お隣の女優とメガネの話

「そう言えば、隼人君の学校って中間テストはいつ? そろそろじゃない?」


五月中旬、リラックスモードだった彼女がふと思いついたように声をあげた。


「そうですね。ちょうど来週からです」


「私の高校もそうだよ、だいたいどこも一緒だよね」


僕が「そうですね」と軽く頷くと、彼女は心配そうに口を開く。


「もし、隼人君がこの時間も勉強したいならテスト期間中は隼人君の家に行くのを控えるよ?」


「水野さんが来る前とか来ない日にコツコツ進めているから大丈夫ですよ。僕にとってはこの時間は楽しいですし、息抜きみたいなものですから」


「そう言ってもらえると嬉しい。私も隼人君とお話したり、ご飯食べたりするの楽しいから」


彼女はふぅと一息。

どうやら安心してくれたみたいだ。

彼女も同じ気持ちでいてくれて、それに心が満たされるのを感じる。

しかし、心配な事が一つ。


「僕もそう言ってもらえて嬉しいです。でも、水野さんこそ仕事が忙しい中で勉強は大丈夫そうですか?」


「私も撮影の合間とかにコツコツ取り組んでいるから、そんなに問題ないよ」


「それは本当にすごいですね」


流石、高校生にして女優として有名になっている彼女だ。

彼女の陰ながらの努力に頭が下がる思い出だ。

その思いも込めて伝えると「そんな事ないよ」と言いながら顔は満更でもない様子だ。


「前会った時は隼人君の変態な想像の餌食になったり、掃除が出来ない人のレッテルを貼られたり散々だったからね。どう? 私はズボラ女子じゃない事が分かった?」


どうやら前にあった事をまだ根に持っているようだ。

ドヤ顔を浮かべる彼女に思わず笑みを浮かべてしまう。

それを見た彼女がすぐに口を開く。


「あっ、今笑った! またバカにしたでしょ?」


「違いますよ。水野さんは本当に努力家だなと思っただけですよ」


彼女は「ふーん」と言って、まだ疑っている様子だったが取り敢えず納得してくれたようだ。


「隼人君は高二だから文系、理系に分かれているよね。どっちを選択したの?」


「数学か苦手なので文系を選択しました。水野さんはどっちですか?」


「私も文系。女優してたから大学行くとしたら理系より文系の大学の方が通いやすいと思って」


「水野さんは苦手な科目とか無いですか?」


彼女は顎に手を当て考え始めた。


「うーん、そうね。実験とか実習とかあると大変だと思って文系にしたけど、計算は好きだから数学もそんなに苦手じゃないかなぁ」


「それは羨ましいです。僕は計算が苦手だから今回の範囲も結構苦戦していますよ」


小学生の頃からだが数字を見ると何となく苦手意識を持ってしまい、勉強しようとしても集中が持続しないのだ。


「そうしたら私が教えようか?」


「水野さん仕事終わりなのに大変じゃないですか?」


「隼人君とお話ししながらだから、そんな事ないよ。それに復習にもなるからね」


「それならお願いして良いですか」


まさかの勉強会だ。

僕が嬉しさや緊張を感じていると、彼女が何かを思いついたのか声を上げた。


「そうしたら、私は家から持ってくる物があるから勉強の準備をしといてくれる?」


そう言うと彼女は自分の部屋に戻って行った。

文房具を取りに行ったのだろうか。

そう思い数学の教科書を広げていると玄関から「戻ったよー」と声が聞こえ、すぐにリビングの扉が開かれた。

彼女の姿を視界に入れた途端、僕の動きは固まった。

なんと彼女はメガネを掛けていた。

僕と目が合うとメガネをクイッと上げ優しく微笑みながら「似合ってる?」と一言。

普段の大人な雰囲気も相まってとても似合っている。


「勉強するとしたらこれかなと思って。……似合ってなかった?」


反応が無いことが心配になったのか、彼女は伺う様に声を上げる。


「いや、そんな事ないです。取り敢えずワイシャツを着てもらっていいですか?」


「視線がいやらしいから却下です」


僕の願望がピシャリと跳ね除けられた後、「隼人君はやっぱり変態だからスパルタね」との一言で勉強会が始まり、僕は悲鳴を上げるのだった。

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