが世界を股にかけて取引をしている商会であろうと、現在世界に数名しかいない大魔術師であるブレスドの称号を持つ者が家族であり、現在激しい後継者争いを繰り広げていたりと、何かと話題の尽きない家門であり、自国の商会とでさえ滅多に取引を行わないエーレンブルグ公爵家が、突如取引の持ちかけて来たというだけ、世間を騒がせるには十分だというのに、手紙の〆に書かれている名前もまた、大いに商会内と世間を騒がせるには十分な内容だった。まだ公式には発表されていないが、差出人の名前がクリスティーナ・エーレンブルグと記載されている。この差出人の書かれている小公爵を名乗れるのは、公爵家の後継者がクリスの姉であるクリスティーナで内定しているという証に他ならないからだ。


 ちなみにこの手紙は、隣国であるフリードムに渡るまでに一度シエンティー王国によって検分済みで、その際間違った名乗りであれば大貴族であろうが、確実に送り主の元に返送される仕組みとなっている為、この手紙がクリスティーナが後継者として確実に内定している事を決定付けている証拠であった。こうしてトラオム商会としては更なる商会に発展に繋がるであろうこのチャンスを、絶対に逃す理由はないため、即承諾の返事を送った。こうして公爵家の後継者となったクリスティーナの初の取引先に選ばれたトラオム商会は、連日誰がビジネスパートナーとして指名されるのかという話題で常に持ち切りであり、現在エーレンブルグ公爵家からの返事を、トラオム商会の人間達は首を長くして待っている状態だ。あまりも商会内で盛り上がっている為、誰が指名されるか賭けが始まっているぐらい盛り上がっている。


 俺としてもクリス実家に関する事だから、パートナーとして誰が指名されるのか気になって仕方がないし、出来るなら俺がこの取引に携わりたい気持ちは非常に強い。だが、今は当面本当の自分を取り戻すための活動に専念すべく、今は商会の活動から一端離れ、俺の席である副団長の座も頼れる人間に譲り渡して完全に商会の活動から身を引いている状況なので、エーレンブルグ公爵家に承諾の返事を返す際に同封したトラオム商団の主要人員のリストから俺の名前は外してあるので、俺がこの商談の関われないのは正直残念だが、だからと言って自分が今やるべき事の優先順位を間違えてはいけない。自分がやるべき優先順位は常に把握し、優先度が高い仕事から確実に片づけて行くのが仕事の確実な基礎でり、この優先順位を正しく把握して確実に片づけていくスケジュール管理が出来ない人間に良い結果は決して付いてこないのはビジネスの常識だ。


 しかし世の中というのは、寸分のズレもなく自分の思い描いた通りに事が進むなど稀な事で、どれだけスケジュールを抜かりなく正確に組んで管理しようとも、何の前触れもなく突如優先度の高い仕事は割り込んでくるのが世の常であり、結局自分の理想のスケジュールなぢあっさり崩されてしまうの夢物語だ。例えば今商団の活動から席を外しているハズの俺は、アルバートさんから驚きの内容で緊急招集を呼びかけられたので、俺は自分の活動を中止してまでアルバートさんとの待ち合わせ場所に急行する羽目となっているように…


「お待たせしました。アルバートさん」


「すまないねライト君。急に呼び出すことになって」


「いいえ…それよりどうしてこんな事態になったのか説明を」

 

「コレを読んでもらえば、理由が分かるさ」

 そう言ってアルバートさんは俺に手渡した手紙を手渡してきたので、俺は開封し中身を確認する。



 今回の商談において、承諾の返事を頂きありがとうございます。今回の商談の担当として、こちらから指名するそちらの交渉担当者は、トーマス・ミュラーを希望します。

 ちなみにエーレンブルグ家としては、こちらが指定した担当者意外の者とは一切交渉を進めるつもりはないので悪しからず。良い返事をお待ちしています。


                クリスティーナ・エーレンブルグ小公爵より

 


「…念の為聞きますけど、ウチの送った担当者リストの中に俺の名前が実は入ってたなんて事は?」


「まさか。私だってリストはしっかり確認した上で同封したんだけどね。まさかリストに入れてないハズのウチのエースを指定してくるとは、エーレンブルグ公爵家の目の付け所と情報網は大したものだと感心するよ」

 アルバートさんは手を上に挙げて困った素振りを見せるが、俺にはアルバートさん素振りが、三流役者の芝居ががった演技にしか見えなかった。


「…実はこうなる事、初めから分かってたんじゃないんですか?」

 俺は疑いの眼差しをアルバートさんに向けつつ、アルバートさんに問いただす。


「まさか! 君の本名を入れたら十中八九指名されるかな?何て考えた事はあったけど、まさかリストに入れてない偽名を指名されるなんて、私も予想外だったさ」

 そう言って今回の事態を予測できなかったとアルバートさんは口では言うが、さっきからどうもアルバーさんの話し方というかノリが、俺を茶化している時に見せるノリだという事を、長い付き合いだからこそ感じてしまうので、どうにもアルバートさんの言っている事は信用ならない。


「いや、それでも普通はリストに挙げた人物から選ぶのが普通でしょ」


「普通って言うけど、ライト君だって今回のケースは普通じゃない事を、何となく察してるんじゃないのかな?」

 そう言われると、俺は思い当る節があり過ぎて言葉に詰まる。何よりこの前ライトクロスとの別れ際に言われた一言がずっと引っ掛かっていてし、あの言葉を聞いて自分なりに色々考え状況を整理してみたら、俺はとある”答え”に辿り着いていた。今のアルバートさんのセリフを聞く限り、アルバートさんは俺が最近この答えに辿り着くより大分前に、この答えに辿り着いていたのだろう。

 まだまだアルバートさんには敵わないな…と思いつつ、俺は今思っている自分の正直な気持ちを打ち明ける事にした。


 「…そうですね。どうやら俺とエーレンブルグ公爵家との縁は、まだまだ続けられそうな可能性が残っていたみたいです」


「縁がまだ切れてなくて良かったじゃないか。ちなみに縁がまだ繋がっている事に気が付いたのはこの前話していた一件からかい?」

 アルバートさんは興味津々に訪ねてくる。


「そうですね。この前ライトクロスが別れ際に、魔法を通していない地声で”またね”って言ってきたって話をしたじゃないですか。その時の声色でもしかしたらと思っていましたが、この手紙の見て確信しました。ライトクロスの正体はクリスティーナだ! って」

 ちなみに俺がこの答えに辿り着いた経緯としては、まず声色が似ているのは血の繋がった兄弟なら十分ありえると思ったからだ。元々クリスは声色が女性っぽい高めの声だった事を考えると、別に二人の声色が似ていても特に可笑しな事ではない。そしてクリスがブレスドに覚醒するぐらい高い魔力を保持しているなら、多少は血統の影響を受ける魔力の性質を考慮すれば、姉のクリスティーナだって高位の魔力を保持している可能性は十分高いのだ。そして交渉担当者候補のリストに含まれていなかった俺をわざわざ指名してきたとなると、少なくとも俺の事を何かしらの形で知っていて、交渉する相手として最低限の信頼がある相手を選んだ。そう考えれば、相手の条件を満たしつつ、俺がトーマスとして生きている内はシエンティー王国の人間との関わりは極力避けていたにも関わらず、シエンティー王国側の人間で最も長い時間関わっている人間はライトクロス以外いないので、ライトクロスの正体=クリスティーナという結論に至った訳である。


「おっ!答えに辿り着くまで時間は掛かったけど、やっと答えに辿り着いたか」


「やっぱりアルバートさんは、前から気が付いていたんですか?」


「私というか、割と君と彼女の関係性を知っている者は、割と早い段階で何となく察していたよ」


「だったら気が付いた段階で教えてくれても…」


「こうゆうのは当人達の問題だからね。外野が手を出す事自体、野暮っていうじゃないか?」

 アルバートさんはやれやれとした表情しつつ俺がライトクロスの正体を自分で気が付くまで教えてくれなかった理由を話すが、俺にはアルバートさんが説明の中でイマイチ納得しかねない部分があるので、その部分について考えていると


「しかし、親友の元に久しぶりに訪れる事が出来るというのに、ライト君はなんだか浮かない顔をしているね?」

 アルバートさんは、考えこんでいた俺の姿を見て、不思議そうに尋ねてきたのだが、正直俺が頭を悩ませている理由の半分は、アルバートさんの言葉に引っ掛かる部分があるから考えていたのだが、その事を訪ねても何となくはぐらかされるか躱される気がしたので、エーレンブルグ公爵家に赴く事をためらっている理由だけ話すことにした。


「そこに関しては正直色々と不安があってですね…いくら自分の容姿が変わっているとはいえ、長い間連絡とってない友人と、もし鉢合わせした時を考えると非常に気まずいというか…おまけに長い事会ってない顔見知りの人と久しぶりに顔を合わせるのも、ちょっと気まずさがありまして……それに、長い事会ってない親友の姉に会うとなると、向こうから何言われるか分からないじゃないですか?そう思うとちょっとまだ心の準備が出来てないというか…」

 俺は自分の心中を、アルバートさんだからこそ素直に打ち明ける。そんな俺の話を”うんうん”頷きながら聞いていたアルバートさんだが、何故か終盤の部分に入るとガックリと肩を落とす様子見せ


「ライト君…君はどうして…どうしてこうも仕事以外の事になると察しが悪くなるんだ?」

 アルバートさんは頭を抱えながら、俺が思い切って打ち明けた心の内に対しての感想というかツッコミ?を入れてくる。


「…え?俺なんか可笑しなこと言いました」


「いや、可笑しくはない。可笑しくはないんだけど…ちょっと惜しいというか…残念だね」

 アルバートさんは呆れつつも困った表情をしている…っとでも表現したらいいのだろうか?とにかくアルバートさんが俺に見せる表情はもの凄く複雑で、何か俺の事をサラっと貶しているような気がするのは気のせいだろうか?


「え?残念??どういう事です???」 

 なんで残念なんて言われきゃいけないのかアルバートさんに尋ねるが、再びアルバートさんはガクリと力が抜けるように顔を下に向けてしまった。普段ビシッと決めているアルバートさんとは思えないリアクションの数々に驚くが、俺をシレっと残念扱いした理由は話してくれないも、俺としては困るのだが…そんな事を考えていると、アルバートさんは突如俺の肩を両腕でガッシリ掴んできて、真剣な表情を俺に向けて話始める。


「いいかい!エーレンブルグ公爵家との商談に関しては向こうから指名相手じゃないと交渉しないと言われている以上、今回の商談の担当は君である事はもう決定事項だ!そして君は商談の場で、クリスティーナ小公爵殿がどんな人物なのか、君のその目でしっかり確かめてきなさい」


「は、はい。クリスティーナ小公爵殿がどのような人間か見極めたうえで、この商談必ず成功させてきます」

 アルバートさんは有無を言わせぬ圧力を醸し出しながら、俺がエーレンブルグ公爵家との取引担当なのは確定であると俺に訴えて来たので、俺は二つ返事で了承したのだが、その返事を聞いたアルバートさんの表情は、やはりどこか不安そうな表情を浮かべたままだった。


「…とりあえず日程や向こうがこちらで取り扱いを希望している商品の詳細が分かったらまた連絡を入れるから、それまでは君は君のやるべきことに専念していてくれ」


「…分かりました」

 何故かドッと疲れた顔したアルバートさんから、「今日はもう自分の事に専念しなさい」と言われたので、俺は少しアルバートさんと少し雑談を交わした後アルバートさんと別れ、急遽に入ってきた重大ミッションに向けての準備も、今の仕事と同時進行で行う羽目となった。



 俺がエーレンブルグ公爵家との交渉担当を引き受ける返事を送ると、トントン拍子で話は進んで行き、あっと言う間に俺が再びエーレンブルグ公爵家の敷地を跨ぐ日が訪れる。公爵家から迎えの馬車を寄越され、公爵家所有の豪華な馬車に揺られながら進むエーレンブルグ公爵家までの道のりは、嬉しさ喜びの気持ちが三割。悶々とした複雑な心境が七割と言った所で、正直久しぶりに訪れた馴染みある土地をゆっくり見ている余裕はほとんどなかった。そんな悶々とした気持ちが晴れる間も無く御者から、公爵家本邸の前に着いた知らせを受けたので、俺は覚悟を決めて馬車から降りて本邸の前に立った先に、目に入ったのは相変わらず立派な正門であると同時に、懐かしい気持ちが本格的に込み上げて来るのだが、それは良く知る光景以外にある人物が視界に入ったからであり、思わず心の中でその人の名を叫んだ。


(タップさん…お久しぶりです)

 なんとクリスの住んでいた別邸の衛兵を担当してたタップさんが、正門で待ち構えていたのだ。まさかタップさんが本邸の衛兵に移動しているなんて全く考えていなかったので、驚くと同時に懐かしさや嬉しい気持ちが自然と胸に広がると同時に、今まで音沙汰なかった顔見知りが急に姿を現した時の相手の心情を読み取る事は出来ないし、俺もまだ本来の自分を明かすことが出来ないので、俺は色々溢れそうな気持を抑えつつ、タップさんに会釈をする。するとタップさんは何も言わず会釈を返した後、俺を公爵邸まで連れて来た御者から説明を受けると、タップさんは一度門の中に入って公爵邸内に入り、程なくてして公爵邸から出て来てこちらに戻ってくる。


「どうぞ中へ」

 そう言った後タップさんは門を開き、俺を公爵家の本邸へと招き入れてくれた。そして広かれた正門も潜り本邸の扉に近付いていくと、人が一人扉の前に立っている事に気が付く。そしてその人も俺が良く知っている人物だったので、再び懐かしい気持ちを込めながら心でその人の名前を自然と俺は呼んだ。


(お久しぶりです。フレイさん)

 心の中で再会の挨拶をしつつ、現在トーマス・ミュラーと名乗っている建前上、俺はあくまで初対面の人間として接する必要がある事を念頭に置きつつ、フレイさんに会釈を入れた後話しかける。


「初めまして。トラオム商会から派遣されたトーマス・ミュラーと申します。本日はクリスティーナ・エーレンブルグ小公爵様と、当商会にて取り扱わせて頂ける商品についてのお話をさせて頂ける。との事でしたが、間違いなかったでしょうか?」


「初めまして。クリスティーナ様専属の侍女を担当しているフレイと申します。本日は遠路はるばるお越しいただきありがとうございました。クリスティーナ様からお話は伺っていますので、さっそくクリスティーナ様の元に案内させて頂きます」

 そう言ってフレイさんは会釈した後、そのまま俺をクリスティーナの元に案内すべく公爵邸の扉を開け、俺を公爵邸内へと通してくれた。初めて入った本邸は、小さい頃に入り浸っていた別邸とはまるで別世界という言葉が当てはまるレベルで様々な物の規模が違ったのだが、不思議と俺はこの空間に見覚えがある気がしたのだが、過去に取引で何度か大貴族の豪邸に出入りしているからそう思えただけだろうと思って、一端感じた疑問は胸にしまい、今はクリスティーナとの商談に意識を集中するように切り替える。しばらくフレイさんの後に続いて長い廊下を歩いていると、フレイさんがある扉の前で立ち止まって、扉をノックする。


「失礼します。クリスティーナ様。トラオム商会よりトーマス・ミュラー様がお見えになりましたが、お部屋にお通してもよろしいでしょうか?」


「ええ、構わないよ」


「トーマス様。クリスティーナ様から入室の許可が出ましたので、どうぞお入りください」

 クリスティーナから入室の許可が下りると、フレイさんは扉に手をかけ扉を開けようとするのだが、扉を開ける前に


「良い結果を期待してますよ」

 にこやかな笑顔でフレイさんはボソリと俺に一言。その一言にフレイさんがどんな思いを込めていたのか全てを察する事は出来なかったが、フレイさんは俺の正体を分かた上で伝えてきた事という事だけは、察することは出来た。そしてフレイさんが扉をゆっくりと開けると、その先には、本日の取引相手であり、俺達の事を大いに助けてくれた恩人。かつ親友の姉弟である一人の女性が部屋の窓の外を見ながら佇んでいる。その姿を見た時、俺はクリスの面影を感じると同時に、ただ窓から外を眺める後ろ姿も美しいと感じ、思わずクリスティーナの後ろ姿に見とれてしまう。


(って、見とれてる場合じゃないか…)

 俺は今日商談のためにこの場に居る事を自分に言い聞かせていると、クリスティーナは銀色の美しい長い髪を靡かせながらこちらを振り向いた。その仕草とクリスティーナの顔を見た瞬間。俺の体に衝撃とも電撃ともいえる何かが走る。


(いや…いくら何でも似すぎだろ)

 思わず口に出そうになるほど、クリスティーナの顔はクリスに似ていた。そのため俺は、久しぶりに親友に会えたと錯覚したようで、感動が俺の中で溢れかえりそうになる。そんな俺の気持ちを知る由もないクリスティーナは、俺の姿を確認すると静かな足取りで俺に近付いて来た。


 「よく来てくれたね。この場所で会える日をずっと待っていたんだよ」

 クリスティーナが笑顔で俺に挨拶代わりに言葉の交わしてくるが、話し方からクリスティーナは俺の事を歓迎してくれているように感じた。


 「初めまして。クリスティーナ小公爵様。私はトラオム商会の副団長トーマス・ミュラーと申します。本日はトラオム商会と商談の場を設けて頂き、ありがとうございます」

 そう言った後、深い礼を入れ、俺はこの場を設けてくれた事に対しての感謝の意を示す。いくら相手が表面上は好意的に接してくれようが、交渉相手が過去に親しくしていた親友の姉弟であろうが、裏の仕事でコンビを組んだ中であろうが、俺とクリスティーナは形式的には【初対面の人間】である以上、押さえるべきポイントはしっかり抑えるのはビジネスの基本だ。この様式美とも通過儀礼とも言える行為一つで相手の機嫌を大きく損なう事に繋がる事を考え場、今回の取引が成功するかどうかの駆け引きは顔を合わせた瞬間既に始まっている。俺はしっかり基本を押さえつつ、己の誠意を見せた挨拶でクリスティーナの反応を伺った。


 「…ふーん、そっかぁ~…私達顔を見せて会うのは【初めまして】だもんね。だったら私もちゃんと挨拶しようかな。

 初めましてトーマス。クリスティーナ・エーレンブルグです。今後もよ・ろ・し・く・お願いしますね」

 クリスティーナはもの凄く不機嫌そうに、初対面の挨拶を返してきた。正直俺としては『なんでそんなに不機嫌なるんだ?』と抗議したい気分だが、初対面の挨拶であからさまな不快感を見せられた事は、初めてだったので、完全に出鼻を挫かれる形となった。確かにクリスティーナの正体がライトクロスなら初対面ではないのは間違いないのだが、あれはお互い裏の姿とも言うべき状況で会っているし、フレイさんはどこまでこっちの事情を知っているのか分からない。そんな状況でこちらも下手な事を言う訳にもいかないので、その事はクリスティーナも織り込み済みだと考えていたのだが、違ったのだろうか?それとも小公爵と呼んだのがまずかったのか?クリスティーナの態度に俺が困惑していると


「失礼します。お嬢様。一端お座りになってお茶でも飲みながら商談の話を進められては?」

 フレさんはこの状況を良くないと思ったのか、不機嫌なクリスティーナに、笑顔なんだけど呆れているようにも見える何とも言えない表情で一端席に座るように進言する。


「…そうだね」

 クリスティーナの不機嫌な姿勢に変化はないが、フレイさんに言われた一言に何か思うところがあったのだろう。クリスティーナはフレイさんに進言に従って、応接用にセットされたテーブルと椅子に向かった。


「トーマス様もあちらにどうぞ」

 フレイさんはにこやかに俺を応接用のセットに向かうように案内するのだが、やはりその顔は何となく呆れた様子でこちらを見ているように感じる…とりあえずフレイさんの進言で冷め切った空気が少し緩和されたので、俺は内心フレイさんが差し出してくれた助け舟に盛大に感謝しつつ、クリスティーナが腰かけた向かい側の椅子の横に立つ。


「…掛けて」

 不機嫌なクリスティーナに、椅子に座るように促されたので「失礼します」と一声入れてから俺は椅子に座った。そして商談に入る前に、どうしてクリスティーナが不快になったのか俺は知るべく、まずは頭を深く下げた。


「私の至らぬ態度が、クリスティーナ小公爵様を不快させてしまったようで申し訳ありませんでした。良ければ私のどのような態度が至らないと思ったのか教えて頂けないでしょうか?」

 俺はどうしてクリスティーナが不機嫌が態度になったのか分からない以上、素直に訪ねる事にする。結局相手が何に対して不快を感じたのか分からないのであれば、解決策を見出す事も出来ないし、理不尽かつ不条理な理由で不機嫌になったのであれば、どんな大貴族様だろうがハッキリ言って公平な取引が出来ない相手とこれ以上関係を持つ理由も理由も無いので、早々に商会としても見切りを付ける事が出来る。


「…その言い方」


「え?」


「クリスティーナ【小公爵様】って呼び方。止めて! それに敬語も」

 意外な理由がクリスティーナの口から語られた。まさか呼び方と敬語を不快に思われるとは…まさかなと思って可能性の一つで一瞬考えはしたが、”それはマズないだろう”と考えていた理由がまさか当てはまるとは思わなんだ。


「…では何とお呼びしたら?」


「クリスでいいよ」


「…流石にそう呼ぶのは、私としては気が引けます」


「じゃあ【クリス】って呼んでくれなかったら、この取引は中止ね」


「…分かりました。クリス様」


「別に様も付けなくいいのに。それに敬語も止めてないよね?」


「流石に取引の場において、お客様かつ身分が上のお方を、呼び捨てかつ敬称を付けないで呼ぶわけにはいきませんので、ご理解いただけないでしょうかクリス様?」


「…相変わらずこういう所は真面目なんだから。じゃあこの場だけだからね?」

 まさか弟同じ愛称で呼ぶようにリクエスト(いや、この場合強要か?)してくるのは予想外で、クリスと聞いた瞬間一瞬戸惑い動揺を隠せなかったが、それが不快に感じた理由だと言われたうえ、こちらも不快と思った理由を答えてくれてと要求し答えてもっらてる以上、相手の要求にもに答えられる範囲で答えるのも商人の務めなの正直不快に思われた理由に関しては、未だに色々と違和感が拭えないが、互いの事情を考慮すれば、呼称に関する事などこの商談を打ち切る判断材料ですらないので、このまま交渉を進める事にする。


 こうして始まった交渉は、最初の不穏な空気を他所にスムーズに進んだ。というか初めからお互いに納得できるような好条件が提示されてきたので、クリスティーナも初めからスムーズに取引を進めるつもりで準備していたようだ。大まかな取引内容が決まり、現時点でこれ以上取引に関して進める話がない事をクリスティーナと互い確認を終える。


「クリス様。本日は有益なお話を頂きありがとうございました」

 俺はクリスティーナに有益な取引の話を持ち掛けてくれた事に対しての礼を述べ、頭を下げる。


「お礼なんて別にいいのに。だって…だって私と【ライト】の仲じゃない」

 クリスティーナは思い切った表情で俺の本当の名前を告げる。その瞬間、俺は思わず自分の滑稽っぷりに失笑しそうなったが、そこは何とか抑えつつ自分の中で溢れそうになる様々な感情を抑え、準備が出来たと判断してから、俺は下げていた頭を上げて、再びクリスティーナと向き合った。


「クリス様は本当の私の事をとっくにご存でしたか」


「当然でしょ?ライトだって…本当はもう色々気が付いているんでしょ?」

 『いい加減三文芝居はもうやめましょう?』とでも言いたげな表情でクリスティーナが俺に問いかけて来たものだから、こっちもなんだか色々と気を使ってるのが馬鹿らしくなった。だが、現状俺とクリスティーナは二人きりで話している訳ではないし、二人だけの空間ではない以上どこまで話していい物か?考えつつ、ふととフレイさんの方にチラリと視線を送ってみる。


「大丈夫。フレイは私がライトクロスとして活動してたのも全部知ってるから」

 クリスティーナは俺が送った視線の意図に気が付いてくれたようで、俺がクリスティーナについて知っている事を話しても【問題はない】と念を押してくれた。


「でしたら、私が初めからその事を前提にお話出来ていれば、いらぬ誤解は生まれなかったでしょうね。クリス様に無礼を働いた事を改めてお詫びします」


「いいの。こっちこそゴメン。ライトの態度があまりも他人行儀に感じたからつい…あんな態度出しちゃった。けど、ライトの事情を考えたら当然だよね。だからさっきの件はお互い様って事で」


「ありがとうございます」

 クリスティーナも自身の態度が良くなかった部分を反省し、俺に謝罪する姿を見てなんだか親友と喧嘩した後に仲直りした時の気分を思い出す。というかクリスティーナと話していると、クリスと話しているような気分になるのは、やはりクリスティーナとクリスが実の姉弟だから生まれる親近感なのだろう。クリスティーナとある程度打ち解けられたと感じた俺は、思い切って今一番気になっているある事を訪ねる決心をする。


「クリス様。もしよければお尋ねしたいことがあるのですが」


「改まってどうしたの?私達の仲なんだから遠慮なく何でも聞いて」


「ではお言葉に甘えて…弟のクリストファー様は元気にしていますか?」


「は...い?」

 俺は思い切ってクリスティーナに、もう一人のクリスであり親友のクリストファーの事を訪ねたのだが、その答えとして帰ってきたのは「こいつは何を言っているんだ?」と言わんばかりの表情を浮かべいるクリスティーナだった。どうしてクリスティーナがそんな表情を浮かべているのか分からないので、思わずフレイさんに助け舟を求めて視線を送るが、俺を見るフレイさんは何とも残念な物を見るような目で俺を見ており、【どうしたものか…】とでも言いたげな表情を浮かべている。そんな二人の様子がこの執務室という空間が一機に凍り付いた事を物語っているのだが、まさか実の弟の事を訪ねるのが特大の地雷になるなんて誰が予測出来たであろうか? とりあえずこれ以上下手事を言ってこの状況を悪化させない為にも、俺はひたすら黙ってクリスティーナの口から次の言葉が発せられるのを待つ。するとガックリと項垂れいるクリスティーナの口が開いた。


「…ねぇライト。念の為聞くんだけど…本気でそれ聞いてるの?」

 クリスティーナは何ともガッカリしている表情のまま力ない言葉で俺に尋ねて来た。どうやらこの話は思った以上にタブー要素だったようだが、例えタブーな要素だったとしても、俺は親友の情報を最も持っている人間が目の前に居ると言うこの状況を、決して逃したくない。そんな気持ちが強過ぎたあまり、自分の感情を冷静にコントロールする事が出来なった自分を反省しつつ、俺は自分の想いを正直に伝える事にした。


 「はい。話の流れからクリス様は弟であるクリストファーから、俺の事について伺っていると思いますが、俺にとってクリストファーは今でも親友だと思っています。だからもし叶うのであれば、あいつともう一で会う機会を頂きたいのです。そして以前クリストファーと俺の二人で夢見ていた『二人で新しい商会を立ち上げよう』という夢を、今からでも叶えたいと思ってます。だから…だからクリス様さえ良ければ、俺があなたの弟であるクリストファーと二人で話す機会を頂けないでしょうか?」

 俺はクリスティーナに向かって正直に自分の言葉を打ち明けた。俺の想いを聞いたクリスティーナは、黙って下を向いたまま俯いているので、俺の想いを知ったクリスティーナがどんな顔をしているのか分からないが、俺は再び黙ってクリスティーナが言葉を発するの待ち、どんな答えが返ってきても冷静な対応が出来るように心を落ち着かせるよう自分に言い聞かせる。そう考えているとクリスティーナは顔を上げ


 「色々言いたい事はあるけど、ちゃんとライトは私との約束忘れていた訳じゃないって改めて確認できたから今は許してあげようかな。あっ!でも学生の頃よりお互い色々状況が変わっちゃってるから、また一から計画練り直さないといけないね。まずは…」

 クリスティーナは今日見た一番の笑顔で答えた後、ブツブツと事業計画について話し出した。正直その時の笑顔の破壊力はとてもつもなく、『男であればあの笑顔を前にして落とされない男はいない!』っと言い切れるレベルで、もはや魔性とも言える魅力をクリスティーナの笑顔から感じた。しかしそんな事より俺の頭の中には、『どうして俺とクリスティーナが事業計画の練り直しなくちゃいけないんだ』っとツッコミを入れたくてしょうがない気持ちが強いのだが、俺はそツッコミたい気持ち落ち着かせた後、事業計画について話続けるクリスティーナの言葉に割って入った。


 「あの…私が商会を開設する約束をしたのはクリス様とではなく弟のクリストファーとでして…」

 俺は出来るだけやんわりと間違いを指摘したのだが、間違いを指摘をする俺を、クリスティーナは再びもの凄く残念な物を見るような目で見ている。


 「もう…いくら何でもそろそろ気が付いて良いでしょ?私と僕。クリスティーナとクリストファーが同一人物だって!」

 クリスティーナの怒声が執務室に響くのだが、その怒声を聞いた俺の頭の中は特大の?で埋め尽くされた後、頭の中が真っ白になってしばらく思考が完全に停止する。しばらく停止していた思考は、クリスティーナから言われた言葉の意味を改めて理解するために、何度も先程言われたクリスティーナの言葉を頭の中で再確認しつつ、俺の脳はクリストファーとクリスティーナに関する情報を引き出して、俺の脳内で情報の整理と統合が始まった。


「いや…だって…クリストファーは男で…クリスティーナは女で…」。


「だ・か・ら、クリストファーとクリスティーナは同一人物で、クリスティーナが本来の私なの!」


「いや…でも…クリスって完全に男の体だったよな?ほら学生時代何度も一緒に着替えてたし。その時何回もクリスの裸見てるし」


「それは男っぽく見せる幻影魔法使ってそう思い込ませてただけ」


「えっと…じゃあ男に負けないぐらい運動神経良かったよな?普通高等部になったら男女の運動能力の差って顕著に出るし」


「それも魔法で身体能力強化してたから、全然余裕でついて行けただけ」


「って事は…もしかしてあの頃の顔も?」


「もちろん魔法で男っぽい顔に見せるように細工は施してたかな」


「そうだとしてもクリスはブレスドに覚醒したって知れ渡ってるよな?だったら魔塔に所属かつ研究に集中してるから、魔塔から出て来る事はほとんどないって噂は?」


「あっ!それ私が流すように仕向けた嘘だよ。そうした方が何かと都合良かったから」


「…魔塔の仕事ってそんな適当でいいのかよ?」


「向こうではちゃんと文句言えないぐらいの結果出してるから大丈夫。例えばコレとか私が作った魔道具だよ」

 そう言ってクリスが俺に渡してきたリストに目を通すと、今や生活必需品となっている数々の魔道具がズラリとリストに並んでいた…


「そもそもライトが私に教えくれたじゃない?『相手を黙らせつつ自分が好きに動きたいなら、相手が文句言えないぐらいの結果出してやれば、相手は絶対何も言えなくなる』って」


「確かに言ったけどさ、それはあくまで極論の話であって…そんな簡単に実行かつ実現出来る事じゃないんだけどな…」

 俺はクリスの口から次々と放たれる衝撃的過ぎる数々発言を聞いていると、もう俺は唖然とするしかなかった。そしてクリスティーナの発言の数々すんなり受け入れられるという事は、俺のとっくに目の前にいる美しい一人の女性は、俺の良く知る男と同一の存在だと認めているようだ。しかし今思えば、クリスが男だと思っていた時も、時折クリスは女っぽい仕草や言動が多々見受けられる事があったのを考えると、妙に納得出来てしまったのだが、それと同時に色々と複雑な気持ちも芽生える。


「とりあえずクリスの言ってる事は良ーく分かったよ。確かに俺の目の前にいるクリスティーナは、俺の良く知るクリストファーと同一人物だって事が。でもさ…どうして……どうしてもっと早く教えてくれなかったんだよ!」

 

 ゴメン…本当は学園を卒業したら絶対伝えるって決めていたんだけど…お互い色々あったから今伝える事になって」

 クリスはシュンとしながら俺に女である事を打ち明けられなかった理由を話す。


「いや…俺こそ悪かった。クリスにだって色々あったってのに…それに俺だって今まで何も連絡いれていなかったから、クリスも凄く心配したと思うし…俺の方こそ無事だったのに一切連絡入れなくて悪かった」

 クリスは俺にずっと秘密を隠し続けた事を謝ってくれたが、俺だってクリスに俺が行方不明とされてから真実を告げれずにいたのだ。クリスも口に出してはいないが、クリスも俺が行方不明と知った時相当心配をかけているんじゃないのかと思うと、俺がクリスの事を一方的に攻めるのは筋違いだと感じたので、俺もクリスに謝罪する。

 

「…お互い大変だったもんね…。もライト!私ライトが突然居なくなってすっっっごく心配したんだから。いつか無事だって連絡入れてくれるって信じて待ってたのに、一切連絡くれないし」

 クリスもやはり俺が突如姿を消した事に対して不安な心配な気持ちを抱いていてくれたようで、その思いを伝えて表情は、様々な感情が入り乱れているのが分かる。


「ホント悪かった。正直に言うとさ…クリスにいつでも連絡入れようと思えば俺は連絡を入れる事が出来たんだよな。でもクリスから『突然姿を消した奴なんか親友じゃない』ってもし言われて唯一の親友を失ったらどうしようって考えるとさ…情けない話怖気づいたんだよ。だからクリスと連絡を取らない他の言い訳色々考えて、現状から逃げてたんだ…」

 俺は正直にどうして一切クリスに無事である連絡を入れなかったのかその理由を答える。


「はぁ…相変わらずライトって基本大胆なのに、意外な所で臆病になっちゃ時があるよね」


「…流石に唯一無二の親友に嫌われたらって考えると、こっちだって色々考えるんだよ」


 「そもそも私がライトをこの程度の事で嫌いになる訳ないでしょ。だって…だって私はライトの事が……ずっと好きだったんだから!」

 そう言ったクリスは、きっと意を決して俺に自分の想いを伝えてくれたんだろう。なんせ俺に好意を伝えた事で顔を真っ赤にしているぐらいだ。ここまで言われた以上、俺もその思いに答えないと男じゃない。


「俺もクリスの事好きだ!なんせ一番の親友だからな」

 俺は堂々と自分の気持ちを伝えた。だが、その言葉を聞いたクリスは今まで見た中で一番ガックリと項垂れており、後ろに控えているフレイさんに至っては頭を抱えながら天を仰いでいる。


「え?俺達親友だよな?」

 俺は自分が可笑しなことを言っていないか再度確認する。するとろクリスの周辺にある様々な物がカタカタと振動し始めると同時に、空気が途端に重々しくなった気がするのは気のせいだろうか?

 

「…そうだよね。私とライトって『し・ん・ゆ・う』だったよね!」

 

「おっおう!俺達はこれからもずっと親友だ」

 クリスがゆっくりと顔を上げ、俺と親友であると言葉にして言ってくれたのだが、果たして親友という言葉は、鬼気迫る勢いで言い放ってくるモノなのかだろうか?つまり誰がどう見ても明らかに機嫌が最高に悪い状態だ。そんなクリスは、未だに親の仇でも見るような目つきで俺を睨み続けくるのだが、どうして親友にそんな目で睨まれなきゃいけないんだ?そんなクリスから放たれる強烈な威圧感は、物理的に押しつぶされるのではないか?と錯覚してしまうぐらい俺に強烈な倦怠感を与えてくるし、先程クリスの周辺の物体だけがカタカタと音を立てて震えていたののが、今や部屋全体が振動していると思えるレベルで部屋中の者がガタガタと音を立てて震え出しているのだ。


 この現象は以前宿している魔力が高い者の魔力が、暴走気味になると見られる症状だと聞いた事がある。恐らく途轍もない魔力を持ったクリスの魔力が、何かしらの理由で機嫌が悪くなったせいでどんどん溢れ出し始めている事が原因と思われるが、誰が見ても分かるぐらい荒れてしまっているこの状況を収束させるにはどうしたらいいものか?と内心慌てつつ考えていると、今まで黙って俺達の様子を見ていたフレイさんが、ふとクリスの傍に寄り添っていた。


「お嬢様…お嬢様は立派に自分の想いを伝えていましたよ」

 フレイさんはクリスの両肩にやさしく手をのせて、何かを必死に伝えている。


「フレイ…どうしよう…私の一世一代の告白が…蔑ろにされちゃったよ…」


「お嬢様…お気持ちは大っっ変分かりますが、相手は我々の想像を遥かに超えた朴念仁だったようです… ですが、まだお嬢様が胸に秘めたる気持ちを諦められないとお考えであるなら、私を含めお嬢様をお慕いする使用人一同総力を持って今後も協力させて頂きますので、どうか一端気をお沈めください」

 

「…ありがとうフレイ。フレイ達が応援してくれるなら… 私まだ頑張れそう」

 激しく揺れる部屋の音のせいで、フレイさんがクリス何を語ったのかわ分からなかったが、フレイさんがクリスを宥めると、部屋の振動は一気に収まった。そしてクリスはフレイさんを抱きしめており、その光景を見た俺は、ちょっと不謹慎かもしれないが、クリスが子供の頃に失敗したり何か良くない事があって機嫌が悪くなると、先程のやり取りのようにフレイさんに慰めてもらっている光景をふと思い出して、なんだか微笑ましい気持ちになる。俺が二人のやり取りを微笑ましく見守っていると、クリスが俺と再び目を合わせた後、本日何度目になるか分からないものすごく残念な物を見るような【あの目】で見てくる。


「なっなんだよ?」


「ライトってさ…モテないでしょ?」

 クリスはもの凄く冷めた視線のまま、ズバっと俺の恋愛事情に突如釘を刺してきた。いきなりそんなことを言われて、思わずムッとしてしまった俺は、クリスを睨み返しつつ


「べっ別にモテない訳じゃ」


「今まで恋人作った事は?」


「…ないけど」


「だよね。うん、さっきのやり取りで良く分かった。どんなに顔が良くて仕事が出来ても、女性とあんなやり取りしか出来ないんなら、絶対恋人出来ないだろうなって」


「いや…なんでそこまで言われなきゃいけないんだ?俺はそもそも自分の事に精一杯過ぎて恋人なんて作るつもりなんてなかったんだよ」


「良く言うよね。ダイアナ、ジェシー、リサ…いろんな相手から過去にお誘い受けてたみたいだけど、そこから何も発展した事ないみたいだけど?」


「なっ!どうしてそれを…」


「私の探知魔法とエーレンブルグ公爵家の持つ情報収集能力があれば、ライトの事なんて簡単に調べがつくのよ。ホッッッント、ニブチンなのは昔から変わってないのはある意味安心したけど」


「はぁ?誰がニブチンだって?」


「じゃあそんなニブチンさんに問題です。今日初めて訪れた本邸と初めてみた私の今の姿を見て、以前見た気がしなかった?」

 そう言われて俺は何度も感じて違和感の正体が既視感である事に気が付く。


「あっ!って顔してるって事は、思い当る節があるみたいね。それはそうよ。だって私が前に魔法で似たようなシュチュエーション見せたんだから」

 クリスのそう言われた瞬間、俺の頭の中である記憶が鮮明に蘇る。


「もしかして、昔夢で見たクリスが女になってる夢って?」

 

「やっと思い出した?ほら、私がヒントあげてたのに全然気が付いてないじゃない」


「…七年以上前の事を、即現状に繋げれてたまるか」


「ふーん。じゃあ他にもニブチンって思う要素色々あるけど、話してあげよっか?」


「…もう勘弁してくれ」

 どうにもこの言い合いに勝てそうにないと判断した俺は、両手を上げて降参の姿勢を示す。これは素直に負けを認めたからであって、これ以上自分が気が付いていない痴態を晒されるのを勘弁してほしいから 

…なんて思って、話を切り上げる方向に誘導しようとしている訳では決してない。


「しょうがない。今日はこれぐらいで許してあげよう」

 クリスも俺を散々茶化したからか、先程と変わってご機嫌になったようだし、納得いかない部分も多々あるのだが、今はクリスが機嫌を取り戻したから良しとしよう。


「お話の最中失礼します。ライト様、私から一つ訪ねてもよろしいでしょうか?」


「どうしました。フレイさん?」

 突如フレイさんが話に入ってくるが、先程クリスに中々突かれて痛い所を突かれたせいか、内心警戒気味に身構える。


「今のお嬢様を見て、正直どう思われましたか?」


「どうって…」

 俺は突然突拍子もない質問をフレイさんから受け、すこし考える。だが、こうゆうのは下手に考えると結局色々疑われるので、今日感じたイメージを素直に答える事にした。


「綺麗だし笑顔が素敵になったな…って思いました」

 俺はクリスティーナを見てきょう感じた気持ちを正直に言った。


「っ~~~~~~~~~!!」

 するとクリスは両手で顔を隠しつつ、俺から離れるように背を向ける。


「えっ、どうしたクリス」

 俺は思わずクリスの元に駆け寄ろうとするが、その瞬間クリスが片手の手の平を俺に向ける。


「なっ!体が…」

 突如俺の体は、見えない力で全身を強固にロックされたかのように一歩も動けなくなった。どうもクリスが魔法で俺の体の動きをロックしているようで、その様子を見ていたフレイさんはクスクスと笑いながら俺に近付き。


「とりあえず及第点と言いたい所ですが、少々今のクリスティーナ様には少し刺激が強すぎたようですね」


「えっ?どうゆう事ですか??」


「そうですね…少しは自分でお考えください。強いて私から言わせてもらえば、お互い先が思いやられそうだという事でございます」

 そう言ってフレイさんは一礼すると、そのままスタスタとクリスの元に歩いて行くと、俯いて俺に背向けているクリスに話しかけている。


「良かったですねクリスティーナ様。でもまだ安心してはいけません。これから少しずつ、そして確実に堀を埋めていきましょう」

 何かをフレイさん言われたクリスは”コクコク”と頷いている。その後二人は俺をそっちのけで、俺には声が聞き取れないレベルの音声で会話を始め、大いに盛り上がっているようだ。しかし俺の存在は完全に忘れ去られているようで、結局俺がこの状態から解放されるのは、一時間以上経った後だった…


 こうして俺はようやく念願の親友と再会を果たした後、本来の名前であるライト・トリファーも、トリファー男爵家が無罪である事これまでの活動で実証されトリファー男爵家が復興された事で再び名乗れるようになった。

 こうして俺は、過去に夢見ていた夢の続きを見る事が出来るのだろう。


「う~ん…この流れなら、【夢の続きを見ている】より、「夢のその先に進んでる」って表現の方が良いんじゃない?だって私達とっくに夢叶えちゃってるんだよ?」

 俺が書いている途中のコラムを手に取って読んだ妻は、笑いながらそう答える。妻の言葉を聞いて、その表現も悪くないなと俺は思った。

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夢のその先へ 本黒 求 @th753

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