トゥルーロード
かしゆん。
。
ピンポーン
「
「
「まぁね~」
幼馴染の奈津が訪ねて来た。毎朝の事だからもう慣れている。
「宿題どう?」
「ぼちぼち。江戸の用水路についてのレポートって言われてもなぁって感じ」
歩きながら高校へ向かう。幸いなことに自宅から高校までの距離はかなり近く、他の皆が電車を使っている中で俺達はのんびり歩いて登校できる。のんびりといっても、そんな時間は高三になった自分達には無いんだけれど。
「おーい!」
「おぉ、おはよ」
「おはよー」
「宿題どう?」
「月曜日の夜に帰って即終わらせた」
「すげー」
「流石学年三位は違うわ」
「いやいや、そうは言ってもお前だって七位だろ。あんまり変わらんて」
「ちょっと私は?」
「もっと勉強した方が良いな」
「もー! 勉強してます~!」
「もっとだよ、もっと」
そうこう話している内に何時の間にか眼前には校舎が高く聳えたっている。なんだか、最近解いた現代文の問題でも同じ状況の物語があったな。どうでもいいけれど。
「んじゃ。頑張ってな」
「おう、理系はもっと頑張れ」
「文系も大概だ」
「はは。それじゃ奈津、行こう」
「うん!」
◇
「瑠星、ここなんだっけ?」
「ん? あぁ、シパーヒーの蜂起ね」
「んあぁそれそれ。何で蜂起起きたんだっけ?」
「え? うーんそうだなぁ。ヒントはエンフィールド銃だよ」
「えぇっと……」
「……ヒンドゥー教徒とムスリムもヒント」
「あぁ……ぁあ! 油紙か!」
「大正解」
世界史の授業終わりに出された小プリントの課題を教える。ここは結構好きで、自分は覚えやすかった。ただ、意外と面白みを感じないのか他の皆はあんまりぴんと来ていなかった様子だった。それは前の授業でも、今回のプリントでも同じ。
「
「はは、わりぃ」
「全然良いよ。教えることで定着にもなるからさ」
「余裕がちげぇわ」
「ね~!」
そんなことは、ないよ。
◆
「それじゃ。また明日」
「おう。ガチで毎日さんきゅ」
「いいって。その代わり、受かるんだぞ。まぁ俺も受かる保証なんてないけどさ」
「学年七位がそんなこと言ってんな」
「ほんと! それじゃまたねー」
緩く手を振って瑠星は教室を後にする。隣を見ると奈津の顔が少し陰りを帯びていた。奈津は瑠星が好きだから当然だ。だけど、それを俺の目の前で見せないで欲しいと。そう思ってしまう。
「大悟、私も帰るね。また明日!」
「おう。また明日」
瑠星が帰ってからの会話は基本的に少ない。そりゃあ日によって程度の差こそあれども、長く話していたことなんて奈津に瑠星の事を相談されたときくらいだ。俺の気持ちも知らないで、友人の気を引けないと憂いている奈津を見るとあまりに形容し難い気持ちになったことを今でも鮮明に覚えている。
「はぁ。瑠星、お前……」
なんで、
「……俺も同じなんだけどさ」
お前が奈津を大事に思っていることは知っているし、奈津だけじゃなくて俺にだって優しくしてくれてる。でも、気持ちが籠っているのは真美さんのことを話す時だけだ。大事に思ってくれているからと言って、想いが傾くわけではない。
お前が良い奴なせいで、憎みようにも憎めないだろうが。もっとお前が嫌なやつだったら気持ち良く憎めたのに。
「はぁ、クソ」
未だ完遂していない漢字テストの直しプリントを乱暴に鞄に突っ込む。
誰の恋も成就しないなんて。あんまりじゃないか。
◆
「また来たの」
「うん。真美の絵が見たくて」
嘘を吐いた。凄くチープで見え透いた嘘だ。
「いいけどさ。今年は私、もう絵描くの止めるから」
「なんで!?」
「ちょっと、静かにしてよ」
「ご、ごめん」
あまりにも勿体ない事を言い出すものだから、思わず阿呆のような声で質問してしまう。それはそうとして、一体何故なのか。真美さんの絵はwebの高校生限定イラストコンテストで銅賞を獲得する程に上手なのに。
その絵が、絵を描く真美さんの事を。俺はどうしようもなく好きなのに。
「悪い機会にあたっただけよ」
「え?」
謝った矢先、長居するのも迷惑かと思って部室へ向かおうとしていたその瞬間。真美さんのほうから言葉を投げかけられる。
「批判的なコメントが出てきたの。なんか滅入っちゃってさ」
「な、なんでそんな────っ」
言葉を紡ごうとするも、紡げない。それを正面から受け止めている真美さんに、絵を描いていない俺が言うのはきっと何かが違う。励ましの言葉も、批判に対しての言葉も、他人からしたら無責任な戯言に過ぎないのだから。
「ごめん」
「ねぇ、謝らないでくれる? 批難してきた奴らこそ謝って欲しいけどね」
「そ、そっか」
「まぁ受験期だし。結果的には良い時期だったよ、去年でそこそこの成果はだせたから。受験終わったらまた再開すればいいし」
兎にも角にも絵を止めてしまうのは確定らしい。なんだか、どうしようもなく寂しい。この時間だけが俺と真美さんを繋ぐ唯一のものだったのに。
「ほら、さっさと行きな。今日はあなたの引退日でしょ?」
「あ、そうだった! まずい……」
急いで踵を返して、美術室の扉を開け放つ。でも、合板のタイルとビニル床の境界線を中々跨げない。勿論段差のせいなんてことはない。ただ、勇気が無い。
「何してんの」
「あ、あぁ」
滑稽な話だ。真美さんは俺の事なんか、微塵も気に留めていないというのに。好きな気持ちは一方的だと、疾うに気が付いているというのに。
「最後位、ピシッとしなよ」
「っ」
凛と澄んだ声が背後から聞こえてくる。
「後輩にカッコいい背中見せてあげな」
ずるいなぁ。そうやって、その時に言って欲しい言葉をかけてくれるんだから。
一番欲しい言葉は言って貰ったことは無いし、言って貰えないと思うけれど。
「……ありがとう、それじゃ」
「ん」
視線を真美さんに向けることは無く、美術室を去る。振り返ったら、また足を取られてしまう。
◆
「部活引退ですね……」
「そう寂しい顔しないでよ
「……はい!」
「そう。まだ学校辞める訳じゃないしさ」
そうだけど、そうじゃない。
無理にでも気丈に振舞う。人生の節目は、どんな時でもある。
「テニス、楽しい?」
「勿論す!」
「良かった。最初の頃覚えてる?」
「その話はしないで下さいよ~!」
談笑の時間も今日この瞬間で終わりだ。
そう、渡すものがあったんだ。
これが私の想い。
「先輩! これ、受け取ってください!」
「え? これは……今開けていいの?」
「家でお願いしまっす!」
「あ~うん。ありがとね」
そして、絶対に届かない想い。
「先輩」
「うん」
だから、ここで言えるべきことは全て言ってしまおう。
「私、先輩に教えて貰えてよかったです」
「そっか……それは良かった。自分も、良い後輩を持てた」
「先輩の恋。応援してます」
「……ありがとう」
嘘でも、良いから。
◆
「今日は塾休みなん?」
「うん。疲れちゃうと思って」
「疲れたか?」
「……そうだねぇ」
「そうか」
着古されたサッカーユニフォームを着たまま、二人で帰路に着く。部活引退ということもあってかやけにしおらしい。陽気な瑠星はあまり見ないけれど、陰気な瑠星はもっと見ない。
「真美さん、絵を描くの止めるんだって」
「あぁ、知ってるぞ」
「そっか、クラス同じだもんね……」
それでか。確かに、俺も少し凹んだ。
ただ、瑠星は本当に。真っ直ぐに悔しそうだ。昔の俺だったら、こんな風に悔しがっていたかもしれないな。
「真美さん、批判的なコメントされたんだってな。ほんと、そう言う奴はどういう神経してるんだか」
「……そうだねぇ」
でも今の俺は変わった。変わってしまった。
昔から親には瑠星よりも凄い子で居なさいと、圧をかけられていた。その通りにした、期待に応えられるように。沢山頑張ったさ。でも、何か技能を得るごとに何かを失っている感覚が強くなった。
きっとそれは真っ直ぐで綺麗な心なんだと思う。今の俺は瑠星よりも高く留まっていたいという思いだけを日々の原動力にしている。それなのに、傲慢にも瑠星との関係を壊したくないと思っている。
こんなことを考えるのも。性格が曲がっているからだ。
「まぁ。機会は幾らでもあるよ。諦めないで頑張ろうぜ」
「……そうだねぇ」
「おいおい、ロボットじゃないんだから……ショックなのは分かるけどさ」
嘘だ。分からない。こんなにもショックを受けたことが、今までの人生であっただろうか。答えは否だ。
「家着いたわ、今日もお疲れ」
「うん。湊斗もお疲れ」
心身の疲労でくたくただろうに、律儀にも曲がり角で立ち止まって手を振りながら俺を見送る。
空は落ちきっていない。部活帰りの夏空よりも、俺の心の方が幾分か仄暗そうだなんて。
仕様も無いことを思ってしまった。
◆
家に帰って後輩に貰った封筒の口糊を破らない様に丁寧に剥がす。
多分、恋文だ。でも応えることは出来ない。今は心に決めた人が居るから。
例えそれが叶わぬ恋だと分かっていても。
『 。』
「…………なんだよ、これ」
封筒から出てきた手紙は虚空。只管に空白だった。
優菜の潑溂と言えよう顔を思い出す。どういう意図で、これを送ったのか。
何か悪い事をしてしまったのだろうか
餘に意図の分からない手紙を、そっと机の奥底にしまっておいた。
何時か開花でもして話のタネになってくれたら……それで良い。
「…………上手くいかないな」
それで良いのだ。それが人生だ。
上手くいかないことも、上手くいくことも、酸いも甘いも。すべて含めて。
それが自分の運命であり、本当に通るべき道であることには変わりない。
「さて、勉強しようかな」
天を仰ぐ。築十八年家屋の天井に刻まれた木目調がやけに複雑に感じた。
トゥルーロード かしゆん。 @sakkiiozuma7
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